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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-5

2017年10月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて


【浩介視点】


 中学校3年生の夏。
 息苦しいブラウン管の中にいたおれを救ってくれたのは、『渋谷慶』という名前の眩しい眩しい光だった。

 『渋谷慶』に再び会いたい一心で、初めて親に意見した。

「今通っている私立中学の付属高校には上がらず、地元の公立高校に進学したい」

 母は大反対した。これでもかというくらい、罵詈雑言を浴びせられた。でも、折れなかった。それは、ただひたすらに『渋谷慶』に会うため。それだけがおれの心の支えだった。

 その後、父が「学区のトップ校に行くこと」を条件に許可してくれたので、死ぬ気で神奈川県立高校向けの受験勉強をした。内申点を上げるために、登校日数を増やす努力もした。
 当時、神奈川県では『神奈川方式』と呼ばれる受験方式が取られていたので、皆が中学2年時に受けているア・テストを受けていないおれは、その点数が0点となってしまうため、相当に不利だった。でも、内申点がそこそこ良かったことと、当日テストで全教科満点を取ったことで、なんとか学区トップの県立白浜高校に入学できた。

 おかげで、あの悪夢のような学校生活から解放された。そして……そして、『渋谷慶』に出会った。

 そして、『渋谷慶』と友達になって、親友になって……

「慶のことが、好き」

 高2の冬。生まれて初めて、愛の告白をして。

「おれなんてもう一年以上前からお前のこと好きなんだぞっ」

 生まれて初めて、「好き」って言ってもらえて………


 それからもう、何年たっただろう?


「先生になれ」
 高校3年生の時、慶がそう断言してくれたから、先生になる決心がついた。

「行ってこい」
 2年9か月前、慶が背中を押してくれたから、今まで全力で頑張ってこられた。


 おれの人生の節目には、いつでも慶の姿がある。


 ケニアでの役目を終えた、と思えた瞬間、頭の中に浮かんできたのは、やはり慶の姿だった。

(慶を迎えに行こう)

 真っ先にそう思った自分の揺るぎなさに少し笑ってしまった。
 
(慶……待ってて)

 今なら、今のおれなら、慶と一緒に生きていける。




***




 ストン、と落ちてくるように、その瞬間はやってきたのだ。

 それは、年末のホームパーティの席でのことだった。


「新学期からみんなと一緒に働く新しい先生を紹介します!」

 学校の理事をしているシーナが言うと、職員たちが、わあっと声を上げた。人手不足のこの学校に、新たな職員が加わってくれることは有り難い。でも……

「誰?誰?」

 みんなキョロキョロしている。それもそのはず。ここにいるのは、職員の家族や近所の人達なので、全員顔見知りなのだ。唯一の珍しい顔は、たまたま今日遊びにきている、シーナの親戚の山田ライトだけれども、ライトは大学生なので新しい先生にはなりえない。

 ざわめきの中、シーナの横に立ち、にこやかな笑顔を見せたのは……

「アマラ……」

 シーナの娘のアマラだった。




「浩介先生、知ってた?」

 ライトに腕をつつかれ、ブンブン首を振る。大学を卒業したばかりのアマラ。教育学部に通っていることは知っていたけれど、卒業後も大学に残りたい、と話していたのに……


 驚きすぎて何も言葉が出てこないところへ、アマラが飲み物を片手にこちらにやってきた。

「ビックリした?」

 いたずらそうに微笑んだアマラ。反応できないおれに代わって、ライトがはしゃいだように言ってくれる。

「ビックリしたビックリしたー!なんで教えてくれないのー!」
「だってビックリさせたかったんだもの」
「アマラ……」

 笑っているアマラに、なんとか声を絞り出して聞いてみる。

「なんで、急に?」
「急じゃないわ」

 アマラは肩をすくめると、グラスを一気に空けた。

「浩介のこと見てるうちに、私も何かしないとって思うようになって」
「え?」

 何の話だ?
 首を傾げたおれに気が付かないように、アマラは淡々と続けた。 

「それで、浩介みたいになれたらって思って、先生になることにしたの」
「え?」

 おれみたいになれたら……?

「何をいって……」

 何をいってる……?


 アマラの言葉の真意を確認しようとしたところで、

「浩介先生!」
「わわわっ」

 いきなり、背中に衝撃がきた。振り返ると、今年小学校を卒業したルイスが、シーナと一緒に立っている。かなりの暴れん坊だったルイスも、この一年ほどですっかり大人っぽくなった。

「ルイス?」
「先生ありがとー」

 ルイスがニコニコと言ってくる。なんだ?なんだ??という疑問にシーナが答えてくれた。

「ルイス、中学行けることになったのよ」
「え! ホントに!」

 思わず飛び上がってしまう。ルイスの両親はずっと進学を反対していたのに。

「浩介先生の粘り勝ち。ほとんど毎日ルイスの家に行ってくれたでしょう?」
「ええ、まあ……」

 学校帰り、可能な限りご両親に会いに行って、説得は続けていたのだ。

「浩介先生がきてから3年目。浩介先生のおかげで、この村の進学率が上がったわ」
「それは、おれのおかげなんかじゃないですよ」

 何を言ってるんだ。

「校舎ができて、教育環境が整ったから……」
「大人向けにも授業をしましょうって言い出したのは浩介先生でしょ? おかげで、意識改革が広がっていったのよね」
「それは……」

 それはおれ一人の力ではない。
 
「それは、おれの提案にみんなが協力してくれたからです」

と、正直に答えたところで、

「あー、ホントに、日本人の『謙遜』ってイライラするわよね」

 ズバッと横からアマラに切りこまれた。

「うちの大学にいる日本人の先生もそう。なんなの?それ? 自分の手柄ですって自慢にしていい話なのに、いえ、僕なんか僕なんかってさ」
「それが日本人の『美徳』だから~~」

 うひゃひゃひゃひゃ、と横でライトが笑いながら言って、「その笑い方やめて」とアマラに注意されている。

 謙遜……、いや、謙遜なんかじゃなくて、本当に、おれなんかがそんな影響を与えるなんて……


「でね、浩介」
 ボーっとしかけたところで、シーナに肩を叩かれた。

「ルイスが浩介先生に言いたいことがあるって言って」
「え……」

 シーナに押し出されたルイス。恥ずかしそうに笑うと、ギュッとおれの両手を掴んで……

「あのね、ボク」

 その黒曜石みたいな目がまっすぐにこちらを向いて、そして…

「ボク、浩介先生みたいな先生になるよ!」
「……っ」

 キラキラした瞳。

 何……それ。何を言って……

「おおっ。アマラと一緒だねえ」

 ライトの明るい声。

「アマラもさっき、浩介先生みたいになりたいっていってたもんね?」
「じゃあ、ライバル?」
「ライバルじゃないでしょ。仲間でしょ?」

 アマラとルイスが笑いあっている横で、ライトが「浩介先生は本当にいい先生だからね!」と言って、おれがスワヒリ語を覚えた経緯を二人に話しはじめて……


「ねえ、浩介」
 なんだか気が遠くなっていっているところを、再びシーナに肩を叩かれた。

「こちらに来たばかりの時、あなた『何かを成したい』って言ってたけど……」
「はい……」

 はじめの面談の時にそんなことを言った……

「充分に『成した』と思うわよ?」
「え?」

 それは……
 ふっと笑ったシーナ。

「こういってはなんだけど……、あなたはやっぱり、ここの人間ではないのよね。心はいつも違うところにある」
「……それはっ」

 それは否定できない。でも、この地にいる限りはここのことを一番に……っ

「大丈夫、分かってるわ」

 言いかけたところを、穏やかに制された。

「そうやって、ここの村の人間じゃない浩介が頑張ってくれていることに、みんなが影響をうけたの」
「…………」

「小さな頃から、村から出たいっていつも言ってたアマラまで、あなたに刺激されて村を愛するようになって……」
「え……」

 振り向いた先のアマラは、ライトに向かって自分がどんな先生になりたいのかって話をしている。
 シーナが母親の顔になって微笑んだ。

「浩介のおかげよ。ありがとう」
「そんなこと……」

 そんなこと……そんなことは……

「あなたは『成した』のよ」

 シーナの手がゆっくりと腕をさすってくれる。温かい手……

「あなたのおかげで、たくさんの子供たちが学べた。中学に進学する子も増えた」

 ルイスの黒曜石のような瞳。嬉しそうな笑顔。

「あなたは、この地を耕して、種をまくことまでしてくれた。それで充分よ」
「………」

「育てていくことは、私達がするべきことだと思うの」
「シーナ……」

 それは……それは。

「あなたがしてきたことは、確実にこの地に根付いている」

 シーナは優しく笑うと、力強く、断言してくれた。

「だから、もう、あなたは旅立っても大丈夫」



***



 ふわふわと……ふわふわとした感覚がずっと続いていた。自分が認められた、という確かな実感。

 慶にはじめて告白された後に少し似ているかもしれない。嬉しくて……夢みたいで……


 でも、年が明けると、すぐに頭が現実対応に切り替わった。

 残りの期間で、おれが持っているすべてのことをアマラや他の先生方に伝えよう。
 そして、おれは次の地へ旅立つ。慶を連れて。


 それにはクリアしなくてはならない課題が2つある。

 1つは、慶をどう説得するか。

 昨年の夏に慶に会ったというライトの話によると、慶はおれのことを「待って」くれているという。心の底では信じていたものの、こうして言葉で聞けたことが、迎えに行く自信に繋がったということはいうまでもない。ライトに感謝だ。

 でも………、それはきっと、日本に帰ってくるのを「待って」くれているのであって、一緒に海外に行ってくれるという意味ではないと思う。

 だから、慶に着いてきてもらえるように、説得しなくてはならない。

 そして、もう1つは、母に対して、どうカモフラージュするかだ……


「どうしようかなあ………」

 うーん……と悩んでいるおれに、アマラがプリントの束を差し出してきた。

「大人の慶には大人の理由が必要でしょ?」

 そういったアマラは、なぜか苦笑いをしていた。





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お読みくださりありがとうございました!
策士・桜井、これから説得&カモフラージュ大作戦を決行します。
そして、迎えに行く日は当然、3年前に別れたその日でしょう。だってアニバーサリー男だもん♪

次回、火曜日は3年目その6です。
そんなことになっているとは知らない慶君は、ひたすら健気に待ち続けております……(電話くらいしてやれよ、と思うけど、電話でする話でもないからね……)

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
こんな真面目な話、見守ってくださる方がいらっしゃるなんて、もうホントに夢のようです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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コメント (2)
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