RE.乃木坂学院高校演劇部物語
「自衛隊の体験入隊で、なんか変わった?」
「変わったってか……分かったよな」
「なにが……?」
「それは……」
「自分は、まだまだなんだけど、希望の持てる場所はここだ……かな?」
「先回りすんなよ、言葉が無くなっちまうじゃないか……」
「ごめん」
「い、いや、ありがとう……」
ゆりかもめの一群が川面をなでるように飛んでいった、二人はそれを目で追う。ゆりかもめは、少し上流までいくと、さっと集団で舞い上がり。それにつれて二人の顔は上を向き、遠く彼方を見つめる目……少しはサマになる。
すかさずレフ板の位置が変わって、カメラが切り替わる。
ちょっと説明。
これは、ちゃんとしたテレビの撮影なんだ。『春の足音』のね……って、別にわたしが主役になったわけじゃない。
プロデューサーの白羽さんのアイデアで、毎回番組の最後に『素顔のキャストとスタッフ』というコーナーができて、二分間、毎回一人ずつ紹介していくわけ。
やり方は基本その人の自由。この荒川の下町が舞台だから、町の紹介をしてもいいし、他のキャストやスタッフさんとのト-クもOK。順番はジャンケンで決める。そのジャンケン風景も撮って流すんだから、この業界の人のやることにムダはありません。
で、わたしが大久保流ジャンケン術で勝利し、その栄えある第一回に選ばれた。
むろん、ただのエキストラなんで、あらかじめ、はるかちゃんが紹介してくれて、わたしが映っている何秒間かが流れて、このシーンになるのね。
わたしは、無理を言って忠クンを引っぱり出した。
忠クンの体験入隊は、忠クンの中ではまだ未整理になっている。わたしへの気持ちもね。だから、こうやをって引っぱり出してやれば、いやでも考えるだろうって、わたしの高等戦術。いちおうわたしのカレだから、しっかりしてもらいたいわけ。
え……「いちおう」……それはね、乙女心よ乙女心。最終章まできて、のらりくらりのカレを持った崖っぷちのオトメゴコロ!!
分かんない人は、第一章から読み直して。序章には忠クン出てこないから。
でも、わたし的には序章から読んでほしいかな。
監督も、高校生の自衛隊の体験入隊がおもしろいらしく、A駐屯地まで行って取材もしてきた。教官ドノをはじめみなさん大張り切りだったみたいだけど、流れるのは、ほんの何十秒。それも大空さんがほとんど。テレビのクルーも絵になるものは心得ていらっしゃる。
で、ゆりかもめを見つめて、なんとかサマになった忠クンは、こう締めくくった。
「大変なことを、自然にやってのける力……そういう心になれるまで……その、軽はずみな気持ちだけでフライングしちゃいけないんだなって、そう思った」
「ほんと?」
「うん。前さえ向いていたら……今はそれでいい」
「今度、火事になったら、また助けてくれる?」
「それは、もう勘弁してくれよ」
「それって、もう助けないってこと?」
「助けるよ。目の前で起こったら……そういうことも含めて、まず目の前にあることを一つずつやっていこうって。あのゆりかもめだって、最初から、あんなに自由に飛べるわけじゃないだろう」
「で、助けてどうすんの?」
「分かんねえよ」
「……そう」
「?」
わたしは、立ち上がると、グイッと重心を前に移す。
「あぶねえ!」
ドッポーーン!
「あ、ちょ、なんでこうなるの!?」
助けようとした忠くんひとり川に落ちてしまう。わたしは、腰のところに落下傘のハーネスみたいなのが付いていて、その先をスタッフが持ってくれている。
ちょっとしたドッキリカメラで、ふたりとも川には落ちない仕掛けになっている。
それを、勢いの付いた忠くんは、抱きとめたわたしを軸にクルリンと回って、そのまま川に落ちてしまった!
カットぉ! オッケー!
監督の声がして、スタッフが駆け寄って来て、水面にロープを投げる。
まあ、やっと三月の荒川。誰も飛び込もうとは思わないよね(^_^;)
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 芹沢 紀香 潤香の姉
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 貴崎 サキ 貴崎マリの妹
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 南 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
- 乃木坂さん 談話室の幽霊
- まどかの家族 父 母(恭子) 兄 祖父 祖母