【亨吾視点】
2000年9月23日。
歌子の父親が経営するレストランで、オレと歌子の結婚パーティーを行った。
外は大雨。ただでさえ、諸事情を隠した『計画結婚』なのに、こんなに足元が悪い中で来てくれる招待客の方々には申し訳なさでいっぱいだ。
「婚姻届出した途端に降りだすなんて不吉だよな……」
控え室で、思わず本音を言うと、戸籍上オレの妻となった歌子は、華やかに笑った。
「まあ、この雨だったら、通常営業してたら閑古鳥が鳴いてたでしょうから、今日貸し切りにしたことは、店的にはラッキーだったわよね」
「…………なるほど」
歌子は、良いところ探しが上手なところが、哲成に似ている。
「最後にピアノ弾くんだから、お酒はほどほどにね?」
「飲まないから大丈夫」
おそらく勧められるだろうから、断る口実のために、演奏を最後に持ってきたのだ。
「オーナーシェフの最後のコース料理、ちゃんと味わいたいし」
「……そうね」
歌子がふっと目元を和らげた。
今日の料理はすべて歌子の父親が作ってくれる。歌子の父親は、娘の結婚式で料理をふるまうのが夢だったそうだ。
「せめてそれだけでも叶えてあげられて良かった」
と、以前、歌子が嬉しそうに言っていた。
それを言うなら、オレもそうだ。兄は結婚式をしなかったので、『息子の結婚式に出席する』という母の夢を叶えてあげられる。孫の顔はみせられないけれど、そちらは兄が叶えてくれたからいいだろう。
「あ、それでね」
パチンと歌子が手を叩いた。
「やっぱり父が挨拶したいって。そこで店を享吾君に譲ることも発表するって言ってるんだけど……いいよね?」
「……分かった」
歌子の父親は本日をもって、料理人を引退する。加齢による衰えで、自分の思うような料理を作ることが難しくなってきた、らしい。
引退と共に、この店を手放す……という話を聞いたのは、7月末のことだった。
(この店のおかげで、哲成にピアノを聴かせられてたのに……)
まっさきに思ったのはそのことだった。別の場所があればいいけれど、こんなに都合よくピアノを貸してくれる店なんてなかなかない。有料のレッスン室を借りることも考えたけれど、そういう『わざわざ感』があるのは、そのうち破綻しそうで嫌だった。ふらっときて、おいしいものを食べて飲んで、ピアノを聴いて……今のこの店はまさに理想的なのだ。
そして先日、哲成に言われたことが、この思いに拍車をかけていた。
『オレ、何があっても、ここがある限り、乗り越えられる気がする』
歌子がふっと目元を和らげた。
今日の料理はすべて歌子の父親が作ってくれる。歌子の父親は、娘の結婚式で料理をふるまうのが夢だったそうだ。
「せめてそれだけでも叶えてあげられて良かった」
と、以前、歌子が嬉しそうに言っていた。
それを言うなら、オレもそうだ。兄は結婚式をしなかったので、『息子の結婚式に出席する』という母の夢を叶えてあげられる。孫の顔はみせられないけれど、そちらは兄が叶えてくれたからいいだろう。
「あ、それでね」
パチンと歌子が手を叩いた。
「やっぱり父が挨拶したいって。そこで店を享吾君に譲ることも発表するって言ってるんだけど……いいよね?」
「……分かった」
歌子の父親は本日をもって、料理人を引退する。加齢による衰えで、自分の思うような料理を作ることが難しくなってきた、らしい。
引退と共に、この店を手放す……という話を聞いたのは、7月末のことだった。
(この店のおかげで、哲成にピアノを聴かせられてたのに……)
まっさきに思ったのはそのことだった。別の場所があればいいけれど、こんなに都合よくピアノを貸してくれる店なんてなかなかない。有料のレッスン室を借りることも考えたけれど、そういう『わざわざ感』があるのは、そのうち破綻しそうで嫌だった。ふらっときて、おいしいものを食べて飲んで、ピアノを聴いて……今のこの店はまさに理想的なのだ。
そして先日、哲成に言われたことが、この思いに拍車をかけていた。
『オレ、何があっても、ここがある限り、乗り越えられる気がする』
腹違いの妹の面倒をみるために、仕事まで変えた哲成。せっかく希望の部署に配属になって喜んでいたのに……。いつも通りにふるまっているつもりかもしれないけれど、最近の哲成はずっと元気がない。そんな哲成を癒すことのできるこの場所。哲成を支えるこの場所を、守りたい。オレの思いを伝えられる唯一の場所を無くしたくない。
歌子にその思いを打ち明けたところ、
歌子にその思いを打ち明けたところ、
「お店を続けられないか、父に聞いてみるね?」
と、言ってくれ……そして、8月半ば。歌子の父親に呼び出された。
「君にこの店を譲ってもいい」
ここ数年、赤字が続いていたため、自分が料理人を続ける続けないにかかわらず、どのみちこのままの状態で店を続けることは困難だったそうだ。リニューアルをするとしても、その資金もない……
でも、オレがその資金を出し、仕事を続けたままこの店を引き継ぐのなら、店は存続できる、という。
「ただし」
歌子の父親は、真っ直ぐにこちらを向いて、キッパリと言い切った。
「条件は、歌子と結婚することだ」
「条件は、歌子と結婚することだ」
「え」
「歌子は君とだったら結婚してもいいと言ってる」
「…………」
は? とか、何言ってるんですか? とか、出そうになった言葉を、咄嗟に飲みこんだ。父親の斜め後ろにいる歌子が、まさに『苦笑い』の顔をして『ごめん』の仕草をみせたので、瞬間的に理解したのだ。
(歌子……オレを言い訳に使ったな)
は? とか、何言ってるんですか? とか、出そうになった言葉を、咄嗟に飲みこんだ。父親の斜め後ろにいる歌子が、まさに『苦笑い』の顔をして『ごめん』の仕草をみせたので、瞬間的に理解したのだ。
(歌子……オレを言い訳に使ったな)
数年前、歌子の秘密を打ち明けられた時に、「困った時は、オレを恋人だと言えばいい」と、言ったことがある。オレは哲成以外の人間を好きになることはないので、恋人が出来ることはない。何を言われても大丈夫だ、と。
いつ話したのかは分からないけれど、歌子の父親はすっかりオレが娘の恋人だと信じているようだ。
「亨吾君は、結婚のことどう思ってるんだ?」
「ええと……」
「お父さん、亨吾君困ってるでしょ。亨吾君まだ若いんだから……」
「もう26だろ。オレが26の時は……」
「…………」
父子の言い合いを聞いていたら、ふと先日哲成とした会話を思い出した。
『お前は? するのか?……結婚』
『するよ。そのうち』
哲成は森元真奈といまだに付き合っている。先日も電話をした際、哲成は海にいて、電話の向こうから若い女性の声が聞こえてきた。それが森元だったかは分からないけれど、たぶんそうだ。家のことが落ちついたら、そのうち、本当にするのかもしれない……
その上、この場所が無くなってしまったら、哲成とますます会えなくなる。
だったら……だったら。
だったら……だったら。
「あの」
仲良く口論している親子に向かって、覚悟を決めて頭を下げた。
「歌子さんと、結婚させてください」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………は?」
いつも冷静な歌子が、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔になったのがちょっと面白かった。
いつも冷静な歌子が、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔になったのがちょっと面白かった。
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お読みくださりありがとうございました!
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次回、金曜日更新のつもりでいます。
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