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(BL小説)風のゆくえには~お守りはキスマーク

2015年09月09日 14時54分21秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

 とうとう、慶の受験の日がきた。

 慶は受験会場の最寄り駅改札で予備校の友人6人と待ち合わせていて、帰りもその人達と約束をしているというので、おれは行きの駅までだけ一緒にいくことにしたんだけど……

(あー……………………ムカつく)

 腸煮えくり返ってどうしようもないのを、どうにかこうにか飲み込む。実際にゴクンと喉を鳴らして飲み込む作業をしないと抑えきれないくらい、慶の予備校の友人たちに対するライバル心というか嫉妬心と言うか、もう何が何だか分からないグチャグチャな気持ちはずっとグルグルと体中を駆け巡っている。

 でもそんなものを、試験当日の慶に少しでも見せるわけにはいかない。混雑している電車の中、普通にしていたつもりなんだけど、

「どうした? さっきから」
「え?」

 慶が細い指でおれの頬をなぞってくれる。まるで恋人に対するような(いや、実際恋人なんだけど)仕草に嬉しくなる。

「なんか変な顔してるぞ」
「あ、うーんと……なんかおれの方が緊張してきちゃって」
「何言ってんだ」

 小さく笑った慶。

「慶、落ちついてるね」
「まあ、受験2回目だしな。この一年でやれることは全部やったし。今さら慌ててもしょうがねえ」

 最後の模試でA判定が出たというのも、落ちつきの要因かもしれない。元々頭も良くて要領もいい人だ。浪人一年の成果は必ず出せるだろう。

 慶が、ふと思いついたようにこちらを振り仰いだ。

「お前、時間ある? 一緒に降りられるか?」
「うん。全然大丈夫」
「じゃあ、一回降りてくれるか?」
「うん」

 本当は、あと一時間以上後の電車でも良かったんだけど、慶の時間に合わせたのだ。
 一緒に降りて、待ち合わせの人達が来るまで一緒にいられるっていうのなら、こんなに嬉しいことはない。

 窓の外をみる慶の美しい横顔にウットリと見惚れてしまう。

(綺麗だなあ……。こんなに綺麗な人がおれの腕の中で……。あ)

 うっかり、慶が喘いでいる声と表情を思い出してしまったのを慌てて打ち消す。こんなところで元気になっていたら痴漢に間違われかねない。あぶないあぶない。
 冷静になろうと、家庭教師のアルバイト先の定期テスト対策をぶつぶつ考えていたら、すぐに最寄り駅についてしまった。

 電車を降りたところで、

「おー、渋谷ー!同じ電車だったかー」
「渋谷くーん」

 男女のカップルが少し離れたところから手を振ってきた。隣の車両だったようだ。
 慶も「おお」と手を振り返している。

(……なんだよ。待ち合わせの時間までまだ15分あるのに)
 ガッカリした心中を押し隠し、
「じゃ、おれはここで…………頑張ってね」
 不本意ながらも笑顔で言ったのだが、

「いや、ちょっとここで待っててくれ」
「え?」

 聞き返す間もなく、慶はサーっとその男女カップルの方に走っていき、何か話したと思ったら、また人の波に逆らいながらサーっと走って戻ってきた。

「慶?」
「ちょっとこっちこい」

 そのまま腕をつかまれ、ホームの端まで連れていかれる。何が何だかわからない。

「慶? どうしたの?」
「あれだよあれ」
「あれ?」

 慶はおもむろにコートを脱ぐと、左腕の袖をまくりはじめた。

「慶?」

 そして、白い綺麗な腕をおれの前につきだした。

「ゲン担ぎ」
「ゲン担ぎ?」

 なんのことだ?
 きょとんとしていると、慶が頬を膨らませた。

「だからー、去年ー、お前の受験の前に、おれがーそのー……」
「………あ」

 言いながら真っ赤になっていく慶を見て、ようやく何を言いたいのか理解した。

 去年、おれの受験本番前に、左腕にキスマークをつけてもらったのだ。おかげでおれは本命の大学に合格することができた。

 それをつけろと??

「え、今、ここで?」
「どうせ誰も見てねえよ」

 ん、と言って腕をつきだしてくる慶。この白皙におれの跡を……?

「ほら、早くしねえと時間が……」
「うん……」

 人のいる方に背を向け、そっと腕を掴み、慶の手首の内側に唇をあてる。
 ピクリと揺れた慶に興奮をかきたてられ、その思いのまま強く強く吸い込む……
 慶の弾力のあるなめらかな肌……おれのもの。おれだけのもの……

「……浩、もう……」
「ん……」
「だから……」

 慶の制止も聞かず、吸い続け、舌で舐め続け……、少し歯をたてた時点で、

「いい加減にしろっ」
「痛っ」

 思いっきり頭突きされた……。
 離した慶の左手首には、真っ赤なおれの跡がついている。

「ったく、お前はーっ」
「だって、止まらなかったんだよー」
「場所わきまえろよっ」
「ここでしていいって言ったの慶でしょっ」
「こんなに長くしろとは……」

 袖を戻していきながら、慶がふと黙った。そしておれのつけた跡をゆっくりとなぞっている。その手の動きを見ていたら、まるで自分がなでられているような感覚に陥ってブルッと身震いしてしまった。

「……慶?」
「……いいな。お前が一緒にいるって感じがする」
「え……」

 慶は素早く袖を戻し、コートを着ると、

「んじゃ、行ってくる」
「あ……うん」

 あっさりと、回れ右をして行ってしまった。

 何も言えなかったな……と思いながら後ろ姿を見送っていたら、またクルッとこちらを向いて帰ってきた。

 なんだなんだ?

 慶はおれの目の前でピタリと止まると、

「肝心なこと言うの忘れてた」
「肝心なこと?」

 こっくりと肯き、真面目な顔をして言う慶。

「ありがとな」
「……え?」

 慶がおれの袖口をキュッとつかんで続ける。

「この一年、ずっと支えてくれて。おれ、お前がいなかったらここまでできてなかったと思う」
「慶……そんな、おれは何も……」

 慶のまっすぐな綺麗な瞳……吸い込まれそうになる。
 慶が、ふっと笑う。

「この一年、ホテル代も全部お前持ちだったもんな。ホント悪かったよ。金いっぱい使わせて……」
「え! それは全然! っていうか、本当はもっと行けたのに、慶が受験生だからと思って遠慮してたんだからねっ」
「そっか……」

 慶は、んー……と天井を見上げると、

「お前、今日の夜、空いてる?」
「バイト終わるの8時……」
「じゃ、いつものとこ待ち合わせな」
「え」

 ニッといたずらそうに笑う慶。

「ホテル行こうぜ。ホテル」
「え!!」

 今日は予備校のお友達と約束してるんじゃなかったの?

「夕飯食ったら抜けるから大丈夫」
「慶………」

 う、嬉しい………。
 予備校の友達よりおれを優先してくれたという喜びと、ホテルに行けるという興奮で、血の流れが速くなってくる。半勃ち状態なのがバレないように、普通の顔で手を挙げる。

「じゃあ、8時半くらいに」
「ん」
「慶、頑張ってね」
「おお……って、お前さ」

 慶はまたまた二ーッといたずらそうに笑うと、

「お前、これ」
「!!」

 いきなり、一瞬だけ、股間を鷲掴みにされた。
 び、びっくりした!!

 ピンッと額を弾かれる。

「バレバレだよ。このまま電車乗ったら捕まるぞ。落ちついてから乗れよ?」
「け……慶っ」

 もーーー!!誰のせいだと思ってんのーーー!!

 おれの文句を背に、慶はケタケタ笑いながら、行ってしまった。でも、階段の前でこちらを振り返り、手をあげてくれている。

「慶……」

 左手を挙げて、右手でおれがつけた跡のあたりを指さしてる慶。おれが思いきり手を振ると、Vサインをして、階段の向こうに消えていった。
 消えた慶に向かって手を振り続ける。

「頑張って」

 頑張って。慶。
 慶の頑張りが届きますように。夢への第一歩を無事踏み出せますように。
 あなたの左手につけたおれの跡が、あなたを守ってあげられますように。


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以上です。
なんの落ちも盛り上がりもなくてスミマセン。

慶は無事に第一希望の大学に合格します。
慶はわりと人懐っこいし、人からも好かれるタイプなので友達は浅く広く多いです。
でも、すっごく仲の良い友達、というと実は少ない。その折々にはいるんだけどね。
いまだ親友と呼べるのは浩介だけです。次に仲良しなのは、高校一年からの友人ヤス君かなと。
ま。親友なんて何人もいなくていいしね。

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