Goo・ちょき・パーで、なに作ろう!

定年退職してしまいましたが、再任用でまだまだ老後の蓄えをしなくてはなりません。それでも悔いのない人生にしたいと思います。

イエスの様には言えない 「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」

2015年06月30日 00時34分54秒 | Weblog
2015年6月下旬

学校のカリキュラムは、その時の状況で、臨時の組み替えもあるものです。
それは、新規就農研修生も同じ事。
先週の月曜日は実践農業コース、水曜日はプロ農家養成コースの研修生に穴が空きましたので、自啓館周りの環境整備をしてもらいました。

そもそも自啓館とは、旧学生食堂を改造したものです。
昭和53年の農業大学校開校以来、平成12年の新学生寮が出来るまで使われていたところで、現在は研修室と農産加工室が整備されています。

その東側には旧学生寮が今も残り、それまでの中庭は、毎年の様に3mくらいの雑草が生い茂り、夏にはうっそうとした幽霊屋敷となります。

 
 
今年も研修生の頑張りで、お陰で綺麗になりました。





さて、木曜日の朝7:30。自啓館の開錠をして、綺麗になったものと巡回をしていて超ショッキングな事を発見をしました。
 
一つは、防草のためにと、ツタを植栽し覆っているところを、地面まで出るように、丸刈りにしてありました。
 


4年前ここに来た年の今頃、自啓館周りのあまりにも草ボーボーさに唖然としました。
でも、みんな忙しく、誰も余裕がない。

それから始業前、毎朝のように一人での開墾に着手しました。
草を払ったものの、建物周りとあって、石ばかりの固い砂利土。
ツルハシを使って、延べ、約203平米を耕し、カヤの根塊を出すこと1年。


コンクリート崩れの様な土で、肥料っ気も物理性も悪いために、堆肥を肥料袋に入れては運んで、入れました。



こんなビルの解体後の更地の様な土に、果たして芝が張るのかと、疑心暗鬼な日々が続きましたが、全部の開墾地に堆肥を入れ続けました。
それからやっと、芝(野芝)を植えました。



2年目、芝を植えたものの、日照時間の少ない建物と建物の間はなかなか育ちません。
そこで、そんな場所には、地這いの植物(ツタ・ヘデラ・多肉植物)の植栽を切り替えました。
自宅の庭で雑草の様に強く繁茂する証明済みの品種です。
思惑は当たり、どんどん、伸びていきます。



地這い植物が繁茂すると、他の雑草はだんだんと負けていき、草取り労力も減っていきました。
これで、管理する者が居なくても、草刈りの必要も無くなると期待していました。



2年目の第1期植栽の成功で、朝(始業前)の作業が減った分、日当たりの良い南側の難所を、3年目の第2期植栽として着手しました。去年H26の事です。
ここを後回しにした理由がありました。
工事廃土を固めた最悪土で、雑草もろくに育たない様な、土っ気が無い盛り土でした。



ここも先ずは、ツルハシの出番でしたが、難航しました。
耕したら堆肥投入。
植栽する苗は、既に大きくなった所を刈り取って自給としました。



旧女子寮側は、野いちごに覆われていました。



適当な苗に切り分けて、1本1本植えます。



毎朝、始業前に汗だくになります。



少しずつ、自分の本来の仕事に支障を出しては意味がありません。
信じるのは、早起きと、”継続は力なり”です。



去年の第2期植栽地も順調に根を張りだし、地上もだんだんと覆われ、コンクリート通路まで伸び始めていました。

ところが、3年がかりで覆ってきた地這の
ツル・ヘデラ類を、(約25平米)一部とは言え無惨にも刈り取った研修生が居たのです。
ほぼ完成で、これで毎朝の草取りも終わると思っていたところなのに。
また、雑草が盛り返してくるに違いない。
しかも、刈ったツタはその場にこんもりと積んだまま~これでは蒸れて、生き残った地下の株も腐れてしまう。



コンクリート通路に伸び出した部分は、刈り取って、北側~西側の未着手部分に植栽を考えていた矢先の事。
綺麗にとは言わない。無惨にも刈り払い機で刈り取っている!
特に発根の少ないワイヤープランツは、連日の雨で珍しく発根し、『これを刈り取れって植えたら、根付きもいい苗になるはず。』と楽しみにしていた矢先。
第3期植栽に取り組む気力は、完全に無くなった。ボランティア的な取り組みはもう止めよう。 そう、誓った。




究極、逆鱗きわまったのは、このアジサイ!
今年は加工室の西側角にアジサイが1株、花を咲かせました。

3年前のちょうど今頃、僕の早朝作業を密かに観察していたH校長が、5株のアジサイの苗をくれて、植えたもの。
梅雨明けしたら、コンクリート崩れの砂利土の悪さか、排水が良すぎて乾き易く、水掛けが追いつかず、とうとうこの1株になった。
去年は、わざと花を摘み、体の生長を優先させ、今年は4本仕立てで、60cmくらいまでに生長し、花房も4房くらい着いていた。
貧弱ではあるが、面倒を見てきたアジサイだったために、小さな薄紫の花を毎朝見るのが楽しみだった。

それを、無惨にも、しかも何回かに切り分けて、終いには10cmくらいの地際で刈っている。


 
これを発見して、しばらく呆然と固まった。
そして、原因を考えた。
『ココは切るな!』と、事前に場所を指定して言わなかった自分が悪いのか?
 
『仮にも農業・植物の研修生だろ~3ヶ月も居て、今年の研修生には、これが人為的に、人の手が入った植物・花類かどうかの区別、これが雑草かどうかわからんのかな?刈って良いかどうか、迷わなかったのか?それが分からないレベルが、新規就農研修生なのか?』
と、研修生を責める方が強くなってきた。
 
実践、プロの誰がしたのかは問わないし、聞きたくもない。

人知れずバカみたいに取り組んできた環境整備の時間・汗を考えると、イエスキリストの様な冷静な包容力は自分にはないと分かる。

 「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」
 (ルカによる福音書 23章34節)

 十字架でヤリに刺されながらも、そう言って赦せるイエスと、自分は違う。
沸点が低い感情的な自分だから、聞いたらたぶん、残り数ヶ月、いろいろと影響が出てくるだろう。
 なんの環境整備してもメリットも評価もない反面、こんな事で研修生に因縁を付け、問題教師と言われる様なことを起こすのは避けよう。

 ”立つ鳥跡を濁さず”
まあ、植物だから、自然と回復するかもしれない。

”後は野となれ山となれ”は、無責任発言と言うよりも、自分を落ち着かせる含蓄のある名言なのだ。ここも潮時という事だろう。

二度ある事は三度ある対策とりました!









 

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