1992年・高校3年生春
【浩介視点】
「バレンタインに間に合うように、そろそろと思いまして」
そう言って、慶の妹・南ちゃんが、行為をスムーズに行うため?のジェルをくれたのは、高校2年生のバレンタイン前のこと。
「できたら報告してね」
と、言われたけれど、残念ながら、結局できなかった。(南ちゃんにそう報告したら、ブーブー文句を言われた。でも、本当にできなかったんだからしょうがないって!)
「するのは受験が終わってから」
慶とそう約束したので、そのジェルはベッドの下の物入れの中にしまいこんだ。
おれのハハオヤは時々、おれの机の引き出しや本棚の物入れの中をチェックすることがあるので、どこにしまうかは少し悩んだ。この物入れの中には海外旅行の時に買った色々なものが入っているので、ぱっと見には分からないはず……
(まあ、もし見つかっても………)
あの人は何に使うものなのか分からないだろうから、大丈夫かな、という気もする。
しかし………
ジェルをしまいこんだからといって、したい欲求までしまいこめるわけではなく………
「浩介………」
「………………………………」
キスをしたあとに時折見せてくれる、慶の蕩けるような瞳。すがるように掴んでくる腕の痛み………
(わざと………?)
煽ってるの?と聞きたくなってしまう。
しまいきれない欲情が頭をもたげてくる。
(慶………そんな顔してたら襲いたくなっちゃうよ………)
そう言いたいけど、言ったらきっと二度とその顔してくれなくなりそうだから言わない。
言わないで、目に焼きつける。そして、夜にその瞳を思い出して、一人、ことに及ぶ。
それで、つくづく思う。
あー……なんで受験が終わってから、なんて言っちゃったんだろう……
でも、実際問題、旅行にでも行かない限り、二人きりで夜を過ごすことはできないから、どのみち無理だもんなあ………
「あーああ………」
まだまだ先の話だ……
ため息しかでてこない………
とりあえず………
不純だけど、慶とそういうことする日を夢見て、受験勉強頑張ろう、と思う………
【慶視点】
キスをするときの浩介の顔を見ると安心する。
それも軽くチュッの時じゃなくて、貪るようなキスの時の、浩介が良い。
「浩介…………」
そんなキスの後、気持ちがいっぱいになって、腕をぎゅっと掴みながら見上げると、浩介はいつも、ジッとこちらを見てくれる。「欲しい」って目で見てくれる。それが何より嬉しい。
(本当に、おれでいいのか?)
聞きたくても聞けない質問に、「いいよ」ってその目が答えてくれている気がする。
本当に、おれでいいのか?
この心配は、ずっとずっと心にこびりついている。
初めて恋をした相手が男である浩介だったおれと違って、浩介は、バスケ部の堀川美幸という一つ上の女性に片思いしていた時期がある。
と、いうことは、浩介の恋愛対象は、本当は女性なのではないか?と思うのだ。
好きだと言ってくれる言葉に嘘はないと思う(思いたい)。でも、それでも「男のおれでいいのか?」と、問いただしたくなるのは、一年以上、おれは男だから無理だ、と、諦めながら思い続けていたせいかもしれない。
だから、お互いを貪り尽くすみたいなキスをする時の、浩介の攻撃的な瞳を見ると安心する。
いつもの優しい優しい浩介とは違う、雄の顔をした浩介。ちゃんと、欲望の相手として見てくれている、と思えて嬉しくなる。
だから、もっと求めてほしくなる。もっともっと求めたくなる。
(受験が終わったら、旅行に行って……かあ……)
約束を思い出して、ため息をついてしまう。
早く受験終わんねえかな………
まだ3年生になったばかりなのに、そんなことを思う。
***
うちの高校は3年生になると、文系と理系と国公立系でクラスを分けられる。
おれは理系で、浩介は文系なので、当然別々のクラス。高2の時、クラスでつるんでいた奴らも、全員バラバラのクラスになってしまった。
でも、1年の時に同じクラスで仲良くしていて、2年の時には文化祭実行委員を一緒にやった安倍康彦、通称ヤスとは同じクラスになれた。
「理クラ、女子少ないよな……」
「え」
初日早々、ヤスが文句をいっているのを聞いて、気がついた。
(………と、いうことは、文系クラスに女子がたくさんいるってことか………)
………………。
心配になってきた。
文系クラスの浩介……。女子に囲まれたりしてねえだろうな……。
休み時間に速攻で浩介のクラスを見に行ってみたら、
「あ、慶!」
「……おお」
一番後ろの席に座った浩介が、にっこにこで手を振ってきたので、思わず顔がにやけてしまう。
(あー、やっぱりおれの浩介かわいい)
雄の浩介も良いけど、こういう可愛い浩介もたまんねえ。抱きしめて頭グリグリしてやりたくなる。
何か理由つけてグリグリしようかな、と、教室の中に入っていったところ……
「あ!渋谷~~!」
はしゃいだ甲高い声に呼び止められた。
「………………篠原」
そういえば、篠原は浩介と同じクラスだったな、と掲示板に張り出されていたクラス名簿を思い出す。
篠原は、浩介と同じバスケ部所属。部活内で一緒に行動することが多いらしく、二人セットで「しのさくら」と呼ばれている。はじめのうちは、それにかなりムカついていたのだけれども、篠原が無類の女好きで、男の友情よりも女を優先する奴だから、浩介と過度に仲良くなることはない、と気がついてからは、気にしないことにしている……
篠原はいつものように慣れ慣れしくおれの背中をバシバシたたいてくると、
「も~渋谷ってば、理クラ、女子が少ないからって、文クラに遊びに来たな~~?」
「は?」
なんだそりゃ。
「甘いな~。オレなんか、本当は理数の方が得意だけど、女子少ないの嫌だから、文クラ選択したんだよ~」
「…………」
「ま~どうしてもというなら、紹介してあげてもいいよ~」
さすが篠原。あいかわらず女を中心に回ってる……。
呆れ過ぎて何も言えずにいたところへ、
「もー、篠原っ」
浩介が、おれと篠原の間に割って入ってきた。
「慶は女の子に興味ないんだから、そんなことしなくていいのっ」
「…………」
浩介、そんな本当のこと言ってどうする……
篠原は、「うえ~~」と眉を寄せると、
「何言ってんの? 高校生活あと一年しか残ってないんだよ! 青春しなよっ青春っ」
「篠原、さっきからそればっかり」
すでに話をされていたらしい。浩介は真面目な顔をして、
「だから、おれ達、受験生だよ? 青春とかそんなこと言ってる暇ないでしょ?」
「そんなことないから!」
ぐっと握りこぶしを振り上げた篠原。
「この暗い受験生生活を乗り切るためにも、かわいい彼女が必要なんだよ!」
「アホか」
思わず出てしまった言葉に、キッと篠原がこちらを振り返った。
「じゃ、渋谷は何を楽しみにこの一年乗り切るつもりなわけ?!」
「楽しみ?」
楽しみって……
うーん、と浩介を見上げると、
「決まってるじゃん!」
浩介がニッコニコで手を打った。
「旅行だよ!旅行! 受験が終わったら二人で旅行にいくんだよ。ねー?」
「…………」
………。
………。
あ、いや、行くけど……行くけどさ!! それはーーーー!!
色々、色々頭に思い浮かんできて、顔が赤くなってしまう。篠原になんて思われるか………っ
という心配をよそに、篠原は、
「えー? 男2人で旅行って何が楽しい……、あ、吉田さん!委員会何やるー?」
学年でも可愛いと評判の吉田の姿を見つけると、尻尾を振った犬よろしく吉田の元に走っていってしまった。
「…………」
「…………」
浩介と顔を見合わせ……ぷっと吹き出してしまう。
「旅行、楽しみだね」
「……おお」
おれ達の言う旅行は旅行だけの意味じゃなくて……そういう意味で。
浩介もそれを望んでくれているってことに、ドキドキしてしまう。
でも、でも。その前に。
「受験、頑張ろうな?」
手を伸ばして、思いっきり頭をグリグリしてやったら、
「うんっ」
浩介が、えへへ、と笑った。やっぱりおれの浩介は抜群にかわいい。
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お読みくださりありがとうございました!
本編はじめる前に「この頃の2人、こんな感じです」のお話でございました。初々しい❤
ちなみに「するのは受験が終わってから」と約束したのはこちら↓
読切「初体験にはまだ早い*R18」(慶視点)
長編「将来」の「4-2」、「4-3*R18」(浩介視点)
次から本編。季節は夏。浩介引退試合。のお話です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。火曜日更新予定です。
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