【浩介視点】
一緒に東南アジアに行く条件が「好きって言え」だなんて、慶らしくなくて胸が痛んだ。それだけ不安にさせていたということだ。これからは絶対にそんな思いはさせない。
「大好きだよ、慶」
繰り返し言いながら頬に耳に首筋に唇を落とし、シャツに手をかけたところで、
「ちょっと待った」
「え」
いきなり押し返された。
「おれ、当直上がりで風呂入ってなかった。風呂入ってくる」
「え」
アッサリと腕からすり抜けていってしまった慶………
「なんでーー!?」
後ろからついて行って、思わず叫んでしまう。
「久々の再会なのに!お風呂なんて後でもいいじゃんっ!」
「…………久々の再会だから余計に」
お風呂の前で、慶がボソッと言った。
「汚いとか思われるの嫌だから」
「…………」
そんなこと思うわけないのに……
その小さな声に、ますます胸が痛くなる。
以前の慶はそんなこと言わなかった。おれのせいだ。おれが不安にさせてるんだ。
「……じゃあ、一緒に入ろ? 慶の体洗いたーい。髪も洗いたーい」
「…………ん」
こくん、と肯いた慶。
愛しくて、愛しくて、たまらなくて、後ろからぎゅうっと抱きしめた。
もう絶対に離さない。
……とは言っても。
現実問題として、すぐに一緒に暮らせるわけではない。
「うーん……早くて半年後くらいかと」
「…………」
一緒にお風呂に入りながら、ちょっとだけ「イチャイチャ」して、それから軽く昼食を取って、二人でおれの所属する国際ボランティア団体の日本支部の事務局に顔を出した。
そこで、あいかわらず甲高い声の事務局長から、あちらでの勤務先と住居の説明を受けたのだけれども……
「慶君はいつから行けそう?」
という、事務局長の問いかけに、慶は「うーん」と唸ってから「半年後」と答えたわけだ。
事務局長が慶を「慶君」と呼ぶのは、慶がまだ学生だったころに、何度かボランティア教室のイベントを手伝ってくれたことがあるので、その時の名残りだ。
事務局長はニッコリとすると、
「それはちょうどいいわ。今いるうちのスタッフが年内には戻りたいって言ってるから、そことチェンジのつもりであちらの方と調整するわね」
「よろしくお願いします」
慶の爽やかな笑顔に、大学生スタッフの女の子達が「きゃあっ」と声をあげた。今日は日曜日で若い子が多いから余計に華やかだ。
「………事務局長」
慶が女の子達につかまって質問攻めにあっている隙に、そっと事務局長の隣に行くと、彼女も察してくれて、慶達を背にして小さく言った。
「シーナから聞いてる。その件については大丈夫よ」
「………ありがとうございます。ご迷惑おかけして申し訳ありません」
「別にたいした手間じゃないわよ」
ヒラヒラと手を振ってくれる事務局長。シーナも快くおれの頼みを聞いてくれた。有り難い……。
おれの母親は、おれに対して異常な支配欲を持っている。日本を離れた理由の一つには、母の束縛から逃れるため、ということもあった。
だから、慶と一緒に東南アジアに赴任することは、母には絶対に絶対に絶対に隠さなくてはならないのだ。そんなことを知られたら何をされるか分からない。
そこで、考えに考えて、シーナとも相談した結果、おれは引き続きケニアにいることにさせてもらった。
カモフラージュは万全に、と言って、ちょうど新版を発行する予定だった紹介冊子のケニア支部の写真に、おれが写っているものを選んでくれたシーナ。
『これ、お母さんに送っておいたら?』
出来上がった冊子を渡しながら言ってくれたのだけれども、さすがに母に送る気にはなれなくて、父の事務所の庄司さん宛に郵送しておいた。
『冊子が新しくなるときに、また遊びにいらっしゃい。それでまた写真に写ればいいわ』
シーナはそういって、おおらかに笑ってくれた。
慶には東南アジア地区に新たに出来る団体に直で所属してもらうことにした。辿っていけば連盟先は同じだけれども、一応別団体となっているので、目眩ましにはなるはずだ。
そこまでするのは大袈裟かもしれない。けれども、万全を期したかった。
「眼鏡、似合うじゃん」
「え、そう?」
夕方、マンションに帰ってきてから眼鏡を外すと、慶がそう言ってくれた。外出時、眼鏡とマスクを着用していたのは、本当は母親対策だけれども、慶には「花粉症対策」と言ってある。
「大人っぽくみえる」
「大人っぽく?」
もう31だ。大人っぽくって、もう充分大人だろう。少し笑ってしまう。
でも、慶は「あーああ」とため息をつきながらソファに座ると、
「おれも眼鏡かけたら大人っぽくみえるかなあ」
「………気にしてるの?」
今日、事務局で遭遇した大学生の子たちに、学生と間違えられたのだ。やっぱり慶は若くみえる。慶はぶつぶつと、
「ただでさえ日本人は若く見られるっていうのに、日本でも若く見られるおれって、あっち行ったら、いったいいくつに見えんだよ……」
「……………」
あっち行ったら、だって。
本当に一緒に行ってくれるんだ、とあらためて嬉しくなる。
「慶」
隣に座って、腰を引き寄せ、こめかみにキスをする。
「東洋人はみんな若く見えるから大丈夫だよ」
「でも、働くメンバーには色々な国の人がいるって言ってたな」
とりあえず英語は必須だな、と言いながら、慶、大きなアクビ……
「慶、眠い?」
「あー……昨日寝てないこと忘れてた」
「え!?」
そういえば、当直明けだと言ってた。当直の時は、何もなければ仮眠を取れるけれど、忙しいと夜通しになる、と以前言っていたことを思い出す。
「少し寝る?その間に夜ご飯作るよ?できたら起こそうか?」
「…………」
「…………慶?」
慶が無言でもぞもぞと体をずらして、おれの腿の上に頭をのせてきた。膝枕、だ。
「慶……」
懐かしくて嬉しくなる。昔していたように頭を撫ではじめると、ふいにその手ををつかまれた。
「慶?」
「眠いけど……」
小さく言いながら、おれの手を口元に引き寄せ、きゅっと握った慶。
「寝たくない。夢から覚めそうで……」
「え」
「目、覚めたらお前いなくなってそうで……」
「慶………」
ぐっと心臓が押されたように痛くなる。
「……いなくならないよ」
握られていない方の手で、慶の頭をゆっくり撫でる。
「ずっと一緒にいるよ」
「……………」
「慶?」
「………………ん」
小さくうなずいてから、慶は瞳を閉じた。
(慶………)
3年前………
慶には仕事もあるし、友人もたくさんいるし、おれなんかいなくなっても大丈夫だと思った。あの頃は「愛されている」実感はあっても、「必要とされている」とは思えなかった。一緒にいる自信がなかった。
でも、今なら……今のおれなら…………
しばらくしてから、慶は眠りに落ちたようで、膝にのった頭が微妙に重くなり、握られていた手の力が少し緩んだ。
(……良かった)
そっと手を引き抜き、置いてあった膝掛けを体にかけてあげる。
せっかく食材も買ってきたことだし、本当は、慶を膝から下ろして、夕食を作りに行った方がいいのだけれども……、目が覚めた時におれが近くにいなかったら不安になってしまうかもしれない。目が覚めるまで、このまま膝枕を続けよう。
おれは5日後には出国するので、また半年会えなくなってしまう。この5日間、たくさん甘やかして、慶の中の不安を全部愛に変えたい。変えられるかな……
(……うん。きっと大丈夫)
今度の別離は終わりが見えている。次に再会してからは、ずっとずっと一緒にいられる。だからきっと大丈夫。
「慶、大好きだよ」
愛しい人がこの手にいる喜びをかみしめながら、小さく小さくささやいた。
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お読みくださりありがとうございました。
弱気慶君❤勝手に半年後とか言ってますけど、まだ職場にも親にも話してません(^-^;
次回、金曜日の後日談その2では、そこらへんのお話しを……
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今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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