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BL小説・風のゆくえには~旅立ち4-3

2017年12月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 旅立ち

 予備校の教室は学校の教室と同じだ。

 休み時間、学校よりは一人で教科書に向かっている人は多いけれど、ほとんどの人があちこちで輪を作って、話の花を咲かせている。

 その様子をぼんやり眺めていたら、ふっと自分がブラウン管の中に入り込んだような感覚になってきた。学校や家でも時々なる現象。世界が遠い。手の先がさらに冷たくなって、息苦しくなってくる………

(……………慶)

 そんな時、おれはひたすら慶のことを思いだす。

(慶の瞳、慶の声、慶の温かい手………)

 ……………。

 いつもなら、すぐにそのぬくもりに包まれた錯覚に陥って、ブラウン管の中から抜け出せるのに、今日はなかなか抜け出せない。

(夏休み入ってから、一回しか会えてないもんな……)

 慶に最後に会ったのはお祭りの時。それからまた5日も会えていない。

(会いたいな……)

 でも、予備校が終わってすぐに帰らないと、家庭教師の先生が家にくる時間に間に合わない。寄り道させないための、母の策略だ。

(今の先生は、なんか怖くて余計に嫌だ。あれなら先月までの先生の方が良かったのに……)

 うちには、幼稚園の頃から家庭教師の先生が来ている。でも、『馴れ合いにならないように』という母の配慮のせいで、度々担当を替えられているため、家庭教師の先生と過度に仲良くなる、ということはなかった。

 唯一、英語を教えてくれた父の友人の奥さんとは長い付き合いになったけれど、彼女は母と繋がっていたので、絶対に本心を言うことはできなかった。


 そんな中、初めて信頼できた大人が、小学2年生の3学期だけ担任だった佐藤緑先生だった。

 先生が、他の子に意地悪をする子には徹底的に指導してくれたり、さりげない気配りで、班行動が円滑にいくようにしてくれたので、3学期の間だけは、そんなに嫌な思いもせず、無事に過ごすことができた。

 だから、2年生の修業式の後、おれは勇気を出して、先生に直談判しに行った。

「3年生でも担任の先生になってくれませんか?」

 震える手を押さえてなんとか言ったけれど、

「ごめんね。それは無理」

と、首を振られてしまった。4月からは別の学校に行ってしまうという。

 担任どころか、学校からもいなくなってしまうなんて………

 絶望で真っ青になったおれの目をまっすぐにのぞきこんで、先生は言った。

「いい?桜井君」

 いつも通りのきびきびした声。

「学校やおうちなんて、世の中のほんの一部でしかないの。これが全てだと思わないで。世界は本当に本当に広いの」
「………………」

 そんなことを言われても、おれは学校や家から出ていくことはできない………

 そのおれの心を読んだかのように、先生はにっこりと笑った。

「大丈夫。今、頑張っていれば、必ず外に出ていけるようになるから」

 そう………だろうか………

「私はもう一緒にはいられないけれど、あなたはこれから色々な人に出会える。だから安心して」

 色々な人に出会える……

 色々な人………


 確かに、それから今までに色々な人に出会った。

 小さな慶と慶のお姉さんとバスケをしたのは、先生との別れから数ヵ月後のことだったし、おれのことを中学卒業までイジメ抜いた筒井と初めて同じクラスになったのは、5年生の時だった。それを見て見ぬふりをした先生、クラスメート………それらも出会いの一つと言えるのだろうか。

 そして……中学3年生の夏の、慶との運命的な遭遇。おかげで公立高校への転校を決意できた。

(あの時、慶の姿を見なかったら………)

 そう思うとゾッとする。慶のおかげで今、おれはここにいる。

 そして、高校生になって慶と偶然知り合えて、友達になって、親友になって………

(高2で同じクラスになれたのは、上野先生のおかげだったな……)

 バスケ部顧問の上野先生。おれの母親に面と向かって意見してくれ、母が学校に来るのを止めさせてくれた先生。バスケ部でもそれとなく気を配ってくれて、高2のクラス替えでは、慶と同じクラスになれるように手を回してくれて………

(あんな先生がいてくれたら、おれももっと違った小学校、中学校生活を送れたのかもしれない……)

 先生のせいにしてはいけないけれども、でも、そう思ってしまう。佐藤先生があのまま担任だったら……上野先生があの学校の教師だったら……。
 でも、実際は、見て見ぬふりをしたり、いじめた側の味方をする先生ばかりで、クラスに馴染めないおれが悪者で、母もそんなおれを叱り続けて………


(ああ、おれだったら………)


 おれだったら絶対、佐藤先生や上野先生みたいな、おれみたいな生徒に寄り添える先生になるのに。



「!」

 そこまで思って、はっとする。

(何言ってんだ、おれ………)

 おれは、父の跡を継いで弁護士にならなくてはいけないのに……

『今、頑張っていれば、必ず外に出ていけるようになるから』

 佐藤先生はそう言ったけれど、おれは大人になったって、外に出ていくことはできないのだ。

「………………」

 大きなため息をついてしまう。

 最近やたらと佐藤先生のことを思い出すのは、佐藤先生と容姿の似ている真弓先輩に会ったからだろうか。真弓先輩は、周りの目なんか気にしないで、自分の夢を叶えるために突き進んでいる人だった。

(おれは………おれの夢は………)

『お前、先生、向いてるよな』

(慶………)

 先週のお祭りの帰り、そう言ってくれた慶の言葉を思い出す。

 お祭りの最中に、バスケのコーチをしたときに知り合った加藤君が、お母さんと一緒に挨拶にきてくれて、

『うちの子、桜井コーチのおかげで、みんなの仲間に入れてもらえたってすごく喜んでて。本当にありがとうございます!』

 お母さんがそうお礼を言ってくれて、加藤君がニコニコと笑ってくれて。それで、慶が、お前すごいな!って言ってくれて、それで………

(お前、先生、向いてるよなって。………向いてる?)

 慶は前から、おれが勉強教えるの上手だって言ってくれてて………おれは慶が「分かった!」って言ってくれるのが嬉しくて………


 でも。
 おれの将来は、もう「弁護士」って決まってるんだ。


 ぶるぶるぶるっと、考えを追い払うために首を振る。

(慶………会いたい)

 次会うのは登校日、なんて言っちゃったけど、やっぱり先すぎる。

(慶………)

 慶は会いたいなんて思ってくれてないのかな……。

(こないだ安倍とプールに行ったって言ってたな……。慶はおれなんかいなくても楽しく過ごしてるんだろうな……)

 勝手にそんなことを思って勝手に落ち込んでくる。ああ、嫌だ。こういう後ろ向きな考えしかできないところ、自分でも本当に嫌になる。

 ………と、講師の先生が入ってきたため、みんなが席に着きはじめた。

(………集中しよう)

 頭を切り替えて、本日最後の講義に集中する。受験対策を中心とした予備校の講義は、少しでも気を抜くと置いていかれるので、集中力が必要なのだ。さすが難関大学コースの講義というべきか。勉強になる。


 こうして、緊張感のある時間を過ごして、終わった途端にボーっとした状態になりながら、帰り支度をしていたところ……

「ここって難関コースだよね!?」

 他のコースの講義を受けていると思われる女子二人が、興奮したように教室に入ってきた。

「桜井さん!桜井さん!桜井さんって誰ーーー?!」

 …………え?

 桜井さん、と連呼されたけど……、おれ?
 桜井「くん」、じゃなくて、桜井「さん」ってことは女子?

「すっごいカッコいい人が外で待ってんだけどー!」
「………え」

 すっごいカッコいい人?

「芸能人みたいな人! 彼氏?! うらやましー!」
「って、だから、桜井さんって誰?! 彼、待ってるよー!」

「………!」

 咄嗟に立ち上がる。

 その「桜井」は確実におれだっ
 芸能人みたいにカッコいい彼氏に待たれる「桜井」なんて、おれしかいない!

(………慶っ)

 慌ててカバンをつかんで教室から飛び出した。途中、隣の教室に顔をだして、篠原に「ごめん!先帰る!」と叫んで、返事を聞く前に外に駆け出す。

(慶………!)

 眩しい光、ムワッとする暑い空気。
 そんな中、街路樹を囲う柵に腰かけて、ジッとこちらを見ている、涼しげな高校生がいて……

「慶……っ!」
「おー。良かった。行き違いにならなくて。今、出てきた女子にお前がいるか聞いて………、え」
「慶っ」

 我慢できなくて、衝動的に抱きしめた。慶のぬくもり、慶の匂い……

「何だお前………っ」
「慶……っ」

 慶の文句を無視して、その愛しい頭をかき抱いて、耳元で名前を呼び続ける。

「慶、慶、慶……」
「………………」

 押し返されるかと思いきや………
 慶はふっと息を吐いて………とんとんとん、と背中を撫でるように叩いてくれた。

「浩介」
「………っ」

 なんて………なんて優しい声………

「慶……」
「浩介」

 温かい手が頬を包んでくれて、コツンとおでこを合わせてくれる。

「浩介………会いたかった」
「うん………」

 慶………

 慶もちゃんとおれに会いたいって思ってくれてる………。それが切ないほど伝わってきて、泣きたくなるほど嬉しい。

「慶、何かこっちに用事だったの?」
「いや?」

 慶は、ちょっと照れたように頬をかくと、

「お前に会いたくて、本屋にいくってことにして出てきた」
「え」

 本当に、純粋に、おれに会いにきてくれたのか!

「行き違いにならなくてホント良かったよ。電車賃かけて来たっていうのに、会えなかったらシャレになんねえ」
「慶………」

 感動しすぎて言葉がでない。でも……… 

「お前、かてきょー来るからすぐ帰らないとなんだよな? 一緒帰ろうぜ?」
「………………」

 慶の言葉に現実に引き戻された。

 せっかく会えたのに………せっかく会いにきてくれたのに………

「……………。ちょっとだけなら時間あるから、なんか飲んだりしよう?」
「おお、そうか?」

 慶が嬉しそうに笑ってくれて、胸がきゅっとなる。

(慶………会いに来てくれた)

 愛しくて愛しくて、たまらない。
 ちょっとだけなんて嫌だ。ずっとずっと一緒にいたい。

 別れがたくて、駅のホームのベンチでジュースを飲みながら、ついつい電車を1本、2本……と見送ってしまったため、うちに帰りついたのは、家庭教師の先生との約束の一分前だった。

「浩介、何してたの。あんまり遅いから塾に電話したわよ。受験生なんだから、寄り道なんてする時間は………」
「すみません。これから気を付けます」

 お説教を遮って頭を下げる。
 母はこの場ではこれ以上何も言わなかったけれど………
 

 翌日の予備校の帰り。門を出て、愕然とした。

「浩介」
 前日、慶がいた場所に、日傘をさした母が立っていて……

「一緒に帰りましょう」

 にっこりとした母の笑顔に、絶望感を覚える。

 おれは、外になんか出ていけない。

 

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お読みくださりありがとうございました!
作中、1992年7月。携帯電話も一般的ではない時代です。

今回長々と浩介君の独白失礼しましたっ
でもちゃんと書きたかった、浩介が先生という職業を考えはじめるってお話なのでした。
お読みくださり本当にありがとうございました。

お時間ありましたら、金曜日もどうぞよろしくお願いいたします。

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