***
「だから一緒にきて。慶。おれと一緒に生きて」
浩介の真っ直ぐな瞳。
心臓が直接握られたかのように痛い。苦しい。
(一緒に生きて)
その言葉、どれだけ待ち望んだことだろう。どれだけ……
でも……
(一緒にきて)
それは………
『海外なんて問題外!』
眉を寄せた母の顔が、真っ先に思い浮かぶ。浩介との交際も、医学部進学も、文句を言いつつも認めてくれた母。その母にさらに心配をかけることになる……
『渋谷先生のビシッと注意は効果的なので助かります!』
先ほど、ニコニコでそう言ってくれた早坂さん。3年前、おれが浩介の背中を押せたのは、彼女のおかげでもあった。
そして………
『一緒に頑張ろう』
『一緒に乗り越えましょう』
毎日毎日、病院にいる子供達、親御さん達にそう言っているのは、おれ自身だ。
(一緒に生きて)
おれだって、浩介と一緒に生きたい。離れては生きていけない。そんなことはこの三年間で嫌と言うほど思い知った。だから、もちろん、浩介と共に日本を離れることだって、何度も考えた。浩介がそれを望んでくれるのなら、と。
でも……でも。
恋人と一緒にいたい、なんていう理由で日本を離れる。ついていって、向こうで職を探す。そんなこと………
「…………そんなの無理だ」
絞りだすように何とか言葉にのせて、浩介をおしのける。
「おれにだって仕事があるし、おれを頼ってくれている人たちもいる。そんな人たちを置いていけると思うか?」
「うん」
え? というくらい、アッサリと、浩介が肯定した。
「全部捨ててよ」
「………」
…………。なんだそりゃ。
「………なんでだよ。お前が日本に残ればいいだろ」
「やだ」
浩介は短くいった。
「慶、日本なんか捨てて」
「……お前な」
なんなんだ……
浩介、絶対に譲らないって顔してる。こんな浩介、久しぶりに見た。昔はバスケの試合中とか、ケンカしたときとか、こういう表情をよくしていた。何だか少し懐かしい……
浩介は、その顔のまま言葉をついだ。
「だって慶、日本に住むなら、この病院で働くんでしょ?」
「まあ……そうだけど……」
「そしたら一緒に暮らせないじゃん」
は?
「だからっ。おれはもう慶と一日だって一晩だって離れていたくないのっ。一緒に暮らしたいのっ。一緒に起きて一緒に朝ごはん食べるのっ」
「へ?」
呆気にとられたおれを置いて、浩介は駄々っ子のように繰り返す。
「だから行こうよ。誰も何も言わないところで一緒に暮らそう。ね?」
「……………」
この病院では、独身の医師は病院から徒歩5分のところにあるこのマンションに住むことが暗黙の了解となっている。
でも、おれもいい加減いい歳なので、そろそろここを出ても大丈夫かな……とは思っていた。でも、浩介と一緒に暮らすことについて、誰も何も言わないかというと………
浩介は、嫌と言わせない強い意思を持って、こちらを見ている。
「………嫌だといったら?」
聞くと、浩介、ビシッと指をさして、
「無理やり連れてくっ」
即答。
そんなこと言われたら………
おれが頭を抱え込むと、浩介も「あ、しまった……」と頭を抱え込んだ。
「違った……本音ばっかり言っちゃった……アマラに注意されてたのに……」
そして「ちょっと待って」といって、大きなカバンから冊子を取り出した。
「これ、アマラから」
「アマラから?」
それは浩介が所属している国際ボランティア団体(アマラの母シーナがケニア支部代表をつとめている)の紹介の冊子だった。
世界各地の教育を受ける場のない子供たち……医者にかかれず苦しんでいる人々……
「あ、これお前じゃん」
子供たちに囲まれて笑っている浩介の写真もある。見覚えのある白い校舎……
「えー、こほん」
浩介はわざとらしく咳をすると、背筋を伸ばした。
「我々はこの度、東南アジア地域における医療、教育の発展のため……」
「ちょ、ちょっと待て」
何やら演説を始めようとするのをあわててやめさせる。
「それは……医師としてのおれをスカウトするって話か?」
「そうです。ぜひ我々とともに世界の子供たちに笑顔を」
「………」
浩介はよそいきの顔で澄ましている。
アマラに注意されたってさっき言ったな……これはアマラの演出か……
「………医者なら誰でもいいのか?」
「誰でもいいわけないでしょっ」
途端に、またいつもの浩介の顔に戻る。
「だーかーらーおれが一分一秒でも慶と離れたくないから一緒に来てほしいってのが本音! 医者云々は後付……っていうか、アマラが、大人の慶には大人の理由が必要だろうからって」
「アマラ……」
浩介を連れて帰らない、といったおれに『慶って大人ね』と言ったアマラ。そして彼女は言ったのだ。『我慢することが大人になるってことなら、私は大人になんかなりたくないわ』と。
大人……大人、か。
自分の望みだけを追求できないのが大人。できない理由をたくさん持っているのが大人。
(無理やり連れてくっ)
今、そう言った浩介は、まるで学生時代のような純粋な感情の塊で……
「……あ」
冊子の一番最後に、マジックで落書きがしてあることに気が付いた。崩れた平仮名。
<しあわせになれ ばか>
「アマラ……」
その字をゆっくりなぞる。
『みんなから彼を取り上げるなんて許さない』
そう言っていた彼女が浩介の跡を継いで先生になり、浩介のことを送りだしてくれたという。彼女の中でどんな葛藤があっただろう。どんな思いで浩介の背中を押してくれたんだろう……
(しあわせになれ……)
写真に写っている笑顔の浩介の横に……おれの居場所はあるのか? おれはそこにいていいのか……?
よくない、としても……
(浩介と、一緒にいたい)
その抑えきれない思いを優先してもいいだろうか。
色々な人に迷惑や心配をかけるけれど……それでも、そちらの道を選択してもいいだろうか。
(しあわせになれ……)
大人の理由……使わせてもらうよ、アマラ。
浩介の顔をゆっくり見上げる。愛しい浩介。離れたくない。もう二度と離れたくない。おれもお前と一緒に翼を広げたい。
「慶……お願いっ」
何もいわないおれに、不安になったように、浩介がパチンっと手を合わせてきた。
「お願いだから、これだけわがまま聞いて。ついてきてくれたらもう一生わがまま言わないからっ。何でも言うこと聞くからっ」
必死な様子で拝んでいる浩介……
お前もおれと一緒にいたいって思ってくれてる。それが何よりも嬉しい。信じてたけど……それでも、聞きたくなってしまう。
本当に……本当にいいのか?
もう、置いていったりしないか……?
「……………。条件がある」
「じょ、条件……?」
真面目な顔で言うと、「何でも」と言ったくせに浩介の顔がこわばった。
「なに?」
「………浩介」
心配そうなその頬にそっと触れる。
愛しい愛しいその瞳に、本当の望みを告げる。
「好きって言え」
「え?」
きょとんとした浩介をまっすぐに見上げて、もう一度言う。
「好きって言えって言ってんだよ。毎日、毎日、死ぬまで、さ」
「え、そんなことならおれ、毎日百回だって二百回だっていうよっ」
ぱあっと顔を明るくした浩介の頬をむにっと掴む。
「へー……絶対だな」
「え……?」
声色を変えて言うと、浩介は何か悪いことでもいった?とでもいうようにおれを見返してきた。
「な、なに……」
「絶対だな?!百回いうな?!お前っ」
「う……、言ったら一緒にきてくれる?」
浩介のすがるような目に、ニッと笑う。
「百回いったらな。あ、今日は一回もいってないな。これから百回な」
「ホントにきてくれる?」
「だから一日百回いったらな」
「百回……。今、何時?」
「まだ昼ま……、うわっ」
時計を見ようと立ち上がりかけたのをいきなり引っ張られソファに倒れこんでしまった。
「何すんだよっ」
「だって……」
言いながら、唇が重なってくる。優しく、柔らかく……
「大好き。大好きだよ、慶。大好き……」
「こ……」
言葉にならない想いが溢れてくる。
「まだ3回……あと97……」
「ん……大好きだよ……慶……」
「浩介……」
これからはずっと一緒だ。ずっと……
----
<完>
……って感じですが、もう少し続けさせてください。
「旧作・翼を広げて」(←私が高校時代に書いた話を要約したもの)は、慶視点のみで書かれていて本編はここで終わり、エピローグが2012年の話でした。でもリメイク版の今回は他視点もあることですし、もう少し補足していきたいと思います。
今回も前回同様、「旧作・翼を広げて」のセリフをほぼ移行したため、そのやり取り前に読んだよ!という方には申し訳ありませんでした。高校時代に書いたセリフなので、めっちゃこそばゆい~~っっ。
こんなこそばゆい話、最後までお読みくださりありがとうございました。
次回、火曜日は後日談その1。
こんな真面目な話にクリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!!
もう少し続きます。今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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