泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
いくつかの原因があると思う。
① あたしの制服がピッタリサイズで、ブカブカサイズが多い一年には見えないこと。お祖父ちゃんが「小さくなったら、またあつらえりゃいいさ。お仕着せ(制服)は粋に着こなさなくっちゃ」と言て、ピッタリのをあつらえてくれたのが裏目に出た。
② 担任の田中先生が頼りない。配布物のことで一言言ったら、それからずっと頼りにされてしまっている。
③ 何の因果か、腐れ童貞の雄一が……いちおうアニキだったりするんだけど、何回も、うちの教室やら講堂やらにやってきてクラスメートの前に顔を晒す。信じらんないけど、あれがイケメンの上級生に見えているらしい。その雄一に対等以上の口の利き方をしている。
④ 出席番号いっこ前の増田さん(ほら、暗くて愛想のない子)が、変になついてきて、なんだかあたしの子分みたくなってきたこと。入学一週間目で子分を従えている一年生なんてありえないし。
……そんなこんなで、あたしは、しっかりものの留年生ということになってしまっている!
「だから、今日はあたしが買ってくるから!」
食堂前で宣言した。
学食は入学三日目から利用してんだけど、一年生には珍しいのね。増田さんは、教室でお弁当が食べられない子で、あたしにくっ付いてきた。で、券売機の列に並んでると担任の田中先生に放送で呼び出されて「あ、わたしが買っときます」と、増田さん。それ以来一週間、増田さんがパシリみたく券売機に並ぶようになってしまったのよ。で、ますます親分子分みたくなってきたので、今日こそは「あたしが買ってくるから!」になったわけよ。
そんで、あと三人でランチの食券二枚が買えるところで悲鳴が上がった。
キャーーーーーー!!
悲鳴に続いてドヨメキやらザワメキ!
なんかあったんだ!? 列を離れて駆けつけた。
増田さんが倒れている。で、抱えた胸のあたりからは湯気立ってラーメンの出汁の匂いがする。傍らにはトレーとぶっちゃけられたラーメン鉢が三つ転がっている。
あたしは、壁際にあったバケツを掴んで、張ってあった水を増田さんの胸にかけた。
「だれか、もっと水!」
火傷は、その初期に大量の水を掛けて冷やすことが重要なんだ。でも、こういう時に大勢の人間がいると、誰も動かないもんだ。
「ちょっと、あんた水!」
直ぐ近くに居た男子に命じる。
「お、おお!」
返事はよかったけど、こいつはコップの水を持ってくる。
「バカ! もっとたくさん!」
周囲のバカたちは、次々に水を満たしたコップを持ってくる。
「こんなんじゃ足りないわよ!」
すると「南」という名札を付けた食堂のオバチャンがホースを持ってきてくれた。
「これでやんな!」
上着を脱がして、まんべんなく水を掛けてやる。増田さんの目は虚ろになってきた。
ほんとは上半身裸にして水を掛けてやらなきゃならないんだけど、なんせ食堂の中、それははばかられる。
「救急車、とりあえず保健室に運んだ方がいいよ」
オバチャンの声をもっともだと思って顔を上げたところに腐れ童貞。
「ちょ、あんた担いで!」
「お、おお」
胸を火傷しているので、兄貴はお姫様抱っこで増田さんを抱えて保健室に走った。
しっかり者の留年生は、もう確定的になってきてしまった!
☆彡 主な登場人物
- 妻鹿雄一 (オメガ) 高校三年
- 百地美子 (シグマ) 高校二年
- 妻鹿小菊 高校一年 オメガの妹
- 妻鹿由紀夫 父
- 鈴木典亮 (ノリスケ) 高校三年 雄一の数少ない友だち
- 風信子 高校三年 幼なじみの神社の娘
- 柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ
- ミリー・ニノミヤ シグマの祖母
- ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
- 木田さん 二年の時のクラスメート(副委員長)
- 増田さん 小菊のクラスメート