【結花里さんからのプレゼント・お祝いケーキ】
3月17日(金)、昨日は息子の中学の卒業式。
小学校の入学式も、卒業式も、
そして、中学の入学式もみごとに雨だった。
朝目覚めた瞬間、無意識のうちに窓を見た。
「晴れてるよ~!」とひとりベッドの上で
大きく伸びをしながらつぶやいた。
その前の晩も、春の嵐のようにすごい風と雨だったから、
いつもの太陽よりも、ずっとずっとなんだか嬉しい。
あっという間の3年間だったし、卒業式だからといって、
特別なにかを期待するわけでもなく、体育館の隅にひっそりと
腰をかけ、遠くから子どもたちの後ろ姿を見守っていた。
***************************
…小学校の5年生の時に「学級崩壊」をしてから、
しばらくの間、そんな荒れ果てたクラスに心を痛め
学校に行けなくなってしまった日々が続いた。
卒業するまでの2年間、先生だけでは手に負えず
給食も掃除も交代で親たちが見守ってお手伝いをした。
そうしないと蜘蛛の子を散らしたみたいに
いなくなってしまうのだ。
もちろん授業中も教室から出て、自由奔放に走り回る。
信じられない経験をしたあと、さらに事態が悪化するのか
それとも好転するのかわからないまま、大半の子が同じ中学へと
進学した。さまざまな学校の子どもたちと合流するため、
吉と出るか、凶と出るか戦々恐々。
祈るような気持ちだったのが、3年前の春のことだった。
***************************
先生たちの間では、「すごい子どもたちが入学してくる」と
かなりの前評判だったらしい。
「さあ、どうする!」ということにもなったようだ。
そして、先生たちが口を揃えて言った第一声、
「前のことは、知らない。これから新しい生活が始まるんだ!」
と言ってくれたんだよ、と入学式の直後、息子が報告してくれた。
たぶん子どもたち全員が、
「これできっと変われる」と確信したに違いない。
もう、反抗し破壊し続ける生活に傷つき、疲れていたんだと思う。
数々の行いを、一切触れずに今と未来だけを
見つめる姿勢に徹することを学校の方針として貫き通した。
そして、今日きちんとできたことだけをとにかくほめる。
現在できないことを叱る。
以前もこうだったから、今もこうなんだという指導を
しなかった成果だったんだと思う。
子どもたちはあっという間に瞳の輝きを取り戻した。
中学生らしい中学生、という表現にふさわしいクラスにかわり、
学年が上がるにつれて、男女問わず仲良く結束力を強めていった。
体育祭や合唱コンクールでは放課後はもちろん、
朝練のために家を早く出て毎日練習。
優勝できたクラスは歓喜で嬉し涙を流し、
惜しくも負けてしまったクラスは悔し涙で肩を寄せ合う。
そしてその日の夜は、勝っても負けても
マックかファミレスで打ち上げパーティ。
自分の学生時代と重ね合わせて、彼らもまた同じように
若さを謳歌していることが、微笑ましくもあり、懐かしくもあった。
そして、迎えた昨日の卒業式。
卒業証書の名前を呼ばれると元気に返事をし、
ゆったりとお辞儀をし、壇上を降りる前には、
一度立ち止まって客席を見渡してから階段を下りる。
「全員起立!」にはザッ!と短い音と共にビシっと立ち上がる。
最後のお別れの歌では、本当に伸びやかな歌声で歌いあげた。
***************************
3年という月日の間に、いつの間に
みんな、こんなに大きくなったんだろう。
目を見張るほどの成長ぶりに胸が熱くなった。
謝恩会で、担任の先生がこう話してくれた。
「長いこと教師をやっているので、わかるんですよ。
あ、この子は愛されて育っているな、って。
そういう子どもはね、“愛”という文字を背負っているんですよね。
そして今朝、生徒たちにこう言いました。
一生懸命、愛を注いで育ててくれた親に、
(親の席は後ろだから)卒業式最中の
自分の表情を見せることはできない。
でも、感謝の気持ちを精一杯“背中”で伝えろよ!と。」
そうか、だからあんなに気合いが入っていたんだ。
その“気”がひしひしを伝わってきたから
“後ろ姿”でもあんなに泣けたんだ。
式が終わると、隣接する公園へ移動し
後輩たちに制服や、ネクタイなどをあげていた。
そして暖かい春の日差しのもと、
それぞれの親子で記念写真を取り合った。
そんなことは初めてよ!とお兄ちゃんやお姉ちゃんを持つ
お母さんたちが口々に言って驚いていた。
中学生が親となんか恥ずかしくて、一緒に並べないよ、
というのは自然な感情だろう。
でも、小学校の卒業式と中学の入学式がまさに
そんな状態で、一枚も親子で撮った写真がない。
通常の反抗期が数年早くなっただけだったのだろうか?
***************************
最後に晴れた卒業式がこんなにも、ありがたく思えるのは
今までの雨ばかりの入学式と卒業式があったからこそ。
校長先生が、「お父さん、お母さん、本当にお疲れ様でした。
本日、子どもたちが義務教育を終えたということは、みなさんは
“国民としての義務”を立派に果たされた、ということなのです。」
とねぎらいの言葉を述べて下さった。
そうだよな~。そう考えると感激もひとしおである。
これからも、ずっと親子であることに変わりはない。
でも、ひとつの節目を昨日迎えることができた。
背負っている荷を少し軽くして、今までと違うスタンスで
彼と向き合おう。
今回は、私が人生の先輩であることを再確認し、
どんな“後ろ姿”を見せていけるのか、
また新たなスタートラインに立った気分。
来月からいよいよ、高校生。
希望通りの学校に決まり、卒業の淋しさ半分、
ワクワク気分もまた半分のようである。
どんどんと大きくなる息子を、一人の人間として
敬意を表し、見守り応援していこう
3月17日(金)、昨日は息子の中学の卒業式。
小学校の入学式も、卒業式も、
そして、中学の入学式もみごとに雨だった。
朝目覚めた瞬間、無意識のうちに窓を見た。
「晴れてるよ~!」とひとりベッドの上で
大きく伸びをしながらつぶやいた。
その前の晩も、春の嵐のようにすごい風と雨だったから、
いつもの太陽よりも、ずっとずっとなんだか嬉しい。
あっという間の3年間だったし、卒業式だからといって、
特別なにかを期待するわけでもなく、体育館の隅にひっそりと
腰をかけ、遠くから子どもたちの後ろ姿を見守っていた。
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…小学校の5年生の時に「学級崩壊」をしてから、
しばらくの間、そんな荒れ果てたクラスに心を痛め
学校に行けなくなってしまった日々が続いた。
卒業するまでの2年間、先生だけでは手に負えず
給食も掃除も交代で親たちが見守ってお手伝いをした。
そうしないと蜘蛛の子を散らしたみたいに
いなくなってしまうのだ。
もちろん授業中も教室から出て、自由奔放に走り回る。
信じられない経験をしたあと、さらに事態が悪化するのか
それとも好転するのかわからないまま、大半の子が同じ中学へと
進学した。さまざまな学校の子どもたちと合流するため、
吉と出るか、凶と出るか戦々恐々。
祈るような気持ちだったのが、3年前の春のことだった。
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先生たちの間では、「すごい子どもたちが入学してくる」と
かなりの前評判だったらしい。
「さあ、どうする!」ということにもなったようだ。
そして、先生たちが口を揃えて言った第一声、
「前のことは、知らない。これから新しい生活が始まるんだ!」
と言ってくれたんだよ、と入学式の直後、息子が報告してくれた。
たぶん子どもたち全員が、
「これできっと変われる」と確信したに違いない。
もう、反抗し破壊し続ける生活に傷つき、疲れていたんだと思う。
数々の行いを、一切触れずに今と未来だけを
見つめる姿勢に徹することを学校の方針として貫き通した。
そして、今日きちんとできたことだけをとにかくほめる。
現在できないことを叱る。
以前もこうだったから、今もこうなんだという指導を
しなかった成果だったんだと思う。
子どもたちはあっという間に瞳の輝きを取り戻した。
中学生らしい中学生、という表現にふさわしいクラスにかわり、
学年が上がるにつれて、男女問わず仲良く結束力を強めていった。
体育祭や合唱コンクールでは放課後はもちろん、
朝練のために家を早く出て毎日練習。
優勝できたクラスは歓喜で嬉し涙を流し、
惜しくも負けてしまったクラスは悔し涙で肩を寄せ合う。
そしてその日の夜は、勝っても負けても
マックかファミレスで打ち上げパーティ。
自分の学生時代と重ね合わせて、彼らもまた同じように
若さを謳歌していることが、微笑ましくもあり、懐かしくもあった。
そして、迎えた昨日の卒業式。
卒業証書の名前を呼ばれると元気に返事をし、
ゆったりとお辞儀をし、壇上を降りる前には、
一度立ち止まって客席を見渡してから階段を下りる。
「全員起立!」にはザッ!と短い音と共にビシっと立ち上がる。
最後のお別れの歌では、本当に伸びやかな歌声で歌いあげた。
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3年という月日の間に、いつの間に
みんな、こんなに大きくなったんだろう。
目を見張るほどの成長ぶりに胸が熱くなった。
謝恩会で、担任の先生がこう話してくれた。
「長いこと教師をやっているので、わかるんですよ。
あ、この子は愛されて育っているな、って。
そういう子どもはね、“愛”という文字を背負っているんですよね。
そして今朝、生徒たちにこう言いました。
一生懸命、愛を注いで育ててくれた親に、
(親の席は後ろだから)卒業式最中の
自分の表情を見せることはできない。
でも、感謝の気持ちを精一杯“背中”で伝えろよ!と。」
そうか、だからあんなに気合いが入っていたんだ。
その“気”がひしひしを伝わってきたから
“後ろ姿”でもあんなに泣けたんだ。
式が終わると、隣接する公園へ移動し
後輩たちに制服や、ネクタイなどをあげていた。
そして暖かい春の日差しのもと、
それぞれの親子で記念写真を取り合った。
そんなことは初めてよ!とお兄ちゃんやお姉ちゃんを持つ
お母さんたちが口々に言って驚いていた。
中学生が親となんか恥ずかしくて、一緒に並べないよ、
というのは自然な感情だろう。
でも、小学校の卒業式と中学の入学式がまさに
そんな状態で、一枚も親子で撮った写真がない。
通常の反抗期が数年早くなっただけだったのだろうか?
***************************
最後に晴れた卒業式がこんなにも、ありがたく思えるのは
今までの雨ばかりの入学式と卒業式があったからこそ。
校長先生が、「お父さん、お母さん、本当にお疲れ様でした。
本日、子どもたちが義務教育を終えたということは、みなさんは
“国民としての義務”を立派に果たされた、ということなのです。」
とねぎらいの言葉を述べて下さった。
そうだよな~。そう考えると感激もひとしおである。
これからも、ずっと親子であることに変わりはない。
でも、ひとつの節目を昨日迎えることができた。
背負っている荷を少し軽くして、今までと違うスタンスで
彼と向き合おう。
今回は、私が人生の先輩であることを再確認し、
どんな“後ろ姿”を見せていけるのか、
また新たなスタートラインに立った気分。
来月からいよいよ、高校生。
希望通りの学校に決まり、卒業の淋しさ半分、
ワクワク気分もまた半分のようである。
どんどんと大きくなる息子を、一人の人間として
敬意を表し、見守り応援していこう
いつもメールありがとう~
無駄に生きてしまう、なんてことはゼッタイないよ!
すべての出会いと、すべての出来事が、全部自分にとって必要なコトなんだよね。
マイナスと思えることでさえも、必ず未来に前進していくための力に変換できるパワーをみんな持っているんだよ。
もちろん琵琶ちゃんもね!
ご両親には、大丈夫!いつか必ず感謝の気持ちがフツフツと沸いてくる日がくるよ~!