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BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係22-2

2019年08月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】

「心置きなく、恋人気分を味わってちょうだいね?」

 そう、バーのママの陶子さんは言ってくれたけど……
 どうすれば、恋人気分になるんだろうなあ、と思って、コの字型の反対側のカウンター席にいる、渋谷と桜井の様子を盗み見てみた。

(…………距離が近い)

 メニュー表を一緒にみているのだけれども、ほとんど頭と頭がくっついているように見える……。

(人目があるところでは、あそこまでできないよな普通……)

 でも、渋谷達と、もう一組、カウンターにいる女性のカップルは、すごく距離が近い。なるほどあれが恋人の距離……

 ふーん、と思っていたら……

「恋人気分って、なんだ?」
「………」

 享吾の冷静な声にビクッとしてしまった。そういえば、享吾には目的を言わず、だまし討ちのような形でここまで連れてきてしまったんだった……

「いや、あの……」
「渋谷達と4人で飲むって話は……」
「あー……それは、また今度、ということで……」

 う……気マズイ……

 何ともいえず、うつむいていると……

「こちら、サービスね?」

 カウンターの内側から、すっと綺麗なブルーのスパークリングカクテルを差し出された。その美しさに目を奪われてしまう。

「何か適当に出しましょうか?」
「あ、はい……それで……」

 お願いシマス……語尾が小さくなっていくのにも構わず、陶子さんは軽く肯くと、スッといなくなってしまった。すごい美人なのに、気配がしない、不思議な人だ。

 とりあえず、そのサービスのカクテルを飲む……けれど、微妙な沈黙が続いてしまい……

「あの……」
 沈黙に耐えかねて、今日の目的を白状することにした。

「あのな……この店って、男はカップルじゃなくちゃ入れないんだって」
「ああ、店の前に貼り紙してあったな」
「え、あった?」

 そんなの見てない。だけど、享吾はアッサリとうなずいた。

「ああ。ミックスデーのため男性入店OK。ただし男性はカップルに限るって」
「あ……そうなんだ」

 気が付かなかった……さすが享吾は色々なところに目がいく。

「だから入れたんだろ?」
「うん……」
「………」
「………」

 だから、オレ達はカップル認定されてて、だから、安心して恋人みたいにふるまってもよくて……ああ、「みたい」じゃなくて、本当の恋人なんだけど……

 なんて色々頭の中グルグル回るけれど、上手くいえない。

 オレ達は今までずっと友達だった。今はそれよりも一歩進んだ関係になれるのに、進もうとしないのは……それは、享吾がそれを望んでいないってことかもしれなくて……

「………」

 引いてしまいそうになり、ぐっと立ち止まる。胸に手を当てる。前に渋谷に言われた言葉をおもいだす。

『自分の心に正直に。あなたの思った通りにしなさい』

 今この瞬間は一度しかないんだから後悔しないように……

「あのなっ」
 ぐっと、カウンターの上にあった、享吾の右手を掴む。

「オレはさ、お前ともっと……あの、恋人、みたいになりたいんだよっ」
「え」

 キョトンとした亨吾の様子に挫けそうになったけれど、何とか言葉をつなぐ。

「それで渋谷達に相談したら、この店を紹介されて、ここでだったら恋人でいても大丈夫だっていわれてっ」
「………」
「それで」
「………」
「それで……」

 ジッと冷静な目で見返されて、ウッと詰まってしまう……

(あー……呆れられたかな)

 何を今さらって感じだろうか。お前いくつだよって感じだろうか。

 でもオレは自慢じゃないけど、まだチェリーなわけで(渋谷と桜井の家で、さくらんぼを出された時には、嫌味かと一瞬疑ってしまったほど、かなりのコンプレックスだったりする)、一方、享吾は、結婚19年目なわけで……

 何も言わない享吾に不安が募る。

「もしかして……引いた?」
「あ……いや」

 ふっと、享吾の目が笑ったので、ホッとした、のと同時に、なんか……腹が立ってきた。馬鹿にされてる気がする……

「なんだよ……馬鹿にしてんのか?」
「そんなわけないだろ」
「笑ってんじゃん」
「いや……」

 享吾はオレが掴んでいない方の手で、自分の口元を覆うと、

「かわいいな、と思って」
「………」

 口元がにやけてる……。本格的に馬鹿にする気だこいつ。

「はー、どーせオレは、魔法使いを越えて仙人になれるからなっ」
「仙人?」
「30過ぎても経験なければ魔法使いに、40過ぎたら仙人になれるって言うだろっ」
「え、でも」

 森元真奈は?

 と、小さく言った享吾に、はああ?と詰めよってやる。

「真奈は関係ねえだろ。ただの友達なんだから。んなことお前だって知ってるだろ」
「あ……そうなんだ」

 結局、そうなんだ。そうか……そうか……

 と、またしても、口元を押えてニヤついている享吾。なんだこの余裕。ムカつく!!

「あああムカつくっ馬鹿にしやがって!」
「馬鹿になんかしてない」

 亨吾はケロリとして言った。

「お前が仙人ならオレだって仙人だし」
「は?」

 何言ってんだ?

「お前、意味分かってる? 経験……」
「オレも、ないから」
「は?」

 ないって……

「何言ってんだよ? お前、結婚……」
「だから、彼女とはそういうんじゃないって言っただろ」
「え?」

 言った? え? 言ったっけ……

「彼女は大きな愛の持ち主で……オレ一人とどうこうっていうのはないんだって」
「………」

 ………。

 確かにそれは聞いた。だからオレは、亨吾の気持ちがオレにあることを、歌子さんが承知する代わりに、歌子さんが他の人と関係を持つことを享吾が容認するって意味なんだと思ってたんだけど……

「もしかして……」

 桜井の元カノ同様に、歌子さんも同性愛者で、それを隠すために亨吾と結婚した、とかいうのだろうか。

「もしかして、結婚したのって、親を騙すためのカモフラージュなのか? 桜井と元カノみたいに」
「え? 桜井の元カノってそういうことなのか?」
「うん。そうらしい」

 二人でソファ席にいる桜井の元カノに視線をやる。彼女の周りにいる女性達は皆、頬を紅潮させ、瞳をキラキラさせている。アイドルみたいだな……

「親の手前、10年も恋人のフリしてたんだって」
「へえ……」
「だから、お前と歌子さんもそういうこと? 夫婦のフリしてるってこと?」

 正直ちょっと嬉しくなりながら言ったのだけれども……、亨吾は「いや」と首を振った。

「フリをしているつもりはないな……」
「あ………………そう」

 じゃあ、何なんだよ。

 思わず口を尖らせると、亨吾は軽く首を振って呟くように言った。

「こういう家族の形もあっていいんじゃないかって思ってる」
「え………」

 家族の、形……?

「お前と梨華ちゃんと花梨ちゃんみたいな家族がいるみたいに」
「…………」

 確かに梨華達とは、兄と妹、伯父と姪っていう関係だけれども、オレ達は「家族」だと、梨華はこないだ言ってくれた。

 それじゃ、亨吾と歌子さんは、体の関係のない夫婦……家族、だと……?

「だから、哲成………」
「……っ」

 ふいに手を掴まれて、ドキッとなる。
 引っ込めようとしたけれど、ぎゅっと掴まれて離れない。

 真剣な瞳の亨吾が囁くように、言った。

「オレはお前と……家族になりたい」


***


「家族……?」

 言われた言葉が脳に到達するまでに、少し時間がかかってしまった。

「家族って……」
「一緒に暮らしたい」
「…………」

 う、と詰まってしまう。それは……

「哲成、この話をしようとすると誤魔化すから、全然できなかったけど……」
「う………」

 そうなのだ。オレはこの話題をずっと避けてきた。先月、マンションの購入費を半分出す、と言われて……それはどういうつもりなのか、オレを愛人として囲うつもりなのか、と、聞きたかったけれど、結局聞けずにいて……

 それに、

『享吾は幸せね。村上君がいてくれて』

 そう言ってくれた亨吾のお母さんにも申し訳なくて、歌子さんとの結婚生活に影響があってはいけない、と思って、泊りも極力避けていた。

(どうせ手、出してこないから、泊まられても逆に空しいっていうのもあったけどさ……)

 ううう……とさらに唸っていると、享吾は掴んでいた手を掴む、から、撫でる、に切り替えてきた。その官能的な動きに、顔に血が上ってくる。

「哲成……」
「…………」

 目のやり場に困って、渋谷と桜井を盗み見る。と、なぜか、猿の毛繕いみたいに、桜井が渋谷の髪の毛をいじっていて………

「恋人みたいだな……」

 思わず呟くと、亨吾もそちらを見て、

「オレ達もやろう」
「え」

 撫でていた手を離して、頭に回してきた。

(うわ……っ)

 優しく優しく髪をすかれて、ふわふわ気持ち良くなっていく。

「……哲成」
「うん」
「哲成……」
「うん」

 すー、すー、と音が聞こえる。なんて愛しい……

「…………哲成」
「うん」

 ぴたり、と手が止まった。
 そして亨吾がまた、真剣な瞳で、言った。

「一緒に、暮らそう」
「…………」

 こんな状況で「否」と答えられるわけがない。

「…………うん」

 小さくうなずくと、亨吾は嬉しそうに笑ってくれた。



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お読みくださりありがとうございました!
ようやくちょっと話せた二人。
続きは火曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。

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