今日、とても“残念な結果”が舞い込んできた。
父の姉弟にあたる叔母と叔父の「当地への来訪」が、キャンセルされてしまったのだ。
楽しみにしていた「富士山の見える旅企画(河口湖etc.)」も、流れてしまった。
まず、私のスケジュールが落ち着く今月上旬ぐらいまで待ってもらったが・・・
その後にも日程を決めずに、ずるずると先延ばしにしていたのが原因である。
慌ただしい師走に入ってからでは、“旅行どころではない”との判断のようだ・・・。
「来年の春か、あるいは暖かくなってからにしよう」と、さらっと叔母には言われた。
叔母も高齢者だから、冬はこたえるだろうし、言っていることは“もっともなこと”だ。
しかし、私と父には、あまり時間がない・・・。
半年先のことなんて、約束できない。
日毎、月ごと変わっていく父の体調を目のあたりにして
半年先のことを肯定的にイメージすることは厳しいものがある。
私の中には、“焦り”があった。
「少しでも元気なうちに、連れて行ってあげたかった」
そういう気持ちが、胸の中にあふれていたので、
叔母の言葉は、とてもショックだったのだ。
しかし、冷静に考えてみると、
半年先だって・・・
父の具合は今と変わらず、外出できる状態かもしれないし、
もしかすると、好転している可能性もあるかもしれない。
しかし、「今」をどうにかこうにか生きながらえている私の心は、
“どうしても先延ばしにしたくない気持ち”で満たされてしまったのだ。
何故だろう。
“何故なのだろう”と想いをめぐらせてみると・・・
「父を連れて行ってあげたい」と思う気持ちと同じぐらい、
「私自身が、旅行に行きたかったのだ」、きっと・・・。
そういう意識に、たどりついてしまった。
「げげっ、そうなんだぁ」
私は、自分の心の奥に潜んでいた“本当の思い”に気がついてしまったのだ。
この現実から逃げ出して、数日間でも旅をしたかったのだ。
家事全般から解放され、父を一人きりで見守らなければならない緊張感を解き、
何よりも“自分自身がのびやかに解放される感覚”を抱くことができる。
希望が見えにくい日常からの逃避――それは(今の私には)とても意味あることで、
“旅をする”ということを、私はこのうえなく“楽しみにしていた”のだ。
だからこそ、私にとっては非常にショックな・・・叔母の決断だったのだ。
旅行は、楽しい。
旅は、まさに“出会い”の連続である。
人との出会い、風との出会い、食との出会い、風景との出会い、文化との出会い、
日常と離れた“もう一人の自分自身”との出会い――。
今年の四月には叔母一人が着てくれて、箱根の温泉と、満開のサクラを楽しんだ。
そのときの父は、とてもとても嬉しがった。
そして、楽しんでくれた。
二泊三日の箱根温泉旅行も、御殿場からの富士山も、印象深く残ったようで・・・
ケアマネジャーさんやヘルパーさんに(訊かれもしないのに)何度も何度も話していた。
富士山は、とても奇麗な山だった。
壮麗で、存在そのものに威厳があって・・・素晴らしい景色だった。
父は富士山が大好きだから、本当に楽しい旅だったのだろう。
でも、心から楽しんでいたのは父だけではなかった・・・。
「私もだったんだよね」
楽しかったんだよね・・・ホント。
ナビゲーター、コーディネーター、スポンサー、マネージャー、ドライバー、etc.
何から何まで何役もこなした“忙しい旅だった”けれども、
息抜きと共に、明日への活力も蓄えることができた旅だったから・・・。
また、今秋の旅も心底行きたかったし、とても楽しみにしていたんだ。
残念だぁ。
まぁ~仕方がないから、すっきりとあきらめて、また来年の春以降に想いをはせて、
ネットサーフィンで情報収集しておこうかな。
気持ちをさっぱり切り替えていくのも、ときには必要なことだから・・・ネ。
父の姉弟にあたる叔母と叔父の「当地への来訪」が、キャンセルされてしまったのだ。
楽しみにしていた「富士山の見える旅企画(河口湖etc.)」も、流れてしまった。
まず、私のスケジュールが落ち着く今月上旬ぐらいまで待ってもらったが・・・
その後にも日程を決めずに、ずるずると先延ばしにしていたのが原因である。
慌ただしい師走に入ってからでは、“旅行どころではない”との判断のようだ・・・。
「来年の春か、あるいは暖かくなってからにしよう」と、さらっと叔母には言われた。
叔母も高齢者だから、冬はこたえるだろうし、言っていることは“もっともなこと”だ。
しかし、私と父には、あまり時間がない・・・。
半年先のことなんて、約束できない。
日毎、月ごと変わっていく父の体調を目のあたりにして
半年先のことを肯定的にイメージすることは厳しいものがある。
私の中には、“焦り”があった。
「少しでも元気なうちに、連れて行ってあげたかった」
そういう気持ちが、胸の中にあふれていたので、
叔母の言葉は、とてもショックだったのだ。
しかし、冷静に考えてみると、
半年先だって・・・
父の具合は今と変わらず、外出できる状態かもしれないし、
もしかすると、好転している可能性もあるかもしれない。
しかし、「今」をどうにかこうにか生きながらえている私の心は、
“どうしても先延ばしにしたくない気持ち”で満たされてしまったのだ。
何故だろう。
“何故なのだろう”と想いをめぐらせてみると・・・
「父を連れて行ってあげたい」と思う気持ちと同じぐらい、
「私自身が、旅行に行きたかったのだ」、きっと・・・。
そういう意識に、たどりついてしまった。
「げげっ、そうなんだぁ」
私は、自分の心の奥に潜んでいた“本当の思い”に気がついてしまったのだ。
この現実から逃げ出して、数日間でも旅をしたかったのだ。
家事全般から解放され、父を一人きりで見守らなければならない緊張感を解き、
何よりも“自分自身がのびやかに解放される感覚”を抱くことができる。
希望が見えにくい日常からの逃避――それは(今の私には)とても意味あることで、
“旅をする”ということを、私はこのうえなく“楽しみにしていた”のだ。
だからこそ、私にとっては非常にショックな・・・叔母の決断だったのだ。
旅行は、楽しい。
旅は、まさに“出会い”の連続である。
人との出会い、風との出会い、食との出会い、風景との出会い、文化との出会い、
日常と離れた“もう一人の自分自身”との出会い――。
今年の四月には叔母一人が着てくれて、箱根の温泉と、満開のサクラを楽しんだ。
そのときの父は、とてもとても嬉しがった。
そして、楽しんでくれた。
二泊三日の箱根温泉旅行も、御殿場からの富士山も、印象深く残ったようで・・・
ケアマネジャーさんやヘルパーさんに(訊かれもしないのに)何度も何度も話していた。
富士山は、とても奇麗な山だった。
壮麗で、存在そのものに威厳があって・・・素晴らしい景色だった。
父は富士山が大好きだから、本当に楽しい旅だったのだろう。
でも、心から楽しんでいたのは父だけではなかった・・・。
「私もだったんだよね」
楽しかったんだよね・・・ホント。
ナビゲーター、コーディネーター、スポンサー、マネージャー、ドライバー、etc.
何から何まで何役もこなした“忙しい旅だった”けれども、
息抜きと共に、明日への活力も蓄えることができた旅だったから・・・。
また、今秋の旅も心底行きたかったし、とても楽しみにしていたんだ。
残念だぁ。
まぁ~仕方がないから、すっきりとあきらめて、また来年の春以降に想いをはせて、
ネットサーフィンで情報収集しておこうかな。
気持ちをさっぱり切り替えていくのも、ときには必要なことだから・・・ネ。