【哲成視点】
「恋人みたいになりたい」
と、享吾に言った結果、本当に、一緒にマンションを買うことになった。まさか、そんなことになるなんて、いまだに信じられない……
嬉しくて夢みたいで、何だか毎日ふわふわしている。
でも……実は、元々投げかけたことについては、まだ、解決していない。
マンションに引っ越すまでまだ数週間あるので、享吾がオレが今一人暮らししている部屋に泊まりにくるんだけど……
(また、もう寝てる……)
享吾は夜、何もせず寝てしまう。それはもう、速攻で。
一応、一緒にテレビ見てるときとかはベタベタくっついたり、ちょっとキスしたりはするんだけど、それ以上のことは、ビックリするくらい何もしてこない。
(したくないのかなあ……)
ベッドの中、横に寝ている享吾のスッとした鼻をなぞりながら、ジッと寝顔を見つめる。
(オレは、してほしいのにな)
そんなことを思い……
(……してほしい?)
ふ、と気が付いた。
(オレ……キョウには「してほしい」ばっかりだ)
オレは亡くなった母にはじまり、幼なじみの暁生、妹の梨華、姪の花梨、その他にも、色々な人に「してあげる」ことばかり考えてきた。でも、享吾には「してほしい」がたくさんだ。
唯一、してやれることは何かを考えて、したことは、「一生一緒にいる」ってことだけで……
(………キョウ)
途端に、抑えきれない思いが込み上げてきた。おそらく、愛しさ、という言葉が一番合う思い……
「キョウ……」
熟睡している享吾の頬に唇を寄せる。
途端に、抑えきれない思いが込み上げてきた。おそらく、愛しさ、という言葉が一番合う思い……
「キョウ……」
熟睡している享吾の頬に唇を寄せる。
(…………キョウ)
ふいに蘇った中学時代の記憶。
落ち込んでいたオレに、ただ黙ってピアノを弾いてくれた享吾……
今日、偶然、幼馴染みの松浦暁生に20年ぶりに再会して、中学時代の暁生にそっくりな暁生の息子にも会ったせいか、妙に記憶が鮮明によみがえってくる。
実家にまだピアノがあって……毎日のようにピアノを弾きにきてくれた享吾。オレは、享吾の横顔や背中を見ながらとか、隣でピタッとくっついたりしながら、ただボーッと聴いているのが好きで……
今日、あれから月日が加算された今の暁生が、オレ達を見て、呆れたように言っていた。
『お前ら、あいかわらず仲良いんだな』
そして、なぜか享吾を向いて、
『よろしくな、享吾』
と、言った。享吾は少し表情を固くして『ああ』とうなずいていたけれど………
(そういや、あれ、なんだったんだ?)
その後、暁生の息子の野球部の話で盛り上がってたから、すっかり忘れていた。
「な、キョウー」
「……ん」
「キョウーキョウーキョウー」
ユサユサと揺すぶると、ようやく少し目を開けた享吾。
「…………なんだ」
口を開くのもダルそうに言われたけど、聞かないと気になって眠れない!
「今日さ、暁生に『よろしくな』って言われてたけど、なんで?」
「……ああ?」
「だから、暁生が『よろしくな』って!」
「ああ……」
すいっと伸びてきた手に頬を触られドキリとする。……けど、享吾は寝ぼけたように、変なことを言った。
「オレは……松浦から譲ってもらったから……」
「何を?」
「…………お前を」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……………。は?」
何を言ってる?
「譲るって何の話だよ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………こらっ寝るなっ」
揺すぶったけれど、もうダメだった。
(譲るって……何なんだよ!)
オレは物じゃねえっつーの!っていうか、暁生の物だったつもりもねーよ!って……
(いや、確かに、暁生の言うことは何でも聞いてたけど……)
今思えば、それでしか、友人関係を続けられないと思っていたのだろう。
(でも……キョウは違う)
ただ、一緒にいてくれた。慰めてくれた。ピアノを弾いてくれた。抱きしめてくれた。愛してくれた……
「キョウ……」
無理矢理、腕の中にもぐり込むと、条件反射みたいに、抱き寄せてくれた。温かい……
「キョウ……」
大好きだよ。
そう言って胸におでこを擦り付けると、優しく頭を撫でられた。それだけで、胸がいっぱいになる。幸せ過ぎて。
【享吾視点】
明け方、ふ、と目が覚めた。
腕の中に哲成がいることが、嬉しくて、胸がいっぱいになる。幸せ過ぎる。
それなのに………
(ああ……困ったな……)
不安感がまだ強い。寝る前に薬を飲んだので、寝入りは良かったけれど、持続してくれなかったようだ。医者には続けての服用は止められているので、時間がたたないと、追加の薬は飲むことはできない。
(…………哲成)
そっと頭を撫でる。愛しい感触……
(一生一緒にいる……)
そう約束したのは大学の時だった。でも……その時思った未来とは違う方向に進もうとしている。それが最良の道だと思ったけれど……
『よろしくな、享吾』
今日、何十年ぶりに再会した松浦暁生に言われて、背筋に冷たいものが走った。松浦には、中学3年の三学期に同じことを言われたのだ。
『テツのこと、よろしくな』
高校からは譲る、と……。
松浦は哲成の幼馴染みで、哲成の母親が亡くなった時もずっとそばにいてくれて、家族ぐるみで哲成を助けてくれていたらしい。
(よろしくって…………)
オレはその期待にこたえられているのだろうか……
今日、松浦親子と話しながらはしゃいでいた哲成の横顔を思い出す。松浦の息子は今、松浦と哲成の母校に通っていて、野球部でピッチャーをしているそうだ。
『えー三回戦突破?スゲーじゃん』
『負けたら引退だから、みんな気合い入りまくってて』
『今年は雨で予定が崩れて大変だよ』
『来週四回戦? オレ、応援行ってもいい? 一応、野球部OBだし!万年補欠だったけど!』
『おー、来てくれよ。四回戦の会場は……』
息子の野球の応援……
哲成にもそんな未来が選べたかもしれない……
でも、オレと一緒にいたから、哲成は……
「…………っ」
ひやっと指先と頭の先から血液が引いたのが分かった。全部の血液が心臓に集まってきて、勢いよく心臓をうちならしはじめる。
(…………苦しい)
喉が……詰まる。
(…………水)
水を、飲もう。水……、水……
何とか起き上がって、ベッドに腰かける。足元のテーブルに置いておいたペットボトルの水を取り、ゆっくり飲む。体に行き渡るように、ゆっくり……ゆっくり……落ち着け……落ち着け……
息を吸って、吐く。水をゆっくり飲む……
それを繰り返して、何とか落ち着いてきたところで、
「キョウ?」
「!」
ペタ、と背中に手の平を当てられた感触がして、ビクッとしてしまった。でも、何とか普通の顔をして振り返る。
「ごめん、起こしたか?」
「いや……」
薄暗い中、哲成が目を細めてこちらを見ている。眼鏡をかけていないので、見えないのだろう。
「水?」
「ああ……お前も飲む?」
「うん」
うん、と言ったくせに、起き上がろうとしない哲成。
「? 飲まないのか?」
「飲む」
「じゃあ、起きろ」
「やだ」
なぜか頑固な感じに哲成は言うと、
「でも、飲む」
「なんだそれ」
意味が分からない。でもなんか可愛い。笑ってしまうと、手先にも血液が回ってきた。
「起きないと飲めないだろ」
「飲む」
「だから、起きないと……」
言いかけて、あ、と思う。
「…………飲ませろってことか?」
「うん」
コクリとうなずいた哲成が可愛すぎて……
「哲成…………」
水を少し含み、そっと唇を合わせる。柔らかい……。ゆっくりと流しこむと、コクッと哲成の喉がなった。唇を離し、微笑みあう。
「…………キョウ」
「うん」
「オレな」
「うん」
横に寝そべり、肘をついて、哲成の頭を撫でる。哲成はぼんやりした感じに、言葉を継いだ。
「今さらだけど……お前には、してもらいたいばっかりだって、気がついた」
「してもらいたい?」
「うん」
頭を撫で続けると気持ち良さそうに目をつむりながら、哲成が言う。
「あのな……オレ、暁生とか梨華とかには、何かしてやらないとってずっと思ってたんだけど……」
「…………」
暁生、の言葉にドキリとなる。心を読まれないように、少し構える、と、
「キョウ」
「…………」
真っ直ぐに、瞳を向けられた。オレの大好きなクルクルした瞳……
「今さらなんだけどさ……」
「…………」
「お前って、特別なんだよなあ」
「え?」
特別?
「お前は、オレが何もしなくても大丈夫で……」
「…………」
「逆に、してほしいことがたくさんで……」
クルクルした瞳が少し笑った。
「そんな奴、お前しかいない」
それは…………
「お前だけだ」
「…………」
そんな……そんなこと……
「哲成……オレは……」
「あ、そうだ」
言いかけたのに、ぺちっと額をはたかれ、止められた。
「お前、寝る前に変なこといってたの、覚えてるか?」
「寝る前?」
薬の影響で急激な睡魔に襲われたため、ほとんど記憶がない……
「何言った……?」
恐る恐る聞くと、哲成は口を尖らせて嫌なことを言った。
「暁生にオレを譲ってもらったって」
「え」
「なんでそんな話になってんだよ」
それは…………
「あの頃の哲成は松浦の……」
「暁生のものじゃねーし。つか、誰の物でもねーし。つか、それ以前に、物じゃねえし!」
「それは…………」
そうだけど……
う、と詰まっていたら、哲成はますます口を尖らせて…………その口をキスをせがむみたいにこちらに寄せてきたので、ちょっと笑ってしまった。途端に、哲成が怒りだした。
「笑ってないで、しろよ!」
「キス?」
「そう」
なんか、可愛い。言われるまま、チュッと軽く唇を合わせると、哲成は満足したようにうなずいた。
「やっぱり、お前にはしてほしいがたくさんだ」
「……そうか」
それは何だかくすぐったい。
オレは特別。哲成の特別……。
「キョウ、もっと」
「うん」
せがまれ、また、唇を合わせる。柔らかい、愛しい感触……
「キョウ」
「うん」
背中に回ってきた手が、ぎゅうっと抱きしめてくれる。愛しい。二度と離したくない……
「な、キョウ」
「うん」
耳元で、哲成が囁くように言った。
「……したい」
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お読みくださりありがとうございました!
と、いうことで。次回かその次あたりに〈完〉をつける予定です。
続きは金曜日に。どうぞよろしくお願いいたします。
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