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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係17

2019年07月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【享吾視点】

 地べたに座ってるのも疲れるよな、と言って、哲成がベッドに座るのを手伝ってくれた。そのまま、ゆっくりと足を擦ってくれる。温もりが伝わってきて、足に血が巡ってくるのが分かる。

 思い出話をたくさんしたい、と言ったのに、哲成はずっと無言だった。ザーザーと布を摩る音だけが部屋に響き渡る……と、

「………お前さ」

 哲成がようやく口を開いた。

「トイレとかどうしてんだ?」
「トイレ?」

 いきなり、なんの話だ?

「この足じゃ、トイレ行けないじゃん」
「ああ……」
「毎回、歌子さんに来てもらってる、とか?」

 なぜかムッとしている哲成。何だろう……

「いや……左足は多少踏ん張れるから、壁伝いでなんとか」
「ふーん……。風呂は? 手伝ってもらってるのか?」
「まさか。時間かかるけど一人で……って、あ」

 まさか、と思ってちょっと身を離す。やばい。まずい。

「ごめん、もしかして、オレ、臭い?」

 そうだった。考えてみたら昨日も一昨日も風呂に入っていない。面倒で止めてしまって……

「悪い。オレ、しばらく風呂入ってなくて……すごい時間かかるから、つい」
「あ、そう」

 ふーん。と、なぜか今度は嬉しそうになった哲成。なんなんだ。って、いや、そんなことより、

「だから、あんま、くっつかないでくれ」
「なんで?」
「だって、臭い……って!」

 一気に頭に血がのぼる。

 いきなり哲成が立ち上がり、ぎゅと頭を抱き寄せてきたのだ。くっついた耳からドッドッドッと哲成の心臓の音が聞こえてくる。

「ちょ……っ、哲成っ」
「いいからいいから」

 哲成はグリグリとオレの頭をかき抱くと、可笑しそうにいった。

「あー確かにちょっと汗臭いかも」
「だから……っ」

 だから言ったのに! でも、離れようとするのに、力いっぱい抱え込まれて逃げられない。

「だから、哲成……っ」
「なんでもいいよ。臭かろうが、歩けなかろうが、お前はお前だから」
「…………っ」

 耳元に響いてくる優しい声………

「オレは、どんなお前でも一緒にいたい」
「哲成……」
「結婚してるお前でも、な」
 
 哲成の声に真剣みが含まれて、ハッとして顔をあげた。

「オレ、歌子さんと話したんだよ」
「…………」

 そういえば、インターフォンの音から、かなり時間がたってから、哲成はこの部屋にやってきたんだった……

「歌子さんな、オレがお前の期待に応えてもいいって言ってた」
「え」
「オレとお前の間に『何か』あってもいいんだってさ」
「………」

 何かって、それは……

「歌子さんは、享吾の幸せが自分の幸せなんだって」
「…………」
「お前……愛されてるよな」

 愛されてる……それはそうかもしれない。
 歌子のオレに対する愛情は親愛の情と呼ばれるものだと思う。

 この結婚生活18年半の間で、何度か歌子には言われたことがある。

『享吾君、あっちの処理は大丈夫なの?』

 そう言うのは、たいてい、歌子が学生時代の友人たちと飲んできた直後のことなので、その飲み会で夫婦生活の話が出ているのだろう。

『私は何もしてあげられないから……』

 申し訳なさそうに言う歌子に、オレはその度に答えてきた。

『オレには哲成しかいないから、どのみち歌子さんにできることは何もないよ』

 すると、歌子はいつも嬉しそうに安心したように笑うのだった……



「普通、自分の旦那が男と両想いになるなんて嫌だろ」
「え」

 歌子との思い出に気を取られていたのを、哲成の刺々しい感じの声で我に返った。……っていうか、今、何て言った?

「両……想い?」
「おお。歌子さんには、つい最近、オレがお前のことを好きになったって言っておいたぞ。話し合わせろよ?」
「……え」

 あっさりと言われ過ぎて、スルーしてしまいそうになったけれど、踏みとどまった。

「好き……?」
「なんだよ。好きってバラしちゃまずかったか?」

 眉を寄せて哲成は言うけれど、いや、これは聞き逃せないっ

「好きって、好きって、哲成……っ」

 思わず哲成の両腕を掴んで顔をのぞき込んでしまう。

「今、好きって言ったか?」
「だからなんなんだよ?」

 哲成は目をパチパチさせている。

「だってお前、もう好きって言わないって、大学の時に……」
「そんなの時効だ時効」

 フンッとなぜか哲成は鼻で笑うと、

「もう奥さんにもばらしたんだから、いくらだって言っていいだろ」
「…………」

 好き……
「一緒にいたい」ももちろん愛の言葉だけど、やっぱり「好き」という直接的表現の破壊力には敵わない。

「好きだよ、キョウ」

 哲成の温かい手が頬を囲ってくれる。今までずっと秘めてきた欲望が溢れ出てくる。

 これからは、好きって言っていいのか?
 これからは、触れ合っていいのか?
 ずっと一緒にいて、それで……それで……

「キョウ……」
「…………」

 啄むようなキスをくれる哲成。
 夢みたいだ。これは夢か?

 夢なら覚めるな。このまま……、ああ、でも……でも、

「哲成、でも、オレ、風呂……」
「だからどんなお前でも大丈夫っていっただろ」
「でも」
「でもじゃねえよ。って、ああ、さすがに、下に歌子さんがいるのにやる気にはなんねーか」

 そう言って、哲成は両手をあげた。

「まあ、平成のうちは清い関係でいよう」
「…………」
「令和になったら、大人の関係になるか」
「大人……」

 40半ばになってようやく大人か。
 哲成はニッと笑った。

「明日、オレの部屋来いよ」
「………っ」

 直球の誘い文句に心臓が跳ね上がる。期待で全身が震える。けれども……

「ごめん……明日からちょっと……」
「ああ、そうか。家族旅行だったっけ?」

 そうなのだ。毎年ゴールデンウィークには、うちの両親と歌子と4人で旅行に行くことになっている。父はまだ働いているし、歌子は土日にレッスンを入れているので、こうした連休でないと旅行にいけないのだ。

「あ、でも、その足で大丈夫なのか?」
「車だから、まあ、大丈夫かなって……」
「そっか」
「…………」
「…………」
「…………」

 また嫌な沈黙が部屋に落ちる。せっかく幸せな未来が見えかけていたのに……。と、哲成が、ポツリ、と言った。

「オレはお前と歌子さんに離婚してほしいわけじゃないんだよ」
「…………」
「それで悲しむ人もたくさんいるわけだから」

 確かに……両親は悲しむだろう。そして、歌子は一人になってしまう。母親は物心つく前に亡くなっていて、父親も数年前に亡くなったので、他に身よりがないのだ。精神的な問題だけではなく、実際問題としても、彼女一人でこの家を維持していくことに対する不安は残る……

 色々考えていたら、ポンと肩を叩かれた。

「ま、とりあえず、奥さん公認の愛人ってことでいいんじゃね?」
「………。その言い方は何か嫌だな」

 愛人ではないだろ。

「じゃあ、奥さん公認で浮気できる券所有」
「嫌だ」

 なんだそれは。
 哲成はまたニッと笑った。

「じゃ、オレ達やるのやめるか?」
「…………それはもっと嫌だ」
 
 これだけ期待させておいて、何を言っているんだ。

 ムッとして言うと、哲成はケタケタと笑ってから、「あ」と手を打った。

「なんかこのやり取り、呼び方決めたときみてーだな」
「…………ああ」

 懐かしい。高校一年生の二学期。あの時、渋谷と桜井が名前で呼び合っていることに影響されて、オレ達も特別な呼び方を決めよう!と言って……

「キョウ」
 あの時と同じ、クルクルした瞳で哲成が呼んでくれる。

「キョウ……大好きだよ」
「哲成……」

 愛してるよ。

 そう言うと、哲成は優しく優しく、キスをしてくれた。



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お読みくださりありがとうございました!
呼び方を決めたのは「続・2つの円の位置関係2」の後半部分でした。この時はまだ明るく前向きな哲成君。この後色々あって後ろ向きになっていき……、これからまた前向きに明るくなってくれることを期待しています。
次回金曜日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

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コメント (2)
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