【享吾視点】
扉の向こうに立っている哲成を見て、ふいに、中学三年生の時のシーンが頭の中によみがえった。
誰もいない家の中。入院した母のことを思って暗く沈んでいた自分。突然鳴ったインターフォン。そして……
『よ! 高校見学、行こうぜ?』
ドアの向こう、にこにこしながら立っていた哲成。
あれは平成2年のはじまりのことだった。その平成も今日で終わる。でも、眼鏡の奥の哲成の瞳は、あの時と少しも変わらない。クルクルした愛しい瞳……
「キョウ、具合大丈夫か?」
「あ……うん」
後ろ手に扉を閉め、眉を寄せたままこちらにきた哲成に、肯いてみせてから、ゆっくりと上半身を起こした。
(足……まだ無理だな)
足の感覚はまだ戻っていない。無理に体勢を変えて動かないことに気が付かれたくないので、腰に負担はかかるけれど、布団の中で伸ばしたままにする。
哲成は、立ったまま部屋を見渡すと、ボソッと呟いた。
「なんか……変だな」
「変?」
何が?
聞くと、哲成はなぜか口を尖らせながら言葉を継いだ。
「だって……一人暮らししてた時とほとんど変わんねえじゃん。この部屋」
「ああ……」
それはそうだろう。ベッドもタンスも机も本棚も、すべて当時と同じものを使っている。
哲成は引き続き眉を寄せながら言った。
「お前、結婚してるのに、おかしくね?」
「………」
「最近は夫婦別室っていうのもアリなんだろうけど、ここまで一人だけの空間って珍しくね?」
「………」
それは……
「お互いのプライベートを尊重してるってこと、か?」
「ああ、そう……だな」
「ふーん」
哲成はなぜか不満そうに肯くと、勢いよくベッドに腰かけてきた。反動でベッドが揺れる。
「歌子さん……良い奥さんだな」
「え」
「こんな風に一人部屋もくれて」
「………」
「お前、大切にされてるんだな」
「………」
哲成が歌子のことを言及してきたのは、18年半前に結婚して以来、初めてのことだ。今更、何だ? 何を言ってる?
「…………哲成。何が言いたい?」
「キョウ、具合大丈夫か?」
「あ……うん」
後ろ手に扉を閉め、眉を寄せたままこちらにきた哲成に、肯いてみせてから、ゆっくりと上半身を起こした。
(足……まだ無理だな)
足の感覚はまだ戻っていない。無理に体勢を変えて動かないことに気が付かれたくないので、腰に負担はかかるけれど、布団の中で伸ばしたままにする。
哲成は、立ったまま部屋を見渡すと、ボソッと呟いた。
「なんか……変だな」
「変?」
何が?
聞くと、哲成はなぜか口を尖らせながら言葉を継いだ。
「だって……一人暮らししてた時とほとんど変わんねえじゃん。この部屋」
「ああ……」
それはそうだろう。ベッドもタンスも机も本棚も、すべて当時と同じものを使っている。
哲成は引き続き眉を寄せながら言った。
「お前、結婚してるのに、おかしくね?」
「………」
「最近は夫婦別室っていうのもアリなんだろうけど、ここまで一人だけの空間って珍しくね?」
「………」
それは……
「お互いのプライベートを尊重してるってこと、か?」
「ああ、そう……だな」
「ふーん」
哲成はなぜか不満そうに肯くと、勢いよくベッドに腰かけてきた。反動でベッドが揺れる。
「歌子さん……良い奥さんだな」
「え」
「こんな風に一人部屋もくれて」
「………」
「お前、大切にされてるんだな」
「………」
哲成が歌子のことを言及してきたのは、18年半前に結婚して以来、初めてのことだ。今更、何だ? 何を言ってる?
「…………哲成。何が言いたい?」
「…………」
聞くと、哲成は押し黙ってしまった。視線は本棚のあたりに据えたままだ。そのまま、沈黙が落ちる……と、
「………じゃあな」
「え」
哲成がいきなり立ち上がった。
「哲成?」
振り返りもせず、ドアに向かっていく。
何だ? 何なんだよ……っ
「……っ」
立ち上がろうとして、自分の足が動かないことを思い知る。鉛みたいな足……
「……っ」
立ち上がろうとして、自分の足が動かないことを思い知る。鉛みたいな足……
(くそ……っ)
力任せに腕で足をベッドから出そうとした拍子に、バランスが崩れた。
力任せに腕で足をベッドから出そうとした拍子に、バランスが崩れた。
「!」
そのまま体全部、床に落ちた。ドサッと結構な音が部屋に響く。打った肩は痛みを感じたけれど、足は少しも痛くない。オレはやっぱりオカシイ……
そのまま体全部、床に落ちた。ドサッと結構な音が部屋に響く。打った肩は痛みを感じたけれど、足は少しも痛くない。オレはやっぱりオカシイ……
「キョウ?!」
「………っ」
すぐ近くで哲成の声が聞こえて、泣きたくなる。
(哲成……)
また、頭をよぎる中学三年生の記憶。哲成の幼なじみの松浦暁生に殴られたオレに、慌てて駆け寄ってくれた哲成……
「大丈夫か?」
あの時と同じように、オレを抱えてくれる。オレはあの時、哲成が松浦よりも先にオレの方に駆け寄ってくれたことが嬉しくて嬉しくて……
「前もこんなことあったよな」
「え」
思わず言ったけれど、キョトンとされてしまった。覚えてないか……。誤魔化すために、腕を掴む。
「悪い。ちょっと手、貸してくれ。今、足の調子が悪くて」
「え……大丈夫なのか?」
「大丈夫」
心配げな哲成の腕を借りて、なんとか上半身を起こして、ベッドにもたれかかる。
「足って、何が悪いんだ?」
「ああ…………うん」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
答えずにいると、哲成は察してくれたのか、無言でオレの横に座ってくれた。ホッとする………と、哲成は「あ」と言って手を打った。
「『前も』って、もしかしてあれか? 暁生に殴られた時のことか?」
「……当たり」
思い出してくれたらしい。懐かしい中学時代。
哲成はまた「あ」と言うと、こちらを振り返った。
「お前あの時、殴られたくせにゲラゲラ笑ってたよな」
「あー…うん」
そんなことまで覚えていてくれたのか。
「打ちどころが悪くて頭おかしくなったのかと思ったんだよなあオレ」
「……そうか」
「今さらだけど……なんで笑ってたんだ?あれ」
真面目な顔をして聞かれ、戸惑う。正直に答えていいのか……?
「あれは……」
「うん」
「あれは……」
見返す、哲成のクルクルした瞳。あの時と、同じ……
「あれは、お前がオレのところに先に来てくれて嬉しかったから、だよ」
「………え」
するりと本当のことを言ってしまうと、哲成は目を大きく開いて固まってしまった。
(…………まずい)
慌てて何か誤魔化しの言葉を言おうとした。……けれど、
「嘘だな」
真面目な顔で断言された。
「あれは『嬉しかった』って笑いじゃなかった」
「…………そんなことはない」
「いいや嘘だ」
言い切られて、詰まる。そう言われると……
「まあ……松浦に対して『ざまあみろ』って思ったってのも否定はしないけど」
「ざまあみろ?」
なんだそれ、と言って、ケタケタ笑い出した哲成。楽しそうな声。
(笑ってる……)
心臓がキュッとなる。オレは、お前の笑顔を見るだけでこんなに幸せになれる。こうしてお前とずっと一緒にいられたら……
哲成はふっと笑い声を止めると、こちらを見返してきた。
「あれは中三だから、平成2年、だよな?」
「……っ」
綺麗な瞳にドキッとする。哲成はそんなオレに気が付いた様子もなく、淡々と続けた。
「オレさあ……お前のこと認識したの、中二の終わりだったんだよ」
「え、なんで」
一緒のクラスになったのは中三の時だ。それよりも前にって何でだ?
「中二の終わりの球技大会でさ、途中で本気だすの止めたお前見て、すっげー腹立ってさ」
「そう……だったんだ」
だから同じクラスになって早々に、オレに絡んできたのか……。そんな話、今まで一度も聞いたことがない。
「あれが、平成になってすぐの話だろ」
「そうだな……」
平成が始まったのは、中二の冬だった。
「で、その平成も、今日で終わるわけじゃん?」
「そうだな」
「だから……」
「……っ」
すっと、重ねられた手。温かい、手……。
「だから、今日はそんな思い出話とか、たくさんしたいと思って…」
「哲成……」
「…………そんなことはない」
「いいや嘘だ」
言い切られて、詰まる。そう言われると……
「まあ……松浦に対して『ざまあみろ』って思ったってのも否定はしないけど」
「ざまあみろ?」
なんだそれ、と言って、ケタケタ笑い出した哲成。楽しそうな声。
(笑ってる……)
心臓がキュッとなる。オレは、お前の笑顔を見るだけでこんなに幸せになれる。こうしてお前とずっと一緒にいられたら……
哲成はふっと笑い声を止めると、こちらを見返してきた。
「あれは中三だから、平成2年、だよな?」
「……っ」
綺麗な瞳にドキッとする。哲成はそんなオレに気が付いた様子もなく、淡々と続けた。
「オレさあ……お前のこと認識したの、中二の終わりだったんだよ」
「え、なんで」
一緒のクラスになったのは中三の時だ。それよりも前にって何でだ?
「中二の終わりの球技大会でさ、途中で本気だすの止めたお前見て、すっげー腹立ってさ」
「そう……だったんだ」
だから同じクラスになって早々に、オレに絡んできたのか……。そんな話、今まで一度も聞いたことがない。
「あれが、平成になってすぐの話だろ」
「そうだな……」
平成が始まったのは、中二の冬だった。
「で、その平成も、今日で終わるわけじゃん?」
「そうだな」
「だから……」
「……っ」
すっと、重ねられた手。温かい、手……。
「だから、今日はそんな思い出話とか、たくさんしたいと思って…」
「哲成……」
「ずっとお前と一緒にいたいと思って………それで、来た」
「……そうか」
心が溢れる……
心が溢れる……
重ねられた手を握り返す。指を絡めて繋ぎ直す。
「オレも……お前と一緒にいたい」
「……ん」
ぎゅっと握り合って、微笑みあう。恋人のように。
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「オレも……お前と一緒にいたい」
「……ん」
ぎゅっと握り合って、微笑みあう。恋人のように。
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