【哲成視点】
「しばらく享吾君に会わないで……って言ったら、哲成君、どうする?」
享吾の奥さんである歌子さんに、そう切り出されたのは、3月3週目の金曜日のことだった。先週に引き続き、享吾はバーに現れず、歌子さんが代役ピアニストとしてやってきたのだ。そして、最後のステージが終わった後、控室に呼ばれ、「言おうかどうしようかすごく迷ったんだけど……」という前置きの上で、言われた。
(会わない……)
それは享吾の希望ということか?
先週、『体調不良』で休んだ享吾に、「お大事に」というスタンプを送ったところ、すぐに「ありがとう」と返事がきた。だから、『オレに会いたくないから来なかったのか?』という不安には気が付かないフリをして、その後は普通に世間話(侍ジャパンの話とか……)をしていた。この一週間、今まで通り、そんなやり取りを何度かしていたから、大丈夫だと思ったのに……会わないでって何だ?
「……会いたくないって、キョウが言ってるんですか?」
なんとか言葉を絞り出して聞いてみると、歌子さんはブンブン手を振った。
「ううん。享吾君は、会いたいんだと思う。だけどたぶん、免疫が切れてて……」
「免疫?」
なんだそれは。
「免疫って……」
「ねえ、哲成君、享吾君に何かしたんじゃない?」
「は?」
何か?何かってなんだ? っていうか、その前の『免疫』ってなんだ。
ただでさえ、歌子さんの『妻の雰囲気』でイライラが絶頂にきてるのに、更にイライラが募る。思わず語気を強めてしまった。
「遠回しな言い方やめてくれませんか? 言いたいことがあるならハッキリ言ってください」
「……え」
歌子さんはビックリした顔をして、口元に手を当てた。
「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど」
「あ」
謝られて、ハッとする。遠回しにしか言えないことを言わせてるのはオレだ。
「……すみません。でも、何言われてるのか、本当に意味分かんないんですけど」
「うん……そうよね。そう……よね」
歌子さんは、うーん……と唸った挙句、
「2年前の繰り返しになったら、享吾君が可哀想すぎるから……言っちゃおう、かな」
「………」
それは……精神的な病気になって会社をやめた、という話か。それならオレも詳しく聞いておきたい。
「あのね……哲成君。もしかしたら、気が付いてるかもしれないんだけど……」
「………はい」
覚悟を決めて肯くと、歌子さんは、いたって、真面目な……真面目な顔をして、言った。
「実は享吾君、哲成君のことが、好きなのよ」
「…………」
「…………」
「…………え」
ええと……オレはなんて答えたらいいんだろうか……
***
歌子さんの話をまとめると、こんな感じだ。
3年前、オレが海外勤務になり、オレと会えなくなったことで、享吾は病気になってしまった。病院に通ったりして、なんとか持ち直したところに、オレが帰国。オレに対する免疫力が落ちていたのに、急に以前のように会えるようになったため、気持ちがいっぱいいっぱいになってしまった……と。
歌子さんも全てを享吾から聞いたわけではないので、かなり想像も入っているけれど、たぶん合ってる、とのことだ。
歌子さんは、「それでね」と口調を改めた。
「哲成君、何か期待もたせるようなこと、言ったりしたりしてない?」
「え……」
それはもしかして、桜井の話を聞いたことだろうか? それで3年前と同じように、将来を期待したとか? 3年前はそれがキッカケで離れ離れになった。でもそれでなった病気も、オレが帰ってきたから治ったって、あの時……
(………あ)
そうか。その話をしたピアノの発表会の最中に、思わず、恋人みたいに手を繋いじゃったな……。期待って、それか? なんて思っていたら、
「心当たり、ありそうね?」
「…………っ」
歌子さんの切れ長の目にジッと見られ、うっと詰まってしまった。戸籍上、歌子さんは享吾の妻だ。オレが享吾と何かあれば、不倫、ということになってしまう。それはマズイ。
「……心当たりなんか、ない、です」
なんとか否定すると、歌子さんはやんわりと首を振った。
「別に、あってもいいのよ?」
「いいって……」
「哲成君もちゃんと享吾君のこと好きになってくれて、享吾君を恋愛対象として受け入れてくれるんだったら、それでもいいの」
「……え」
何を言ってる……?
眉を寄せたオレに、歌子さんは、淡々と、言葉を継いだ。
「でも、そんなつもりないのに期待もたせるようなことするのはやめて?」
「え」
「私、これ以上、享吾君が傷つくの、見たくないのよ」
「哲成君、何か期待もたせるようなこと、言ったりしたりしてない?」
「え……」
それはもしかして、桜井の話を聞いたことだろうか? それで3年前と同じように、将来を期待したとか? 3年前はそれがキッカケで離れ離れになった。でもそれでなった病気も、オレが帰ってきたから治ったって、あの時……
(………あ)
そうか。その話をしたピアノの発表会の最中に、思わず、恋人みたいに手を繋いじゃったな……。期待って、それか? なんて思っていたら、
「心当たり、ありそうね?」
「…………っ」
歌子さんの切れ長の目にジッと見られ、うっと詰まってしまった。戸籍上、歌子さんは享吾の妻だ。オレが享吾と何かあれば、不倫、ということになってしまう。それはマズイ。
「……心当たりなんか、ない、です」
なんとか否定すると、歌子さんはやんわりと首を振った。
「別に、あってもいいのよ?」
「いいって……」
「哲成君もちゃんと享吾君のこと好きになってくれて、享吾君を恋愛対象として受け入れてくれるんだったら、それでもいいの」
「……え」
何を言ってる……?
眉を寄せたオレに、歌子さんは、淡々と、言葉を継いだ。
「でも、そんなつもりないのに期待もたせるようなことするのはやめて?」
「え」
「私、これ以上、享吾君が傷つくの、見たくないのよ」
これ以上、傷つくって、どういう意味だよ……
「だから……それができないなら、会わないで?」
歌子さんの強い瞳……
歌子さん。歌子さんは……
「歌子さん……キョウのこと、大切なんですね」
思わずつぶやくと、歌子さんはフワリと、やさしく、微笑んだ。
「もちろんよ。だって、人生のパートナーだもの」
「…………」
その言葉……オレが言えればよかったのに。
【享吾視点】
歌子さんの強い瞳……
歌子さん。歌子さんは……
「歌子さん……キョウのこと、大切なんですね」
思わずつぶやくと、歌子さんはフワリと、やさしく、微笑んだ。
「もちろんよ。だって、人生のパートナーだもの」
「…………」
その言葉……オレが言えればよかったのに。
【享吾視点】
3月の2週目と3週目は、哲成に会うのが怖くて、バーにピアノを弾きに行くことができなかった。
『年度末で忙しくて、しばらく聴きにいけなくなる』
と、3週目にオレが行けなかった後に、哲成から連絡が来た時には、何か勘づかれたのではないかと心配になったけれど、でも、ラインのやり取りは変わらず続けてくれているので、そうではない、とホッとしている。
まあ、やり取り、と言っても、最近はもっぱらゲームの話ばかりだ。勧められてはじめた野球ゲームが、なかなか面白いのだ。
『Sランク出た!』
とか、画像付きで送りあったりしている。ラインのほとんどがゲームの報告と化しているけれど、こうして同じものを楽しめるということが楽しくてしょうがない。
哲成がバーに来られないと分かったら、バーにも普通に行くことができるようになった。歌子は何も言わないけれど、心配してくれていることは伝わってくるので、申し訳ない。オレは歌子に心配かけてばかりだ。
「無理しないでね」
歌子はいつもそう言ってくれる。でも、甘えてばかりはいられないので、そろそろ就職活動をしようと思っている。……けれど、なんとなく不安で、まだ踏ん切りがつかない。
***
2019年4月30日。平成最後の日だ。
哲成とは結局、3月1日にバーで会って以来、一度も会っていない。
『年度末で忙しい』
『年度初めで忙しい』
『連休前で忙しい』
と、哲成は何だかんだと会えない理由を書いているけれど、さすがに、これはオカシイ、と思いはじめていた。
(オレ……避けられてる?)
ラインではあいかわらずゲームの話や野球の話がほとんどとはいえ、頻繁にやり取りはしている。でも、ここまで会わないのは……
(どうして……?)
オレ、何かしただろうか? また、何かしてしまったのだろうか……
不安が募って、また、足に力が入らなくなった。こんな自分が情けなくてしょうがない……
『Sランク出た!』
とか、画像付きで送りあったりしている。ラインのほとんどがゲームの報告と化しているけれど、こうして同じものを楽しめるということが楽しくてしょうがない。
哲成がバーに来られないと分かったら、バーにも普通に行くことができるようになった。歌子は何も言わないけれど、心配してくれていることは伝わってくるので、申し訳ない。オレは歌子に心配かけてばかりだ。
「無理しないでね」
歌子はいつもそう言ってくれる。でも、甘えてばかりはいられないので、そろそろ就職活動をしようと思っている。……けれど、なんとなく不安で、まだ踏ん切りがつかない。
***
2019年4月30日。平成最後の日だ。
哲成とは結局、3月1日にバーで会って以来、一度も会っていない。
『年度末で忙しい』
『年度初めで忙しい』
『連休前で忙しい』
と、哲成は何だかんだと会えない理由を書いているけれど、さすがに、これはオカシイ、と思いはじめていた。
(オレ……避けられてる?)
ラインではあいかわらずゲームの話や野球の話がほとんどとはいえ、頻繁にやり取りはしている。でも、ここまで会わないのは……
(どうして……?)
オレ、何かしただろうか? また、何かしてしまったのだろうか……
不安が募って、また、足に力が入らなくなった。こんな自分が情けなくてしょうがない……
平成最後の日も、朝から鬱々となりながら、ベッドにいたのだけれども、インターフォンの音で我に返った。
(連休中なのに、今日もレッスン入れてるのかな?)
そう思って階下に耳を傾けたけれど、楽器の音はいつまでたっても聞こえてこない。
(宅配だったのかな……でもトラックの音聞こえなかったけどな……)
なんてボンヤリ考えていたところ……
「キョウ、入るぞ? いいな?」
「え」
いいとも悪いとも答えるよりも先に、ドアが開き……
「…………哲成」
そこには、困ったような表情の哲成が立っていた。
----------
----------
お読みくださりありがとうございました!
次回金曜日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
にほんブログ村
次回金曜日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
にほんブログ村