カップルカウンセリング、というのを受けることになり、慶が休み時間を調整して勤務先の病院を抜け出してきてくれた。仕事モードが残っている慶、カッコいい。
「なにニヤニヤしてんだよ?」
「慶があまりにもかっこよすぎて……って、痛いって」
クリニックの駐車場で、愛しさ募って頭のてっぺんにキスしたら、普通に蹴られた……。
『慶を殺してしまうかもしれない』
そう告白してからちょうど2週間過ぎた。
でも、今までとまったく変わらない。変わったことといえば、おれがスポーツジムに入会したことぐらいだ。
お前も運動しろっての、と慶にブツブツ言われるので、お付き合い程度に何かしらはやるけれど、あとはサウナとスパ。サウナでボーっとして、汗がジワジワと出てくるままにしていると、体の中の汚いものも流れ出てくれるような錯覚に陥ってスッキリする。
スポーツジムでは、色々な人から慶の噂を聞いた。陰で『王子』と呼ばれてる(ここでは天使じゃなくて王子らしい)とか、あの美貌とオーラは芸能人じゃないのか? とか……
つくづく思う。なんでこんな人がおれを選んでくれたんだろう? おれなんかのどこがいいんだろう?
愛されていること、必要とされていることは、痛いほどよく分かっているけれども、疑問と不安はずっと離れない。
ずっと昔に「一生懸命なところが好き」みたいなことを言ってくれたことがある。でもそんな奴は世界中どこにでもいる。なんでおれが、の不安は消えてくれない。慶のお母さんは「直感」だと言ってくれたけど、慶はおれの何に直感を感じてくれたんだろう……?
**
主治医の戸田先生は、いつもパンダみたいな目をしている。あのメイクをするのにどのくらい時間かかるんだろう。女性は大変だ。
「渋谷さん、これ、桜井さんにお見せしてもよろしいですか?」
「え?! あ、はい……」
一瞬動揺した慶。なんだ? と思ったら、おれも先週書かされたプリントだった。鬼のようにたくさんの質問が、一問一答形式でかかれている。消しゴムの使用禁止で、書き間違った場合は二重線で訂正する。それを先生の見ている目の前で、秒を計られながら書かされるので、考えている時間はない。それこそ直感で次々と答えていく感じだ。
慶は一昨日、病院でこっそりやったらしい。戸田先生は火曜と木曜だけ慶が勤務する病院でも診察を行っているのだ。
「桜井さんもよろしいですね?」
「あ……はい。もう何を書いたのかもほとんど覚えてないんですけど」
目の前に出されたものを、見比べてみる……。
パートナーの長所・短所。おれは、『男らしい・ケンカっ早い』と書いている。慶は……
『料理がうまい・めんどくさい』
め、めんどくさいって……。しかも、長所・料理がうまいって……おれの長所、そこ?!
「あれ? お前も途中までしかやってないんだ?」
慶がプリントをめくって言う。そう。途中で「時間です」と切られてしまって全部は答えてないのだ。
戸田先生がニッコリと言う。
「それ、残りの問題は意味ないんです。これが最後と思うと答え方変わってきてしまうので、わざと問題は多く書いてあります」
「なるほど……」
まだまだ問題ある……と朦朧としながら最後の方は答えていたもんな……。
「これって、これ見て何を……」
「そうですね。一通り目を通していただいて、お互い質問などあったらしてみてください。今まで知らなかったことを知ることができるかもしれません」
「知らなかったこと……」
慶がおれを好きになった理由、とか? でも、そんな質問なかったよな……。
『第一印象、一生懸命』
グサッとくる。やっぱり慶は、一生懸命なおれのことを好きになったんだよな……。おれも慶の目にうつるそんな自分が好きで、そんな自分でいるよう心掛けていた。でも今は………。
「第一印象、光。光ってなんだ?」
「え」
慶の質問にハッとする。ああ、こういう風にいちいち悩むところが短所『めんどくさい』なんだろうなおれ。
頭を切り替え答える。
「光は光だよ。慶は光ってたから」
「ああ……目黒さんもそんなこと言ってたな」
目黒樹理亜の名前を慶が口にすると、戸田先生が、
「さっきまで樹理ちゃんここにいたんですよ? 引っ越したからこちらの方が近くなったって。樹理ちゃん、良い顔になってきましたね」
「ああ、私も電話でしか話してないんですけど、だいぶ元気になったというか……」
二人が話している横で、おれは気になる他の項目もチェックしていく。
(直してほしいところ、運動不足。なんだかなあ……)
ちなみにおれは『ムードを知らないところ』と書いてある。時間制限のある中で急いで書いた答えなので、本心が出ている気がする。
(印象に残っているパートナーの顔……)
「え」
ちょっと意外な答えだったので、思わず一人ごちると、戸田先生がすかさずツッコんできた。
「何に驚きました?」
「あ、この、一番印象に残っている顔ってやつで……」
「あーそれなー……」
慶はなぜか鼻に皺を寄せている。戸田先生が逆から見て、
「えーと? レギュラーになれなくて泣いた時の顔……バスケットをなさってたんですよね?」
「はい……レギュラーになれなくてって……高1の時?」
「あー、まー、そうだなー」
慶は頬をかきながら、なぜか気まずそう……
「いや、これは書いてから、後でやられた……って思いましたね」
「そうですか?」
ちょっと嬉しそうな戸田先生。話が読めない……
「意味が分からないんだけど……」
「分かんなくていいから」
慶が赤くなってる。ますます知りたい。
「戸田先生?」
戸田先生を見上げると、先生はニッコリとして人差し指を口元に立てた。
「この答え、たぶん、渋谷さんが桜井さんに惹かれたキッカケ、ですよね?」
「え」
「あー……」
慶、耳をふさいだ。むーっとした口をして目をつむっている。
「え? そうなの? ………え?!」
そんな話、聞いたことがない。一年以上片想いしていた、ということは若い頃よく言われたけど……
戸田先生が、ちょっと得意げに慶に問いかけている。
「ここまで、怒涛のように昔のことを思い出す質問と相手のことを掘り下げて考える質問を繰り返して、その上でポンッと聞いた質問なので、一番心に残っているものがちゃんと答えとして出てきたのではないかと? ねえ? 渋谷さん」
「やだなあ……何でもお見通しって感じですね……」
慶がこめかみをぐりぐり押している。ホント………なんだ。
高1の夏……レギュラーになれなくて悔しかったのに泣かずに笑ってたおれを、慶が「泣け!」と言って思いっきり殴ってきたんだよな……。思えばあの頃から慶は手や足がすぐでる人だった……。でも、おかげで泣くことができた。あの時おれは慶の腕の中で気がすむまで泣いた。
おれは「泣くな」と言われて育った。泣くと物置に閉じ込められるので、子供のころから何があっても泣かないようにしていた。いまだに、慶の前以外で泣いたことはない。涙がでないのだ。
その、泣いた顔が、惹かれたキッカケ……?
「うそ……」
「うそじゃないですよ? それが渋谷さんの本心です」
「戸田先生、ホントに恥ずかしいからもうやめません?」
「いいじゃないですか。これって結構重要なことですよ? ねえ、桜井……、桜井さん?」
「浩介?」
二人に声をかけられ、はっと我に返る。息をするのを忘れていた。
「あの……」
疑問が頭の中をぐるぐる回っている。
「一生懸命なところがって話は……」
「それは初めに会った時の印象だろ? おれあの時、お前のこと羨ましいって思ったんだよな。一生懸命できることがあって」
(……それは慶みたいになりたいって思ったからだし)
心の中のつぶやきは、あえて口には出さなかった。
おれがバスケをはじめた理由は、慶に会うためだった。慶のようになりたいからだった。その話は昔、慶にもしたことはあるけれど、おそらく慶はそんなに重い話だなんて思ってないだろう。でも、おれにとっては人生を180度変える決断だった。
「それじゃ……」
「友人として、一生懸命な桜井さんに好意を持っていたけれど、その泣いている顔をみて恋に落ちたってことですよね?」
「え」
戸田先生の確認に、慶が頭を抱え込んだ。
「だから、そうやって文章にするのやめてくださいよ。恥ずかしい……」
「慶……」
否定しない。否定しないってことは………
「まあ、恋愛において、相手のどこが好きかとか、どうして好きになったか、なんて追及するのはナンセンスなんですけどね。渋谷さんだって、そうして恋してからは、桜井さんの一生懸命さも恋愛としての好きに変化していったでしょうし」
「だから、文章にするのやめてくださいって」
頭を抱え込んだままの慶。顔が赤い。
戸田先生がふいに口調をあらためた。
「これからお話しすることは、これまで何度か渋谷さんとお話しさせていただいたことと、心理テストや今回のアンケートを元に私が出した結論なんですが………、渋谷さん、違っていたら訂正してくださいね」
「いや………」
慶は観念したように顔を上げると、
「どうせ合ってますよ。あーだから心理士っていやなんだ……」
いいながら、コーヒーを持って窓辺に移動してしまった。
戸田先生は少し笑ってから、再びおれを真正面から見据えた。
「桜井さんは、渋谷さんがどうして自分を選んでくれたんだろうってずっと不安に思っているんですよね?」
「………はい」
素直に肯く。
「でもそれって先ほども申し上げた通り、ナンセンスなことなんですよ。恋愛なんて本能でするものですから、理由なんてあってないようなものです」
「…………」
そうなんだろうけど……でも……
「でも、桜井さんはすべての物事に理由をつけないと納得できないタイプの方なので、ここできちんと理由を申し上げます」
「え!」
理由、分かるのか?!
びっくりして慶を振り返ったが、慶はコーヒー片手に窓の外を見つめたまま………何かのCMのようだ。
戸田先生の声だけが部屋に鳴り響く。
「渋谷さんが桜井さんに惹かれた理由は、先ほども申し上げた通り、桜井さんの涙、です」
「涙……」
「表面上はニコニコしている桜井さんから流れでた内面の感情の美しさ、とでもいいましょうか」
「………」
「ようするに、渋谷さんは桜井さんの本質そのものに惹かれたということです」
「………」
意味が分からない……
「意味が分からないって顔してらっしゃいますね?」
「あ………」
戸田先生は軽く笑うと、ちらりと慶に目をやった。
「桜井さんは、渋谷さんの長所に『男らしい』とお書きになってますけど、それは私も同意見です。渋谷さんは大変男らしい方だと思います」
「はい……」
慶は聞いていないような顔をしてコーヒーを飲んでいる。戸田先生が続ける。
「渋谷さんは、男らしくて、とても保護欲の強い方なんですよ」
「保護欲?」
聞き慣れない言葉。
「ええ。守りたい、という気持ちです」
「………」
守りたい……
「おそらく、桜井さんの涙が直感的に心に響いたんでしょうね」
「………」
「つらい経験をしてきた桜井さんだからこそ持ち得た繊細な魂が、真っ直ぐで男らしい渋谷さんの保護欲をかきたてた、とでも言えばいいでしょうか?」
「…………」
保護欲……
「だから、渋谷さんは桜井さんのことを全身全霊で守りたい、と常に思っている。桜井さんは渋谷さんにとって、その思いを満たしてくれる心地よい存在なんですよ」
「………」
ふっと戸田先生が笑顔になった。
「まあ、分析するとそんな話になりますが、渋谷さんご自身は、そんな難しいことは考えていらっしゃらないでしょう。ただ単純に、好き、守りたい、一緒にいたい、ってことですよね?」
「そんな人をアホみたいに……」
黙って聞いていた慶が苦笑した。
「でも正直、なんで、なんて考えたことないんですけど、思い返してみれば、あの日を境に意識するようになった気はするんですよね」
「え……」
「だから先生がおっしゃってることは合ってるんだと思いますけど……」
「そうでしょう?」
嬉しそうな戸田先生。
「お二人ってすごくお似合いのカップルなんですよ? 渋谷さんは保護欲の塊みたいな方、桜井さんは愛に包まれたい方、利害がガッチリ一致している。そして、二人とも独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがりで」
「散々な言われようだな」
慶が笑いながらこちらに戻ってきた。
「でも、四半世紀もたって今さら、ですね。こんな話」
「そうですね。でも、桜井さん、ようやく納得できるのではないでしょうか?」
「え?」
慶のきょとんとした顔……
「納得ってそれはどういう……」
「あ………」
「浩介?」
慶の手に背中を触れられ、そこから慶のオーラが伝ってきて、そして……
ふいに、本当にふいに、それはやってきた。頭の中が白く光る。
「浩介?」
慶の声が遠くから聞こえてくる。そんな中で、戸田先生の言葉が渦を作りはじめた。
『直感的に心に響いた……』
『繊細な魂……』
『真っ直ぐで男らしい性格の渋谷さんの保護欲を………』
『全身全霊で守りたい、と常に思って……』
『心地よい存在………』
『利害がガッチリ一致して……』
『二人とも独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがりで……』
「……っ」
一気に……きた。25年分のフラッシュバック。渦に飲み込まれそうだ。
『泣け!』
慶の声……慶の眩しい瞳……
『ずっとずっと好きだった』
『おれはどんな浩介だって大好きだからさ』
『お前以外、何もいらない』
『一緒にいこう。自由への道を』
『おれはどんなお前でも好きになった自信あるぞ?』
『いつでもおれはお前のもんだろ』
『お前がいるところにおれはいる』
『お前は一生おれのそばにいろ』
……………!
「慶!」
思わず立ち上がり叫ぶと、慶がキョトン、と返事をした。
「なんだよ?」
「あ…………」
力が抜けてまた座り込む。なんだ、これ……なんだ……? 手の震えが止まらない……。
「大丈夫か?」
「あ……うん」
なんとかうなずく。
「桜井さん」
戸田先生の静かな声が聞こえてくる。
「納得、できましたか?」
「あ………」
肯く前に、慶がムッとしたように言う。
「納得って、じゃあ、この四半世紀、おれの思いは届いていないってことですか? もっと早くこういった……」
「いえいえ。届いてますよ」
戸田先生が軽く手をあげた。
「桜井さん、自分が愛されている自信はあるんですよ」
「………」
「でも、それって実は非常に珍しいことで、桜井さんのようなタイプの方がここまで他人からの愛を確信できるっていうのはよっぽどのことなんです。渋谷さん、相当すごいですよ」
「え………」
慶が勢いをなくして、頬をかく。
「もっと早く、とおっしゃいましたが、おそらく例えば1年前にこのお話を桜井さんにしても納得はできなかったと思います。今のこのタイミングだから、心にストンと落ちてきた……違いますか?」
「は…………」
慶…………
振り返ると澄んだ目をした慶がじっとこちらをみている。
「おれ……慶と一緒にいていいんだね……」
思わずつぶやくと、
「ばかじゃねーの。何いまさら言ってんだよ」
心底呆れたように慶に返された。
「と、いうことで」
ポンッと戸田先生が手を打った。
「これでカップルカウンセリングは終了です。あとは二人で勝手に完結してください。目の前でのろけられるのはごめんですからね」
「………」
戸田先生のサバサバした言い方に、顔を見合わせ吹き出してしまう。
慶が惹かれたという涙が、おれが慶に出会う前までの辛い日々の結晶であるのなら、もう、その日々を許したい……許したい。おれは慶に出会えた。慶に愛された。だから、あの日々は無駄ではなかった、と思いたい。
「また来週、いらしてくださいね?」
戸田先生が人差し指を口元にあてた。
そうだ。これからが本来の目的の治療の、本当のはじまり……なんだろう。
おれはこれから、両親と向き合わなくてはならない。
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以上です。長々長々書いてしまいました。
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
冒頭の、頭のてっぺんにキス→蹴られる、というシーンが、
「あいじょうのかたち16」で、樹理亜が目撃したシーンでした。
真面目な話が続きます。
それにも関わらず、読んでくださった方、クリックしてくださった方、
本当に本当にありがとうございます!!嬉しすぎて涙がでます。
わりと真面目に、愛情の形とは?とか考えることがあります。
若い頃には分からなかった形……20年後にはまた違う形に気が付くこともあるのかもしれませんが。
でも、今出来る限りの最良の形を、登場人物たちに選ばせてあげたいと思っています。
お見届けいただけましたら幸いです。
お読みくださりありがとうございました。また次回よろしくお願いいたします。
次は、慶にトラブル?が起こります。たぶん。
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