【浩介視点】
「赤本って真っ赤じゃねえんだな。ちょっとオレンジ入ってる感じしねえ?」
「そうだねえ……でも何色かって聞かれたら、赤って答えるかな……」
「あー確かに……」
なんて話を、本屋の赤本コーナーの前で呑気にしているおれと慶……。
部活も引退するし、そろそろ本格的な受験勉強を……と思っているのだけれども、イマイチ現実味がわいてこない。塾にいったらまた違うのだろうか。
「慶は塾は考えてないの?」
「あー……本当は行った方がいいんだろうけど……」
慶はうーんとうなってから、
「おれ、高校受験の時も、塾は英語だけで、あとは○○ゼミだけだったから、親もおれを塾に通わすって発想なさそうなんだよなあ」
「そうなんだ………」
○○ゼミって、有名な通信教育教材だ。それと英語の塾だけで、学区トップの高校に合格するなんてすごい。
おれは小さい頃から家庭教師をつけられていて、中学までは母にも散々勉強方法に口出しされていたので、慶のように自主性に任された勉強をしたことがない。
「それにさ……塾はちょっと無理な感じなんだよ」
「そうなの?」
「うん………」
慶が言いにくそうに説明してくれたことによると、今、京都に住んでいる慶のおばあちゃんが病気で、その入院代や手術代の仕送りが大変、と、ご両親がコソコソと話しているのを聞いてしまったので、塾に行きたい、とはとても言えないそうなのだ。
「○○ゼミは、中学卒業と同時にやめちゃったから、それだけでもまたやらせてもらおうかなあ……」
「……………」
「お前は?」
「うん……篠原に夏期講習誘われてて……」
もし、慶も塾を考えてるなら是非一緒に、と思っての質問だったんだけど、無理ってことだ……
「へえ?行くのか?」
「うん……。家庭教師の先生も、良い経験になるから行ってみたら?って言ってて、親もそれならって言ってるから……」
「そっかあ。おれも模試だけは受けにいくつもりなんだけど………」
模試もなにげに金かかるんだよなあ……という慶のセリフに、胸が苦しくなってきた。
(おれ、お金の心配ってしたことない……)
親の元から逃げ出したいと思っているくせに、なんの疑問もなく親の庇護を受けている自分が恥ずかしい………
「まーでも、その前に期末テストだな」
「……………」
「っていうか、その前にラーメンだな」
「え」
考え込んでしまったおれに気がついたのか、慶がおれの脇腹をつかんで、にっと笑った。
「真弓先輩が教えてくれたラーメン屋、今日こそは行きてえんだけど!」
「あ……そうだね。前から行こうっていいながら行ってないもんね」
「行こう行こう!」
腕を掴まれ、揺るぎない強さで引っ張られる。
(慶………)
慶はおれを明るい道に導いてくれた。暗闇に沈みこみそうになっても、慶の光はこうしておれを包み込んでくれる。でも、高校を卒業したら頻繁には会えなくなる。
その時おれはどうなってしまうんだろう。
***
真弓先輩、というのは、おれ達の一年上の先輩で、昨年慶が文化祭実行委員長をしたときの、副会長さんだった人だ。背が高くて、サバサバしていて、慶曰く「男前」な人、らしい。
白浜高校ではほぼ100パーセントの生徒が、大学や短大への進学、もしくは進学準備(ようは浪人)の道に進むけれど、自分の夢を叶えるために迷いなく就職の道を選んだそうだ。
「アパレル関係って言ってた」
「アパレルって洋服売る人ってこと?」
「でも、簿記の資格も取ってたし、英検も受けてたし、なんかよく分かんねえんだよなあ」
「ふーん……」
「で、結局、念願叶って第一志望の会社に就職できたって」
「……………」
すごいな……
親に決められたレールの上しか歩けないおれにとって、こうして自らで道を歩く人に対する尊敬の念は強い。
慶もその一人だ。
慶は医者になる、と決めて以来、お姉さんの娘・桜ちゃんの入院していた病院でのボランティアに顔を出しては、憧れの島袋先生と話をしたりしているらしい。
「慶は第一志望は、やっぱり島袋先生の母校?」
聞くと、慶は小さな口に一生懸命大きなチャーシューを入れながらうなずいた。
「まー………高望み過ぎるけど一応」
国内トップレベルの医学部だ。かなり厳しい。けれども、慶ならどうにかなるんじゃないか、と思えてしまう。
「お前は?」
「父の母校に行かされる」
「行かされる?」
「……………あ、いや」
しまった。つい本音が………っ
「あ、いや、その………」
なんとか誤魔化そうとした、そのとき……
「あっれー? 渋谷?」
「うわっ、真弓先輩!?」
声の方を振り返ると、派手な洋服に派手な化粧の女の人が立っていた。背が高いから余計に目立つ。
「誰かと思った! 別人じゃないっすか!」
「そう? あ、おじさん、いつものー!」
真弓先輩はカウンターの中に向かって元気に言うと、ちょうど空いていた隣のテーブルに座った。
「ホントに来たんだ?」
「はい。ご紹介ありがとうございます!」
「お。チャーシューにした?うまいっしょ?」
「うまいっす。お話し通り、柔らかくて………」
あまり見たことのない、対・先輩仕様の慶。崩した敬語だけれども、失礼ではない絶妙なバランス。さすがだな、と思う。
「真弓先輩、お仕事どうですか?」
「楽しいよ」
真っ赤なマニュキュアの指がヒラヒラと舞っている。
「毎日新鮮」
自分の信じた道を行く人の眩しい輝き。慶と一緒だ。
それに比べておれは、大学すら選べない。ひたすら親の望む道を進む。子供の頃、お仕置きのために閉じ込められた物置の中と何ら変わらない暗い世界………
(外には出ていけない……)
おれはこのままずっとこの暗い暗い世界にい続ける。
……と、一人沈んでいきそうになったのだけれども………
「学校って狭い世界だったんだなーって思うよ」
(狭い……世界)
真弓先輩の言葉に、ふ、と記憶がよみがえってきた。
『いい?桜井君』
キビキビとした女性の言葉。
『学校やおうちなんて、世の中のほんの一部でしかないの。これが全てだと思わないで。世界は本当に本当に広いの』
『あなたはこれから色々な人に出会える』
『だから安心して』
佐藤緑先生。小学校2年生の3学期の間だけ担任だった。あの頃、唯一、おれに寄り添ってくれた先生………
(ああ、少し似てるかも………)
佐藤緑先生と真弓先輩。背が高くて、意思の強そうな瞳が似ている。
あのときおれは、大人になったらこんな人になりたい、と思ったのだ。こんな風に、子供に寄り添える大人に……
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お読みくださりありがとうございました!
佐藤緑先生は、今まで名前しか出せていなかったのですが、ようやく出せました……
次回は慶視点。お時間ありましたら、金曜日もどうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
こんな真面目な話にご理解いただける方がいらっしゃること、本当に本当に有り難く思っております。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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