(長編「旅立ち」のラストあたりの、浩介視点になります)
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どうして「会わない」なんて選択をしたのだろう。
あらためて気付かさせられた。おれは、慶がいないと生きていけない。
受験のため1月下旬から、おれは学校に行くのをやめた。慶に触れたい、という脳の動きが、受験の妨げになっている気がしたからだ。
そのころからの記憶はあやふやだ。ただ、ずっと追い詰められていた。ずっと苦しかった。
そして、すべり止め、というより、試験に慣れるため、というつもりで受けた大学に落ちてしまい、極限状態に陥った。
落ちた、と母から報告を受けたであろう父の、「お前は本当に出来損ないだな」と言いたげな冷酷な目。
「どうしてあんなレベルの学校に落ちたの? お母さん恥ずかしくて近所の人にも言えないわ。ねえ、ちゃんと寝てる? 寝ないと本領発揮できないわよ。とにかく本命に落ちるわけにはいかないんですからね。あなたは昔から本番に弱いところがあるからお母さんそれが心配で。やっぱりこの前ついていってあげればよかったわね。電車で酔ったんじゃない? だからあんな学校に落ちたんでしょう。本命の試験の時はお母さんついていってあげるから。とにかく本命は絶対に受からないと………」
延々と続く母の呪文のような言葉。
ウルサイ、ウルサイ、ウルサイウルサイ!
頭がおかしくなる。もう、耐えられない。焦って焦って、必死に参考書を読んでも少しも言葉が入ってこない。息ができない……苦しい……
そんな状況の中、何日たったのだろう……
「こうすけっ!」
「!」
慶の声。一瞬で部屋の空気が清涼なものに変わった。それから、ドアを蹴られる音。
「開けろっおれだっ」
「………慶」
久しぶりに見る慶。心臓が鷲掴みされたようになる。記憶よりもずっと鮮やかで、眩しい瞳の慶……
頬に触れられただけで、おれをまとっていた灰色の膜がすーっと浄化していった。
抱き寄せられたら、呼吸が楽になった。おれは慶がいてくれないと、息を吸う方法さえ忘れてしまうようだ。
どうして会わないなんて選択をしたのだろう。
あらためて気付かさせられた。おれは、慶がいないと生きていけない。
抱きしめて、ベッドに組み敷く。おれのベッドに慶がいる……それだけでももう、滾るものを抑えられない。
「夢みたい……」
「夢?」
聞きかえした慶の白い耳に口づける。慶がくすぐったそうに首をすくめた。かわいい。
「うん。慶の夢、たくさんみたから」
「どんな夢だ?」
「んー………」
それは………とても言葉にできないような……。
「言えないような夢なんだろー?」
「………うん」
笑う慶の唇にそっと唇を下ろす。記憶よりももっと水々しい唇。
『おれはどんな浩介だって、大好き、だからさ』
さっきの慶の言葉………。
好き、なんて、言ってくれたの、いつ以来だろう。
『何度シュートしても入らなくてもあきらめなかったお前を思い出せ』
慶。あなたの瞳に写るおれは、いつでも一生懸命で、まっすぐで。なりたかった自分の姿がそこにはある。
そうだよね。そうだったよね。慶。もう、おれは昔のおれじゃないんだよね。
『おれはそんなお前を好きになったんだから』
そんなおれになれたのは、慶のおかげだよ。慶がいなかったら、おれはずっと大嫌いな自分のままで、今頃この世に存在すらしていなかったかもしれない。
慶。おれの光。
慶がいてくれるから、おれは生きていられる。
慶がいてくれれば、おれはなりたかった自分でいられる。
「なにニヤニヤしてんだよ?」
慶がおれの頬をつつきながら問いかけてくる。慶、なんて可愛いんだろう。
「さっきの慶の言葉思い出して……」
「言葉?」
「うん。だって慶が大好きっていってくれるなんて……」
頬に額に瞼に口づけると、慶がまたくすぐったそうに笑った。その頬を囲っておでこをくっつける。
「ねえ、もう一回言って?」
「……そんなの言わなくても分かるだろ?」
分かるだろ、だって。それはそれで嬉しいけど……
「分かるけど、言ってほしいの」
「あー………」
慶がうんうん唸りながら、おもむろにおれのズボンのボタンを外しはじめた。
「慶?」
「いや……さっさとやることやらないと、お前の母さんが買い物から帰ってきちまうかな、と思って」
「やることって……」
「え? やるんだろ? つか、さっきからやるき満々だし、お前の息子」
「ちょ……っ」
下ろされたズボンからピョコンと飛び出してきたおれの息子君……
「そりゃ慶が大好きなんていうから」
「大好きっていうと元気になんのか?」
「そりゃなるよ。だって……、あ」
掴まれて、ゆっくりと扱かれる……
慶がおれのものをジーッと見つめながら言う。
「ダイスキダイスキダイスキ、あ、ホントだ。大きくなった」
「け……いっ、もう、ふざけて……っ」
一年ぶりの慶の細い指。繊細でそれでいて力強くて……
「夢の中では何してたんだ?」
「んん………っ」
慶の左手がおれの袋を弄びながら、右手はゆっくりとスライドして、先に来るたびに、指先で先走りが出ているあたりを刺激してくる。もう、すぐにでもイってしまいそうだ……。
「やっぱ入れてた?」
「ん………」
ビクビクと腰が浮いてしまう。寝不足もあって余計に頭が朦朧としてくる。
「お前がおれに? おれがお前に?」
「おれが……慶に」
朦朧としたまま正直に答えてしまった。
でも、その先は心の中に押しとどめる。夢の中の慶は淫らで色っぽくて、おれが腰を突き上げるたびにいい声で喘いで……
「じゃ、夢の通りやってみるか」
「え」
健康的に明るい慶の声に、我に返る。夢の通りって……
「え……でも」
「でもじゃなくて。やってみようぜ?」
「でも………」
一年前は、慶が痛そうだったので、すぐにやめてしまった。今回も同じことになりそうで……
「ほら早くやるぞ。時間がない」
慶はさっさとズボンを下着ごと脱ぐと、おれの足に足を絡めてきた。素肌のすべすべの足が気持ちいい。慶は体毛が薄いので、脛毛も生えていないのだ(本人は気にしていて、おれの脛毛が羨ましいと言っているけど)。
「やるぞって、でも……」
「いいからいいから。あの薬どこにある?」
「うん……」
ベッドの下に隠してあった、潤滑作用のあるジェルの容器を取り出す。「はやくはやく」とせかされながらジェルを手に取った時点で、ふと思いついた。
とりあえず、指で慣らしてみたらどうだろう。
「慶、先にちょっと指入れてみるね」
「え?! ………ちょっ」
ジェルをまとわせた中指を、ゆっくりと慶の中に入れてみる。思ったよりもスルリと入った。今、第二関節くらい。
「……どう? 痛い?」
「……っ」
慶が歯を食いしばりながらブンブン首を振る。
「痛くはないんだけど……なんか、すっげえ、変っ」
「そっか」
すっと引き抜く。途端にホッとしたように慶が息をついた。でも直後にハッとしたように言う。
「いや、これでやめてたらいつまでたってもできねえじゃん」
「うん……でも」
ジェルのついた手で、慶のものを掴むと、慶が素直にビクッと震えた。
「ほら、受験終わるまではしないって約束だったし」
「んん……っ」
扱きはじめた途端に、慶の瞳が切なげに揺れた。一年前も思ったけど……慶、感度がものすごくいい。すぐに固くなる。
喘がせたくなって、スピードを速めると、
「ちょ、ちょっと待てっ。待てってばっ」
いきなり腕を掴まれ強制的にやめさせられてしまった。
「なんで?」
「なんでってお前速すぎんだよっ。前の時も思ったけど、なんでそんな速くできんだよっおかしいだろっ」
「おかしいって言われても……」
掴んだまま制止していると、慶はムッとしたように言葉を続けた。
「あれからおれも自分でやるときお前のスピード目指してかなりいい線までいくようになったけど、今、思った。お前のほうが全然速いっ」
「…………」
自分でやるときって……。慶の自慰行為の姿を想像したら、ムクムクと起き上がってきてしまった。
それに気が付いた慶が、指先でそっと撫でてくる。
「慶………っ」
腰が浮き上がる。それ……気持ち良すぎるっ。
「慶こそ……っそれどうやってるの?一年前も思ったけど、おれ、自分じゃできない……っ」
「………企業秘密」
慶は嬉しそうにニッとすると、んーっと言って唇を少しとがらせながら、こちらに顔を寄せてきた。
か……かわいすぎる……っ。
「慶………」
そのかわいい唇をそっと歯をたてて噛むと、慶が赤い舌を小さくだして唇をなめてきた。たまらない……。その舌を吸い込み、絡める。
ゆっくりと扱くのを再開する。キスの合間の息があがってくる。
「こ……すけ……っ」
「ん……っ」
なんとか理性が飛ぶ前に、枕元のティッシュを何枚か引き出し手に取る。
扱く速度を合わせると、体を合わせているような感覚に陥る。一つになってる気がする。
一緒にいきたい。気を抜いたらすぐにイク状態で、必死にこらえながら、慶のものを扱き続けていたら、
「あ……っ、イクッ」
「!」
ぎゅううっと強く手首をつかまれた。同時に、おれの手の中の慶が、ぶわっと更に大きく熱をもち、切ない声とともに、熱を吐き出す。
「んんっ」
一緒におれも気を投げ出す。一気に放出される。なんて快感……
ドクンドクンッとあそこと心臓が同時に波打っている……
「あー……」
しばらくの静寂のあと、慶が絞り出すように言った。
「気持ち良すぎた……」
「うん……」
ぼやっとしている慶。かわいい。
ティッシュで滴をふいてあげていたところ、
「あ、お前、これ」
慶に右手を掴まれた。
「ごめん。おれが今、掴んだところだろ」
「あ……」
右手首に爪のあと。その周りも赤くはれている。
「痛くないか?」
「全然」
全然痛くない。ついたことにも気が付かなかった。
「ごめんな。しばらくあと残るかもしんねえな」
「あと?」
思わずじっと見る。慶とエッチなことをしたあと……。
「嬉しい……」
「は?」
慶、眉間にしわが寄ってる。
「慶の跡、もっとつけてほしい。つけて?」
「………あほか」
慶はおれのお願いを一蹴すると、さっさと着替えだした。
おれ、変なこと言った? 言ったのか……。でも。
おれも急いで着替えると、何事もなかったかのように座布団に座っている慶の横に座りこみ、
「ね。慶の跡、つけて?」
「はあ?」
呆れたようにいう慶の目の前に右手首を差し出す。
「キスマーク?っていうの? あれつけて。強く吸い込むとできるんでしょ?」
「…………」
「あ、ケチ」
無情に右手を払われ、文句を言うと、慶がおもむろに左手を掴んできた。
「慶?」
「右手は鉛筆持つんだからダメだろ」
「ん…………っ」
袖をまくられ、手首の内側に口を寄せられた。強く強く吸われる。その慶の色っぽさに釘付けになってしまう……。
「……こんなもんか?」
「ん………」
赤く跡がついてる……。慶がつけてくれたしるし。
「嬉しい……ありがと」
「………変なやつ」
赤くなって目をそらした慶の頬にキスをする。
「ありがと。慶」
「変なやつ」
慶はもう一度いって、唇を重ねてくれた。
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門を開ける音がする。母が帰ってきたようだ。慶が帰ってしまったあとの一人きりの部屋の中、手先が凍るような感覚に陥る。
「慶………」
でも大丈夫。慶がつけてくれたしるしに口づける。おれには慶がいるから大丈夫。
おれは、慶の瞳に写るおれを本当の自分にしたい。
「大好きだよ」
再びしるしに口づける。
おれは、慶の瞳に写るおれになる。
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以上です。
わりと真面目な話になってしまいました。浩介暗いよー……。
この後、浩介は本命の大学(学部は違うけど父親と同じ大学)に合格し、慶は全部落ちて浪人することになります。
ちなみに、これらのお話なんとなく続き?になってまして……
未挿入1回目:『風のゆくえには~R18・初体験にはまだ早い』
未挿入2回目:『風のゆくえには~R18・君の瞳にうつる僕に』が今回の話。
で、その後、挿入1回目から連作読切で……
目次の1993年4月~から一覧となっておりますっ。→ 風のゆくえには目次
こないだから、浩介が慶の顔にかけちゃった話を書こう書こう思ってるのに、違う話ばかりかいてます。
でも、今回ちょっと暗かったので、顔にかけちゃった話はまたまた今度にします。
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クリックしてくださった方!本当にありがとうございます!
励みになります、というセリフをよくお見かけしますが……ホント、励みに、なります!というセリフを身をもって知ることができています。
本当にありがとうございます!!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
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