2006年4月2日(日)
【浩介視点】
アフリカを離れることを決めてからも、慶に連絡はしなかった。なぜなら、
「次は東南アジアに行く。慶も一緒にきてほしい」
なんて話を電話でするのは難しいと思ったからだ。やはり、目をみて、顔色を見ながら話をすすめたい。
そうアマラに話したところ、
『だったら、サプライズで感動的に再会して、その勢いで説得すればいいのよ!』
と、提案され………
今日がその決行日だ。
アフリカでの任期は3月末までだったので、日にちは迷いなく、4月2日にした。
4月2日。3年前の今日。
慶に背中を押してもらって、おれは日本から飛び立ったのだ。
***
『謝らないといけないことがあるの』
アマラがそういったのは、3か月前、年明けのこと。
『大人の慶には大人の理由が必要でしょ?』
といって、世界各国にある支援先の資料を渡してくれたあとに続いたセリフがそれだった。
『?? 謝る?』
『あの日、慶が帰っちゃったのは、私のせいだから』
「…………え」
あの日って……慶が来てくれた二年目の夏のことしかない。
『…………ごめんなさい』
眉間にシワを寄せたまま、アマラはポツポツと話してくれた。
慶が来てくれた日……
夕食の後、おれが大人向けの授業のために学校に行っていた間、慶とアマラは二人で話をしたそうなのだ。
慶がおれを日本に連れ帰ろうとしているのではないかと思ったアマラは、
『生徒達も村の人もみんな彼のことを頼っている。みんなから彼を取り上げるなんて許さない』
と、慶に言ったそうで………
その翌朝、慶はおれには別れを告げず、帰国してしまった。
『朝、挨拶にきてくれた時に、一応、とめたっていうか……浩介がさみしがるわって言ったんだけど……』
『……………』
『慶、浩介には生徒達や村の人や私やママがいるから大丈夫だって言って……』
慶………
そんなことあるわけないのに。おれは慶が来てくれてどれだけ嬉しかったか……このまま一緒にいてくれたらって、どれだけ願ったことか……
胸を押さえたおれに、アマラが淡々と言葉を続けた。
『慶って大人だなあって思ったのよね。自分の欲よりも、恋人の夢を応援するなんてね』
「…………。え?」
あまりにもアッサリと言ったので聞き逃してしまうところだった。
今、アマラ、恋人って……
『あの、アマラ、おれの恋人は……』
『あかねじゃなくて、慶でしょ』
『……っ』
断言されて、詰まってしまうと、アマラはふっと笑った。
『大丈夫。誰にも言ってないから。でも、ママも気がついてるけどね』
『……………』
『分かるわよ、そのくらい。あかねの時と態度が全然違ったし』
『……………』
二人とも気がついていたのに、ずっと黙っていてくれたのか……
『それに、慶が帰っちゃった後、浩介、写真を見ながらボーってする時間増えたし』
『…………』
手帳に挟んである数枚の写真の中に、高校卒業の時に慶と校門の前で写した写真がある。写真嫌いの慶との唯一のツーショット写真。確かにあれ以来、写真を眺める時間が増えていたかもしれない……
『浩介、日本に帰りたいんじゃないかなって思った』
『そんなこと……っ』
否定しようとしたけれど、『あ、違うか』と、遮られた。
『日本に帰りたい、というより、慶のところに行きたいって感じね』
『…………』
それは……
『そんなあなたをここに縛りつけておくのはいけないって思ったの』
『え?』
アマラの言葉にギクッとなる。
『まさか、アマラ……おれが学校を辞めても大丈夫なように、先生になったんじゃないよね……?』
『…………』
アマラはふっと息をついた。ちょっと笑ってる。
『違うわよ。でも、浩介のせいっていうのは合ってるかな』
『え』
アマラの漆黒の瞳が、こちらをジッと見つめてくる。
『私も浩介みたいになりたいって思ったの』
おれみたいに……
アマラ、こないだもそう言ってくれた……
『私、浩介みたいな先生になる』
アマラは、宣言するように言った。
『浩介みたいに、子供達のこと全部包み込むみたいな、そんな先生になる』
『………っ』
アマラ……
そんな風に思ってくれていたなんて……
子供達を包み込むような先生……おれのなりたかった先生像……
『だからね、浩介』
アマラはニッコリと笑った。
『残りの時間で、たくさん、たくさん、教えて?』
『………うん』
ふわっと温かい気持ちが広がっていく……
おれの思いが繋がれていく。実がなっていく。そんな奇跡みたいなことが、本当になる。
(慶……待ってて)
ようやく、迎えにいける。
***
4月2日。
あれからちょうど3年ぶりの慶のマンション……
少しも変わっていなくて、タイムスリップしてきたような気になってしまう。
慶の部屋は3階の角部屋。階段の近くなので、エレベーターではなく階段を使うことが多かった。
「慶……いるかな」
緊張のまま、インターフォンを鳴らす。
いち……に……さん。
「………いない」
まったく反応なし。
今日は日曜日。仕事の時もあれば休みの時もある。というか、仕事のことの方が多かったな……
「…………。何時に帰ってくるんだろう」
慶に会える、ということに浮かれて、そういうこと何も考えていなかったことに今さら気が付いて自分でも呆れてしまう。
「うーん……」
とりあえず、カバンを玄関の前に下ろす。日本を離れたときと同じ大きなカバン。
『でけーカバンだな』
そう、慶に言われたことを思い出して、グッと胸が痛くなる。
慶……慶。あの時、どんな気持ちでこのカバンをみたことだろう……
(慶……)
そんなことを思いながら、カバンの横にしゃがみこんで一時間経過……
ふと、不安になってきた。
(慶………まだここに住んでるよね……?)
表札が出ていないのは3年前から同じだけど……
3年前から引っ越ししていない、という保証はどこにもない。
(違ったらどうしよう……)
うーんうーん……と唸ってしまう。
(電話してみる……?)
いやいやいや。それじゃ、再会の感動が薄れてしまう!
突然あらわれることに意味があるのであって……
(でも、ここに住んでなかったら意味ないし……)
………。
………。
………。
「あ!そうだ!」
いきなり思いついた。
玄関入って左にお風呂がある。その窓のところに慶はいつもオレンジのボトルのシャンプーを置いていた。行きつけの美容院で売っているシャンプーで、これを使うと髪の毛のまとまりがよくて朝が楽ラクだといって、ずっと使い続けていたので、たぶん今も変わってないはず……
これでオレンジのボトルがなかったら、電話してみよう。そうしよう。
「……見えるかな」
廊下の手すりに乗り出して、お風呂の窓の方をのぞいてみる。
「んーーーーーー?」
窓は見えるけど、シャンプーがあるかどうか……
「……わわわっ」
乗り出しすぎて、落ちそうになり、あわてて戻る。ここは3階。下手すると命にかかわる。
「でも、見たいーーー」
もう一回、手すりに手をかけて、窓をのぞき………
と、その時だった。
「………浩介?」
「!!」
後ろから、愛しい愛しい愛しい声が……
「あ……」
振り返ると、あいかわらずの完璧な美貌のその人が立っていて……。澄んだ湖のような瞳も以前と何も変わっていなくて……。
慶、慶、慶……会いたかった。
思いが溢れて声にならない。
「慶………」
胸に手を当て、ようやく、その愛しい人の名を呼ぶと……
「何やってんだ?お前。泥棒かと思ったじゃねーかよ」
と、心底呆れたように言われた。
「……………」
感動の再会をするはずだったのにーーー!!
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お読みくださりありがとうございました!
次回は、数ヵ月前まで載せていた「旧作・翼を広げて」(←私が高校時代に書いた話を要約したもの)を元にしたものになります。セリフはそのまま移行するので、そのやり取り前に読んだよ!という方には申し訳ありませんっ。
今回の「泥棒かと思ったじゃねーかよ」も、私が高校の時に書いたセリフからの引用でして……。もっとロマンチックな再会させてあげればいいのに~~と自分にツッコミつつ………
次回、火曜日は3年目その8。浩介君の慶説得大作戦、でございます。
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今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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