RE.乃木坂学院高校演劇部物語
柚木先生が慌てて稽古場にやってきた。
「たいへんよ、ハルサイの公演が早くなっちゃった!」
「「「「えーー、どういうことですか( ゚Д゚)!?」」」」」
四人は声をそろえて驚いた(むろん乃木坂さんの声は、柚木先生には聞こえない)
「会場のフェリペがね、設備の故障で五月には工事に入るんで一ヶ月前倒しだって!」
「ええ、そんなあ……」
「間に合うかなあ……?」
「……なんとかしょう!」
乃木坂さんが言った。
「なんとかなる?」
「だれと、しゃべってんの?」
うかつに乃木坂さんに返した言葉を先生に聞きとがめられた。
「あ、二人に言ったんです! 里沙と夏鈴に。で、間をとって二人の真ん中に……はい(^_^;)」
その日から稽古は百二十パーセントの力が入って、乃木坂さんの演出にも熱がこもってきた。
「君たちの演技は形にはなっているけど、真情がない。地上げの仕事への熱意が偽物だ。都婆ちゃんの子ども三人は、狡猾だけど、そうなってしまった人生の背景が感じられない。悪役は、ただ凄めばいいというものじゃないんだ。それに都婆ちゃんの孤独感というのはそんなものじゃない。他に迎合せず、孤高のうちにも孤独を貫き通す覚悟、そして、その覚悟をも超えてやってくる真の孤独の淵の深さ、それが出なくっちゃ(;`O´)!」
はい……(-_-;)
乃木坂さんの指摘は的確だけどキビシイ。だてに何十年も幽霊やっていない。
「君達の人生は、まだ浅い。理解しろと言う方が無理なのかもしれないなあ」
「だって、無理だよ。分かんないものは、分かんないもの」
夏鈴が正直に弱音を吐く。
「馬鹿、そんなことを言っていたら、殺される演技や殺す演技は誰も出来ないことになるじゃないか!」
「それは……そうなんだけどね」
「……ごめん、つい感情的になってしまった。もっと分かり易く言わなくっちゃね」
それから乃木坂さんは根気強く、かみ砕いて教えてくれた。
たとえば、寂しさというのは、目の下の上顎洞という骨の空間から、暖かい液体が口、喉、胸、腹、脚を伝って地面に吸い込まれるイメージを持つこと。老人の腰は曲がるんじゃなくて、落ちる(後ろに傾く)ものなんだということ。で、そのバランスをとるために上半身が前傾し、膝が曲がる。そして、そのいくつかは、はるかちゃんがビデオチャットで教えてくれたことと同じだった。
分からないことがもどかしかった。孤独を淋しさと置き換えてみた。
ひいじいちゃんとのお別れ。これはガキンチョ過ぎて、分からない。
中学の卒業……卒業してからもたびたび行ってたので、このイメージも希薄。
忠クンとの空白の一年。いつでも、その気になれば会えるという、開き直ったお気楽さがあった。
はるかちゃんの突然の引っ越し……これは心の底に残っているけど、去年のクリスマスで、再会。この傷は、完全に治ってしまった。
感情の記憶は、その時の物理的な記憶を残しておかないともたないらしい。何を見て何を触って、なにが聞こえたか、その他モロモロ。
マリ先生が学校を辞めて、乃木坂の演劇部がつぶれたのは記憶に新しいけど、これは、演劇部再建のバネになってしまって、思い出すと活力さえ湧いてくる(`0´)。
人間の感情って複雑だってことが分かる程度には成長しました……はい。
潤香先輩……これも奇跡の復活で、痛みは遠くなってしまっているし……。
われながら、痛いことはすぐに忘れるお気楽人間だ(^_^;)。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 芹沢 紀香 潤香の姉
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 貴崎 サキ 貴崎マリの妹
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 南 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
- 乃木坂さん 談話室の幽霊
- まどかの家族 父 母(恭子) 兄 祖父 祖母