【哲成視点】
昼休みの合唱練習が終わった直後、
「松浦君って彼女できたの?」
と、眉を寄せた西本ななえからコソコソっと言われて、「へ?」と素できょとんとしてしまった。松浦君、というのは、オレの幼なじみで親友の松浦暁生のことだ。暁生に彼女ができたなんて聞いたことがない。
「できてないけど……なんで?」
「昨日、横浜で見かけたんだよねえ……」
西本曰く、昨晩、横浜のボーリング場の近くで、暁生が高校生くらいの派手な女性と腕を組んで歩いていた、らしい。帽子を目深にかぶっていたのですぐには分からなかったけれど、あれは絶対に松浦暁生だった、と言い切っている。
「暁生、昨日は野球の練習の日だし、見間違えだと思うけどなあ?」
「えー……」
西本は、納得いかない、というように、ぶーっとしてから、再び詰め寄ってきた。
「ねえ、テツ君。最近、あんまり松浦君と一緒にいないけど、まさか喧嘩でもしてるの?」
「? してないけど?」
喧嘩なんかした覚えはない。
ただ、暁生は塾もやめてしまったし、連日のように硬式野球の練習があるので、全然遊べなくなってしまった。その上、今、うちのクラスは合唱大会に向けてものすごく力が入っていて、昼休みも練習しているし、朝練と放課後練もしているため、違うクラスの暁生とは登下校も一緒にできなくて、ここ数日、まともに話していないのは確かだ。
「二人、最近、何か距離あるよね?」
「そうか?」
「そうだよ?」
なぜか西本はムッとしている。
「小学校時代から二人を見守ってきた私としては、最近の二人はいつもの二人じゃなくて嫌」
「嫌と言われても……」
意味が分からない理由で怒っている西本。なんなんだ。
「とにかく、松浦君が変な女に引っかかってないか、ちゃんと確認して?」
「…………お、おお」
真剣に詰め寄られて肯くしかなかったけれど……
(確認って言われてもなあ……)
暁生がオレに隠し事してるとは思いたくないし……。うーん、と唸っていたら、5時間目と6時間目の間の5分休みに、偶然、暁生が現れた。オレを見つけると、パチンと両手を合わせて、
「絵の具の筆、貸してくれるか? オレの筆、毛先バサバサでもう限界」
「おー。いいぞ」
暁生のクラスは5,6時間目が美術らしい。
ロッカーから絵の具セットを出して筆を確認していると、暁生はオレの耳元でコソコソコソっと囁くようにいった。
「下絵、サンキューな。すげー助かった」
「いや。あれで大丈夫だったか?」
「おお。すげー良い感じ。色塗りやすいし」
嬉しそうに言う暁生の声に嬉しくなってくる。先週出された『家の近所の風景画の下絵を描いてくる』という宿題は、オレが代わりにやってやったのだ。暁生は野球で忙しいから、このくらいの協力はしてやりたい。
「それでさ……テツ、悪いんだけど、明日また、家貸してもらえないか?」
「いいぞ。みんな熱心だなあ?」
暁生は野球の仲間を集めて勉強会をしている。その会場に時々うちを貸しているのだ。
「明日は、合唱の放課後練習のあと、そのまま塾いくから、勝手に入って使ってくれ」
「おお。サンキューな」
うちは合鍵を、母が入院した頃からずっと、暁生の家に預かってもらっている。万が一、オレが鍵を無くして入れなくなった時の保険だ。
「テツの家、テレビ大きいから、みんな見えやすいって喜んでるんだよ」
「見えやすい?」
「小さい画面だと、踏み込んだ足の角度とかまではちゃんと見えないからな。大きいのは有り難い」
「そっかそっか」
ほら、やっぱり、暁生の頭の中は野球でいっぱいだ。変な女に引っかかっているとは考えにくい。けど……
(………う。西本……)
西本がジッとこちらを睨んでいるので、しょうがないから聞いてみる。
「なあ……暁生」
「ん?」
「お前、彼女できた?」
「は?」
キョトンとした暁生。
「何いってんだ?」
「なんかなー昨日、横浜でお前のこと見たって奴がいるんだよー。女連れてたって……」
「はは。なんだそれ」
暁生は軽く笑うと、ポンポンとオレの頭をいつものように叩いてきた。
「オレ、昨日も野球の練習だったし。そんな暇ねえよ」
「………だよな」
ホッとする。ほら、やっぱり暁生は暁生だ。
「暁生、隠し事なしだからな」
そう言うと、暁生はまたキョトン、としてから、
「当たり前だろ。親友なんだから」
と、ニッと笑った。そして、「サンキューなー」と貸した筆をプラプラさせながら出て行った。
その後ろ姿は、昔から変わらない。頼りがいのある、真っ直ぐな背中。
(親友……だもんな)
オレ達は親友。ずっとずっと親友だ。
***
翌日……
合唱練習で遅くなるから塾にそのまま寄るつもりだったのに、うっかり塾の宿題を忘れたため、ダッシュで家に戻った。
玄関を開けると靴が2足……
(あ、そうだった。暁生の野球仲間が来てるんだった)
一足は暁生のだ。あいかわらずデカイ靴。もう一足はわりと小さいローファー。オレと同じくらいのサイズかな……。まだ一人しか来てないのか。
リビングでビデオを見てるはずだから、邪魔しないように、そっとあがって、2階の自分の部屋に向かう。宿題は机の上に出しっぱなしのはず………
「………………………?」
違和感を感じて、足をとめた。
(オレ………部屋のドア閉めたっけ?)
廊下の先の、自分の部屋のドアが閉まっている。オレは基本的に、部屋のドアを閉めない。閉めるのは、真冬のストーブを付けた時だけだ。
(今日うちを出ていったのは、父ちゃんよりオレの方が後だし……)
お手伝いの田所さんも来る日じゃないし、たとえ来たとしても、わざわざドアを閉めるなんてことあるかな………
そっと近づいていって……
「………っ」
ドアの前で、立ちすくんでしまった。
中から聞こえてきたのは、女の甘えたような喘ぎ声。
そして……暁生の声、だった。
【亨吾視点】
村上哲成の様子がおかしい。
塾の宿題を忘れたから取りに帰ったはずなのに、「取ってくるの忘れた」って、意味が分からない。何のために家に戻ったんだ。
その上、先生の話にも上の空で、怒られても上の空で、最終的には「具合悪いのか?」とみんなに心配され、オレが送っていくはめになり………
「大丈夫か?」
「………………………………………………。うん」
「……………」
ずいぶんと長い沈黙の後に、ようやくうなずいた村上。全然、大丈夫じゃない。
「なんかあったのか?」
「……………………………………………。いや」
だから、なんだ、その変な間は。
そんな調子でトボトボ歩いたものの、とりあえず、無事に家の前まで着いたので、オレはお役ごめんだ。
「じゃあな……………、って、何だよ?」
行きかけたのに、カバンをつかまれ、進めなくなった。振り返ると、うつむいている村上の後頭部が目に入った。
「何………」
「キョーゴ」
「だから、なんだよ」
「うん……」
らしくなく、ボソボソと言う村上。
「ちょっと、うち上がって」
「は?」
「ピアノ、聴きたい」
「………………」
時計を見る。もうすぐ10時だ。
「こんな時間に弾いたら苦情くるだろ」
「小さい音でいいから。な?」
「………………」
何だろう。泣きそう……というか、不安そう、というか……
「……………。ちょっとだけな」
「………………………うん」
コクリとうなずいた村上は、小さな子供みたいで………
「……………」
その頭に手を置いて、グリグリグリと撫でてやる。と、顔をあげた村上。無理矢理な笑顔……
「……………」
その瞳が痛々しすぎて………
「村上」
思わず抱き寄せて、トントントン、と背中を叩いてやると、村上は大きく息を吐いてから、「ありがと」と小さく言った。
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その抱擁は友情ですか?LOVEですか!?
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