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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 8(慶視点)

2017年06月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼

 大学時代から、女性から誘われた場合は「好きな人がいる」と言って断ることにしていた。「恋人がいる」と言ったら「会わせて」とか言われそうで面倒くさいからだ。普通に「この人です」と浩介を紹介できたらいいのに……といつも思っていた。

 そんな中……

 11月下旬、おれが女性陣からしつこく合コンに誘われている現場に遭遇した真木さんが、

「渋谷先生は恋人がいるんだから誘ったりしたらだめだよ」

と、みんなの前で言ってしまい………

「そんな話聞いてない!」
「会わせて!」

 予想通り、ギャーギャー騒がれ、やっぱり……と頭を押さえたくなったのだけれども、

「そうやって、会わせて、とか言われるのが嫌で隠してたんじゃない?」

 にこやかに、でも強い口調で真木さんが言ったので、みんな押し黙ってしまった。

「俺は偶然、一緒にいるところに会って紹介してもらったんだけどね………少し内向的な感じの子なんだよ」

 ね?と同意を求めてこちらを見た真木さん。笑いそうになってしまう。

「渋谷先生がみんなに隠してた気持ちわかるよ。今みたいにわーわー言われたら、と思ったら紹介なんかできないよ」
「えー……」
「渋谷先生のこと困らせないであげて」

 ニッコリと真木さんが言う。真木さんの言葉はいつも妙に説得力がある。おかげでみんな納得してくれたようだった。

 その後もしばらくは嘘つき呼ばわりされたけれど、誘われる回数は激減してくれて助かった。この歳になって「好きな人がいる」はもう厳しかったので、こんな風に「恋人がいる宣言」をするタイミングをくれた真木さんには感謝だ。おかげで、コッソリ食べていた浩介の手作り弁当も堂々と食べられるようになり、しかもちょっと自慢もできて嬉しかったりする。

 最近は仕事に関しても、少しは認めてもらえるようになってきて、少しは職場での扱われ方もマシになってきた。

 早く一人前になりたい。それで早く浩介と一緒に住めるようになりたい。



***


 2002年12月23日。
 つきあいはじめて11年目の記念日。

 浩介は記念日を祝うのが大好きなので、毎年、今年はああしようこうしようと言ってくる。昨年はすっごく美味しいケーキを買ってきてくれて、一緒に食べたんだったな……

 今年は、うちの実家の最寄り駅から徒歩5分ほどのところにあるイタリアンの店に連れてこられた。でも、実家とは逆方面なので、おれは一度も来たことがない。

「なんでこんな店知ってんだ?」

 不思議に思って聞くと、

「前に山崎が教えてくれた」

と、答えが返ってきた。山崎というのは、おれ達の高校の同級生だ。そういえば山崎のうちは駅のこっち側だった。

 20人ほどで満席になる店内は、カップルや女性グループで埋まっていた。男二人なんて浮くのでは……と思いきや、みんな自分たちの楽しみに精一杯で、入店したときにはチラリと見られたものの、あとは関係なかった。

 ランプの灯ったテーブル。スパークリングワインの綺麗な泡。彩り鮮やかなコース料理。まるで別世界だ。そこに浩介と二人でいられることがものすごく嬉しい。11年前には想像もできなかった幸せな空間。

 食後のコーヒーが運ばれてきたタイミングで、浩介がふっと表情をあらためた。

「あの……あとで話したいことがあるんだけど」
「ん?」

 なんだあらたまって。

「なんだよ? 今話せよ?」
「あとででいいよ」
「……………」

 なんだよ……気になるじゃねえかよ……。まさか誰かに告白されたとかそういう話じゃねえだろうな……。

 そんなことを思いながらジッと見つめていたら、浩介がふっと笑って首を振った。

「あの……仕事の話だよ」
「………」
「食べ終わったら、ツリー見に行こう? ほら11年前におれが告白した……」
「………」

 仕事の話……?
 浩介は最近、学期末で忙しいといって、うちにまったくこなかったので、こうして会うのも一週間ぶりなのだ。仕事で何かあったのだろうか?

 あ、そういえば……、急に思い出した。2か月くらい前だったか、浩介に言われたセリフ。

『真木さんが言ってたんだよ。慶は今、仕事で悩んでるって。そういうこと、おれに話してくれないのは………話しても無駄だから?』

(浩介……仕事の話、したいのかな……?)

 あの時「お前と一緒にいるときは、お前のことしか考えたくないから」と答えたのは本心だけれども、その他にも、医師の守秘義務違反に抵触する恐れがあるためあまり話せない、というところもあるのだ。うっかり余計なことまで話してしまいそうで……

(うーん……)

 先週、浩介は確実に様子がおかしかった。たぶん母親と何かあったのだろう、とは思ったけれども、あえて何も聞かなかった。

 おれとあまり会えないことも本当は我慢している、ということも先週聞いた。もし、仕事の話をしないということにも不満を持っているのなら、それは解消するべきだよな……

「あー……あのさ」
「ん?」

 小さなコーヒーカップを口元につけながら首をかしげた浩介。先週の様子のおかしかった浩介の影は見えない。でも……

「おれ、今までは任せてもらえなかった、ちょっと難しい病気の患者さんの担当、させてもらえることになったんだよ」
「え」

 浩介がキョトンとしている。
 具体的病名を避けて話そうとするから、どうも話がうまく伝わっていない気がする、けどしょうがない。おれができる「仕事の話」はこれが限界だ。

「ようやくちょっとだけ認められた感じなんだ」
「そう……なんだ」

「ここまできて、やっとだよ」
「そっか……」

 カップを置き、そのカップを両手で覆いながら、浩介はフワリと笑った。

「良かったね」
「あー……うん」

 何だろう、この違和感……。なんとなくモヤモヤするけれど、なんとか話を続ける。

「だから、またしばらく忙しくなるかもしれないけど……」
「うん。大丈夫だよ」
「…………」

 モヤモヤする……

「なあ……浩介」
「ん?」

 テーブルの下、浩介の足を軽く蹴ってやる。

「おれは大丈夫じゃねえんだけど」
「何いってんの」

 クスクス笑いながら蹴り返してきた浩介。

「慶は大丈夫でしょ」
「……大丈夫じゃねえよ」
「大丈夫だよ」
「………」

 なんだ。なんだ、この違和感……

「お前、おれに会えないからって浮気とかすんなよ?」
「……するわけないでしょ」

 笑ってる浩介。笑ってるのに……なんだこの不安感……

「あ、そうだ。明後日の夕方、ゆみこちゃんのところ行くね」
「そうか。じゃあおれも顔出すからな」
「うん」

 浩介は優しく微笑んだ。それが寂しそうに見えるのはなぜなんだ。



 その後、駅に戻っておれの実家がある側の階段を下りた。大型スーパーの前の大きなクリスマスツリーは、11年前よりも飾りつけは洗練された感じのものに変化しているものの、場所自体は変わっていない。

「懐かしいね」
「そうだなあ……」

 11年前と同じく、ツリーと建物の間に2人で入りこむ。あの時と同じように飾り付けを撫でている浩介。その指をキュッとつまんでやると、

「慶」
 浩介がまた泣きそうな顔で笑った。やっぱり、おかしい。おかしいぞこいつ……

「なあ、お前、やっぱりなんか変だぞ?」
「……………」
「浩介」

 うつむいた頬を包み込んで、こちらを向かせ……

「え」

 パンっと手首に軽い衝撃。

「…………」

 驚きすぎて声を失った。

 なに……なんだ?

 今、おれ、何された……?

 手を……弾かれた……?

「あ……ごめ……っ」
「………」

 浩介がハッとしたように言ったけれど、頭の中が真っ白で理解できなかった。

(拒絶………された)

 浩介に……拒絶、された……

 弾かれた手を見つめながら呆然としていたら、

「あの…………、慶」

 浩介が絞り出すようにいった。

「ごめん……あの、母がね……」
「え………」
「母が、調査会社に依頼して、おれのこと監視してるんだよ」
「……!」

 ビックリしてあたりを見回してしまう。

「今いるかどうかはわかんないんだけど、ちょっと外では……」
「あ……うん。分かった」

 ホッと体の力が抜ける。
 そうか、調査会社……探偵ってことか。それなら、今、弾かれたことにも納得できる。恋人みたいな様子、見られるわけにはいかないもんな。そうかそうか……それで何となく様子も変なのか。浩介には悪いけど……安心した。

 浩介がうつむいたまま言う。

「だからお泊まりもしばらくやめようと思ってて。先週泊まったこともバレてて、ちょっと言われちゃったから」
「そっか……」
「ごめんね」

 しゅんとした浩介を抱きしめたくて手がウズウズするけれど、なんとか我慢する。そんなの写真でも撮られたら大変だ。

「いや、気にするな。普通に友達として会うのはいいんだよな? じゃ、友達モード発動な?」
「ん」

 浩介が小さくうなずく。

「そういや、お前、さっき話したいことあるって言ってたよな。なんだよ?」
「あ…………」

 浩介は手で口を押さえると、

「なんだっけ……忘れちゃった」 
「なんだそりゃ」

 ガックリしてしまう。

「仕事の話って言っただろー?」
「あー、うん……」
「なんだよ?」
「んー……、あ、そうそう」

 ぽんと手を叩き、バスケ部の一年生が、成績が落ちたため部活を辞めさせられてしまった、という話をしてくれた。

 おれ達の高校時代が思い出される。

「お前も高校の時そうだったよな……」
「そうなんだよ。だから余計に何とかしてあげたかったんだけど……」
「んー……」

 浩介は学年順位が10番以内に入らなかったら部活を辞めろと言われていて……

「お前、一回成績下がったことあったよな? あの後、何て言って説得したんだ?」
「えーと……苦手な理数系対策を考えて、それ表にしてみせて……、次のテストまではその日どんな勉強したかを毎日報告してた……かな」
「…………」

 大変だったんだな……。放任主義のおれのうちとは大違いだ……

「その話、その子にしたのか?」
「ううん、してない。そこまでやらせるのはちょっと……って思っちゃって」
「そっか……」

 お前は「そこまで」やったんだけどな……

「でも、今思えば、話せばよかったかもね……」

 ふっと遠い目をした浩介……

「今から話せばいいじゃねえかよ」
「…………そうだね」

 浩介はうなずきながらも、心ここにあらず、といった感じにツリーの飾りの丸い玉を撫でている。

(やっぱり……変だ)

 探偵に見張られている、ということだけが原因ではない気がする。

 でも結局、聞き出すこともできず、もやもやしたまま11年目の記念日は終わってしまった。
 


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お読みくださりありがとうございました!

アニバーサリー男である浩介君。記念日にかこつけて、記念の場所であるクリスマスツリーの前で、アフリカ行きのことを話すつもりでした。なのに、慶に仕事の話を嬉しそうにされてしまって(やっぱり誘えない……)となってしまい……

そして、嘘つき浩介君。慶の手を弾いてしまったのは黒い気持ちに支配されそうになったからなのに、しゃあしゃあとお母さんのせいにしてます。その上、話すつもりのなかったバスケ部一年生の話をして誤魔化すし、ホント嘘つきです(^_^;)

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