『好きな者同士』
小学生の時、一番嫌いなのはこの言葉だった。
「好きな者同士で組になって」
そんなこと言われても、好きな者なんていない。そして、誰もおれをグループに入れようとはしてくれない。
「誰か桜井君と組んであげて」
先生のその言葉にみんなが「えー」「やだー」と口々に言うあの時間が、本当に本当に苦痛だった。だから、
「遠足の班は先生が決めました」
産休に入った石田先生に代わって、3学期だけ担任になった佐藤緑先生が言った言葉を聞いた時には、覚悟を決めていた苦痛がこないことに戸惑った。
「えー!なんでー!」
「好きな者同士がいいー!」
「石田先生はいつも好きな者同士だったよー!」
一斉にみんな文句を言ったけれど、佐藤先生はパンパンっと手を叩いてみんなを黙らせた。
いつもニコニコしていた石田先生とは違って、いつも無表情な佐藤先生は、言い方もキツイ。
「静かに!学校は社会を学ぶ場所です。仲良しごっこがしたいなら、放課後、勝手にやりなさい!」
「………っ」
あの時、教室がシーンッとなったことに、妙に興奮したことは、今でも良く覚えている。
でも、この件はすぐに保護者の耳に入り、先生は校長先生に怒られたらしい。
当然、おれのハハオヤも誰に聞いたのか、直接先生に文句を言いにきた。
「放課後は仲良しの子と遊びなさいっておっしゃったそうですね? そんな仲間外れを増長させるようなこと言うなんて、先生失格です!」
先生はそんなこと言ってない。曲解しすぎだ。
「うちの子は内気でお友達作りが苦手だって、先日申し上げましたよね? 放課後いつも一人でいるこの子の気持ち、考えたことありますか?!」
………………。この人、何も分かってない。
授業中すら仲間に入れてもらえないおれが、放課後誰かと一緒に遊ぶなんて不可能だ。
おれはそんなことはいいから、せめて授業時間だけでも普通に過ごしたい。
佐藤先生はその願いをせっかく叶えてくれたのに………
「もっと子供のことを考えた指導をしていただかないと………」
延々と続くハハオヤの言葉を先生は神妙な顔つきで聞いていて、最後まで何の反論もしなかった。
(ああ、まただ………)
これでまた、先生に嫌われる。一年生の時の担任の山川先生も、はじめは優しかったのに、ハハオヤが何度も何度も文句をつけるから、次第におれを避けるようになった。石田先生だって同じだった……
ドン底に落とされたまま、翌日学校に行ったのだけれども…………
「おはよう、桜井君」
「おはよう………ございます」
佐藤先生の態度はまったく変わらなくて、拍子抜けしてしまった。そして、遠足の班も変わらなかった。
「どうして好きな者同士じゃダメなの?!」
クラスのリーダー格の子が怒ったように言うと、先生はすっと手をかざし、声を張って話しはじめた。
「先生の仕事は、みんなが大人になったときに必要なことを教えることです」
みんながキョトンとした中、先生は淡々と続ける。
「大人になると、色々な人と接することになります。仲良しの人とだけ一緒にいるってことはありえません」
「………………」
「だから、今のうちから、どんな人とでも上手に付き合っていく方法を身につけて欲しいんです」
「………………」
こないた先生が言ってた「学校は社会を学ぶ場所」のことだ……
先生は真剣な顔で、みんなに問いかけた。
「だから先生は、遠足の班は先生が決めたいと思ってます。………異議のある人」
教室中がシーン……となった。
……けれども、すぐに周りからボソボソと聞こえてきた。
「イギって何?」
「どういう意味?」
……………。異議っていうのは、反対意見、という意味だ。分かるけど、言うとまた「頭良いこと自慢したいのか」とか言われちゃうから言わない。
「……………あ」
いきなり、先生が手で口を覆った。
「ごめんなさい。異議っていうのは、反対っていう意味で……」
「………………」
「ああ、嫌ね」
「え」
ふっと先生が優しく笑ったので、みんなびっくりした。佐藤先生はいつも真面目な顔をしていて笑わないから……
「先生、ずっと6年生ばかり受け持ってたから、つい難しい言葉使っちゃうの。みんなまだ2年生だものね。気を付けないとね」
「え………」
一瞬の間のあと……
「えー!」
「そうだったんだ!」
みんながわあっと笑った。この数日見てきた厳しい顔と、優しい笑顔。先生、ギャップが激し過ぎだ。
これを境に、みんな佐藤先生になつきはじめて、2年生が終わる頃には、みんな先生のことが大好きになっていた。おれもその一人だった。
***
高校3年生の夏休みに入って、5日後。
高校の近くの小学校で行われている夏祭りに、慶と一緒にいった。
「慶ーほんとにほんとに会いたかった会いたかった会いたかったよー」
「わかったわかった」
後ろからギューギュー抱きしめながら歩いても、珍しく慶が「やめろ」と言わず、そのままでいさせてくれるのは、慶も寂しかったからだと思う。思いたい。
夏休みに入ってすぐに、おれは予備校の夏期講習に通い始めたので、ずっと慶に会えずにいたのだ。また会えなくなるので、今のうちに慶を補給しておこう。
必要以上にベタベタくっつきながら、あちこち見て回り、田辺先輩がコーチをしているバスケットボールチームのやっている屋台にたどり着くと、
「あ!桜井コーチだ!」
売り子をしている見知った顔の子達が声をかけてくれた。
「桜井コーチ、だって」
慶にニヤニヤと冷やかされて、くすぐったい。
そんな中、加藤君と加藤君のお母さんにも会えて、嬉しい話も聞かせてもらえて……
「お前、先生、向いてるよな」
お祭りの帰り道、慶がそう言ってくれたことが、これからのおれの人生を大きく変えていくことになる。
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