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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 10-2(浩介視点)

2017年06月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼


***


 とりあえず『一発抜いて』(結局、早々に手で抜きあって終わりにした。本番はご飯を食べてから、だそうだ)から、鍋が食べたいという慶のために、いそいで鶏鍋を作った。

「ほんと、お前料理上手だよなあ」

 盗聴器の存在を意識して小さな声で言いながら、慶がガツガツと食べてくれる。いつもながら見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。

「いいなあ。お前は何でもできて」
「何言ってんの」

 ビックリしてしまう。何でもできるのは慶の方だ。そう言うと、慶も「何言ってんだ」と言ってブツブツ続けた。

「飯作るのも上手いし、勉強教えるのも上手だし……」
「………」

 今日の校長とのやり取りを思い出してゾワゾワしてしまう。こんな教師、いくらでもいる………
 でも、慶が言いはじめたのは、慶の病院に入院しているゆみこちゃんのことだ。今、おれが時々勉強を教えている5年生の女の子。

「ゆみこちゃんのお母さんが驚いてたぞ? 今までバツばっかりだった問題集にマルがつきはじめてるって」
「そう……」
「入院したおかげで成績があがるなら、病気になって良かったね、なんて親子で呑気なこと話してるよ」
「そっか……」

 良かった。少しでも役に立てたならこんなに嬉しいことはない。

「ゆみこちゃんも春休みには退院だからな。退院は嬉しいけど、お前が病院に来なくなるのは寂しいなー」

 慶は、小皿に肉と野菜をバランス良く取りながら、何でもないことのように言葉を続けた。

「おれ、やっぱお前が先生してるとこ見るの好きだからさ」

 え………? 好き……?

 聞きなれない言葉にポカンとしてしまう。

「え……そうなの?」
「そうだぞ?」

 こっくりとうなずいた慶。

「だからボランティア教室遊びに行ってたんだし」
「え…………」

 初耳だ。
 確かに、慶は時々、ボランティア教室のイベントとかにきて、おれと子供達が一緒にいるところを、優しい目をしながら見てくれていた。ずっと『慶は小児科医を目指してるくらいだから、子供好きなんだな』と思っていたけれど……、本当は、おれの先生姿を見にきてくれてたってこと……?

「先生してる時のお前ってさ、優しいのに頼りがいあって……包容力っていうのかなあ」

 慶は思い出すように、ふっと視線を宙に移した。

「おれ、お前に勉強教えてもらうのも、好きだったなあ……」
「…………」

 慶には、高校生と浪人生の時に勉強を教えていて、大学生になっても英語は時々みていた。思い出す。慶と一緒に勉強した日々……

「やっぱ、お前、先生になって大正解だよな」
「え………」

 にっと笑ってくれた慶。綺麗な瞳がこちらをまっすぐ見つめてくれる。

「浩介先生。いいよな」
「…………」

「なんかな、そういうお前見てると、おれも頑張ろうって思えてくる」
「…………」

「まだまだつまずいてばっかだけど……頑張ろうと思う」
「慶………」

 慶が好きになってくれたおれ……
 慶が見ているおれ……

 本当のおれは、卑屈で後ろ向きで独占欲の塊でどうしようもなく醜くて。おれは、そんな自分のことが大嫌いだけれども、でも、慶の中にいる「浩介」のことだけは、認められていた。慶の中にいるおれは、頑張り屋で一生懸命でちょっと甘えん坊で。おれは、そんな自分のことだけは、好きだった。慶の中のおれを本物の自分にしたいとずっとずっと思っていた。

(そうだ……)

 今のままでは、慶の中の「浩介」すらいなくなってしまう……

 ぞわっと、血の気が引いた。

 慶が愛してくれた「浩介」までいなくなってしまったらおれは……

「慶……っ」
 衝動のまま慶を抱き寄せると、慶は「わあ待てっ」と慌てたように小皿をテーブルに置いた。

「まだ食べてるっ」
「……やだ。待てない」

 今すぐ、慶を感じなければ、壊れてしまいそうだ。
 おれの中の黒い気持ち……独占欲ゆえの殺意がまた出てきてしまうことが怖いけれど……、でも、今はそれよりも、慶が欲しくて欲しくて我慢ができない。

「あと一口!最後の肉食いたい!」
「じゃ、お口開けて」
「あー」

 素直にあーん、と口を開けた慶に、最後の鶏肉を放り込む。と、同時に、首筋に唇を落としていく。

「慶」
「………浩介」

 抱きしめてくれる強い腕。優しい囁き。

 慶。慶……やっぱり離れたくない。ずっとずっと一緒にいたい。

 でも……

『ホント桜井、使えねえ……』
『うちの学校で働きたいって言ってる人なんていくらでもいるから』

 生徒の吐き捨てるような声。校長の事務的な声。

『あなたに何かあったら、私がお父さんに叱られるのよっ』

 母の、ヒステリックな声。

(慶……)

 背中のアザが痛い……

 今のままでは、慶が愛してくれた「浩介」でいられなくなる。唯一認められる自分がいなくなってしまう。
 そうなったおれは、ただの、卑屈な独占欲の塊に成り下がり、そうして、きっと慶を……慶を。

 だから……

「慶……」

 おれは最良の選択をしなくてはならない……



**



 翌日……

 おれが校長に呼びだされたという話は、その場にいなかった他の先生方にも知れ渡っていた。陰でコソコソ噂されている中で職員室にいることがいたたまれなくて、社会科準備室に逃げ込もうと席を立ったところで、

「桜井先生、ちょっといいですか?」

 学年主任の吉田先生に声をかけられた。

 吉田先生は、昨年は2年生、今年は1年生の学年主任をしている。昨年同様2年生の担任をしているおれとは、今年はそんなに関わりがないのだけれども、バスケ部員の1年の関口君が退部するしないで揉めた関係で、ご迷惑をかけてしまったのは昨年末のこと……

(結局、関口君は退部したけど……まだ何かあるのかな……)

 憂鬱になりながら後をついていくと、面談室に通された。これは本格的に説教されるんだろうか……

(吉田先生、やっぱり父に似てるよな……)

 厳しい印象と、銀縁の眼鏡のせいか、父と似ている気がして、反射的に体が竦んでしまう時がある。父よりも10以上は若いから失礼な話なんだけど……。


「桜井先生」
「は、はいっ」

 勧められるまま席に座ったところで、あらためて名前を呼ばれ、ビビって返事をした。けれども……。

「先生、今いくつ?」
「え……」

 職員室で見る吉田先生とは違う、少し優しい瞳。

「28、です」
「そうか………」
「………」

 なんだろう……。いつもと違う、吉田先生……

「あの……」
「ケニアの話、聞いたよ?」
「え」

 うわ、そっちか、と構える。
 まだ、行くとも行かないとも言っていない。でも、昨日慶に会って、心は「行く」にかなり傾いている。何もかも置いて逃げ出すみたいだけれども、慶を守るため、自分を守るためには、それが一番良い気がしている。そんな気持ちで行くのは、向こうの方に失礼な気がするし、慶と離れることには恐怖しかないけれど、でも………

「私は、賛成だよ」
「……………………え?」

 吉田先生の意外な言葉に、慶のことで頭がいっぱいになっていたところを、現実に引き戻された。

「さん……せい?」
「私も今の君くらいの歳の時に、海外ボランティア団体に参加して、マレーシアで暮らしていたことがあってね」
「……あ」

 にっこりとした先生の目をみて思い出した。そういえば、一年半くらい前、吉田先生は相澤侑奈に日本語ボランティア教室を勧めていたことがあった。あの時、「勉強一辺倒の吉田先生が珍しい」と思ったのだけれども、そういうことだったのか……

「良い経験になると思うよ。若いうちじゃないとできない経験だ」
「そう………ですか?」
「そうだよ」

 すいっと眼鏡を外した吉田先生……優しい、瞳……

「今、桜井先生、煮詰まってるんじゃないかな? 色々なことに束縛されて」
「…………」

 母のことを言っているのだろうか。
 吉田先生は、おれの母が文化祭に押し掛けたときも相手をしてくれて、先日も電話をしてくるなと言ってくれたのだ……

 淡々とした吉田先生の言葉が続く。

「一度、まったく知らない場所で、自分一人で立ってみるのもいいと思うよ」
「…………」

「人生観、変わるよ。きっと成長できる」
「…………」

 成長……できるのだろうか。今も何もできていないのに……

 吉田先生の深い瞳に、思わず本音がこぼれる。

「成長、できるとは思えません」
「なぜ?」

 首を傾げた吉田先生に、頭を振ってみせる。

「何も成しえていない僕が、あちらに行くことは、ただ単にこの現状から逃げ出したいからだけのようで……」
「………」
「それなのに成長だなんて……」
「………桜井先生」

 ふっと笑った吉田先生。

「君のその、自己肯定感の低さ、改善できたらいいね」
「え………」

 自己肯定感の、低さ……?

「何も成しえていない、なんてあるわけないだろう?」
「え」

 吉田先生の優しい声が心の奥の方に響いてくる。

「君は充分、成しえてきた。たくさんの生徒を育ててきた」
「そんなこと……」

「君は生徒からとても信頼されているよ? 自分では気が付いてないのかもしれないけど」
「…………」

 信頼されてる? そんなことは……

『ホント桜井、使えねえ……』

 関口君の言葉が頭の中に響き渡る。おれは関口君のために何もしてあげられなくて……おれは本当に使えない教師で……

 そう、記憶の渦の中に入りこみそうになっていたところ、


「ああ、タイミングいいな」
「え」

 ふいに吉田先生に言われ、顔をあげた。軽いノックの音……。誰だろう? 先生が呼んでいたのか?

「入りなさい」

 よく響く吉田先生の声につられたように開けられたドアの先には、

「関口君……」

 関口君が、立っていた。なんだか照れくさそうに。

 そして。

「先生。バスケ部、再入部お願いします!」

 ペコン、と勢いよく頭を下げてくれた。



***


 その日の帰り、おれは、所属している国際ボランティア団体の事務局を訪れた。

「ケニアの件、引き受けさせてください」

 頭を下げた先にある、自分の足の先を見る。

 もう、後戻りはできない。

 おれは、この道を行く。




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お読みくださりありがとうございました!
本当は前回ここまで書きたかったのでした。
揺れまくって決めかねていた浩介さんが、ようやく決心する、の回でございました。
関口君の話は次回以降にサラリとお伝えできればな、と。

クリックしてくださった方々、見にきてくださった方々、本当にありがとうございます!
残りあと2、3回くらい、お付き合いいただけると幸いです。
次回は火曜日の予定。よろしくければどうぞお願いいたします!

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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コメント (5)
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