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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係16

2019年07月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】

 2019年4月30日。平成最後の日。

 初めて、享吾と歌子さんの家を訪れた。妹の梨華に聞いた住所を頼りに行ってみたところ、本当に実家から徒歩20分ほどのところにあって驚いた。最寄り駅が違うので今まで会うことがなかったらしい。
 小学校が近くにある住宅街の一角で、駅から5分のところにあるのに、大通りからは奥に入っているため静かでとても環境が良い。

(なんか……しゃれてるな)

 緑に囲まれた玄関口。英語で書かれたピアノ教室の看板。こんな洒落たところに二人で住んでるんだ。二人で相談してこの家を建てたんだ。……なんてことを思うと、胸のあたりがモヤモヤしてくる。

(だから今まで来なかったんだよな……)

 18年半も享吾と歌子さんのことから目を背けてきた。
 18年半、オレは何をしてきたんだろう……

(子育て………かな)

 そんなことを思って少し笑ってしまった。

 妹の梨華の母親が家を出て行ったのは、梨華が小学一年生の時だった。その時オレはもう社会人だったので、脳梗塞の後遺症で少し言葉に不自由のある父に代わって、懇談会も授業参観もPTAの役員会もよそのお母さん達に囲まれながら参加してきたし、個人面談も入学準備も受験の手続きも全部オレがこなしてきた。梨華とはよく一緒に外出もしたし、勉強も教えたし、梨華に母親がいないことでの不自由を感じさせたことはなかった……と思う。思いたい。

 梨華が専門学校を卒業して、無事に就職をして、ようやく肩の荷が下りた……と安心する間もなく、彼氏ができたせいか毎日帰りが遅いことを心配する日々が続き……それから、妊娠、結婚。急なことではあったけれど、結婚相手の耕太君は好青年だったし、何より梨華が幸せそうだったので、

(親業は卒業だな)

 そう、覚悟をした。もう、見守るだけで、口出しするのはやめよう、と思った。
 だから、タイ行きの話を受けた時も、梨華のことは考えの中にいれていなかった。今思えば、タイに行っていなければ、離婚を阻止できたのかもしれないけれど……、でも、花梨が生まれたことで、母親の清美さんとの距離は縮まっていたので、梨華もオレではなく、清美さんに相談していただろう……

(……でも)

 でも、オレには享吾がいるからいい、と思っていた。
 享吾との関係を壊したくなくて、頭を冷やすために3年も離れたけれど、それは元に戻るためであって、元に戻れるものと思っていた……のに。

(浅はかだったな……)

 3年の離別の後、残ったものは結局、享吾の病気と享吾と歌子さんの絆だけだ。

(MURAKAMI……)

 二人の家の表札を見つめる。
 MURAKAMI……村上。村上享吾。村上歌子。

(……オレも「村上」だけどな)

 だから、出席番号も前後だった。同じ村上。中学からはじまったオレ達の関係……

(終わりにしたくない)

 胸に手を押し当てる。先日、同級生の渋谷慶に言われた言葉を思い出す。

(『自分の心に正直に……』)

 キョウ。今、この瞬間、オレはお前と一緒にいたい。


***


 覚悟を決めてインターフォンを鳴らした。
 出てきてくれた歌子さんは、いつものキチッとした格好とは違って、大きめのシャツにパンツ姿だった。それもお洒落に見えるのは、スタイルが抜群にいいからだろうか。普段着風の雰囲気に日常が見えて、ぐっと詰まってしまう……

「こんにちは」
 ふわりと笑った歌子さん。「会わないで」と言われてからはじめて会うので、余計に気まずい。でも、歌子さんの方はいつも通りの自然さだ。

「享吾君、今日も調子悪くて部屋で寝てるの」
「そう……ですか」

 調子が悪いのは、また、オレのせいなのか? でも……でも。

「……会っても、いいですか?」
 見上げると、歌子さんの切れ長の綺麗な瞳が瞬いた。でも、ひるまず言葉を継ぐ。

「こないだ、オレが享吾を恋愛対象として受け入れるのなら何かあってもいい、って歌子さん言ってましたけど……その考えに変わりはありませんか?」
「え……」

 パチパチパチと瞬きが続いている。でも、構わず続けた。

「期待もたせるようなことをするなら会うな、とも言ってたけど……期待に応えられるなら、会ってもいいってことですよね?」

 でも………
 玄関に置かれた猫の絵のスリッパ。大きな鏡。ピンクの花。享吾と歌子さん、二人で築きあげてきた空間。幸せな匂い。………だから。

「二人の結婚生活を壊すつもりはないんです。オレはただ……」

 そう。オレはただ……

「ただ……会いたくて」
「………」
「ただ……会いたいだけなんです」

 オレの望みは、それだけなんだ。

「………」
「………」
「………」
「………」

 長い長い沈黙の後……

「え……」
 歌子さんは、ポツン、と言ってから、

「え、えええ?!」

と、叫んでしゃがみこんでしまった。な、なんだ?なんだ?

「哲成君……享吾君の期待に応えてあげるって……」

 歌子さんは口元に手を当てながら、なぜか期待のこもった目をしてこちらを見上げている。

「哲成君も享吾君のこと好きになったってこと?」
「え……」
「会えるなら、期待に応えてもいいって、要はそういうことよね?」
「あ……」
「そうよね?!」
「………………。はい」

 強めに言われて、思わず肯いてしまう。……と、歌子さんはパアッと表情を明るくした。

「やっぱり少し距離を置いたのが良かったのかしら? それで自分の気持ちに気が付いたとかそんな感じ?」
「あー……まあ……はい」

 まさか学生の時からずっと好きで、享吾もそれを知っていた、なんて言えるわけがないので適当に肯くと、

「そっかそっか。なるほどなるほど……」

 歌子さんは一人でブツブツ肯いてから、「良かったあ……」とため息と一緒に吐き出した。

 ……良かった?

「良かったって……」
「だって、享吾君、ずっとずっと、哲成君のこと好きだったのよ? それが叶うなんて、嬉しすぎる」
「…………」

 自分の旦那が男と両想いになって嬉しいって……何言ってんだこの人?

「あの……歌子さんはそれでいいんですか?」
「私?」

 歌子さんはゆっくりと立ち上がると、また、ふんわりと笑った。

「もちろんよ。私は享吾君が幸せになってくれることが一番なんだから」
「…………」

 なんだそれ……意味が分からない。

「本気で言ってるんですか?」

 思わず口調を強めて聞いたけれど、歌子さんは「もちろん」とまた笑顔でうなずいた。

「享吾君を幸せにしてあげて?」
「………」
「それが私の幸せでもあるから」
「………」

 意味が分からない。分からないけど……

(歌子さん……キョウのこと本当に大切に思ってるんだな)

 それだけは分かった。なんだか負けた気がして、モヤモヤしてくる。…………でも。

(今は、それは置いておこう)

 せっかくの平成最後の日。享吾と一緒に過ごしたい。それが今のオレの望みだ。


***


「キョウ、入るぞ? いいな?」

 二階の一番奥。歌子さんに教えてもらった享吾が寝ているという部屋のドアを、覚悟を決めて開けた。

「具合大丈夫か?」
「あ……うん」

 ベッドの中にいた享吾がゆっくりと上半身を起こした。
 ダブルベッドだったりしたら、回れ右して帰りたくなったと思うけど、ドアを開いた先の部屋は、独身時代の享吾の部屋とそっくりで驚いてしまった。

「なんか……変だな」
「変? 何が?」
「だって……一人暮らししてた時とほとんど変わんねえじゃん。この部屋」

 思わず口を尖らせて言ってしまう。

「お前、結婚してるのに、おかしくね? 最近は夫婦別室っていうのもアリなんだろうけど、ここまで一人だけの空間って珍しくね? お互いのプライベートを尊重してるってことか?」
「ああ、そう……だな」
「ふーん」

 そういう部屋を与えてくれる歌子さんの享吾に対する愛情の深さに、心の奥の方がグツグツしてくる。腹立ち紛れに勢いよくベッドに腰かけた。

「歌子さん……良い奥さんだな。こんな風に一人部屋もくれて。お前、大切にされてるんだな」

 思わず文句みたいに言ってしまうと、享吾が眉を寄せた。

「哲成。何が言いたい?」
「………」
「………」
「………」

 何が言いたいって……そんな風に愛されてることがムカつくってことを言いたい。言えるわけないけど。

 意味もなく本棚を見る……。仕事用らしき難しそうな本が並んでいるけど、一番上の段には、オレも好きだったバスケの漫画がずらっと並んでる。あれ、学生時代に借りて読んだよな。歌子さんにも貸したのかな……。

(ああ、ダメだ。文句しか出てこねえ……)

 やっぱりダメだ。ここに来たのは間違いだった。こんな、歌子さんの愛情いっぱいの家なんかじゃなくて、もっと違うところで会うべきだったんだ。……出直そう。

「………じゃあな」
「え? 哲成?」

 呼び止められたけれど、振り向かず、ドアに向かう。このままじゃ、オレ、嫌なことをたくさん言ってしまいそうだ。そうなる前に……、と、ドアノブに手をかけた、その時。

 ドサッと、何かが落ちたような大きな音がした。驚いて振り返ると、そこには、肩を打ったのか、身を丸めるようにして床に転んでいる享吾の姿が……

「キョウ?!」 
 とっさに駆け寄って、抱きかかえた。

「大丈夫か?」
「…………」

 コクリと肯いた様子で、大丈夫だと判断できて安心する。

「…………」
「…………」

 思わず、引き寄せた。柔らかい長めの髪が頬に当たって愛しさが募ってくる。離したくないぬくもり……

 ……と、思っていたら、享吾がなぜかふっと笑った。

「……前もこんなことあったよな」
「え」

 こんなこと? ってなんだろう? 
 思いつく前に、強めに腕を掴まれて思考を中断させられた。

「悪い。ちょっと手、貸してくれ。今、足の調子が悪くて」
「え……」

 足の調子? だからベッドから落ちたのか。オレを追いかけようとして……

「大丈夫なのか?」
「大丈夫」

 なんとか上半身を起こしてやって、ベッドにもたれかけさせる。足……両方とも動かないようだ。

「足って、何が悪いんだ?」
「ああ…………うん」

 肯いただけで答えない享吾。もしかして、精神的なもののせいで動かないということか。それはつまり、オレのせい……

 申し訳なさと、ここまで享吾に影響を与えられることに対する醜い優越感で心の中と頭の中がグルグルする……

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 無言で享吾の横に座る。くっついたところから伝わってくる温もり……。中学の時からオレたちはいつもこうして隣に座ってて……。
 と、ふいに先ほどのぬくもりに一つのシーンが結びついて「あ」と手を打った。

「『前も』って、もしかしてあれか? 暁生に殴られた時のことか?」
「……当たり」

 思い出した。中学の時に、享吾がオレの幼なじみの松浦暁生に殴られて倒れたところを、さっきみたいに抱きかかえたんだった。そういえば、あの時……

「お前あの時、殴られたくせにゲラゲラ笑ってたよな」
「あー…うん」
「打ちどころが悪くて頭おかしくなったのかと思ったんだよなあオレ」
「……そうか」

 あの時の享吾は変だった。暁生も変だったけど……

「今さらだけど……なんで笑ってたんだ?あれ」

 今さらだけど、真面目に聞いてみると、享吾は「あれは……」と少し言い淀んでから、意を決したように、答えた。

「あれは、お前がオレのところに先に来てくれて嬉しかったから、だよ」
「………え」

 先に来た? そりゃ行くだろ。被害者は享吾なんだから。

 つか、それが嬉しかった? 何言ってんだ。

「嘘だな。あれは『嬉しかった』って笑いじゃなかった」
「…………そんなことはない」
「いいや嘘だ」

 言い切ってやると、享吾はしどろもどろに言葉を足した。

「まあ……松浦に対して『ざまあみろ』って思ったってのも否定はしないけど」
「ざまあみろ? なんだそれ」

 そういえば、享吾と暁生って妙に仲悪かったよな……。
 あの仲の悪さは享吾の暁生に対する嫉妬のせいだったのかな、なんて思うと可笑しくて笑えてくる。

 そうやって、ずっとずっと前から、オレ達は一緒にいた。

「……あれは中三だから、平成2年、だよな?」

 あらためて、享吾のこと見つめる。初めて見た時と同じ、涼し気な目……

「オレさあ……お前のこと認識したの、中二の終わりだったんだよ」
「え、なんで」

 キョトンとした享吾。それはそうだろう。今まで話したことのない話だ。平成も終わるから、言ってしまおう。

「中二の終わりの球技大会でさ、途中で本気だすの止めたお前見て、すっげー腹立ってさ」
「そう……だったんだ」

 それで、同じクラスになって早々に声をかけた。あれからオレ達は始まったんだ。

「あれが、平成になってすぐの話だろ」
「そうだな……」

 平成が始まったのは、中二の冬だった。

「で、その平成も、今日で終わるわけじゃん?」
「そうだな」
「だから……」

 すっと、手を重ねる。愛しいぬくもり……

「だから、今日はそんな思い出話とか、たくさんしたいと思って…」
「哲成……」
「ずっとお前と一緒にいたいと思って………それで、来た」
「……そうか」

 重ねた手が握り返さる。指を絡めて繋ぎ直す。心が溢れていく……

「オレも……お前と一緒にいたい」
「……ん」

 ぎゅっと握り合って、微笑みあう。恋人のように。
 心臓のあたりがぎゅっとなる。嬉しいのと、安心したのと、それから……

(『ざまあみろ』、だな……)

 オレは今、歌子さんに対して『ざまあみろ』って思ってしまった。
 オレは嫌な奴だ。享吾の幸せを願っている優しい歌子さんとは大違いだ……



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長文お読みくださりありがとうございました!
「続々・二つの円の位置関係14」の終わりと終わりを合わせたくて、ついつい長くなりました。
せっかく一緒にいるのに、グルグルしてる哲成。鬱陶しいー(^_^;)

余談ですが……
哲成の実家は私鉄の駅が最寄り駅。享吾と歌子の家は市営地下鉄の駅が最寄り駅。路線も違うため、偶然駅や電車内で会う、ということもなかなかなかったのでした。

次回金曜日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

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