2006年正月
【南視点】
浩介さんがいなくなって3回目のお正月……
「なんかさ……悟りを開いた感じ?」
すっかり大人しくなってしまった兄に、半分喧嘩ふっかけるつもりで言ったけれど、
「なんだそりゃ」
兄はふっと笑って私の嫌味を聞き流した。……別人のようでコワイ。
「お母さーん、お兄ちゃんがコワイー」
「何言ってるの」
私の訴えに、母はちょっと呆れたように肩をすくめると、
「もう31なんだから、悟りの一つや二つ、開かないと」
「えー」
二つも開くものではないと思うんですけどー……
「慶が納得して浩介君を待つって言ってるんだからいいじゃないの」
「えー」
「しょうがないのよ」
母も悟りを開いたようにうなずいている。
「渋谷家は代々一途な家系なの。椿だって初めてちゃんとお付き合いした近藤さんと結婚したし、南、あんただって……」
「はいはいはい」
子供の前で恋愛話はやめてください。
リビングで遊んでいる息子と娘にこれ以上変なことを聞かれる前に、話を元に戻す。
「でもさ、お兄ちゃん。浩介さんがずーっと帰ってこなかったらどうすんの?」
「どうって……」
別にどうもしない。と、悟り顔の兄。
…………。
それじゃ物語が進まないでしょ! そのままおじいちゃんになっちゃったらどうすんの!
という、ツッコミを心の中にしまいこんで「ねえねえ」と提案してみる。
「押しかけ女房しちゃえば?」
「は?」
眉間にシワを寄せた兄。
「何言って……」
「お医者さんなんていくらでも働き口あるでしょ? お兄ちゃん、働きはじめてもうすぐ丸6年だよね? もう新人って歳でもないよね? どこでも雇ってもらえるよね?」
「…………」
肯定も否定もしない。ということは、肯定とみた。一気にたたみかける!
「ね! だからさ!」
無表情の兄の目の前でパチンと手を叩く。
「突然行っちゃってさ! んで、『きちゃった❤』って言えばいいだけの話……」
「何を………」
「ちょっと南」
兄が何か言う前に、母が盛大に眉を寄せた。
「変なことけしかけるのやめてよ。これで慶が本当に浩介君のとこ行っちゃったらどうするの」
「え」
母らしからぬセリフに驚いてしまう。
うちの両親は、基本的に子供のすることに口出しをしない主義なのだ。おかげで姉も兄も私も自由にやらせてもらえていた。
兄が同性である浩介さんと付き合うことになったときも、父は「容認」母は「黙認」という感じだったし、私自身、2回り年上で中学生の息子のいた沢村さんと結婚するときも、さすがにはじめは良い顔をしなかったものの、比較的すぐに許してもらえた。
「意外!お母さん、反対なの?」
思わず大袈裟に叫んでしまった。
「お兄ちゃんが大学の時なんて、お兄ちゃんが浩介さんのアパートに入り浸って帰ってこなくなっても、ご飯作らなくていいから楽でいいわ~~なんて言ってたのに!」
「それは浩介君のアパートが、うちから一時間半くらいのところだったからでしょ。しかも慶の大学のすぐ近くだったし」
肩をすくめた母。え? 問題そこ?
「え、近ければいいってこと?」
「当然でしょ! 国内ならともかく、海外なんて問題外!」
ああ、考えただけで恐ろしい……と、眉を寄せた母は真剣そのものだ。なんだそれ……
「えー……別にいいじゃん……」
「嫌よ。心配だもの。慶、『きちゃった❤』なんて絶対やめてよ?」
「…………大丈夫だよ」
兄はまた、ふっとあの悟りの境地の笑みを浮かべると、
「おれは待ってるだけだから。自分から行ったりしない」
「えー」
その悟り顔、なんかムカつく。
「なんでよー」
「だからおれは浩介の邪魔になりたくないんだよ」
「邪魔なんてそんな……」
浩介さんがそんなこと思うわけないのに……、と言おうとしてから、気がついた。
まさか………
まさか、この弱気…………
「まさか、お兄ちゃん、邪魔にされるかもってビビってるの?」
「…………」
ピクリと兄の眉が動いた。
うわ、ビンゴだ。
お兄ちゃん、浩介さんに拒否されることがこわいんだ。
「うわ、今さら……」
「うるせーよ。別にビビってねーよっ。おれはただ浩介の意思を尊重してるだけだっ」
ようやくちょっと昔の顔になって言ったお兄ちゃん。ここぞとばかりに煽ってみる。
「そんなこと言ってかっこつけてるけど、結局のところ、行って拒否されるのがこわいってことでしょ?」
「何を……っ!」
カアッと赤くなった兄。やった!剥がれた! と思ったけれど、
「はい!おしまい!」
母に「はいはい」と止められてしまった。
「正月早々、喧嘩しないの。南、もうすぐ椿たちも来るから、お節並べるの手伝って」
「…………はーい」
「慶はお父さん呼んできて」
「……わかった」
すいっと出ていった兄の後ろ姿……哀愁が漂っているように見えるのは私だけじゃないだろう。
「南」
母が兄が出ていった途端、ボソッと言ってきた。
「慶、せっかく落ち着いてきたんだから、蒸し返さないであげて」
「…………うん」
母の気持ちもわかるけど……本当にそれでいいの?
このまま、待ち続けて……本当にそれでいいの?
浩介さんのところに直談判にいきたいところだけど、まだ幼稚園生の娘を置いていけるわけもなく……
(浩介さん……)
さっさと迎えにきてあげてよ。
また、二人一緒のところが見たいよ。
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お読みくださりありがとうございました!
なんの進展もなくm(_ _)m
次回、金曜日は3年目その4でございます。
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