【享吾視点】
合唱大会の翌日、村上哲成は遅刻ギリギリに飛び込んできた。いつもはわりと余裕をもってくるのに珍しい。顔色も悪いし元気もないし、具合が悪いんだろうか……
ちょっと心配になったものの、休み時間は移動教室が多くて接することもできず、帰りはホームルーム終了後、村上はすごい勢いで出て行ってしまったため、何も話せなかった。でも、学級委員の仕事を終わらせて、人気のなくなった昇降口にようやく到着したところ、
「……何やってんだ?」
傘立ての上に、村上がボーっと座っているので、驚いて声をかけた。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「あー……うん」
「三者面談、今日に変更になって、お父さんくるの待ってるとか?」
「あ……いや。違う」
とん、と立ち上がった村上。
「キョーゴのこと、待ってた」
「オレ?」
なんだ?
「何か用か?」
「用っていうか……」
んー、と村上は言いにくそうに唸ってから、
「5時過ぎまで家帰れないから、それまで付き合ってほしいなーって思って」
「家に帰れない?」
どういうことだ? 首をかしげたオレに構わず、村上は急いたように「それから」と言葉を継いだ。
「それからうちにきて、ピアノ弾いてほしいなーって思って」
「……………」
ピアノはもう一切弾かない、と昨日言ったばかりなのに………
「ダメか?」
「………………」
そんな捨てられた子犬みたいな目で見上げられたら、NOと言えるわけがない。
「……………分かった」
うなずくと、村上はフニャッと顔を崩して「サンキュー」と言った。
(………………。違う)
いつもの「サンキュー」じゃない。オレの欲しい「サンキュー」は、いつもの能天気なニカッとした笑顔で………
「村上」
ポン、と頭に手を置いてやる。
「何か、あったのか?」
「………………」
「………………」
「………………」
村上はしばしの沈黙の後、
「何も……ない」
そう言って首を振った。そうされたらもう、聞くことはできない。
(たぶん……松浦暁生と何かあったんだろうな……)
前に様子がおかしくなった時も、松浦が関係しているようだった。あの時とおなじ顔をしている。
でも、結局、オレにしてやれることは、あの時と同じ。ピアノを弾くことだけだ。
【哲成視点】
合唱大会の翌朝、暁生はいつもの待ち合わせ場所にこなかった。ギリギリまで待ったけど、こなかった。でも、帰りは、いつものように暁生の教室の前で待っていたら、「テツ!」と、笑って手を振りながら教室から出てきてくれたので、
(昨日の帰りに怒った風になったの、もう大丈夫なんだな? 朝も何か用事があったってことかな?)
なんて、ホッとした。のも束の間……。オレの目の前までくると、スッと暁生の笑みが消えた。そして、
「今日、5時まで帰って来るなよ?」
「!」
低く、脅すような言い方。ゾッと背筋が凍った。今までこんな言い方されたことない……
でも、暁生は、一歩後ろに下がると、また、ニコッとして、
「悪い、オレ急ぐから。じゃあな」
「………っ」
周りからは、いつもの暁生とオレのやり取りに見えたかもしれないけど……
(全然、違う)
あれは、誰だ? あんなの、暁生じゃない。
(怖い………)
ありとあらゆるマイナスの感情が押し寄せてくる。耐えられなくて、胸を手で押す。
怖い………怖い。怖い…………
助けて。
助けて。
助けて。
「……………享吾」
ふっと言葉が口に上がって、自分でも驚いて、息をのむ。
(キョーゴ?)
って、何言ってるんだ、オレ?
(助けてイコール享吾? ………えーと? あ、そうか。分かった)
そういえば、この数ヶ月、何度も助けてもらったんだった。だから、思わず名前が出たんだろう。
(ピアノ………聴きたいしな)
村上享吾の下駄箱を見てみたら、靴が入っていた。まだ校内にいるようだ。
「待つか……」
それで、ピアノ聴かせてって言おう。きっと村上享吾は弾いてくれる。あいつはそういう奴だ。
***
4時半まで、村上享吾と一緒に図書室で自習をして、それから、二人で遠回りをしながらのんびり下校したので、うちの前に着いた時には、5時を5分過ぎていた。電気は消えているので、暁生はもう帰ったらしい。ホッとした。
(暁生……約束守ってくれたかな……)
オレは今朝うちを出る時に、一つ細工をしてきた。「使うのはリビングだけ」という約束を、暁生が本当に守ってくれたかどうか、確認したかったのだ。
(これで、約束破ってたら………)
もう、家は貸さない。
…………って言うつもりだったけれど、今の怖い暁生に、言えるだろうか。今日の暁生は本当に怖かった。昨日よりもさらに怖かった。まるで別人だった。あの冷たい目……あんな暁生は暁生じゃない。オレの知っている暁生は、優しくて、おおらかで、いつでも守ってくれるヒーローで……
(…………。大丈夫だよな? 約束破ってないよな……)
杞憂に終わってくれ、と、心の底から願う。自分一人で確認する勇気がなくて、理由も言わず、村上享吾に付き合わせて、自分の部屋に入ったのだけれども………
「村上!?大丈夫か!?」
倒れそうになったところを、あわてて支えられてしまった。
(……………暁生)
身体中の力が抜けていく。
綺麗にベッドメイクされている……と見えるけれど、オレの付けた小さな印はズレている。と、いうことは、このベッドは使われた、ということだ。
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お読みくださりありがとうございました!
テツはリビングは使っていいって言ってるんだから、リビングでヤれば良かったのにって思うところですが。リビングには、テツのお母さんの仏壇と写真があるので、さすがの暁生さんも、そこで変なことはできなかったんです。
続きは火曜日に。お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです。
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