古い鉄筋のお家を取り壊したあと、
1本の樹だけを残してむき出しの更地になって
春がやってきたら紫色の花畑になった。
花の名前は「ムラサキハナナ」
ダイコンの花の一種らしい。
どこからかタネが飛んできたようだ。
緑がうっそうと生い茂った、雰囲気のある建物だったが
老朽化のせいかやむなく取り壊されることになったのだとか。
残った1本の樹は、
家主の意地や心意気だったのだそうだ。
確かに存在した証。
建物はなくなっても樹は
命を育み続けてくれる。
************************
先日の強風で倒れた鎌倉の樹齢1000年の
大銀杏からも無数の新芽が芽吹いた、と何かで知った。
植物の生命力は、私たちに
いつも生きる勇気と希望を教えてくれる。
************************
都会の空き地で久々に見たムラサキハナナの群生。
最近では線路沿いでしかすっかり見れなくなったのに。
20数年前に、お花の教室に見学に行った時、
先生がガラスの器に桜と菜の花と、
そしてこのムラサキハナナをいけていた。
桜色の和紙と、川原で拾ったのよ、という石と一緒に。
新入生歓迎のお花なのだという。
そして、
菜の花とムラサキハナナは近くで摘んできたのよ。と言われ、驚いた。
え?東京のまん中、市ヶ谷なのに?そんな場所あるんですか?
すかさず質問すると、
あるのよ、線路沿いに。
と教えてくれたのだった。
今まで気がつかなかった、
身近に咲く花々のこと。
私は、入学を即決した。
このお花たちに出迎えられて
新しい道に進んでみたい、と思ったのだった。
人生が変わる気がした。
大学を卒業したばかりの、先も見えないスタートだった。
いつまでも学生ではいられない。
一生できる仕事を見つけよう。
不安と期待を抱えながら、
中央線の景色を眺めて通学した。
車窓からは皇居の外堀の、のどかな風景が続いている。
ボートや釣り堀。
そして神田川。
無味乾燥なビル街が続く京浜東北線を
神田で中央線に乗り換え、御茶ノ水を過ぎ
聖橋をくぐると
急に視界が開ける風景が好きだった。
水道橋の駅では
楽しげな声が車内まで聞こえる後楽園遊園地。
できたばかりの東京ドーム。
お堀の縁には迫力のある桜並木。
よくよく見ると、桜の足元には
菜の花と一面のムラサキハナナが咲き乱れていた。
時は、バブルの真っ最中。
世間は華やかににぎわっていたけれど、
その波をあおることなく、ひたすらまじめに
六本木のお花屋さんでバイトをしては、
フラワースクールの学費を稼ぎ、
残ったわずかなお小遣いでささやかに楽しんでいた。
夜の六本木の交差点は
いつもたくさんのお酒を浴びた陽気な人々で
ごった返し、
朝は、けだるそうに眠ったような街で
高速道路の間から、わずかにのぞきこむ太陽が
かろうじて健康を取り戻させてくれるような救いの光だった。
バブルの気配を間近に感じながら、
恩恵にこうむりたいと思わなかった。
それよりも未来のほうがずっと興味があった。
自分の将来のことが何よりも最優先だった気がする。
************************
今でも、4月になると思い出す。
あの日、背中を押してくれた春の花たち。
あの日の直感は本当に正しくて、
気がついてみたら四半世紀の年月が流れていた。
花と出会い、ともに過ごす幸せ。
ずっとずっと、一生お花と関わっていけたらいいな、と
思う気持ちはどんなに時が経っても
きっと変わらない。
1本の樹だけを残してむき出しの更地になって
春がやってきたら紫色の花畑になった。
花の名前は「ムラサキハナナ」
ダイコンの花の一種らしい。
どこからかタネが飛んできたようだ。
緑がうっそうと生い茂った、雰囲気のある建物だったが
老朽化のせいかやむなく取り壊されることになったのだとか。
残った1本の樹は、
家主の意地や心意気だったのだそうだ。
確かに存在した証。
建物はなくなっても樹は
命を育み続けてくれる。
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先日の強風で倒れた鎌倉の樹齢1000年の
大銀杏からも無数の新芽が芽吹いた、と何かで知った。
植物の生命力は、私たちに
いつも生きる勇気と希望を教えてくれる。
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都会の空き地で久々に見たムラサキハナナの群生。
最近では線路沿いでしかすっかり見れなくなったのに。
20数年前に、お花の教室に見学に行った時、
先生がガラスの器に桜と菜の花と、
そしてこのムラサキハナナをいけていた。
桜色の和紙と、川原で拾ったのよ、という石と一緒に。
新入生歓迎のお花なのだという。
そして、
菜の花とムラサキハナナは近くで摘んできたのよ。と言われ、驚いた。
え?東京のまん中、市ヶ谷なのに?そんな場所あるんですか?
すかさず質問すると、
あるのよ、線路沿いに。
と教えてくれたのだった。
今まで気がつかなかった、
身近に咲く花々のこと。
私は、入学を即決した。
このお花たちに出迎えられて
新しい道に進んでみたい、と思ったのだった。
人生が変わる気がした。
大学を卒業したばかりの、先も見えないスタートだった。
いつまでも学生ではいられない。
一生できる仕事を見つけよう。
不安と期待を抱えながら、
中央線の景色を眺めて通学した。
車窓からは皇居の外堀の、のどかな風景が続いている。
ボートや釣り堀。
そして神田川。
無味乾燥なビル街が続く京浜東北線を
神田で中央線に乗り換え、御茶ノ水を過ぎ
聖橋をくぐると
急に視界が開ける風景が好きだった。
水道橋の駅では
楽しげな声が車内まで聞こえる後楽園遊園地。
できたばかりの東京ドーム。
お堀の縁には迫力のある桜並木。
よくよく見ると、桜の足元には
菜の花と一面のムラサキハナナが咲き乱れていた。
時は、バブルの真っ最中。
世間は華やかににぎわっていたけれど、
その波をあおることなく、ひたすらまじめに
六本木のお花屋さんでバイトをしては、
フラワースクールの学費を稼ぎ、
残ったわずかなお小遣いでささやかに楽しんでいた。
夜の六本木の交差点は
いつもたくさんのお酒を浴びた陽気な人々で
ごった返し、
朝は、けだるそうに眠ったような街で
高速道路の間から、わずかにのぞきこむ太陽が
かろうじて健康を取り戻させてくれるような救いの光だった。
バブルの気配を間近に感じながら、
恩恵にこうむりたいと思わなかった。
それよりも未来のほうがずっと興味があった。
自分の将来のことが何よりも最優先だった気がする。
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今でも、4月になると思い出す。
あの日、背中を押してくれた春の花たち。
あの日の直感は本当に正しくて、
気がついてみたら四半世紀の年月が流れていた。
花と出会い、ともに過ごす幸せ。
ずっとずっと、一生お花と関わっていけたらいいな、と
思う気持ちはどんなに時が経っても
きっと変わらない。