新・悟りを求めて~

自由が故に退屈化し得る現代社会での日々へ、
新たな刺激を与えるべく、新たにブログ開設を…

小人と大人の違い

2019-10-10 11:10:16 | 認識論

「小人と大人の違い」、言い換えるなら、
「初心者と経験者の違い」。

小学校の児童達を観ていて思う事。
低学年から中学年、そして高学年の児童達の相違。
通常級から特別支援学級の児童達の相違。

先生の注意や指示に直ぐ従える児童とそうでない児童の相違。

それは、最近、私の始めたスマホのゲームを
やり続けている私の認識変化・成長と似ている。

そのゲーム、家内がやっていて、面白そうだから始めた。
当初は、全く訳も分からず、家内の真似や言う事を参考にやっていた。

だんだんと、クリヤーできた。クリヤーできなかった。
その違いから、
『こうすればクリヤー成功』⇔『ああしたから失敗』…
そんな事が分かってきた。

しかし、さっき成功したやり方が、今は失敗…となったりして…
なかなか、絶対に成功するクリヤー方法が修得でき難い。

自己のゲーム体験と他者(児童達)の成長観察で以下のような事を思った。


失敗は、初めから、その人の頭の中に「ある」モノではない。
失敗は、その人が、ある行為・行動から
心底、悔しい・悲しいといった不快感を実感した時、
それが失敗と認識されるモノなのだろう。

逆に、ある行為・行動から嬉しい・喜びといった快感を実感したなら
それは成功と認識される。

成功は、感情として人間の共通認識である。
しかし、その成功の行為・行動は中身は、
十人十色・千差万別であろう。


論理的には、己の目的と、その結果が合致したとき、
そこに快感・成功感が生じる。
目的と結果の合致がない時、それは失敗感となる。

例えば、テストを受ける時に、
その目的が
「満点を取る」
「確り勉強をする」
「休まずテストを受ける」
「前回より高い点数を取る」
「テストを楽しむ」
「テストに参加する事で実力を付ける」……

色々な目的の設定が可能である。
この時、極論として、
99点でも成功感のない児童、
0点でも。成功感のある児童、もあり得る。

もっとも…現代の学校では、
児童が0点を取って。褒める教師はないだろうから…
0点で成功感は、ありえないのだろうが…


私のやり始めたゲームのクリヤー状態とは、
ゲーム作成者が決めたモノである。

だから、私の成功感は、その製作者の認識に合わせる必要があろう。
それでも、「例えクリヤーできずともゲームを楽しむ」快感は持ち得る。

しかし、それは、ゲームの初心者の頃だけで、
そのゲームの上達を望むなら、
「ケームを楽しむ」てはなく、
「ゲームをクリーする」と目的を変更せざるを得ないモノであろう。


小学一年生が、学校での日々を楽しそうに笑顔で過ごす姿から、
高学年の児童達から、その笑顔が見られなくなっていく変化でもあろう。

















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4 コメント

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Unknown (愚安亭主)
2020-01-02 00:46:31
小人に対立する言葉は君子です
返信する
一流の固さ! (自由びと)
2020-01-05 14:30:29

頭の固さは一流ですね。
「小人」の意味色々です。


「小人」の意味―goo国語辞典


しょう‐じん〔セウ‐〕【小人】
の解説
1 幼少の人。子供。しょうにん。⇔大人 (たいじん) 。
2 身長の低い人。また、からだが並みはずれて小さい人。
3 度量や品性に欠けている人。小人物。「小人の腹は満ち易し」⇔大人 (たいじん) 。
4 身分の低い人。
「―の家の女つつしみて身をもて」〈十訓抄・五〉
5 男色の相手をする少年。若衆 (わかしゅ) 。
「―のもてあそび七百二十五人」〈浮・一代男・一〉

返信する
文章中の言葉の意味 (自由びと)
2020-01-05 14:48:03


言葉の意味は色々とあります。
ここでの「小人」の意味は、
この記事の中で使われている「小人」の事です。

それは、
「君子」の対比ではなく、「大人」に対比させた「小人(子供)」の事です。
こんな事…
普通なら記事の内容から了解可能なのに…

一流の固さを持ったお宅の頭では、
それも無理だったようですね。

返信する
Unknown (タマゴ)
2020-02-07 14:44:10
やれやれソクラテス、ついに天寿堂さんを騙るようになりましたか(呆れ)。
返信する

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