【亨吾視点】
2019年3月始めの日曜日。
高校のバスケ部の同窓会に出席した。
同窓会は、篠原というマメな男のおかげで、毎年のように行われている。オレは「予定が空いていたら行く」というスタンスのため、今まで半分くらいしか参加しておらず、去年と一昨年は気が乗らなかったので行っていない。でも、今回は必ず行こうと思っていた。なぜなら、桜井浩介に会いたかったからだ。桜井が出席に〇をつけたのを確認してすぐに、自分も〇をつけた。
桜井浩介という男は、地味で真面目で大人しく、いつもニコニコしている、という印象しかない。情報通の荻野夏希によると、成績は常にトップクラスだったらしいけれど(ランキングを貼りだされた中学時代とは違い、高校は本人の点数と順位だけが書かれた紙が本人に配られるため、情報を集めない限り分からないのだ)、それを少しも自慢することなく、ただ穏やかに佇んでいる奴だった。でも、派手な渋谷慶と常に一緒にいたので、「渋谷慶と一番仲が良い奴」という意味で有名人ではあった。
渋谷慶とは、オレは中学も同じだった。人目を惹く美貌の持ち主で、明るくて人懐こくて友人も多く、常にまわりに人がいる奴だった。でも、高校からは、桜井と二人でいる姿をよく見かけるようになり、桜井と一緒にいる時の渋谷は、攻撃性が弱まって、雰囲気が柔らかいな、とは思っていた。
だから、実は二人が高校二年生から付き合っていた、という話を3年ほど前に聞かされた時は、妙に納得してしまったのだ。渋谷のあの柔らかさは恋人と一緒にいるからだったのか、と……
二人は今、一緒に暮らしているそうで、まるで結婚したかのように、お互いの家族とも上手くやっている、と二人をよく知る山崎が言っていた。
桜井浩介という男は、地味で真面目で大人しく、いつもニコニコしている、という印象しかない。情報通の荻野夏希によると、成績は常にトップクラスだったらしいけれど(ランキングを貼りだされた中学時代とは違い、高校は本人の点数と順位だけが書かれた紙が本人に配られるため、情報を集めない限り分からないのだ)、それを少しも自慢することなく、ただ穏やかに佇んでいる奴だった。でも、派手な渋谷慶と常に一緒にいたので、「渋谷慶と一番仲が良い奴」という意味で有名人ではあった。
渋谷慶とは、オレは中学も同じだった。人目を惹く美貌の持ち主で、明るくて人懐こくて友人も多く、常にまわりに人がいる奴だった。でも、高校からは、桜井と二人でいる姿をよく見かけるようになり、桜井と一緒にいる時の渋谷は、攻撃性が弱まって、雰囲気が柔らかいな、とは思っていた。
だから、実は二人が高校二年生から付き合っていた、という話を3年ほど前に聞かされた時は、妙に納得してしまったのだ。渋谷のあの柔らかさは恋人と一緒にいるからだったのか、と……
二人は今、一緒に暮らしているそうで、まるで結婚したかのように、お互いの家族とも上手くやっている、と二人をよく知る山崎が言っていた。
(同性なのに、そんなことが本当に有り得るのか……)
その疑問を持っているのはオレだけではなかったようで、同窓会の席では、主に女性から、桜井に渋谷とのことに関する質問が相次いでいた。渋谷は女子から人気があったので、桜井に言いたいこと聞きたいことがある女性は多いのだろう。
「桜井君と渋谷君って本当に一緒に住んでるの?」
「うん」
「それって、本当に、本当に、付き合ってるってことなの? ルームシェアとかじゃなくて?」
「うん」
こくりと肯いた桜井の横で、「うわ、マジなんだ」「だから本当だっていったじゃん」なんてことを小さく言い合っている奴らもいる。
「桜井君と渋谷君って本当に一緒に住んでるの?」
「うん」
「それって、本当に、本当に、付き合ってるってことなの? ルームシェアとかじゃなくて?」
「うん」
こくりと肯いた桜井の横で、「うわ、マジなんだ」「だから本当だっていったじゃん」なんてことを小さく言い合っている奴らもいる。
「あ!桜井君、指輪してる!渋谷君とお揃い?」
「うん」
「サッチン、気がつくの遅すぎー。前回も前々回もしてたよ。ねー桜井君?」
「うん」
「桜井君がお料理とか全部してるんだよね?」
「うん」
「渋谷君、いつもどんな感じ?優しい?」
「うん」
「桜井君がお料理とか全部してるんだよね?」
「うん」
「渋谷君、いつもどんな感じ?優しい?」
「うん」
女性達に何を言われても、ニコニコと「うん」しか言わない桜井が、なんだかおもしろい。……と思っていたら、幹事の篠原が乱入してきた。
「もー女の子達! 桜井に食いつきすぎだよ!」
あいかわらず調子の良い篠原。「女の子達」なんてどこにいるんだ。
「うるさい篠原ー」
「だって知りたいじゃん! あ! 桜井君、最近の渋谷君の写真、ないの?」
「えーと……」
「二年くらい前の写真ならあるけど見る?」
横から口出ししてきたのは、斉藤だ。斉藤は渋谷と桜井と今でも交流があるらしい。
「山崎の結婚式の写真。いいよな?見せて」
「えと……」
「わ! 見せて!」
桜井が肯くよりも早く、女性達が斉藤のスマホをひったくった。
「山崎君ってあの山崎君? 確か鉄研だった……」
「そうそう」
「うわー奥さん超美人じゃん。ナニコレ」
「けっこう年下じゃない? やるねえ山崎君」
「っていうか、渋谷君の美しさも尋常じゃないんですけど!! これみて!」
渋谷の写っているところを拡大したらしく、わあっと歓声が上がった。
「渋谷君、一人だけ時間止まってない?」
「ねえ桜井君! 今度渋谷君連れてきてよ!」
「えと……」
あいかわらずのニコニコ笑顔を張り付けたままの桜井を置いて、女性達は幹事の篠原に詰め寄った。
「篠原君!今度そういう企画してよ!みんなそれぞれパートナー連れてくるっていうさ!」
「えーやだー」
篠原はぶるぶると首を横に振った。
「せっかく日常忘れてここに来てるのに、どーして奥さん連れてこなくちゃなんないのさー」
「いいじゃないのよっ。篠原君もご自慢の美人の奥さん、連れて来なさいよっ」
「えー絶対やだー」
わあわあ騒ぎ出した篠原達。桜井は……と思ったら、いつの間にビュッフェ台に移動して、生ハムを皿に取り分けていた。こういうマイペースな感じ、変わってないな……と思う。
「桜井」
声をかけると、桜井は「村上もサラダいる?」と言って、今取り分けた分の皿をオレに渡してくれた。こういうところも変わってない……
『桜井君がお料理とか全部してるんだよね?』
『うん』
さっきのセリフが蘇る。綺麗に盛り付けられた皿。料理上手そうだな……。
桜井、渋谷のために料理してるんだよな…。ぎゅうっと心臓のあたりが苦しくなる。
「……桜井、さっき『うん』しか言ってなかったな」
自分の分も皿に取り終わった桜井に言うと、桜井は「そうなんだよー」とヘラヘラっとした。
「今日も家を出る時に、絶対に余計なこと言うなよ!って念を押されちゃってさー。でも何が余計で何が余計じゃないかわかんないから、もう、肯くしかないかなって思って」
「…………なるほど」
家を出る時、か。本当に一緒に暮らしてるんだな……。
「渋谷とは、いつから一緒に暮らしてるんだ?」
「んー……2006年の10月から」
「ふーん……」
32才、か。考えていたより遅いな、と思う。高校時代からずっと付き合っていたというのなら、就職してすぐに一緒に住もうとはならなかったのだろうか?
「なんで一緒に暮らしはじめたんだ? キッカケは?」
「キッカケ……」
桜井は、フワリと笑って、当然のことのように言った。
「もう、一日だって一晩だって離れていたくなかったから、だよ」
***
同窓会が終わった後も、頭の中で桜井の言葉がグルグルと回り続けていた。
『オレはね、慶が大学卒業したらすぐにでも一緒に住みたかったんだけど、慶の職場の都合でそれは叶わなくて……』
『それから色々あって、オレだけケニアに3年間いったりして……』
『もうこれ以上、離れたくないって思って、それで一緒にミャンマーに……』
『日本に帰ってきたのは、4年くらい前だよ。はじめは色々あったけど、今は職場にもご近所さんにも理解してもらえてねえ……』
すごいな、と思う。オレが……オレ達が選べなかった未来を、二人は生きている。
二人にあって、オレ達になかったものは、なんなんだろう。
強さ? 覚悟……?
『もう、一日だって一晩だって離れていたくなかったから、だよ』
そんなのオレだって……オレだって、哲成とずっと一緒にいたかった。でも、それが出来なかったのは……出来なかったのは?
『オレはもう、オレのせいでお前がお母さんと会えなくなったりするのは嫌だ』
ふっと蘇る、大学2年生の時に哲成から言われた言葉。
『そんな負い目を感じながら付き合っても、辛くなる。辛くなって、一緒にいられなくなるくらいなら、今のままでいい』
だから、この日を最後に「好き」とは言わないと決めた。
哲成の中にある母親コンプレックスは根深い。中学からの付き合いなので、そんなことはよく分かっている。世間の目、という問題点ももちろんあったけれど、それよりも何よりも一番の理由は、母のことだった。
(でも、そんなことも全部振り切って、二人で生きる未来を選んでいたら……)
オレ達は、渋谷と桜井みたいな、幸せな道を進めていたのかな……
同窓会のレストランが、最寄り駅の隣だったため、酔い覚ましもかねて、雨の中、延々と家に向かって歩いていた。歩けば歩くほど、哲成との思い出がよみがえってきて、発表会の日に繋いでくれた手の温もりもよみがえってきて、哲成の声が聞きたくて聞きたくて我慢できなくて……酔いによる勢いもあって、気が付いたら、電話をかけていた。夜遅いのに一回コールで出てくれた哲成。
「おー。バスケ部同窓会、楽しかったか?」
「……うん」
哲成は、3年間離れていたことなんてなかったかのように、この2週間ですっかり以前と同じ調子に戻ってくれた。愛しい愛しい哲成……
「桜井と、話したよ」
「そうか」
「うん」
「…………」
「…………」
何を?と聞いてこないのはなんでだ? 何を聞いたか分かってるからか? 桜井と渋谷は周囲にも認められて幸せに暮らしているってな。
……なんてことは言わない。余計なことを言って、また哲成がどこかに行ってしまったら、オレは……
「……哲成」
「なんだ」
「哲成……」
「うん」
「…………」
「…………」
雨の音が、聞こえる……
「哲成……」
会いたい。
そう、心の中で言ったのが聞こえたかのように、哲成は「キョウ」と優しく呼びかけてくれると、
「今度の金曜日、またピアノ聴きにいくからな?」
と、優しく優しく……蕩けるほど優しく、言ってくれた。
でも……
金曜日の朝。オレの足は、2年半前と同じように、鉛みたいに重くなって、動かなくなってしまった。
なぜなら……
哲成に会うのが、怖い。
何かを言って、また、失うのが、怖い。怖くて、怖くて……足が、動かない。
あいかわらず調子の良い篠原。「女の子達」なんてどこにいるんだ。
「うるさい篠原ー」
「だって知りたいじゃん! あ! 桜井君、最近の渋谷君の写真、ないの?」
「えーと……」
「二年くらい前の写真ならあるけど見る?」
横から口出ししてきたのは、斉藤だ。斉藤は渋谷と桜井と今でも交流があるらしい。
「山崎の結婚式の写真。いいよな?見せて」
「えと……」
「わ! 見せて!」
桜井が肯くよりも早く、女性達が斉藤のスマホをひったくった。
「山崎君ってあの山崎君? 確か鉄研だった……」
「そうそう」
「うわー奥さん超美人じゃん。ナニコレ」
「けっこう年下じゃない? やるねえ山崎君」
「っていうか、渋谷君の美しさも尋常じゃないんですけど!! これみて!」
渋谷の写っているところを拡大したらしく、わあっと歓声が上がった。
「渋谷君、一人だけ時間止まってない?」
「ねえ桜井君! 今度渋谷君連れてきてよ!」
「えと……」
あいかわらずのニコニコ笑顔を張り付けたままの桜井を置いて、女性達は幹事の篠原に詰め寄った。
「篠原君!今度そういう企画してよ!みんなそれぞれパートナー連れてくるっていうさ!」
「えーやだー」
篠原はぶるぶると首を横に振った。
「せっかく日常忘れてここに来てるのに、どーして奥さん連れてこなくちゃなんないのさー」
「いいじゃないのよっ。篠原君もご自慢の美人の奥さん、連れて来なさいよっ」
「えー絶対やだー」
わあわあ騒ぎ出した篠原達。桜井は……と思ったら、いつの間にビュッフェ台に移動して、生ハムを皿に取り分けていた。こういうマイペースな感じ、変わってないな……と思う。
「桜井」
声をかけると、桜井は「村上もサラダいる?」と言って、今取り分けた分の皿をオレに渡してくれた。こういうところも変わってない……
『桜井君がお料理とか全部してるんだよね?』
『うん』
さっきのセリフが蘇る。綺麗に盛り付けられた皿。料理上手そうだな……。
桜井、渋谷のために料理してるんだよな…。ぎゅうっと心臓のあたりが苦しくなる。
「……桜井、さっき『うん』しか言ってなかったな」
自分の分も皿に取り終わった桜井に言うと、桜井は「そうなんだよー」とヘラヘラっとした。
「今日も家を出る時に、絶対に余計なこと言うなよ!って念を押されちゃってさー。でも何が余計で何が余計じゃないかわかんないから、もう、肯くしかないかなって思って」
「…………なるほど」
家を出る時、か。本当に一緒に暮らしてるんだな……。
「渋谷とは、いつから一緒に暮らしてるんだ?」
「んー……2006年の10月から」
「ふーん……」
32才、か。考えていたより遅いな、と思う。高校時代からずっと付き合っていたというのなら、就職してすぐに一緒に住もうとはならなかったのだろうか?
「なんで一緒に暮らしはじめたんだ? キッカケは?」
「キッカケ……」
桜井は、フワリと笑って、当然のことのように言った。
「もう、一日だって一晩だって離れていたくなかったから、だよ」
***
同窓会が終わった後も、頭の中で桜井の言葉がグルグルと回り続けていた。
『オレはね、慶が大学卒業したらすぐにでも一緒に住みたかったんだけど、慶の職場の都合でそれは叶わなくて……』
『それから色々あって、オレだけケニアに3年間いったりして……』
『もうこれ以上、離れたくないって思って、それで一緒にミャンマーに……』
『日本に帰ってきたのは、4年くらい前だよ。はじめは色々あったけど、今は職場にもご近所さんにも理解してもらえてねえ……』
すごいな、と思う。オレが……オレ達が選べなかった未来を、二人は生きている。
二人にあって、オレ達になかったものは、なんなんだろう。
強さ? 覚悟……?
『もう、一日だって一晩だって離れていたくなかったから、だよ』
そんなのオレだって……オレだって、哲成とずっと一緒にいたかった。でも、それが出来なかったのは……出来なかったのは?
『オレはもう、オレのせいでお前がお母さんと会えなくなったりするのは嫌だ』
ふっと蘇る、大学2年生の時に哲成から言われた言葉。
『そんな負い目を感じながら付き合っても、辛くなる。辛くなって、一緒にいられなくなるくらいなら、今のままでいい』
だから、この日を最後に「好き」とは言わないと決めた。
哲成の中にある母親コンプレックスは根深い。中学からの付き合いなので、そんなことはよく分かっている。世間の目、という問題点ももちろんあったけれど、それよりも何よりも一番の理由は、母のことだった。
(でも、そんなことも全部振り切って、二人で生きる未来を選んでいたら……)
オレ達は、渋谷と桜井みたいな、幸せな道を進めていたのかな……
同窓会のレストランが、最寄り駅の隣だったため、酔い覚ましもかねて、雨の中、延々と家に向かって歩いていた。歩けば歩くほど、哲成との思い出がよみがえってきて、発表会の日に繋いでくれた手の温もりもよみがえってきて、哲成の声が聞きたくて聞きたくて我慢できなくて……酔いによる勢いもあって、気が付いたら、電話をかけていた。夜遅いのに一回コールで出てくれた哲成。
「おー。バスケ部同窓会、楽しかったか?」
「……うん」
哲成は、3年間離れていたことなんてなかったかのように、この2週間ですっかり以前と同じ調子に戻ってくれた。愛しい愛しい哲成……
「桜井と、話したよ」
「そうか」
「うん」
「…………」
「…………」
何を?と聞いてこないのはなんでだ? 何を聞いたか分かってるからか? 桜井と渋谷は周囲にも認められて幸せに暮らしているってな。
……なんてことは言わない。余計なことを言って、また哲成がどこかに行ってしまったら、オレは……
「……哲成」
「なんだ」
「哲成……」
「うん」
「…………」
「…………」
雨の音が、聞こえる……
「哲成……」
会いたい。
そう、心の中で言ったのが聞こえたかのように、哲成は「キョウ」と優しく呼びかけてくれると、
「今度の金曜日、またピアノ聴きにいくからな?」
と、優しく優しく……蕩けるほど優しく、言ってくれた。
でも……
金曜日の朝。オレの足は、2年半前と同じように、鉛みたいに重くなって、動かなくなってしまった。
なぜなら……
哲成に会うのが、怖い。
何かを言って、また、失うのが、怖い。怖くて、怖くて……足が、動かない。
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