【亨吾視点】
「オレはさ、お前ともっと……あの、恋人、みたいになりたいんだよっ」
そう必死な様子で言った哲成の顔は、これでもかというくらい真っ赤で……
(か……かわいい)
どうにもこうにも口元が緩んで困った。そんなこと思っていてくれたなんて、全然知らなかった。むしろ、友達のままでいたいのか?と思うくらい、素っ気ないことが多かったのに。
その上、ずっと気になっていたけれど、聞けなかった真実を教えてもらえた。
「真奈は関係ねえだろ。ただの友達なんだから。んなことお前だって知ってるだろ」
大学の時に、森元真奈と付き合うのは、家族のことが理由だと聞いてはいた。でも、そのわりにはその後もずいぶん長い期間付き合っていたし、結婚を考えている、とも言っていたので、きっかけはどうあれ、正式に付き合っているんじゃないかと疑っていた。肯定されるのが嫌で今まで聞けなかったのだ。
それが結局、ただの友達でしかなかったなんて。そんな嬉しいことはない。
オレも結婚はしているけれど、妻の歌子との間に夫婦の営みは無い。歌子とはそういう形の「家族」なのだ。
オレも結婚はしているけれど、妻の歌子との間に夫婦の営みは無い。歌子とはそういう形の「家族」なのだ。
結婚したきっかけは、あの店を譲り受けるためだった。でも、共に過ごす時間が増えたことで、元々一緒にいて楽だった歌子の存在は、空気のように、あって当然のものとなっていった。
その包容力には何度も助けられた。哲成との別離で精神的におかしくなった時も、何も言わず支えてくれた。
その包容力には何度も助けられた。哲成との別離で精神的におかしくなった時も、何も言わず支えてくれた。
オレの母は、腫れ物にさわるように接しないといけない人だったので、歌子は初めて心を許せた唯一の女性と言える。
母とは一度縁が切れている。今のように、普通の親子のようになれたのは、歌子が緩衝材になってくれているおかげだ。歌子がいなければ、オレは親とも家族に戻れていなかっただろう。
哲成は哲成で、ずっと「家族」にコンプレックスを抱いていたけれど、先日、妹の梨華ちゃんと姪の花梨ちゃんと、あらためて「家族」ということを確認することができて、ようやく一皮向けたようになった。
哲成にとって「家族」は特別だ。だから、オレは、哲成と家族になりたい。
哲成は哲成で、ずっと「家族」にコンプレックスを抱いていたけれど、先日、妹の梨華ちゃんと姪の花梨ちゃんと、あらためて「家族」ということを確認することができて、ようやく一皮向けたようになった。
哲成にとって「家族」は特別だ。だから、オレは、哲成と家族になりたい。
「一緒に、暮らそう」
オレの本心を、誠意をこめて伝えると、哲成はようやく「うん」とうなずいてくれた。
***
それから、陶子さんがいつの間に置いてくれた、2杯目のカクテルとピザをつまみながら、スマホで一緒に物件を探してみることにした。住みたい地区は決まっているので、すぐに絞れそうだ。
「実は梨華には、夏休みが始まるまでには絶対に引っ越してきてって、うるさく言われてて……」
ポツリと言われ驚いてしまう。そんなの初耳だ。
「だったらどうして今まで、オレが家の話しようとすると、誤魔化してたんだよ?」
「…………お前と金の話したくなかったんだよ」
言いにくそうに、思わぬことを言われて、更に驚く。
「金の話?」
「権利の比率とか……」
「? 一対一じゃダメなのか?」
オレは半々と思っていたんだけど……と言ったら、哲成が軽く手を振った。
「お前は毎日帰ってくるわけじゃないだろ? それなのに半々出されるのって、何かホントに囲われてるというか……」
「何いってんだ?」
囲われてるってなんだ? 意味が分からなくて首を傾げる。一緒に住もうっていってるのに、なんで帰ってこないことになる?
「毎日帰って来るに決まってるだろ?」
「は?」
途端に、ピキッと哲成の眉間に皺が寄った。
「オレ、言ったよな? 歌子さんと離婚してほしくないって」
言いにくそうに、思わぬことを言われて、更に驚く。
「金の話?」
「権利の比率とか……」
「? 一対一じゃダメなのか?」
オレは半々と思っていたんだけど……と言ったら、哲成が軽く手を振った。
「お前は毎日帰ってくるわけじゃないだろ? それなのに半々出されるのって、何かホントに囲われてるというか……」
「何いってんだ?」
囲われてるってなんだ? 意味が分からなくて首を傾げる。一緒に住もうっていってるのに、なんで帰ってこないことになる?
「毎日帰って来るに決まってるだろ?」
「は?」
途端に、ピキッと哲成の眉間に皺が寄った。
「オレ、言ったよな? 歌子さんと離婚してほしくないって」
「ああ、うん。それは……」
オレもちゃんと考えているし、歌子とも話し合っている。と、言おうとしたけれど、哲成の勢いは止まらない。
「歌子さんとの結婚生活も大切にしつつ、一緒に暮らす方法を模索したいと思ってるんだよオレは!」
「それは分かって……」
「分かってねーよ!」
すごい剣幕でまくしたててくるから口を挟む余地がない。
「例えば、週末は2週間おきとか、平日は1日おきとか、何かしらルールを決めて、なるべく平等に過ごせるようにしないと」
「だから」
「それに、食費のこととか、光熱費のこととか、そこら辺もきちんとしないと、後々……」
「だから、ちょっと待てって」
哲成の前に手をかざすと、「なんだよ!」とすごい勢いでキレられた。
「人が真剣に話してるのに!」
「ごめん。でもちょっと待て」
「待たねーよ!ここらへんは大事な……」
「だから、待てって」
このままキレさせてもしょうがない。結論を先に言おう。
このままキレさせてもしょうがない。結論を先に言おう。
「オレ、今の家の二階に事務所を構える予定だから」
***
【哲成視点】
「………………。え?」
勢いついていたのが、挫かれた。
「事務所?」
「どこかで借りたりするより、資金面でも現実的でな」
「…………」
「そんなに手広くやる気もないし、ツテと口コミとネットで何とかと思ってて」
「え…………あ」
え? あ、え? えと……
「そうすれば、今まで通り、二人であの家維持していくことになるし、平日1回は必ず顔出すだろうから、安全面を考えてもいいのかな、と」
「………」
「ああ、それと、ピアノ教室は土日もあるから、週末を特別扱いする必要はないから」
「あ……そっか」
「ああ」
「………ふーん」
なんだ……そっか…………
亨吾は会計士の資格を持っている。そのうち独立して仕事を始めるつもり、とは先月聞いてはいた。それがいつの間にそんなことに……
「それで歌子さんいいって……?」
「いいというか、元々その提案したのは彼女なんだよ」
「……そっか」
なんだ……オレが一人でグルグルしてる間に、亨吾と歌子さんはちゃんと二人で話し合ってたんだ……
なんか……すごい、疎外感……
「ちゃんと考えてたんだな……」
「まあ、うん」
亨吾はコクリとうなずいた。
「必死だからな」
「必死?」
って何? と見返すと、亨吾は静かな瞳をこちらに向けてきた。
「お前と一緒に暮らすために、必死」
「…………」
…………。
「お前の気が変わらないうちにさっさと家買って、逃げられないようにしようと思ってて」
「…………逃げねえよ」
「そうか」
それは良かった、と、亨吾は少し笑って、スマホをスクロールさせた。
「これなんかどうだ? わりと駅近、2LDK。一部屋は花梨ちゃんが泊まりにきたとき用にして、もう一部屋は」
「オレ達の部屋?」
そっと亨吾の膝の上に手を乗せると、亨吾はビックリしたように目を見開いてから……
「そうだな」
幸せそうな笑顔を浮かべて、オレの手の上に手を重ねてくれた。胸がいっぱいで……苦しいくらいだ。
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お読みくださりありがとうございました!
予定通り、8月中に最終回を迎えられそうです。
続きは金曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。