【哲成視点】
村上享吾が松浦暁生を殴った件は、あっという間に学校中に知れ渡った。
タイミング悪く、殴った瞬間を学年主任の先生に見られてしまったことと、お喋り女子二人がたまたまその場を通りかかったことは、もう運が悪かったとしか言いようがない。
「三角関係のもつれってやつ?」
「は?」
翌日の昼休み、西本ななえに大真面目な顔で問われて、意味が分からず「は?」としか言えないでいると、
「テツ君のことを、享吾君と松浦君で取り合ったんでしょ?」
「……………。誰がそんなこと言ってんだ?」
「一部の女子」
「…………」
意味が分からない……。と思っていたら、西本はちょっと笑って、
「まあ、冗談はさておき」
といって、また真面目な顔に戻った。
「享吾君、まずいね。渋谷君を怪我させた件に引き続きだから、ちょっと……」
「だからそれはわざとじゃないって」
「わざとじゃないにしても、関係してることは確かでしょ」
「………」
ピシャリと言われて黙ってしまう。そうだけど……
「それに、今回の件、松浦君は『享吾は悪くない。ちょっとした言葉の行き違いだ』って言ってるじゃない?」
「うん………」
「それで余計に、松浦君の評判が上がって、享吾君の評判が下がってるのよね」
「…………」
二人は具体的に何を言い争っていたのかは教えてくれないので、どちらが悪いのかは結局、誰にも分からない。でも、理由はどうあれ、暴力をふるったのは村上享吾だけなので、村上享吾の方が分が悪い。
「で?」
「え?」
メガネの奥の鋭い目で見られて、ドキリとする。心の中をのぞきこむような光で、西本がこちらをのぞき込んできた。
「テツ君はさ」
「………うん」
「どっちの味方なの?」
「え」
どっちの、味方?
「やっぱり、昔からの親友の松浦君? それとも、最近やたら仲の良い享吾君?」
「…………。そんなの……」
そんなの………決められない。オレは、どっちの味方もしたい。それじゃダメなんだろうか。
【暁生視点】
村上享吾という男が嫌いだ。
享吾に関わると、せっかく作り上げてきた完璧な『松浦暁生』にヒビが入っていく。『松浦暁生』は完璧でなくてはいけないのに。いつでも、何に対しても、完璧でいなくてはならないのに。
**
学級委員会が始まる前に、渋谷慶に笑いながら問いかけられた。
「松浦ー、お前昨日、享吾に殴られたんだってー?」
あいかわらずのキラキラを振り撒きながら、渋谷が不思議そうに言う。
「なんで殴り返さなかったんだよ?」
「……普通、殴り返さないだろ」
「普通、殴り返すだろ!」
シュッと拳骨を繰り出す仕草をした渋谷。渋谷は女みたいに小柄で綺麗な顔をしているくせに、昔から喧嘩っぱやくて、いまだにしょっちゅう殴り合いの喧嘩をしている。
「松浦が殴り返してれば、喧嘩両成敗だったのにさ。享吾だけ自宅謹慎になっちゃって、可哀想に享吾」
「なんだよそれ。オレ、被害者だからな?」
渋谷の妙な言いがかりに、笑いながら肩をすくめてみせる。でも、
「でも、享吾だけ悪い、みたいになるのはオレも本意ではないんだけどな」
なんて、思ってもないことを言ってやる。そういうとみんなが「さすが松浦は優しいな」とか言うからだ。
と、思ったけれど……
「そうだよな」
「え」
渋谷はあっさりと首を縦に振った。
「享吾が殴るってことは、松浦がよっぽどのこと言ったんだろ? それなのに享吾だけ自宅謹慎じゃ、松浦も寝覚めが悪いよな?」
「……………」
渋谷……
グツグツグツと腸が煮えた気がした。他の奴がいうならともかく、渋谷が享吾をかばうようなことを言うなんて……
渋谷とは小学校3年生で同じクラスになったのをキッカケに友人になった。
渋谷もオレと同じく、周囲からの期待を背負っている奴だ。頭が良くて、スポーツができて、容姿がよくて、リーダーシップも取れて。お互い、委員長職、応援団長、リレーの選手等々、ありとあらゆる「代表」と言われるものをやらされてきた。出来て当然、と言われ続けてきた。そのプレッシャーを理解し合えるのは、渋谷だけだと思う。
それに、オレは少年野球、渋谷はミニバスで、市選抜に選ばれるほどの実力を持っていたため、中学でも野球部とバスケ部で一年生の頃からレギュラーの座を勝ち取ってきた。その苦労も渋谷とは分かち合える。その苦労を乗り越えてお互い頑張ってきた。
それなのに、渋谷は最後の大会を、村上享吾のせいで途中から出られなくなってしまったのだ。
「……渋谷は、享吾のこと、許してるのか?」
「え?」
思わず出てしまった言葉に、渋谷は「何が?」と首をかしげた。あいかわらずの可愛さに、余計にイライラしてくる。
「何がって、足のことだよ。享吾のせいで……」
「享吾のせいじゃねえよ」
渋谷は盛大に眉を寄せると、バンバンバンッとオレの腕を叩いてきた。
「あれは事故。どっちのせいとかねえ」
「でも、そのせいでお前、バスケできなくなっただろ。お前だったら、あのあと大会で活躍して、バスケで特別推薦の話だって……」
「あはははは。ないない」
再びバシバシ腕を叩いてくる渋谷。
「そもそもオレ、高校でバスケやる気ないし」
「は?!」
何を言ってる?!
「それってやっぱり怪我のせい……っ」
「じゃない、じゃない」
渋谷は苦笑すると、軽く手を振った。
「元々、バスケは中学までって思ってたんだって。これ以上バスケ嫌いになりたくないからさ」
「…………なんだよそれ」
これ以上ってことは、今、嫌いなのか? でも……
「でも、親は何て言ってる? 小学校の頃からミニバスやらせてたってことは、続けて欲しいって思ってるんじゃ……」
「え? 親は関係ねえじゃん。勝手にしろって言われるだけだよ」
ケロリと言われて愕然としてしまう。
なんだよそれ……なんだよ……。
うちは、野球を続けさせたい父親と、進学校に行かせたい母親の喧嘩が、いまだに続いてるのに。オレがどうしたいかなんて、二人は聞いてもくれないのに……
渋谷………ズルいじゃないかよ、そんなの。
理解者だと、ずっと思ってきたのに………
(………………テツ)
思わず声に出そうになり、飲み込む。
こういうとき、テツに……村上哲成に会いたくてしょうがなくなる。
あのクルクルした目でオレを見上げて、
『暁生はすごいな!』
と、純粋な賛美を送ってほしくなる。
テツは昔から、オレの言うことを何でも聞いてくれて、オレのために何でもしてくれた。テツといると、オレは完璧な『松浦暁生』を演じ続けることができる。
(それなのに………)
中3になって、テツと同じクラスになった村上享吾が、せっかくの居心地の良い二人の関係を壊したのだ。
(テツも渋谷も、享吾のせいで……)
それに何より、享吾の『才能を隠しているところ』が気に入らない。完璧を維持しようとしていることをバカにされている気がする。
(ああ、腹が立つ……)
テツは何であんな奴と仲良くするんだ。仲良くするなと言ったのに。言ったのに……
その苛立ちもあって、テツに嫌な言い方をしてしまっていた。それでもテツはオレを選ぶと信じていた。信じていたのに……
イライラしたまま、委員会の時間を過ごし、終わって早々、教室を出ようとした、その時。
「……暁生」
廊下から、小さく声をかけられた。
「……一緒に帰ろ?」
「テツ……」
眼鏡の奥のクルクルした瞳を見て……なぜか心底ホッとした。
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