2006年4月2日
【慶視点】
あいかわらず元気いっぱいの早坂さんが、帰り際のおれに声をかけてくれた。
「渋谷先生、昨日大変だったんですって? 子供達の間でエイプリルフール合戦があって」
「そうそう」
昨日のことを思い出して、肩をすくめながら報告する。
「拓海君の死んだフリはシャレにならないから、ちょっと強めに注意したよ。だからまだ元気ないかも」
「りょーかいでーす。渋谷先生のビシッと注意は効果的なので助かります!」
早坂さんはおれに告白してきたことなんてなかったのかのように、以前とまったく変わりがない。あれこそ嘘だったのではないかと思ってしまうくらいだ。
彼女の笑顔には本当に助けられている。彼女が病室に入ると子供達もみんな明るくなる。
「じゃ、お疲れ様でしたー」
「うん。よろしくね」
手を振って、早々に帰宅の途につく。昨晩の当直ではトラブルが重なって横になることすらできなかったのだ。早く帰って眠りたい……
「昨日はエイプリルフールだったんだよなあ……」
午前の太陽の下を歩きながら一人ごちる。
3年前の4月1日、浩介の教え子の泉君達から、浩介が学校を辞めてアフリカに行こうとしてる、と聞かされた時には、はじめはエイプリルフールの嘘だと思った。嘘だったらどれだけ良かっただろう……
あれから3年。
いまだに浩介のいない日常に慣れない。
待ち合わせに使っていたベンチに行く度、マンションのドアを開ける度、そこに浩介がいるような気がしてしまう……
そんなことを思いながら、マンションが見えてきたところで、
(…………?)
3階のおれの部屋の前の廊下で人影が動いていることに気が付いた。宅急便の人とかではなさそうな、あきらかに不自然な動き……
(………空き巣?)
最近ここらへんで空き巣被害が頻発しているという張り紙が掲示板にあったことを思い出す。
(まさかなあ……)
そう思いながら、マンションの真下について、上を見上げて……
「……………!!!」
心臓が、止まるかと思った。
手すりから身を乗り出して、おれの部屋の方をのぞこうとしている、その人は……
「浩介………」
浩介だ。絶対に、浩介だ。
階段をのぼりながら、心臓を落ちつかせる。
浩介がいる。浩介がいる。浩介がいる……
苦しくて息ができなくて、大きく深呼吸を繰り返しながら3階の廊下にでる。……と。
(………いた)
おれの部屋の前、なぜか廊下の手すりにへばりついている……
(夢、じゃ、ない……)
もう一度、深呼吸をして……愛しいその名を呼ぶ。
「浩介?」
「!!」
ビックリしたように、浩介が振り返った。
日本にいたときよりも日に焼けて、少し痩せて……でも、その優しい瞳は少しも変わらない。
少しも変わらない……
3年も日本にいなかった、なんて嘘みたいだ。つい昨日も、こうしてここにいたみたいで……
「慶………」
つぶやくように言った浩介の声が耳に入ったとき、その思いはさらに強くなった。
浩介が、ここにいる。当然、みたいに、ここにいる。
だから……
「何やってんだ? お前」
昨日も会っていた、みたいな感覚で、浩介に問いかけた。
「泥棒かと思ったじゃねーかよ」
呆れたように言うと、浩介は3秒ほどの沈黙のあと、
「もーーー!!第一声がそれーーー?!」
と言って、ぶーっと口を尖らせた。その顔が可愛くて可愛くて、ケタケタと笑いだしてしまう。
浩介が、ここにいる……。
***
「前から言ってるけどさー、慶はムードがなさすぎるんだよっ」
「あー分かった分かった。お前、ホントそれ前から言ってるよなあ」
洗面台で手を洗いながら、浩介がブツブツ文句をいってくるのに、適当に返事をするのも、以前と少しも変わらない。3年もいなかった期間があったなんて思えない。おれの部屋に馴染んでいる浩介の姿……。
「本当はさ」
浩介が眉間にシワをよせながら、こちらに戻ってきた。
「もっと感動的な再会をしようと思ってたのに、泥棒って……」
「しょうがないだろーすげー怪しかったからお前」
「怪しいって……」
「…………」
ムッとしたままの浩介の頬にそっと触れる。途端に、怒っていたはずの顔が泣きそうな顔に変わった。
「慶……」
「浩介」
そして、どちらからともなく唇を合わせる。愛しい柔らかい感触。もつれあうようにソファに倒れこむ。
ぎゅううっと抱きしめて存在を確かめあう。ここにいる……ここにいる。
「お前……学校大丈夫なのか?」
温かい腕の中でたずねると、浩介はアッサリと言った。
「アマラが先生になったからやめたんだ」
「え、じゃあ……」
思わず浩介を押しのけて起き上がる。と、浩介は頬をふくらませた。
「なに慶、せっかく……」
「それどころじゃないっ。じゃあお前、これからは日本で暮らすんだな?!」
がっついて聞いたのだけれども、
「ううん。違うよ」
「え……?」
一瞬浮かんだ希望の光がすーっと薄れていく。
「慶、聞いて」
呆然としたおれの前で、浩介はきちんと座りなおすと、きっぱりと言いきった。
「今度は東南アジアの方にいくんだ」
「と……うなんアジア……?」
呆気にとられて浩介を見上げる。
「また……いくのか……」
「うん。それで慶に言いたいことがあって……」
「いいたいこと……?」
目の前が暗くなってきて浩介の顔もよく見えない……。浩介のあいかわらずの冷たくて気持ちのよい手に頬を囲われる。
「あのね、慶」
浩介の真剣な声。
「おれ、本当にこの三年間で死ぬほど思い知った」
「……何を?」
「慶のことが大好きで大好きで離れていられないってことを」
「そ……それなら……」
どうしてまた遠くに行くんだよ?!そう言いかけたのを、制された。
「慶、聞いて」
「…………」
真剣な表情の浩介。
「一緒に、きてほしい」
「え……」
言葉が脳にまで達せず、ぼんやりと見つめ返す。
「なんだって……?」
「三年前、やっぱり一緒に来てもらえばよかったってずっと思ってた」
「………」
「一昨年の夏、次の日いなくなってることに気がついた時、すごく後悔した」
「………」
浩介の真摯な瞳。吸い込まれそうだ。
「アマラにきいたよ。慶、おれは村の人たちがいるから大丈夫って言ったんでしょ?」
「あ……」
「おれ、全然平気じゃないよ。言ったでしょ。慶がいなくちゃ生きていけないって」
浩介はスッと一回息を吸い込むと……意を決したように、はっきりと、言った。
「だから一緒にきて。慶。おれと一緒に生きて」
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お読みくださりありがとうございました!
途中なのですが、ここで切ります。
数ヵ月前まで載せていた「旧作・翼を広げて」(←私が高校時代に書いた話を要約したもの)のセリフをそのまま移行したため、そのやり取り前に読んだよ!という方には申し訳ありませんでしたっ。
次回、金曜日はこの続き。3年目その8.2。
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今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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