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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係20-2

2019年08月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】

「じゃ、テックンにあげる」
「え?」

 梨華からカーネーションを差し出され、キョトンとしてしまう。
 オレは結局、清美さんに息子として受け入れてもらえなかった。彼女にとってオレは「再婚相手の息子」でしかない。そのことは、梨華も知っているはずだ。それなのに……

(あ、もしかして、墓参りしろってことか?)

 亡くなった母のお墓は、母の実家の本家の敷地内にある。そちらとは父の再婚を期に疎遠になってしまったため、もう何年も墓参りすらしていない。……なんてこと、梨華は知らないもんな……等々、考えを巡らせていたら、

「正直、あの人を母親って言われてもピンとこないんだよねー」

 梨華に肩をすくめながら言われて、「え?」と梨華を見返した。あの人?ピンとこない?

「だってさ、小学生よりも前の記憶なんて全然ないもん」
「…………」

 清美さんは、梨華が小学一年生の時に家を出ていってしまったのだ。それからずっと、梨華は父とオレとの3人暮らしだった。清美さんが梨華に会いに来ることは一度もなかった。

 清美さんが再び梨華の前に現れたのは、花梨が生まれた直後のことだった。父と清美さんがまだ連絡を取り合っていたことにも驚いたけれど、一度捨てた娘の元に、何事もなかったかのように会いに来た清美さんの図々しさにも驚いた。

「私の中では、あの人は『バアバ』なんだよ。花梨のバアバ」

 梨華は再び肩をすくめると、アッサリとした口調で言葉を足した。

「だから、あの人に母の日に何かあげるって気にはならない」
「…………」
「あげるなら敬老の日だね」
「……梨華」

 そんなこと思っていたなんて、微塵も知らなかった。すっかり清美さんを母親として受け入れたと思っていたのに……

 かわいそうに。かわいそうに、梨華。やっぱり母親のいない辛さを味合わせてしまった。オレがあの頃、清美さんの気持ちに気がついていれば、清美さんが出ていくことはなかったかもしれないのに。そうしたら、そうしたら……

(梨華……)

 目の前が暗く暗くなっていく………

 そのまま、沈みこみそうになった、その時。

「なるほどね」
「……っ」

 ポン、と優しい手が頭に乗せられた。ふりあおぐと、享吾がいつも通りの涼しい瞳でこちらをジッと見ている。

「キョウ……」
「梨華ちゃんにとっての母親は哲成ってことだな」
「え?」

 母親?
 首を傾げると、梨華が「そうそう」とうなずいた。

「だから、カーネーションあげるなら、テックンかなって」
「そうだね」

 微笑んでいる享吾……
 梨華は再び、オレの方にカーネーションを突きだすと、ニッと笑った。

「いつもありがとう、テックン」
「………梨華」

 そんなこと………
 オレが、母親? オレはちゃんと、梨華の母親代わりになれてたってことか? 
 オレは、梨華の家族に………

「だからさ」
 梨華は口調を変えると、ぷうっと頬を膨らませた。いつもの、文句を言うときの梨華の顔だ。

「テックン、やっぱりもっとうちの近くに住んでよ。来るのに一時間以上かかるなんて遠すぎるよ。不便すぎ!」
「…………」
「タイから帰って来たときにも言ったでしょ。なのに会社の近くに住んじゃってさー」
「それは……」

 梨華には清美さんがいるから、オレなんか必要ないと思ったから……
 なんて言えず、黙っていると、梨華はビシッとオレに指を突き立てた。

「とにかく早く引っ越してきて!いい?」
「…………」
「梨華はまだまだテックンに甘える気満々なんだからね?」
「……なんの宣言だよ」

 子供の頃のように自分のことを「梨華」というと、ますます昔に戻ったみたいだ。

「家族なんだから、甘えていいでしょ?」
「…………」

 家族だから。

 梨華の上目遣い。小さな頃から、この目には敵わなかった。大切な妹……

「……分かったよ」
「やった」

 肯くと、梨華ははしゃいで手を叩いた。この笑顔を守るために、オレは何年も梨華と一緒にいた。そのためにオレは……


***

 帰り際、「駅の反対側の新築マンションが売りにだされてるんだけど……」と、享吾がオレにだけ聞こえる声で、小さく言ってきた。梨華はすっかり意気投合した亨吾の母親と、子供の習い事の話で盛り上がっている。

「マンション?」
「ああ。来週、見にいかないか?」
「ああ。でも新築かあ……」

 高いんじゃないのか?

 言うと、享吾はさらに声をひそめて、言った。

「半分、オレが出す」
「へ? なんで……」

 言いかけて、享吾の真剣な瞳とぶつかって、口を閉じた。

 なんでって……なんでって、それは……

『一緒に、暮らそう』

 言葉には出てない声が聞こえた。


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