【哲成視点】
2019年2月。
横浜市内にある音楽ホールで、妹の娘・花梨が通っているピアノ教室の発表会が開催された。
ドラマの撮影でも使われるくらいシャレたホールなので、自分も出演することに、かなりビビっている……(といっても、30人の合奏にタンバリンで出るだけだけど)
花梨とオレの参加する合奏は、発表会の最後の方だから、花梨はその少し前に妹の梨華が連れてくることになっている。
でも、オレは当然、はじめから来ている。なぜなら、しょっぱなのオープニング演奏で、亨吾が歌子さんと連弾をするというからだ。
開演まであと5分……というところで、
「歌子先生の旦那さん、超カッコいいんだよ!」
後ろに座った数人の女性たちの声が聞こえてきた。また言われてる……と、思わず耳をそばだててしまう。
「ピアノも上手なんだよねー。さっちゃんママ通ってるんでしょ?」
「うん。ほぼ毎週」
「え? 通うってなに?」
「先生達の経営してるバーだよ。旦那さんが毎週金曜日弾いてるの。すごい良いよ!」
興奮したように言う甲高い声の女性。オレ達と同年代くらいだろうか。出演者の母親達のようだ。
「え? 通うってなに?」
「先生達の経営してるバーだよ。旦那さんが毎週金曜日弾いてるの。すごい良いよ!」
興奮したように言う甲高い声の女性。オレ達と同年代くらいだろうか。出演者の母親達のようだ。
「旦那さん、ピアニストなの?」
「えー?私、監査法人で働いてるって聞いてたよ?」
「違う違う。それ、情報古いよ」
うん。情報古いな。今は、忙しい歌子さんのために会社をやめて、バーの経営に携わってるんだよ。
なんて、答えてあげそうになり、自分でもおかしくなった……けれども。
「旦那さん、体調崩して仕事やめたんだよ」
(え?)
体調、崩して?
「2年以上前かなあ? 半年くらいずっとおうちにいたの、知らない?」
「え、知らない知らない」
え、知らない! オレも言いそうになったのをぐっと我慢する。なんだそれ。なんの病気だよ……
「なに?手術したとかそういう?」
「そこまでは、知らないけど……」
「それねえ、どうやら精神的な病気みたいだよ」
……え?
振り返りそうになったのをなんとか耐える。バーに通っているといった女性が小声で話を続けている。
「こないだバーで常連さんが話してるの聞いちゃったんだよね。今もそういう病院に通ってるらしくて……」
「会社で何かあったとか?」
「分かんないけど、そうなのかねえ………」
………。
………。
「会社で何かあったとか?」
「分かんないけど、そうなのかねえ………」
………。
………。
なんだそれ。なんだよそれ……
そんな大変な時に一緒にいてやれなかったなんて……
(………………って、あれ?)
はた、と気がつく。
2年以上前って、まさか……
(それって、まさか、オレのせい……?)
ガンガン頭が痛くなってくる……
(半年くらい家にいた、だって?)
でも……でもお前、3年前と何も変わってないじゃねえかよ?っていうか、むしろ若くなってるし……
ガンガン頭が痛くなってくる……
(半年くらい家にいた、だって?)
でも……でもお前、3年前と何も変わってないじゃねえかよ?っていうか、むしろ若くなってるし……
精神的な病気? なんだよそれ……
「………で、会社やめてしばらくおうちにいて、それから、バーのピアニストに専念することにしたんだって」
「へ~~。なんか繊細な感じするもんね~」
「あ、出てきた」
薄暗いステージに人影が2つ。スーツ姿の享吾にドキッとする。あいかわらずかっこいい奴。それから……
「わ、歌子先生、素敵!」
「スタイル良い~~」
背中が大きく開いた、シルバーのロングドレス。ピッタリとしているから体のラインがよく分かる。モデルみたいなプロポーションだ。
二人並んで座り、声には出さず、何か話している。それから、歌子さんがチラリと後方を振り返り、また前に向き直ったのを合図に、ステージがパアッと明るくなった。
そして……
「!」
ガツンッとすごい衝撃がきた。何度も聴いたことあるのに全然慣れない。メロディラインが交代になっても分からないくらいの一体感。音の広がりも華やかで……
(…………キョウ)
初めて連弾を聴いた大学生のとき、二人の姿に嫉妬して、お前への想いに気が付いた。結婚する、と知った夜に聴いたときも、お似合いな二人を直視することができず悪酔いした。
そして今も……こんなに苦しい。
(ああ……あの頃よりも、さらに息があってるな)
波長が同じだ。一緒に暮らしているからだろうか。二人で一人、みたいな、一人の人間が弾いているみたいな……
(結婚して18年半、だもんな……)
年月はオレとの方が長いけれど、単純な時間でいったら、確実に歌子さんの方が享吾と一緒にいる時間は長い……
(精神的な病気……)
それがオレのせいでも、そうじゃないにしても……その期間を支えたのは歌子さんだということだけは確かだ。その事実に胸の奥の方が泥々してくる。
(もしも、あの時……)
『もし、お前が嫌なら、やめるぞ?』
結婚すると聞いた夜、ハッキリと結婚をやめると言ってくれた享吾にうなずいていたら、オレ達は今頃どうしていただろう……
(渋谷と桜井みたいに一緒に住んでたかな……)
それで、お前の隣にいるのは、いつでもオレだけで……
そんな夢みたいなことを思いながらボンヤリと聴いていたら、いつのまに曲が終わっていた。拍手の中、ステージ上でお辞儀をしている美男美女。お似合いの夫婦……
「…………」
当然のように、オレのことを見つけだしてくれた享吾と目が合う。
(……オレはお前のなんなんだろうな?)
友達で親友で想われ人。でも、お前にはお似合いの奥さんがいて……
(奥さん……か)
オレは、亨吾が結婚して以来、なるべく歌子さんの話題を避けてきた。二人がどんな生活をしているかなんて、知りたくなかったからだ。
だから、二人が住んでいる家に行ったことも一度もなかったし、場所さえ知らなかった。
数年前に、一戸建てを建てたことは、バーで誰かが話していたのを小耳にはさんだので知ってはいた。でも、それがまさか、オレの実家のわりと近くだったとは……
数年前に、一戸建てを建てたことは、バーで誰かが話していたのを小耳にはさんだので知ってはいた。でも、それがまさか、オレの実家のわりと近くだったとは……
(花梨が歌子さんの生徒になったことは、『偶然』ではあるけれど、『奇跡的』ではなかったんだな……)
梨華が離婚して実家に戻ってきてから花梨が通い始めた保育園のお友達に、「評判の良いピアノ教室があるから一緒に行こう」と誘われたらしいのだ。
享吾のご両親は、享吾の母親の実家がある埼玉に引っ越したため、もうここには住んでいない。だから、享吾がこの土地を選んだ理由は、もちろん、子供が多いとか環境がいいとかもあるんだろうけど……
(オレの近くだから、だよな?)
こんなに愛されてる。こんなに必要とされてる。それは分かってるけど……
(オレはお前のなんなんだろうな?)
それはもう分からない。
享吾のご両親は、享吾の母親の実家がある埼玉に引っ越したため、もうここには住んでいない。だから、享吾がこの土地を選んだ理由は、もちろん、子供が多いとか環境がいいとかもあるんだろうけど……
(オレの近くだから、だよな?)
こんなに愛されてる。こんなに必要とされてる。それは分かってるけど……
(オレはお前のなんなんだろうな?)
それはもう分からない。
------------
お読みくださりありがとうございました!
まだ書きたりないけど、更新しないの悔しいのでとりあえずここまででアップします……
お読みくださりありがとうございました!
まだ書きたりないけど、更新しないの悔しいのでとりあえずここまででアップします……
次回、金曜日更新の予定です。
ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!
本当に有り難くて……画面に向かって声だしてお礼言ってます。