黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

白柴タバサちゃんの瀧興寺参拝記(法印のカヤ)

2020-01-17 21:12:46 | 群馬県・旧勢多郡

タバサねーちゃんは、不機嫌でした。

おかあさんは、お出掛けなのに、連れて行ってくれないのです

「また、今度ね」といいながら、ちっとも約束を守ってくれません

「午前中は歯医者さんだから、午後お出掛けしようね

 

午後、ひめちゃんちから10分未満のドライブコースですけど、(桐生市新里町)関の瀧興寺(りゅうこうじ)に行ってきました。

本来の山門ではなく、東の道から駐車場にはいります。

今は無住のようですけど、きれいに整備されています

向拝には立派な竜です

大きな本堂です

 

たしか、大カヤがあったはずだけど?

 

ありました。

本来の山門からは、しっかり見える位置にあります。

新里村時代の文化財の指標があります。

榧(かや)の木・虚空蔵菩薩ともに、桐生市の指定になってます。

でも、桐生市からは一切資金的補助はないと思います

常広寺の弁財天堂は、桐生に合併するとき、桐生市の重要文化財にしてやるけど一切お金は出しませんと言われたそうです

虚空蔵菩薩像は、石造物のはずですけど、まるで衣類を着ているようです

榧(かや)の木は、二股に分かれています

タバサちゃんの足下に何かあります。

榧の実が落ちています。

この木は、雌木だったのです

クンクン、どこのワンコが来たのかな?

タバねーちゃん、耳はほとんど赤柴です

榧(かや)の木を見上げます。

説明板はありませんけど、まあ樹齢300年くらいかな?

 

桐生市のHPに、市指定天然記念物として、「瀧興寺の法印のカヤ」がありました。

寺へ入って参道をゆくとまもなく西側に大きな榧があります。目通りは3.8メートル、根廻りは3.8メートルで、樹高は約20メートルもあります。第12世尊盛和尚が、経文100部を読誦していたとき、花瓶のカヤから根が生えてきました。尊盛和尚はさっそくこのカヤを境内に植えました。それは、安永元年(1772)3月21日のことでした。その後、カヤはすくすくと生長しました。そして、そのカヤはいつの頃からか「法印のカヤ」と言われるようになったと伝えられます。

そうすると、樹齢は約250年です。

 

 

本来の参道から、境内に入り直しです。

確かに西側に大きな榧の木が見えます

 

境内の入り口に、瀧沢不動尊からの道程の終点を示す76丁抗があります。

桐生市のHPによれば、

その大滝のふもとの堂宇は天明2年(1782)の火災で焼けてしまいました。尊盛和尚はその再建に努力し、記念として不動尊から瀧興寺までの道程に丁抗(1丁は約109メートル)を設置しました。

(尊盛和尚は)やがて瀧興寺は第13世の尊英にゆずり、自らは不動尊の別当(お守りする)になったと伝えられています。

 

瀧沢不動尊ですか

粕川の上流の秘境ですよね

これと同じような丁抗を、関の摩崖仏でみました。

どこからの距離なのかやっとわかりました


参道を入ります。

鐘楼堂の脇に、ちょっと痛々しい石造物です


本堂の脇には、赤い帽子がかわいい新しいお地蔵様です


本堂裏の高台には観音様です。

階段ではなく、本堂裏の坂道から参拝します。

あたちも参拝です

きょうのお出掛け、満足満足

まそのうちに、お出掛けしようね


 

 

 

 

 

 

 

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