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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係13

2019年06月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係


【哲成視点】



「しばらく享吾君に会わないで……って言ったら、哲成君、どうする?」

 享吾の奥さんである歌子さんに、そう切り出されたのは、3月3週目の金曜日のことだった。先週に引き続き、享吾はバーに現れず、歌子さんが代役ピアニストとしてやってきたのだ。そして、最後のステージが終わった後、控室に呼ばれ、「言おうかどうしようかすごく迷ったんだけど……」という前置きの上で、言われた。

(会わない……)

 それは享吾の希望ということか?

 先週、『体調不良』で休んだ享吾に、「お大事に」というスタンプを送ったところ、すぐに「ありがとう」と返事がきた。だから、『オレに会いたくないから来なかったのか?』という不安には気が付かないフリをして、その後は普通に世間話(侍ジャパンの話とか……)をしていた。この一週間、今まで通り、そんなやり取りを何度かしていたから、大丈夫だと思ったのに……会わないでって何だ?

「……会いたくないって、キョウが言ってるんですか?」

 なんとか言葉を絞り出して聞いてみると、歌子さんはブンブン手を振った。

「ううん。享吾君は、会いたいんだと思う。だけどたぶん、免疫が切れてて……」
「免疫?」

 なんだそれは。

「免疫って……」
「ねえ、哲成君、享吾君に何かしたんじゃない?」
「は?」

 何か?何かってなんだ? っていうか、その前の『免疫』ってなんだ。
 ただでさえ、歌子さんの『妻の雰囲気』でイライラが絶頂にきてるのに、更にイライラが募る。思わず語気を強めてしまった。

「遠回しな言い方やめてくれませんか? 言いたいことがあるならハッキリ言ってください」
「……え」

 歌子さんはビックリした顔をして、口元に手を当てた。

「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど」
「あ」

 謝られて、ハッとする。遠回しにしか言えないことを言わせてるのはオレだ。

「……すみません。でも、何言われてるのか、本当に意味分かんないんですけど」
「うん……そうよね。そう……よね」

 歌子さんは、うーん……と唸った挙句、

「2年前の繰り返しになったら、享吾君が可哀想すぎるから……言っちゃおう、かな」
「………」

 それは……精神的な病気になって会社をやめた、という話か。それならオレも詳しく聞いておきたい。

「あのね……哲成君。もしかしたら、気が付いてるかもしれないんだけど……」
「………はい」

 覚悟を決めて肯くと、歌子さんは、いたって、真面目な……真面目な顔をして、言った。

「実は享吾君、哲成君のことが、好きなのよ」
「…………」
「…………」
「…………え」

 ええと……オレはなんて答えたらいいんだろうか……



***


 歌子さんの話をまとめると、こんな感じだ。

 3年前、オレが海外勤務になり、オレと会えなくなったことで、享吾は病気になってしまった。病院に通ったりして、なんとか持ち直したところに、オレが帰国。オレに対する免疫力が落ちていたのに、急に以前のように会えるようになったため、気持ちがいっぱいいっぱいになってしまった……と。
 歌子さんも全てを享吾から聞いたわけではないので、かなり想像も入っているけれど、たぶん合ってる、とのことだ。

 歌子さんは、「それでね」と口調を改めた。

「哲成君、何か期待もたせるようなこと、言ったりしたりしてない?」
「え……」

 それはもしかして、桜井の話を聞いたことだろうか? それで3年前と同じように、将来を期待したとか? 3年前はそれがキッカケで離れ離れになった。でもそれでなった病気も、オレが帰ってきたから治ったって、あの時……

(………あ)

 そうか。その話をしたピアノの発表会の最中に、思わず、恋人みたいに手を繋いじゃったな……。期待って、それか? なんて思っていたら、

「心当たり、ありそうね?」
「…………っ」

 歌子さんの切れ長の目にジッと見られ、うっと詰まってしまった。戸籍上、歌子さんは享吾の妻だ。オレが享吾と何かあれば、不倫、ということになってしまう。それはマズイ。

「……心当たりなんか、ない、です」

 なんとか否定すると、歌子さんはやんわりと首を振った。

「別に、あってもいいのよ?」
「いいって……」
「哲成君もちゃんと享吾君のこと好きになってくれて、享吾君を恋愛対象として受け入れてくれるんだったら、それでもいいの」
「……え」

 何を言ってる……?

 眉を寄せたオレに、歌子さんは、淡々と、言葉を継いだ。

「でも、そんなつもりないのに期待もたせるようなことするのはやめて?」
「え」
「私、これ以上、享吾君が傷つくの、見たくないのよ」

 これ以上、傷つくって、どういう意味だよ……

「だから……それができないなら、会わないで?」

 歌子さんの強い瞳……

 歌子さん。歌子さんは……

「歌子さん……キョウのこと、大切なんですね」

 思わずつぶやくと、歌子さんはフワリと、やさしく、微笑んだ。

「もちろんよ。だって、人生のパートナーだもの」
「…………」

 その言葉……オレが言えればよかったのに。




【享吾視点】


 3月の2週目と3週目は、哲成に会うのが怖くて、バーにピアノを弾きに行くことができなかった。

『年度末で忙しくて、しばらく聴きにいけなくなる』

と、3週目にオレが行けなかった後に、哲成から連絡が来た時には、何か勘づかれたのではないかと心配になったけれど、でも、ラインのやり取りは変わらず続けてくれているので、そうではない、とホッとしている。

 まあ、やり取り、と言っても、最近はもっぱらゲームの話ばかりだ。勧められてはじめた野球ゲームが、なかなか面白いのだ。

『Sランク出た!』

とか、画像付きで送りあったりしている。ラインのほとんどがゲームの報告と化しているけれど、こうして同じものを楽しめるということが楽しくてしょうがない。

 哲成がバーに来られないと分かったら、バーにも普通に行くことができるようになった。歌子は何も言わないけれど、心配してくれていることは伝わってくるので、申し訳ない。オレは歌子に心配かけてばかりだ。

「無理しないでね」

 歌子はいつもそう言ってくれる。でも、甘えてばかりはいられないので、そろそろ就職活動をしようと思っている。……けれど、なんとなく不安で、まだ踏ん切りがつかない。


***

 2019年4月30日。平成最後の日だ。
 哲成とは結局、3月1日にバーで会って以来、一度も会っていない。

『年度末で忙しい』
『年度初めで忙しい』
『連休前で忙しい』

と、哲成は何だかんだと会えない理由を書いているけれど、さすがに、これはオカシイ、と思いはじめていた。

(オレ……避けられてる?)

 ラインではあいかわらずゲームの話や野球の話がほとんどとはいえ、頻繁にやり取りはしている。でも、ここまで会わないのは……

(どうして……?)

 オレ、何かしただろうか? また、何かしてしまったのだろうか……
 不安が募って、また、足に力が入らなくなった。こんな自分が情けなくてしょうがない……


 平成最後の日も、朝から鬱々となりながら、ベッドにいたのだけれども、インターフォンの音で我に返った。

(連休中なのに、今日もレッスン入れてるのかな?)

 そう思って階下に耳を傾けたけれど、楽器の音はいつまでたっても聞こえてこない。

(宅配だったのかな……でもトラックの音聞こえなかったけどな……)

 なんてボンヤリ考えていたところ……

「キョウ、入るぞ? いいな?」
「え」

 いいとも悪いとも答えるよりも先に、ドアが開き……

「…………哲成」

 そこには、困ったような表情の哲成が立っていた。



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