『月の女王』8冊目のノートから、抜粋。
「屋上、か」
「ああ。なんとかとバカは高いところが好きっていうからな」
「ちょ、ちょっと、何がいるっていうの?」
「だからバカがいるんだよ」
軽口をたたきながらもクリスの表情は真剣だ。
工場の壊れかけた鉄の非常階段はのぼるたびに大きな悲鳴をあげる。壁のあちらこちらにスプレーでいたずら書きがされていて、週末にどんな連中が集まっているのかを連想させている。
「よし、屋上ついた。と・・・・・・」
屋上にたどりついた三人の目に入ったのは長身の男。朝日を背にしてたっているのでシルエットしか見えない。だが、クリスが「やっぱり」とつぶやいたのを香は聞き逃さなかった。
「ねえ、知ってる人・・・?」
小声でいった香にクリスは苦々しく肯いた。
「オレの・・・・・・いとこだ」
「いと、こ?」
『ハイ!クリストティ!』
男は嬉しそうにクリスに向かって手を振ると、
『久しぶりだね。何年・・・・・・』
「ここは日本だ。日本語で話せ、ジーン」
「おやおやおや・・・・・・」
クリスの冷たい口調に男は大げさにため息をついてみせた。
「久しぶりの再会なのに冷たいネェ、クリスティ」
ニッと笑った男の笑顔は不敵な感じがする。
「何が目的だ?あんな大人数催眠誘導してきて。なんのつもりだ?」
「なんのつもりって、それはもちろん香さんを敬愛する叔父上さまのところに連れて行くためだヨ。命令だからネ。今がチャンスだネ」
「そんなことできると思ってんのか?三対一で」
「三対一?」
ジーンは、クリス、イズミ、そして自分を指差し、
「一、二、三・・・・・・ほんとだ。三対一だネ」
「何を言って・・・・・・」
「だって、さ、ネェ、古沢イズミさん」
カツカツと音をたててこちらに歩いてくると、
「キミの大事なお姉さん、ボクの兄と結婚してるんだよネェ。それに最近、古沢の事業もあまりうまくいってないらしいネェ。キミがこのままホワイト家の命に逆らったらどうなるのかナァ」
「ジーンッてめぇ・・・」
「そうそう、クリスティ、アリスティは元気カナ?ケガでもしてないといいけど」
さっとクリスの顔面が蒼白した。
「お前、まさかアリスに・・・・・・」
「やだナァ、何もしてないヨ。今はまだ、ネ」
「てめぇ・・・」
にぎりしめたこぶしがふるえている。
ジーンの方はくすくすと笑ったままだ。茶色がかった金髪、灰色がかった碧眼。クリスと顔のつくりは似ているが、雰囲気がまったく違う。
「さぁ、クリスティ、イズミさん。香さんをこちらに連れてきてください。肉親を傷つけられたくないのならネ。ほら、イズミさん・・・・・・」
「断る」
腕を組んだまま、イズミが無表情に言い放った。
「え?今なんて・・・・・・」
「断る、といったんだ。姉や両親がどうなろうと私の知ったことではない。そんなものは香とくらべものにならない」
「イズミくん・・・」
呆然としたように香がつぶやく。イズミは平然とジーンを見返した。
「そんなものを盾にしようとするとは心外だな。ジーン=マイルズ=ワルター。自分こそ両親の命などチリの重さにも感じていないくせに」
「あいかわらずクールだネ、イズミ。でもあのころのキミは姉さんを自分のことより大切にしていたのにナァ」
「人一人が守ることができるのはたった一人だ。今の私には香が一番大切だ。他は何もない」
「ふーん・・・・・・そう。じゃ、クリスティ、キミはどうする?」
「オレは・・・・・・」
「あぁ、そうか。キミもイズミと同じ?いや、ちょっと違うネ・・・キミはアリスティを憎んでいるのだっけネ?」
「な・・・・・・っ」
おもしろそうにジーンはクリスの青ざめた顔をのぞきこみ、英語に切り替えた。
『よく考えてみたらボクの勘違いだね。クリスティ。キミがアリスティを見殺しにするなんて当然だよね。一度はその手で殺そうとしたんだものね」
「・・・・・・!」
ジーンの言葉にクリスは苦しげに顔を背けた。ジーンは悦に入ったように、
『しょうがないよ。アリスティのせいでキミの母親は死んだんだもの。殺したくなるのもわかるよ』
「・・・・・・」
「あの・・・私、話がちっともつかめてないんだけど・・・」
香は眉を寄せてジーンを見返し、
「とりあえず、あなた、誰?」
「おや、失礼。自己紹介していませんでしたネ」
にっこりとわざとらしい笑みをうかべ、ジーンは優雅に頭を下げた。
「ハジメマシテ。ジーン=マイルズ=ワルターです。クリスティとはいとこという関係です。クリスティの母と僕の母は双子の姉妹なのです。ですから彼とは兄弟のように育てられました。小さいころのクリスティはそれはそれは天使のようにかわいらしく・・・・・・」
「そんなこと別に聞いてないんだけど」
「おや、では、何がききたいのですが?」
「あなたの目的よ。私を叔父さんのところへ連れていくっていったわよね?どうして?」
「どうしてって、命令でして・・・。あなたはホワイト家にとって重要な存在なんですヨ。月の姫」
「月の・・・姫?」
『・・・・・・ジーン』
ききかえそうとした香の言葉に重ねてクリスは哀願の目をいとこに向けた。
『頼む・・・アリスには手を出さないでくれ。あいつは何も知らないんだ』
ジーンは軽く肩をすくめ、
「だったらサ、月の姫をこっちにわたしてヨ。そうしたらアリスティには手をださないヨ」
ジーンの言葉にクリスは目をふせたが、
「・・・・・・・・・」
ふりかえり、そっと香の手を取った。
「え・・・・・・」
「クリストファー様・・・・・・?」
香とイズミが目を見開く。ジーンはにっこりと、
「そうそう。クリスティ、いい子だネ・・・」
「・・・・・・・・・」
クリスは香の手をつかんだまま、ゆっくりとジーンの方に視線をうつし、
「・・・・・・ジーン」
「なにかナ?クリスティ。早くこちらに姫を・・・・・・」
「香は渡さない」
つかんだ手にぎゅっと力をこめ、クリスは言い切った。
「冗談じゃねぇよ。誰がてめぇのいいなりになるかよ」
「・・・・・・アリスティはどうする?」
「アリスは・・・アリスもオレが守る。香も渡さない。せっかく・・・・・・せっかくつかんだもの、オレは離さない!」
どっとクリスの体が青いオーラに包まれた。
--------------------
長い・・・ので今日はここまで・・・。
せっかくなので、書いてあるラストまで丸丸うつすことにしました。
実はこのジーン=マイルズ=ワルターの存在も、読み返すまでスッポリ忘れておりました^^;
たぶん高3の受験のせいで中断して、そのまま20年以上経っちゃったんだよね~^^;
ではでは続きは明日。。。
「屋上、か」
「ああ。なんとかとバカは高いところが好きっていうからな」
「ちょ、ちょっと、何がいるっていうの?」
「だからバカがいるんだよ」
軽口をたたきながらもクリスの表情は真剣だ。
工場の壊れかけた鉄の非常階段はのぼるたびに大きな悲鳴をあげる。壁のあちらこちらにスプレーでいたずら書きがされていて、週末にどんな連中が集まっているのかを連想させている。
「よし、屋上ついた。と・・・・・・」
屋上にたどりついた三人の目に入ったのは長身の男。朝日を背にしてたっているのでシルエットしか見えない。だが、クリスが「やっぱり」とつぶやいたのを香は聞き逃さなかった。
「ねえ、知ってる人・・・?」
小声でいった香にクリスは苦々しく肯いた。
「オレの・・・・・・いとこだ」
「いと、こ?」
『ハイ!クリストティ!』
男は嬉しそうにクリスに向かって手を振ると、
『久しぶりだね。何年・・・・・・』
「ここは日本だ。日本語で話せ、ジーン」
「おやおやおや・・・・・・」
クリスの冷たい口調に男は大げさにため息をついてみせた。
「久しぶりの再会なのに冷たいネェ、クリスティ」
ニッと笑った男の笑顔は不敵な感じがする。
「何が目的だ?あんな大人数催眠誘導してきて。なんのつもりだ?」
「なんのつもりって、それはもちろん香さんを敬愛する叔父上さまのところに連れて行くためだヨ。命令だからネ。今がチャンスだネ」
「そんなことできると思ってんのか?三対一で」
「三対一?」
ジーンは、クリス、イズミ、そして自分を指差し、
「一、二、三・・・・・・ほんとだ。三対一だネ」
「何を言って・・・・・・」
「だって、さ、ネェ、古沢イズミさん」
カツカツと音をたててこちらに歩いてくると、
「キミの大事なお姉さん、ボクの兄と結婚してるんだよネェ。それに最近、古沢の事業もあまりうまくいってないらしいネェ。キミがこのままホワイト家の命に逆らったらどうなるのかナァ」
「ジーンッてめぇ・・・」
「そうそう、クリスティ、アリスティは元気カナ?ケガでもしてないといいけど」
さっとクリスの顔面が蒼白した。
「お前、まさかアリスに・・・・・・」
「やだナァ、何もしてないヨ。今はまだ、ネ」
「てめぇ・・・」
にぎりしめたこぶしがふるえている。
ジーンの方はくすくすと笑ったままだ。茶色がかった金髪、灰色がかった碧眼。クリスと顔のつくりは似ているが、雰囲気がまったく違う。
「さぁ、クリスティ、イズミさん。香さんをこちらに連れてきてください。肉親を傷つけられたくないのならネ。ほら、イズミさん・・・・・・」
「断る」
腕を組んだまま、イズミが無表情に言い放った。
「え?今なんて・・・・・・」
「断る、といったんだ。姉や両親がどうなろうと私の知ったことではない。そんなものは香とくらべものにならない」
「イズミくん・・・」
呆然としたように香がつぶやく。イズミは平然とジーンを見返した。
「そんなものを盾にしようとするとは心外だな。ジーン=マイルズ=ワルター。自分こそ両親の命などチリの重さにも感じていないくせに」
「あいかわらずクールだネ、イズミ。でもあのころのキミは姉さんを自分のことより大切にしていたのにナァ」
「人一人が守ることができるのはたった一人だ。今の私には香が一番大切だ。他は何もない」
「ふーん・・・・・・そう。じゃ、クリスティ、キミはどうする?」
「オレは・・・・・・」
「あぁ、そうか。キミもイズミと同じ?いや、ちょっと違うネ・・・キミはアリスティを憎んでいるのだっけネ?」
「な・・・・・・っ」
おもしろそうにジーンはクリスの青ざめた顔をのぞきこみ、英語に切り替えた。
『よく考えてみたらボクの勘違いだね。クリスティ。キミがアリスティを見殺しにするなんて当然だよね。一度はその手で殺そうとしたんだものね」
「・・・・・・!」
ジーンの言葉にクリスは苦しげに顔を背けた。ジーンは悦に入ったように、
『しょうがないよ。アリスティのせいでキミの母親は死んだんだもの。殺したくなるのもわかるよ』
「・・・・・・」
「あの・・・私、話がちっともつかめてないんだけど・・・」
香は眉を寄せてジーンを見返し、
「とりあえず、あなた、誰?」
「おや、失礼。自己紹介していませんでしたネ」
にっこりとわざとらしい笑みをうかべ、ジーンは優雅に頭を下げた。
「ハジメマシテ。ジーン=マイルズ=ワルターです。クリスティとはいとこという関係です。クリスティの母と僕の母は双子の姉妹なのです。ですから彼とは兄弟のように育てられました。小さいころのクリスティはそれはそれは天使のようにかわいらしく・・・・・・」
「そんなこと別に聞いてないんだけど」
「おや、では、何がききたいのですが?」
「あなたの目的よ。私を叔父さんのところへ連れていくっていったわよね?どうして?」
「どうしてって、命令でして・・・。あなたはホワイト家にとって重要な存在なんですヨ。月の姫」
「月の・・・姫?」
『・・・・・・ジーン』
ききかえそうとした香の言葉に重ねてクリスは哀願の目をいとこに向けた。
『頼む・・・アリスには手を出さないでくれ。あいつは何も知らないんだ』
ジーンは軽く肩をすくめ、
「だったらサ、月の姫をこっちにわたしてヨ。そうしたらアリスティには手をださないヨ」
ジーンの言葉にクリスは目をふせたが、
「・・・・・・・・・」
ふりかえり、そっと香の手を取った。
「え・・・・・・」
「クリストファー様・・・・・・?」
香とイズミが目を見開く。ジーンはにっこりと、
「そうそう。クリスティ、いい子だネ・・・」
「・・・・・・・・・」
クリスは香の手をつかんだまま、ゆっくりとジーンの方に視線をうつし、
「・・・・・・ジーン」
「なにかナ?クリスティ。早くこちらに姫を・・・・・・」
「香は渡さない」
つかんだ手にぎゅっと力をこめ、クリスは言い切った。
「冗談じゃねぇよ。誰がてめぇのいいなりになるかよ」
「・・・・・・アリスティはどうする?」
「アリスは・・・アリスもオレが守る。香も渡さない。せっかく・・・・・・せっかくつかんだもの、オレは離さない!」
どっとクリスの体が青いオーラに包まれた。
--------------------
長い・・・ので今日はここまで・・・。
せっかくなので、書いてあるラストまで丸丸うつすことにしました。
実はこのジーン=マイルズ=ワルターの存在も、読み返すまでスッポリ忘れておりました^^;
たぶん高3の受験のせいで中断して、そのまま20年以上経っちゃったんだよね~^^;
ではでは続きは明日。。。