***
保健室から追い出されたおれ達は、バスケ部の部室に向かった。
今日は、更衣室は花島高校の生徒が優先で使うことになっているため、白浜高校の生徒は自分達の部室で着替えるよう言われているそうだ。
「桜井先輩、鍵、お願いしていいですか?」
「うん。ありがとう」
ちょうど着替え終わった下級生が浩介に声をかけて出て行ったので、浩介とおれの二人だけが部室内に残された。
「桜井先輩、だって」
「一応、先輩、だもん」
ちょっと笑った浩介。一年前と比べて、ずいぶんと頼りがいのある「先輩」になったよなあ……
バスケ部の部室は、野球部と共用になっている。うちの高校は生徒数も多いし、部活の数も多いため、どこの部活も単独の部室はもらえないのだ。高校二年生の一年間だけ浩介と一緒に所属していた写真部も、華道部と共用の部室だった。
(同じ部活……楽しかったよなあ……)
夏の合宿なんて、ずいぶんと前のことのようだ。
その前は、浩介が女子バスケ部の一年先輩の美幸さんに片思いしてて……あれは辛かった……
(今日のバスケ部の打ち上げ、卒業生も来んのかな………)
だとしたら、嫌だな………
そんなことを思いながら、窓辺に置かれた椅子に座った。
中に入るのは初めてなので、物珍しい。キョロキョロしていたら、壁に吊り下げられたノートに目が留まった。
(バスケ部日誌……)
おれも中学はバスケ部だったので、懐かしさがこみあげてくる。
勝手に取って、着替えをしている浩介に背を向けて座り直し、コッソリとめくってみた。
(……お。やっぱりあった)
ノートの最後の方に、引退する3年生のメッセージが書かれている。おれも中学の時に書かされたので、あると思ったんだ。
『上を目指せ』
とだけ、力強い字で書いているのは、上岡武史。こいつ、中学の時も同じこと書いてた。手抜きだ手抜き。
『バスケ部楽しかったです!ありがとう!来年はさらに可愛い女子が入部してくれるといいね!』
篠原……。お前の頭の中はそればっかりだな……。元々篠原は可愛い女子が多いという理由でバスケ部に入部したらしい。ここまでブレないと、いっそ清々しい。
『今までありがとう。これからもみんなのこと応援しています』
あっさりと書いてあるのは斉藤。でも『みんな』の下に『↑トモちゃんの、だろ!』と誰かがツッコミいれている。わりと途切れずに彼女がいる斉藤。そういえば、今の彼女は2年生の女バスの子だったな……
浩介は……と、たどっていったら、見覚えのありすぎる綺麗な字が見つかった。ノートの一番下。
『最後まで続けて良かったです。バスケ部での日々は、これからの人生の糧となるに違いない』
「あ!それ!」
「んー……」
おれが読んでいることに気がついた浩介が慌てたようにこちらにこようとしたけれど、ベルトが引っ掛かってワタワタしているので、その隙に続きを読む。
『一緒に闘ってくれたチームメイトに心からお礼を言います。本当にありがとう』
真面目だなあ。浩介らしい……と苦笑したところで、
「………あ」
ありがとう、の下に書かれた小さな文字に気がついた。
小さくても分かりやすい浩介の字。とてもとても丁寧に書かれた字……
『そして、いつも支えてくれた最愛の人に最大の感謝を』
……………。
最愛の人………
「これって……」
おれのこと……?
言おうとしたところを後ろからふわりと抱きしめられた。
「…………慶」
「……………」
包みこまれる………
おれはバスケ部員ではないので、浩介が部活の連中と仲良くしていることを、正直面白くなく思うこともあったし、ものすごい疎外感も感じていた。
でも、こうして、バスケ部のノートの片隅におれのことを書いてくれた……
(それって………)
バスケ部にいても、おれの存在は隣にあったってことだよな……?
「慶……ありがとね。おれのバスケ部人生、慶とずっと一緒だった」
おれの心を読み取ったような浩介の優しい声……震えてしまう。
「………人生って大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ。本当だよ」
浩介はおれの手からノートを取り上げると、元あった壁掛けに戻した。
「でも、それも今日でおしまい」
「……………浩介」
座っているおれの前に膝をついて、こんっとおれの腿に額をのせてきた浩介。足をぎゅっと抱きしめてくる。
「………制服汚れるぞ?」
「うん………」
うなずきながらも、離す気配がないので、膝にのった頭をゆっくりゆっくり撫でてやる。
「………どうした?」
「うん………。ごめんね、甘えて」
「………………」
ああ、そうか………と思いつく。
今日いつも以上にじゃれてきてたのは、引退でさみしいからなのか………
「またバスケやろうな?」
「………うん。でももう、慶としかやらないよ。部活は今日でおしまい」
「そんなこと……」
「バスケはもう、慶とできればそれでいい」
「……………」
実際はこれから引退式だし、OBで遊びにいくことだってあるだろう。
でも、おれとしかしないって今思ってくれていることは、単純に嬉しい、と思ってしまう。
「じゃ、また1ON1の賭けするか」
「………ハンデたくさんつけてね」
「何言ってんだよ、現役バスケ部員が」
「もう引退するもん。現役じゃないもん」
クスクスクス………と二人で笑いあう。
されるがままに、頭を撫でられている浩介。気持ちよさそうに目をつむって………
(こんな日がくるなんて……)
こんな日がくるなんて、思いもしなかった。友達としてではなく、恋人として、浩介がおれに身を委ねてくれている。おれの手の中で安心したように目をつむっている……
こんな時間がずっと続けばいい。ずっと。ずっと………
と、思っていたら。
「わああああ!」
「!?」
いきなり聞こえた悲鳴に振り返ると、ドアのところで野球部のユニフォーム姿の小柄な下級生が、口に手を当てて立っているのが目に入った。
「わー!!すみません!」
「え」
野球少年、真っ赤だ。
「お邪魔しました!! わー!みんなダメダメ!今入っちゃダメー!!」
「え、ちょ……」
呼び止めようとしたおれ達の言葉も聞こえないように、野球少年は叫びながら出て行ってしまい……
「…………」
「…………」
無言で顔を見合わせる……
「野球部……溝部いるよね……」
「………めんどくせえ」
どうも今日は厄日な気がしてならない……
***
「月曜日から、毎朝自転車で迎えに行くね」
帰り道に、浩介がそんなことを言い出した。
バスケ部の打ち上げは、一度帰宅して洋服に着替えてから再集合、ということなので、浩介はいつものようにおれを自転車で家まで送ってくれている。
「でも、そんなことしたらお前、早く家でないといけないし、大変じゃないか?」
登校時にうちに寄るとなると、道が変わってしまうので、余計に時間がかかるのだ。でも、浩介は「大丈夫」と首を振った。
「朝練の時間に比べたら遅いし」
「でも」
「だってさ……やっぱり3年生になってから、慶に会える時間減っちゃって寂しいんだもん」
クラスが違う分、当たり前だけど会える時間は激減した。
「せっかく部活も終わって朝練もなくなるわけだし。一分でも一秒でも多く慶に会いたい」
「…………」
「迷惑だったらやめるけど……」
「………あほか」
ちょうど家の前に着いて、振り返られたので、自転車から下りて、グーで胸のあたりをおしてやる。
「迷惑なわけないだろ」
「ホントに?」
「………………。嬉しい」
「ホントに?!」
ぱあっと顔を明るくした浩介。かわいい。おれの浩介は本当にかわいい。
「良かった。じゃ、8時ね」
「おお」
「雨だったら同じバス乗るようにするね」
「ん」
うなずいたところ、
「……………慶」
浩介が自転車からおりて、おれの頬に手を伸ばしてきた。浩介の冷たい手……
「慶のほっぺってどうしても触りたくなる」
「………」
じっと見つめてくる浩介の瞳……
「白くてつやつやしててホント綺麗」
「………………」
「綺麗………」
「………………」
真っ直ぐ見つめ返したら、浩介の瞳に、切ないような光が混じりはじめた。
「慶」
「うん」
「慶………」
「……………」
そして…………………と、思ったら、
「浩介さん!」
「!」
突然の大きな声に驚いて、咄嗟に離れる。と、妹の南がパタパタと音を立てながら玄関から出てきた。
「バスケ部、これから打ち上げあるんでしょ? 時間大丈夫?」
「え………」
何をいきなり………と思ったら、さーっと近寄ってきて、今度は小さな声でこそこそっと言った。
「お母さん窓から見てるよっ。続きするならお部屋でどうぞっ」
「…………げ」
「でも、ドアは開けておいてね。コッソリ見るから!」
「……………」
……………。
誰が見せるか!!
と、叫ぶ前に、浩介が「あ」とつぶやいた。
「そうだ。打ち上げ、忘れてた……」
「……………行ってこい」
手を振ると「うん」と浩介は軽くうなずいて、自転車にまたがった。
「あー、続き見たかったのに」
「今度ね」
「是非!」
「アホかっ」
南とのアホなやり取りにつっこんでから、浩介を送り出す。
遠く、遠くなっていく背中………
(浩介………)
その背中を見送りながら、ふっと不安にとらわれる。
(結局聞けなかったな……)
こわくて聞けなかった。
(今日の打ち上げ、バスケ部卒業生も参加するのか?)
美幸さんは、来るのか……?
………………。
………………。
やっぱり今日は厄日だな……
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お読みくださりありがとうございました!
初々しい高校生の二人。
次回は暗~~い浩介視点。
どうぞよろしくお願いいたします。
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