【亨吾視点】
朝、ベーコンの焼ける良い匂いで目を覚ました。視線を少し上にやると、コンロの前に立っている哲成の姿が見える。ここは、哲成が一人暮らしをしている都内のマンション。1DKなので、キッチンもすぐ近くだ。
(そういえば、大学のはじめの頃もこんな感じだったな……)
大学入学と同時に一人暮らしを始めたアパートに、はじめの頃は、哲成はよく泊まりにきてくれていたのだ。朝はコーヒーだけでいい、というのに「それじゃ大きくなんねえぞ!」とか言って、朝食を用意してくれたりして……
(それから、哲成が森元真奈と付き合うことになって、泊りがほとんどなくなって……、オレが結婚してからは、こうして家で会うこともなくなって……)
オレ達はどれだけ遠回りしてきたんだろう。望んでいたことは、こういう些細な日常だったのに……
(でもこれからは、その日常が手に入る……)
哲成の後ろ姿。朝ご飯の匂い……
幸せなのに、なぜか、泣きたい気持ちが胸の中に溢れてきて、ぐっと手を握る。……と、
「キョウ! 起きろ! メシできたぞ!」
「…………」
こちらの感慨なんてお構いなしの元気な声が聞こえてきた。
「今日は電気屋めぐりして、その後、ソファとかも見たいんだから!」
「…………」
「開店と同時に突撃かけるからな! ほら、起きろって!」
「あー……」
容赦なく、布団を剥がされた……
「メシ! せっかくの半熟が固まっちまうだろ!」
「…………うん」
手を伸ばすと、「しょうがねえなあ」と言いながら、引っ張り上げてくれた。立ち上がるのと同時に、覆いかぶさるように、ぎゅうっと抱きしめる。
「わ、なんだよ……っ」
「うん………」
哲成の感触……何よりも愛しい。ずっとずっと前から、そんなこと、知っていた。哲成の背中、哲成の髪……
「哲成……おはよう」
「あ? ああ、おはよう?」
背中に回された手がポンポンと叩いてくれる。
「さっさと食おうぜ?」
「………うん」
(そういえば、大学のはじめの頃もこんな感じだったな……)
大学入学と同時に一人暮らしを始めたアパートに、はじめの頃は、哲成はよく泊まりにきてくれていたのだ。朝はコーヒーだけでいい、というのに「それじゃ大きくなんねえぞ!」とか言って、朝食を用意してくれたりして……
(それから、哲成が森元真奈と付き合うことになって、泊りがほとんどなくなって……、オレが結婚してからは、こうして家で会うこともなくなって……)
オレ達はどれだけ遠回りしてきたんだろう。望んでいたことは、こういう些細な日常だったのに……
(でもこれからは、その日常が手に入る……)
哲成の後ろ姿。朝ご飯の匂い……
幸せなのに、なぜか、泣きたい気持ちが胸の中に溢れてきて、ぐっと手を握る。……と、
「キョウ! 起きろ! メシできたぞ!」
「…………」
こちらの感慨なんてお構いなしの元気な声が聞こえてきた。
「今日は電気屋めぐりして、その後、ソファとかも見たいんだから!」
「…………」
「開店と同時に突撃かけるからな! ほら、起きろって!」
「あー……」
容赦なく、布団を剥がされた……
「メシ! せっかくの半熟が固まっちまうだろ!」
「…………うん」
手を伸ばすと、「しょうがねえなあ」と言いながら、引っ張り上げてくれた。立ち上がるのと同時に、覆いかぶさるように、ぎゅうっと抱きしめる。
「わ、なんだよ……っ」
「うん………」
哲成の感触……何よりも愛しい。ずっとずっと前から、そんなこと、知っていた。哲成の背中、哲成の髪……
「哲成……おはよう」
「あ? ああ、おはよう?」
背中に回された手がポンポンと叩いてくれる。
「さっさと食おうぜ?」
「………うん」
この幸せが、もうすぐ日常になる。
***
色々と検討した結果、築17年の中古マンションを購入することにした。私鉄の駅から徒歩7分。2SLDK。角部屋。緑が多く、環境も良い。近くに公園もあるので、花梨ちゃんを外で遊ばせられる。哲成の実家からは徒歩20分弱の場所にある。
引っ越しは、哲成の夏休みに合わせて8月の頭にすることになった。それまでに家具や家電の手配をすることになっている。同時進行で、会計事務所開業の準備も進めている。こちらは9月開業予定だ。
この会計事務所兼ピアノ教室兼自宅(実際にここに住むのは歌子だけだが)は、市営地下鉄の駅から徒歩5分のところにあり、マンションからは徒歩30分弱かかる。車や自転車を使うことも考えたけれど、夜オレがいないことに気が付かれるのは安全上良くないので、徒歩で通おうと思っている。健康維持のためにも良いだろう。
「大変じゃないか?」
と、哲成は心配してくれたけれど、近所の手前、生活圏が同じ場所は避けたかったので、ここがベストだと思う。最寄り駅も違うし、川を挟んでいて、区も違うので、大丈夫だろう。
着々と、着々と準備は進んでいる。それなのに、なぜか、不安感が消えない……
「それはマリッジブルーってやつじゃないの?」
大真面目な顔で歌子に言われた。そんなバカな、と言いかけたけれど、思い直して、素直に肯く。
「そうかもしれない」
ずっと望んできた哲成との人生……
中学三年生の時から、ずっと、望んできた。
それが手に入る、となって、怖気づいているのかもしれない。
(中学三年生か……)
あの頃は、哲成の隣にはいつも松浦暁生がいたんだよな……
学級委員で頭も良くて野球部のエースで。何でもできる優等生だった。そんな松浦に、哲成はいつも尽くしていて……。松浦、今頃何してるんだろう……
そんなことを考えていたから、呼び寄せてしまったのかもしれない。偶然、バッタリと、松浦に再会してしまったのだ。場所は家の近くのショッピングモールのフードコートだ。
「テツ? 享吾?」
「え?」
問いかけの声に驚いて振り仰ぎ……もっと驚いて、二人で叫んでしまった。
あの頃は、哲成の隣にはいつも松浦暁生がいたんだよな……
学級委員で頭も良くて野球部のエースで。何でもできる優等生だった。そんな松浦に、哲成はいつも尽くしていて……。松浦、今頃何してるんだろう……
そんなことを考えていたから、呼び寄せてしまったのかもしれない。偶然、バッタリと、松浦に再会してしまったのだ。場所は家の近くのショッピングモールのフードコートだ。
「テツ? 享吾?」
「え?」
問いかけの声に驚いて振り仰ぎ……もっと驚いて、二人で叫んでしまった。
「松浦?!」
「暁生?!」
中学生の時とまったく変わらない松浦暁生が立っていたのだ。坊主頭のガタイの良い中学生。
「おお。久しぶり」
でも答えたのはその中学生の横にいる男性で……当たり前だけど、こっちが松浦だ。程よく年齢が加算されている。と、いうことは……
(……そっくりだな)
この中学生は、間違いなく、松浦の息子だろう。
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お読みくださりありがとうございました!
最終回まであと少し。続きは火曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。
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