【山崎視点】
5月11日(木)
高校の同級生の溝部が、長年の片想いを成就させ、同じクラスだった鈴木と結婚したのは1か月半ほど前。鈴木の息子の陽太君とも意気投合して、幸せな結婚生活を送っている……と思っていたら、今日の朝、突然、集合の連絡が入った。場所はいつもの桜井と渋谷のマンション。桜井と渋谷は同性カップルなので、ついつい気兼ねなくたまり場にさせてもらっている。
「おかしいと思わねえ?」
食後、溝部が口を尖らせて鈴木の文句を言いはじめた。
食事中は、「誕生日にもらった室内履きで授業参観に行った」だの、「毎週末、お父さんコーチとして野球の練習に参加してるから、日に焼けた」だの、楽しそうに話していたのに、食事が終わって、酒だけ持ってソファ席に移動したところで、
「ちょっと愚痴らせてくれ」
と、今朝の鈴木の態度について文句を言いはじめたのだ。鈴木は仕事に行く日の朝は機嫌が悪いことが多いそうで、今朝も、溝部が月曜にゴミ出しを忘れたことについての嫌みを言っていた、らしい。
「そりゃ、忘れたオレが悪いけどさ。不機嫌にゴミ箱ギューギューしながら、明日までここに入るかな……とかブツクサ言っててさ。入らないんだったら、ビニール袋何重かしてベランダにでも置いとけってんだよ」
「…………」
じゃあ、そう言えばいいじゃん……、と、言ったら、
「喧嘩したくねえから言わねえよっ。つか、あいつ怒らすと恐えから言えねえよっ」
だから愚痴こぼしにきたんだろーっ。だそうだ。納得……
でも……
「うーん……それはおかしいよね」
桜井がポツンと言った。
「そうだろ? こっちはせっかく手伝ってやってんのに……」
「ほら、やっぱりおかしい」
すっと手の平を向けられ、え、と詰まった溝部。桜井は学校の先生をしているだけあって、こういうとき、相手を黙らせる術を持っている。
「溝部、手伝うってどういうこと?」
「え?」
「家の中のことは全部、鈴木さんが一人でしなくちゃいけないの?」
「それは……」
「一緒にすることじゃないの?」
「……………」
溝部は、う……っと詰まった。けれども、負けじとブツブツと言葉を続けた。
「オレはちゃんと協力してる。あいつが仕事の時は文句も言わずに飯から洗濯から全部やってやってるし……」
「やってやってる?」
ピクリ、と眉をあげた桜井先生。本当に「先生」って感じだ……
「だから、それがおかしいって言ってるんだよ? やってやってる、じゃなくて、自分がやるべきことだよね?」
「…………」
「今のゴミの話も、出し忘れたのは溝部のミスでしょ? だったら溝部が入りきらない分のゴミをベランダに出す作業をするべきじゃないの?」
「…………」
「それにそれって、鈴木さんも別に溝部に文句言ってたわけじゃないんじゃない? 溝部の中で罪悪感があるから、そう聞こえただけで」
「…………う」
ぐうの音も出ない、だ。
でも、珍しいな。桜井がこんなにハッキリと人を批判するなんて……
溝部は、頭をゆらゆらさせてから、ゴッとローテーブルに額を落とした。
「あーーー……桜井先生に怒られたーーー……」
「別に怒ってないよっ」
慌てたように桜井が手を振る。
「ただ……ほら、溝部、前に言ってたじゃん? 家事全般してくれるお嫁さんがほしいって。でも、鈴木さん働いてるわけだし、お子さんもいるんだし、そうそう全般するってわけにはいかないのに、まだそう思ってるんだったら、考えをあらためた方がって……」
「…………別に」
ボソッと言う溝部。
「家事してほしくて結婚したわけじゃねーよ」
「そうだよね」
桜井がほっとしたように肯く。それはそうだろう。溝部はこじれた片想いをようやく成就させたんだ。家事云々の問題ではないだろう。
「………山崎のうちは家事分担どうしてんだ?」
「え、うち?」
溝部に聞かれ、首をかしげる。どうしてるって言うほどのことじゃないんだけど……
「ご飯は、早く帰った方が作ることになってて……」
「それ、『その食材、明日使いたかったのに!』とかならないのか?」
「ああ、そうならないために、日曜日に一週間分の献立考えて買い物するから」
「へえ、計画的……」
オレは元々計画通りに事を進めるタイプだし、菜美子さんもわりとキチキチしているので、この方法は最も理にかなっていて、無駄も出ないので、二人とも気に入っている。最終日の土曜日は食材が余っていればそれを使い、足りなかったら少し買い足す、という処理をするのが土曜休みのオレの役目だ。
「それで、洗濯掃除は手の空いてる方がするって感じかな……」
「ふーん……渋谷桜井のうちは?」
「ほとんどこいつだ」
ずっと黙っていた渋谷がムッとして答えた。
「おれは洗濯掃除を少しと、食事の後片付けを一緒にするくらいで、あとは全部こいつ」
くしゃくしゃと頭をなでられた桜井、くすぐったそうな笑顔になっている。
「やるって言うのにやらせてくれないからな……まあ、唯一火曜日の夕飯だけはおれが作るけど」
「……はあ?」
アゴをローテーブルにくっつけていた溝部、急に元気になって頭をあげ、桜井に向き直った。
「桜井せんせー、なんか、さっきと言ってること違くないですかー? 共働きの家は協力分担して家事をするんじゃないんですかー?」
「えー?」
言われた桜井、なぜか可愛らしく、頬に手を当てると、
「しょうがないじゃーん。尽くしたいんだもーん。おれ、尽くしたい病だからさー」
つ、尽くしたい病???
「はあああ?! なんだその羨ましい病気は! 鈴木にうつせ!今すぐうつせ!」
「うつらないうつらない」
あはは、と笑う桜井。でも渋谷はしかめ面のまま、
「向こうに住んでた頃は当番制にしてたんだけどな。日本に帰ってきてからはすっかり……」
「だって向こうではやりたくても忙しくて出来なかったからさ~。でも今は労働環境いいから~」
桜井と渋谷は数年間、東南アジアの国々を転々としていた、と聞いている。どんな感じだったんだろう……想像もできない。
「思う存分尽くせるようになって、嬉しい限りです」
「なんだそりゃ」
渋谷は困ったように口をへの字にしながらも、顔を赤らめている。幸せそうでなにより……
「あーなんかアホらしくなってきた……」
「だね……」
溝部のつぶやきに思わず同意する。このうちに来ると、桜井と渋谷のラブラブさにあてられて、色々なことがどうでもよくなってくる時がある。
そして………無性に愛しい人に会いたくなる。
「オレ帰るわ。今ならまだ陽太起きてる時間に帰れるかもしれないし」
溝部も同様のようだ。そそくさと帰る準備をはじめている。
「駅まで車で送ってくぞ? 溝部、今、田都沿線だろ? ここ、田都の駅もわりと近いんだよ」
「マジか。助かるー」
溝部はあいかわらず賑やかにあーだこーだと話しながら、
「じゃー桜井先生、夕飯と説教、ありがとうございましたー」
と、桜井におどけたように言って、渋谷と共に出ていった。
その後ろ姿を「うーん……」とうなりながら見ていた桜井……。やっぱりいつもと違う。でも、オレの視線に気が付いて、はっとしたように「お茶入れるね」とキッチンに下がっていき……
「あのさあ……」
急須と湯のみをお盆にのせて運んできてくれた横顔に聞いてみる。
「珍しくない? 桜井があんなにハッキリ説教するなんて。なんかあった?」
「あー…………」
桜井は気まずそうに頬をかくと、
「ちょっと……責任感じてて」
「責任?」
なんだそれ?
首をかしげたオレにスッとお茶が差し出される。
「あのー……おれの『尽くしたい病』って、たぶんちょっと珍しいじゃん?」
「まあ……そうかな」
はたで見ていても、桜井の渋谷に対する尽くし方はちょっと引くくらいだ。
「たぶん、それって、おれが変だからなんだけど」
「そんな……」
否定しかけて、口を閉じる。桜井は色々あるらしい。余計なことは言うべきじゃないだろう。桜井は一人言のように続けた。
「それなのに、そういうおれの姿を見て、自分の奥さんにもそれを求めるようになったんだったら、申し訳ない、と思って……」
「ああ……なるほど」
溝部はずっと、桜井みたいな嫁が欲しいと言ってたからな……
「でも、余計なこと言ったなあと思って反省中……」
「いや、全然余計なことじゃないと思うけど?」
「でも………」
頭を抱えている桜井に、まあまあ、と手を振る。
「むしろ、友達なんだから、言ってやらないと、だし。言ってくれてありがとうだよ」
「………え」
「まあ、相手はあの鈴木だし、そのうち溝部にガツンと言いそうな気もするけど」
「…………」
「……桜井?」
なぜか呆然としている桜井。違った意味でもう一度手を振る。
「どうかした?」
「あ………ううん」
桜井はゆっくりと首をふり……
「………ありがとう」
嬉しそうに言った。高校生の時と同じ無邪気な笑顔で。
***
帰りは、菜美子さんと電車の中で待ち合わせをした。今日の話を報告すると、
「尽くしたい病?」
桜井さん面白いこといいますね、とクスクス笑いだした。そんな菜美子さんはあいかわらず超美人で……。家にいるときはさすがにもう大丈夫なんだけれども、こうして外で会うと、やっぱりオレにはもったいない人だなあ……という暗い気持ちがしてきてしまう。……でも。
「卓也さんは尽くしたい病ある?」
「…………」
たぶん、オレのそういう気持ちもお見通しの菜美子さん。甘えるように腕につかまってくれる。
「…………オレもその気はあるよね」
「ですね」
うふふ、と笑う、うちの奥さん。
「でも、卓也さんのは尽くすっていうより、甘やかすって感じかな? 私は甘やかされたい病だから、ちょうどいい」
ほら、こういう顔されたら、何でも言うことを聞きたくなってしまう。
「あのね、明日の夜、MMホールでコンサートがあるんですけど、卓也さんと一緒に聴きたいなあって……」
つかまれた腕に力がこめられ、目をのぞきこまれて………かなわないなあと思う。うちの奥さんは、本当に甘え上手だ。
「もちろんいいよ?」
「7時開演なんだけど間に合う?」
「たぶん大丈夫」
「良かった。今日ね、たまたま見つけて……まだチケット売ってたから買っちゃったんです」
「……………」
もう買ってあるのかよ、というツッコミは心の中にしまう。いたずらそうに笑う菜美子さんがかわいすぎるから。
「プリン食べたい。帰りコンビニ寄ってもいいですか?」
「もちろん」
改札を出た途端に言われた言葉にうなずいて、手を繋ぐ。
たくさん、たくさん甘やかして、オレの腕の中は居心地がいいと思ってもらいたい。
桜井の『尽くしたい病』だって同じようなものじゃないだろうか?
こういうの、結局のところ『惚れた弱み』って言うんだろうなあ……
おそらく今、同じように愛する人と一緒にいる友人たちに、同意を求めたくなってしまう。
【浩介視点】
溝部を車で送ってきた慶。山崎が帰るなり、ギューギュー抱きしめてくれて、ソファーに押し倒してきたので、「なに?なに?なに?」と思ったら、
「溝部が、お前に言いにくい事言わせて悪かったって。フォローしといてって頼まれた」
「溝部……」
そんなこと言ってくれたんだ……
「なんか、目が覚めた、とか言ってたぞ? まあ、いつまで持つか分かんねえけどな」
「そっか……」
言いながらも、慶の唇はおれの首筋や鎖骨までおりてきて、シャツのボタンは外されはじめて……
「で……、これがフォロー?」
「悪いか?」
「一番嬉しい、です」
こちらも負けじと慶のボタンを外しはじめる。
「あのね……さっき、山崎が『友達なんだから、言ってやらないと』『言ってくれてありがとう』って言ってくれたの」
「そっか」
「嬉しかった」
「そっか」
ふっと笑った慶。
友達……友達。上辺だけじゃなくて、こうして踏み込んでも大丈夫な、友達。
そんな『友達』ができるなんて……昔のおれからは考えられなかった。
そして……
「慶は、おれのこと重くない?」
「何が?」
「おれに尽くされすぎて、疲れない?」
おれの『尽くしたい病』は独占欲の現れだ。
尽くして尽くして、おれなしでは生活できないようになってほしい……そんな黒い気持ち。
でも、慶は「何いってんだよ」とチュッとキスをしてくれた。
「まだまだ足りない。もっと尽くせよ」
「………うん」
おれの全部を受け入れてくれる慶に、おれは包み込まれる……
**
翌朝。朝6時半にラインが入った。
『ゴミ捨て完了!!』
『ゴミ出しして戻ってきたら、ありがとう♥ってチューしてくれた~♥』
…………。
えええ!?
あの鈴木さんが「ありがとう♥」ってチュー!? ……そ、想像できない……。
「どうかしたのか?」
「あ……慶、これ……」
固まっているおれに気がついた慶にラインを見せると、慶も「うわー想像できねー」とおれと同じ感想を言っていた。
でも、その後、7時過ぎ、再びラインが入った。
『今オレも、朝ごはん作ってくれてありがとう♥ってチューしようとしたら』
ガーンって感じのスタンプ。
『ゲンコツで思いっきりどつかれた……』
「…………」
「…………」
うん。この光景は想像できる……。
『でも、ちょっと嬉しそうだった』
さすが溝部。前向き。
『良かったね』
そう返信をしたら……
『桜井先生のおかげです。昨日はありがとう』
溝部……。
嬉しくて、笑ってしまう。
「浩介? 遅れるぞ?」
「あ、うん。今行く」
慶と一緒に外に出る。
眩しい光。今日も良い天気。
おれの隣には大好きな慶がいて。おれの友達も今、大好きな人と一緒にいるらしくて。
それはとても幸せなこと。
そんな幸せな一日がはじまる。
-------------------------------
お読みくださりありがとうございました!
最後はつい先ほどの出来事でした~(^-^) 溝部の住んでいる地域は月曜と金曜が家庭ごみの日です。
おまけシリーズにふさわしく、ホントにオチも何もない「おまけの話」でm(__)m
次回からとうとう浩介暗黒時代に着手しようと思います。
「その瞳に」の後の話になります。
今の幸せいっぱいの浩介を頭から追い出して、28歳の暗~~い浩介を思い出さなくては!
「その瞳に」を書いたのはちょうど一年ほど前。ブログを休止しなくては、と思い悩んでいた時期でした。
でも、皆様の温かいお言葉と応援のクリックのおかげで、ボチボチと再開できて……
そのおかげで、山崎と戸田菜美子先生は結婚できて、私の頭の中だけで存在していた泉と諒を描くことができて、そして何よりまさかあの溝部が結婚!本当にありがとうございます!!
また「休止……」とか思い詰めないよう、日常生活とバランスを取りながら、続きを書かせていただこうと思っております。
このネットの世界……素敵な小説、毎日や隔日更新なさっている小説がたくさんある中、このような拙作……しかも週二回しか更新できない……を読みに来てくださる有り難い皆様には本当に本当に感謝感謝感謝、の言葉しかございません。ありがとうございます!!
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【溝部視点】
2017年4月7日(金)
「必ず幸せにする」
抱きしめて、耳元に囁くと、
「………ばーか」
腕の中にいる鈴木は、くすくすと笑いながら言ってくれた。
「もう充分、幸せにしてくれてるよ」
「………………」
きゅっと背中に回された手に力がこめられる。
ああ………幸せがここにある。
***
3月28日。
お互いの仕事の都合がついた、というだけの、別に記念日でもなんでもない火曜日。
オレと鈴木は入籍し、陽太との養子縁組の届けも提出した。これで書類上でも家族になったオレと鈴木と陽太。
オレは25日には新居に引っ越してきたのだけれども、陽太のベッドと勉強机の納入の都合で、結局、鈴木と陽太の引っ越しは4月2日日曜日になった。
四畳半の部屋は陽太の部屋、六畳の部屋は鈴木の仕事部屋兼寝室。オレは、リビングの続きにある畳の部屋に布団をひいて寝ている。
「お父さんとお母さんは同じ部屋で寝てたよ」
という陽太の発言に微妙に傷ついたけれども……、つっこんで聞いてみたら、ダブルベッドではなく、シングル2つだったそうで、ちょっと安心した。しかも鈴木は仕事が忙しい時は、リビングで仕事をしながらソファで仮眠を取っていたらしく、
「仕事部屋もらえるなんて本当に嬉しい!」
と、珍しく目をキラキラさせながら喜んでいたので、その笑顔に免じて、ダブルベッドの夢は諦めることにした。
まあ、どうせオレは仕事から帰ってきたらダラダラとテレビを観ながら飲むのが日課なので、リビング続きの部屋が寝床なのは好都合だ。……と、いうことにする。
最近……というか、オレの誕生日前日から、鈴木の態度が少し変わってきた気がする。距離が縮まってきたというのだろうか……
(ショック療法だったかな……)
誕生日前日、叔母の経営するダイニングバーで食事をした後、手を繋いで、そのままラブホテルに連れこもうとしたのだ。
『いいというまで手は出さない』
そういう約束をしていたし、もちろん、嫌がったら行かないつもりだった。
でも、鈴木は、嫌とは言わず、ただ、顔をこわばらせて……
(鈴木……)
いつもの調子で「どこ行こうとしてんのよ!」とでも言って、どついてくれたら、こちらだって冗談にできたのに、あんな風に深刻な顔で身を固くされてしまったら……
焦らない。焦らない……
「無理しないでいいから」
そう言うと、鈴木は明らかにホッとしていた。
でも、せっかく誕生日だから、とキスをねだったら、文句も言わずにしてくれて、その翌日には「幸せ」って言ってくれて……
とにかく、あの日を境に、確実に距離は縮まってきている。そして今はもう、戸籍上は夫婦だ。
***
4月3日月曜日。鈴木と陽太が引っ越してきてから、はじめての朝。
会議の準備のため6時に家をでなくてはならなかったので、「起きなくていい」と言ったのに、鈴木はちゃんと起きて朝食の用意をしてくれて……
それだけでも感動なのに、ふざけて玄関先で「行ってらっしゃいのチューは?」と言って右頬をつきだしたら、
「バカじゃないの?」
と、いいつつ、チュッとキスしてくれて……
(これはもう………幸せ過ぎる)
よく、高校の同級生の桜井が「あ~幸せ~~」とかいって、にへら~~っとすることがあるのだけれども、あの気持ちがよくわかる。オレも確実に桜井と同じ顔をしているに違いない。
次の日は、8時過ぎに出たので、陽太も起きていて、鈴木と二人で一緒にベランダから手を振ってくれた。「行ってらっしゃいのチュー」はしてもらえなかったけれど、これはこれで、すっごく幸せだ。
こんな風な朝を毎日送れるなら、仕事も頑張れる!と思った3日目。
「………早く食べてくれない?」
「は……はい……」
鈴木さん、朝からメチャメチャ不機嫌で怖いです……
始業式だけで帰ってくる予定の陽太は、そんな母親をさして気にする様子もなく、「行ってきま~す」と元気に出ていったけど……。
(オレ、なんかした?)
考えても分からない……
「夜ご飯、カレー作っておくから温めて食べて? 明日の朝ごはんは……」
「適当にやっとくから気にするな」
「……ありがと」
鈴木は今日から泊まりの仕事なのだ。有名なカメラマンと組んでの仕事らしく、数日前から気合い入りまくっていたけど……
(もしかして、気合い入りすぎで余裕がなくて機嫌悪いのか……?)
と、思ったら、
「そうだよ」
夕飯時、陽太にあっさりと肯定された。
「お母さん、仕事の日の朝はいつもああだから。だから、触らぬ神に祟りなし」
「あ……そうなんだ……」
それならそうと言ってくれよ……。オレ何かしたかと思ったじゃねーかよ……
「てか、触らぬ神に祟りなしって、変な言葉知ってんだな、お前」
「おばあちゃんが言ってた」
ケロリと陽太が言う。
「お母さんって、子供の頃から忙しいと物凄く機嫌が悪くなる子だったんだって。そんなときは、触らぬ神に祟りなし。放っておきなって、おばあちゃん言ってた」
「へえ………」
「でも、お父さんとお父さんの方のおばあちゃんの前では、そんなことなかったんだよ。父ちゃんとか、オレとか、おばあちゃんの前では、油断してんのかもな」
「……そっか」
鈴木と鈴木の母親はあまり上手くいっていない、という印象があった。でも、母親の前では素が出せているということは、それはそれでありな親子関係なのかもしれない。「離れて暮らしたら変わるかも」と鈴木は言っていたけれど……良い風に変われるといいな……。
ていうか、鈴木、オレに対しても素でいられてるって、それはそれで嬉しい。
「お母さんの怒りスイッチは邪魔されることだから。お母さんの流れにのって動くと怒られないぞ?」
「……なるほど」
勉強になります。
頭を下げると陽太は、えへへと得意そうに笑った。頼りになる息子だ。
***
鈴木は翌日の夕方に帰宅する予定だったのだけれども、仕事が延びて、帰ってきたのは夜11時を過ぎていた。
「ごめん……全部やらせちゃって……」
「いや、全然?」
新婚のオレ様、頑張りました。洗い物も全部終わってるし、洗濯も陽太に手伝ってもらいながら全部たたんでしまったし。でも、一生懸命やった、とは見せずに余裕の顔で晩酌してる。なんて良い旦那だ!
「ちょっと付き合えよー」
「…………ん」
拒否されるかと思いきや、鈴木は素直にソファの横に座ってきた。
「はい、お仕事お疲れ様でーす」
「……お疲れ様」
ついでやったビールを一口飲み、ホッと息をついた鈴木に、聞いてみる。
「どうだったよ? 有名カメラマンとの仕事は?」
「うん……楽しかった。引き受けて良かった」
「そうかそうか」
「うん……」
楽しかった、というわりには元気がない。なんなんだ?
「どうかしたのか?」
「うん………」
鈴木はしばらくの沈黙の後、ポツン、と言った。
「来月は2泊になるかもしれなくて……。それが毎月、一年間も、と思ったら溝部に申し訳なくて……」
「申し訳ない?何が?」
「何って……」
家事とか、陽太の世話とか。
「え……」
鈴木の言葉にキョトン、としてしまう。家事はともかく、陽太の世話って……
「何で?」
「何でって………」
眉を寄せている鈴木。
「陽太は私の……」
「オレがオレの息子の世話をすることに何か問題が?」
「………っ」
鈴木はハッとしたようにこちらを振り返った。その頭をポンポンとたたいてやる。
「お前、陽太のこと独り占めしようとすんなよー?」
「溝部……」
「そもそも、陽太はもう世話するとかいうレベルじゃないだろ。こっちが世話になってるくらいだし」
笑って、ビールをコップにつぎたす。
「陽太、しっかりしてるし、頼りになるし。ホント良い子だよな。あ、そうそう、あいつ、環境委員になったんだって。明日からさっそく花壇の水やりの仕事があるから、10分早く家出るっていってたぞ?」
「………」
「おれは明日はゆっくりでいいから、のんびり……、っ」
心臓が、止まるかと思った。
鈴木が………、ぎゅっと横から抱きついてきたのだ。
(うわ……まじか……)
あの鈴木が……あの鈴木が、オレに抱きついてきてるんですけど!
内心の動揺をなんとか押さえて、なんとか普通に言う。
「どうした?」
「うん……」
柔らかい感触、間近から聞こえる声……
「溝部のこういうとこ、すごいなあと思って」
「こういうとこ?」
「うん。こういうとこ」
「……………」
………………。
どうする……どうするオレ。
『いいって言うまでは手を出さない』
でも、今のこの状況………『いい』ってことなのでは……。いや、でも、隣の部屋で陽太寝てるし……
と、グルグルしていたところ…………、鈴木はきゅっともう一度腕に力をこめてから、
「じゃ、もう寝るね。おやすみ」
あっさり、オレから離れて行ってしまった。
「………おやすみー……」
むなしく自分の声がリビングに響く……。
(いいって言うまで……かあ……)
今の感じ……確実にオッケーだったよなあ……。もう籍も入れたわけだし、いい加減、もうオッケーってことなんだろうなあ……
(でも……)
あの鈴木が素直に「いい」と言うとは到底思えない………
「だったら言わすしかないか……」
うん。そうだな。言わすしかない……。
そういうわけで。速攻で会社の後輩の須賀にラインを送った。
翌朝。オレが布団の中でまどろんでいる横で、陽太はバタバタと用意をして、
「行ってきます!」
と、元気に飛び出していった。いつもより少し早いのは、登校時間前に花壇の水やりをするからだ。と、同時に、
「ゆっくりっていつ起きるの!?」
朝の支度で殺気だっている鈴木の声がすぐ近くから聞こえてきた。
「あーそろそろ……」
「じゃあ、さっさと起きてよ!邪魔なんだけど!」
「あー……」
布団から顔を出し、おねだりしてみる。
「奥様、おはようのキスを……」
「馬鹿じゃないの!?」
一刀両断だ。
「そんな時間ないから! 私10時半には出ないといけないの!」
鈴木さんこわいよ……
「今から洗濯して掃除して、陽太のお昼ご飯作って……」
「じゃあ、それ全部オレがやったら、してくれるのか?」
言うと鈴木はキョトンとして動きを止めた。
「何バカなこと言ってんの? 会社……」
「今日、有休取った」
「え? そうなの?」
そう。昨日の夜、須賀には連絡しておいた。上司には後で電話しよう。
「洗濯、掃除、陽太の昼ご飯……やってもいい?」
「いいけど……、きゃっ」
近づいてきた手をひっぱり、布団に押し倒す。頬を囲み、戸惑っている瞳をのぞきこむ。
「きゃ、だって。かーわいー」
「もうっふざけんな……、んっ」
文句を言ってくる唇をふさぐ。
「ちょ……、あ」
漏れ出る甘い吐息に興奮が止まらない。しばし堪能したあとで唇を離すと、真っ直ぐな瞳が見返してきた。
「約束……破る気?」
「破ってねえぞ?」
額に目尻に唇を落としながら、シャツのボタンを外していく。
「お前、さっき『いい』っていったじゃん」
「は?」
眉間のシワにも唇を落とす。
「『やってもいい?』って聞いたら『いいけど』っていっただろ?」
「はああ?!」
叫んだ鈴木。でも、オレはちゃんと許可は取った。
「バカじゃないの?それ、洗濯とかの話……」
「そうだっけ?」
「それ騙し……っ」
「騙してない騙してない」
「もう……んんっ」
首筋を唇で辿ると、途端にビクッと震えた。抵抗もしてこない。甘い喘ぎ。これはもう『いい』だろ。絶対『いい』だろ。
「いいよな?」
「……………。確認すんなバカ」
小さな声と共に軽く頬に拳を当てられた。
「確認されたら『やだ』って言いたくなるでしょ」
「…………じゃ、確認しない」
「ん」
キスをせがむように、少し顔をあげた鈴木が愛おしくて、愛おしくて……
「………愛してるよ」
そっと口づけると、鈴木はこの上もなく優しい瞳で微笑んでくれた。
***
昼過ぎ。帰宅した陽太には、オレ様特製の焼きそばを食べさせた。
「お母さんのよりおいしい!」
と、絶賛した陽太。曰く、鈴木の焼きそばは、野菜が麺より多いくらい入っているそうだ。それはすでに焼きそばじゃなくて野菜炒めの麺入りだろ……。今後焼きそばはオレが作ることにしよう。
食後は、二人でゲームをして、宿題をして、もうすぐ終わってしまうという漢字練習帳を買いにいって、その帰りに公園でキャッチボールをはじめた。
太陽が夕日の色に変わってきたころ、
「陽太ー、溝部ー」
軽やかな声が聞こえてきた。公園の入り口から手を振っている鈴木に二人で手を振り返す。
今朝、初めて鈴木を抱いた。
「必ず幸せにする」
その柔らかい肢体を抱きしめながら真剣に誓ったのだけれども、腕の中の鈴木は、
「もう充分、幸せにしてくれてるよ」
と、笑いながら言ってくれた。
でも、まだまだだ。まだ、まだまだ、これでもかっていうくらい、幸せにしてやりたい。
「父ちゃーん、最後の一球!」
「おお」
構えたところに、バチっと入る陽太の球。立ち上がり、思いきり投げ返す。
夢にまでみた光景。息子と本気でキャッチボール。その横には鈴木がいて……
オレの夢は現実になった。この現実はずっと続く。ずっとずっと続く。
〈完〉
-------------------------------
お読みくださりありがとうございました!
あの溝部が結婚できるなんて……感無量でございます。
本当にありがとうございました。
クリックしてくださった方、見にきてくださった方、本当に本当にありがとうございます!溝部が結婚できたのは皆様のおかげでございます。ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
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「現実的な話をします」目次 → こちら
***
翌日、誕生日当日。
溝部はお父さんコーチとして野球の練習に参加している。先週に引き続き、ノックを打っているのだけれども……
「次ー! サードかショート!」
「えー!どっちー!?」
「わー!ごめん!セカンドだったー!」
「翔平、ナイスキャーッチ!」
溝部の声と子供達の笑い声が響き渡っている。まだ、宣言した守備位置にボールが飛ばないことが多いので、みんなそれを面白がっているのだ。
「溝部、だいぶマシになってきたじゃん」
下級生チームの練習試合から帰ってきた中林監督が、感心したように言ってきた。中林さんは、偶然にも、私達と同じ高校の2年上の先輩だった。
「鈴木さんさあ……、あ、もう溝部さん?」
「あ、いえ、まだです……」
入籍は、陽太の春休み中で溝部と私の仕事の都合がつく日にしよう、と話してはいる。
今日もこれから引っ越し先の候補マンションの見学に行くことになっていて、決まり次第、溝部は先に引っ越しする予定だ。
中林さんは「ま、どっちでもいっか」とちょっと笑ってから、ぴっと人指し指を立てた
「次回から陽太にピッチャーの練習させるから」
「え…………」
驚き過ぎて言葉を失ってしまう。
元々、陽太はピッチャー志望だった。それが離婚のせいで前のチームを離れることになり、入ったばかりのこのチームではそれを言うこともできず、結局諦めたのだ。
「陽太本人が言ったんだよ。本当はピッチャーやりたかったのに、ずっと言えなかったって」
陽太が自分で言った……?
「今ピッチャーの哲史もさ、陽太とだったら一緒にやってもいいっていってて。だから、次回からボチボチな」
「そう………ですか」
驚いた。今までは、揉めたりするの面倒くさい、とか言って、自分の希望を言わない子だったのに……
「陽太、ここ最近ですごく子供らしくなったよな」
中林さんが、ふっと笑った。
「溝部、良い父親になると思うよ」
「…………」
良い父親………
良い父親の定義は人それぞれだけれども……
「…………はい」
こくりとうなずく。
私にとっての良い父親像は、子供に寄り添ってくれる人。すべてを受け入れて、認めてくれる人。見守ってくれる人。一番に愛してくれる人。
溝部はそれらすべてを当然のことのように持っていて……そして何より、陽太を子供に戻してくれた。この人を「良い父親」と言わなかったら誰も良い父親になんかなれない。
「次ー! レフトー! たぶん!」
「たぶん!」
手を叩いてウケている子供達。
でも、ちゃんとボールはレフトの子の少し前方に飛び、その子が上手にキャッチしたので、おお~と二重の意味で歓声があがっている。
「次ー! センター希望!」
「希望?」
保護者席からも笑いが起こる。
センターを守っているのは陽太だ。
心地よい音と共に、打球が高く上がった。落下地点はたぶん陽太の立っている位置より少し後ろ。陽太が慎重に落下地点に入る。
「陽太ー! 父ちゃんのボール、ちゃんと取ってやれー!」
中林監督が叫んだ。
と、同時に、すとん、と陽太のグローブの中にボールが入り………
「ナイスキャーッチ!」
わっと歓声があがる。
陽太が取ったボールをかかげてから、一番仲良しのセカンドの翔平君に投げ返す。
(陽太……)
陽太の得意そうな顔が嬉しい。胸の奥のほうが温かくなる。
そして………
「ナイスー」
「……………」
にっと笑った溝部。他の子の時よりも嬉しそうに。なるべく隠そうとしているけれど、隠しきれない喜びの色。
陽太は溝部の特別な子。特別に愛されてる子。
(…………好き)
ふわっと……温かい気持ちに包まれる。
昨日感じた、無理矢理なトキメキとか、そういうのではなくて、ただただ温かい……
(好き)
この人が、好き。
陽太を、私を、包んでくれる、この人が好き。
ふいに、先日、菜美子ちゃんに言われた言葉を思い出す。
『恋人らしく過ごしていたら恋人らしくなる……ということはあると思います』
『でも』
『それがお二人の望む形なのかは、また別の話です。カップルにはそれぞれの幸せの形がありますから』
溝部と私の幸せの形………
それは………
「次ー! どこかー!」
「えーー!!」
笑い声がグランドに響き渡る。
「たぶん外野ー!」
「わー! センター!センター!」
「陽太ー!」
走っていった陽太が、球に追いついた。
「うおー!よく取ったー!」
「すげー陽太ー!」
得意気に球をかかげた陽太が、ニコニコで溝部にむかって手を振り上げている。溝部も嬉しそうに拳を振り上げていて……
「あいつら、似てるよな」
中林さんに笑いながら言われ、素直にうなずく。
「ほんと………似てますよね」
陽太と、溝部と、私と。3人でいることが幸せ。
溝部と、陽太の父親と母親になることが、幸せ。
私の、幸せの形。
***
「最後の方、だいぶマシになってきてたよなー?」
練習の帰り道、溝部が「さすがオレ~♪」とご機嫌で言っているので、「はいはい良かったね」と軽くあしらってやる。
陽太は翔平君一家と一緒にはしゃぎながら少し前を歩いている。いつもは方向が違うからバラバラなのだけれども、今日はマンションの見学に行くので途中まで一緒に帰れるのだ。
溝部はテンション高めにケロリと言った。
「またまたそんなこと言って~。今日は妙にオレのことジーっと見つめてたくせに~」
「……………」
気がついてたのか………
「溝部君カッコいい~~とか思ってたんだろ~~?」
「思ってません」
「いーや、絶対思ってたね」
「思ってないよ」
「またまたそんな~」
あはは、と笑う溝部。
ふわっと先ほどの感覚がよみがえってきて、ドキンとなる………
「…………。カッコいいとは思ってないけど……」
立ち止まり、振り返る。
ん?という顔をした溝部の瞳を、じっと見つめ返す。
そして…………
「幸せって思った」
素直に、告げた。
「……………え?」
キョトン、とした顔の溝部に、言葉を重ねる。
「溝部が陽太のお父さんになってくれて良かったって思った」
「………そうか」
ふっと笑った溝部。
「まあ、オレほど良い父親はなかなかいないからな」
「…………うん」
こくりとうなずく。心から思う。良い父親だ、と。
「それに、オレほど良い旦那もなかなかいないと思うぞ?」
「……………」
旦那………
「それは……」
「ああ、ごめんごめん」
溝部は手を振り、慌てたように言った。
「その件については、昨日も言ったけど、ゆっくりでいいんで」
「…………」
「オレはとにかく、お前らと家族になれることが嬉しい」
「…………」
「お前とどうこうなるのはその先でいい」
「溝部……」
昨日、「結婚したら一生一緒にいる」と当然のことのように言っていた溝部。まだまだ時間はたっぷりあると言ってくれた。
幸せ……幸せの形。
あなたの求める幸せの形が、私と同じ形だと、思いたい。
マンションは、小学校のすぐ近くで、駅まで徒歩5分のところにある3LDKのマンションに決めた。今度の土曜日に引っ越しの準備をしてはどうか、と話をしたら、
「今度の土曜は忙しいから無理だなー」
「仕事?」
「いやー。なあ陽太?」
「あ、18日か。そりゃ無理だよな」
「なー?無理だよなー」
溝部と陽太は二人して「無理」を連呼している。なんなんだ。
「え? なんなの?」
「ゲームの発売日」
「…………………。は?」
眉を寄せた私にお構いなしに、二人は盛り上がっている。
「データ、ほぼほぼ引き継げるんだよな?」
「らしい。で、さあ、新しいスタイル……」
「あ!そうそう、オレ新しいの試したい~~」
………………。
そのまま意味の分からない話は続いている………
(………溝部)
子供か。
お前は子供かっっ!!
「あ~~………」
「え、なに?」
「どうかした?」
思わず、の大きなため息に、二人がこちらを振り返る。妙に似てる二人……。
「いや……何でもない」
「そうか?」
「あ、そうだそうだ!」
陽太がはしゃいだように溝部の腕を叩いている。
「父ちゃん、父ちゃん、新しい映像見た?」
「前見たやつじゃなくて?」
「違くて、また新しいの出たって翔平が……」
…………。
父ちゃん、だって。
気持ちがふわふわする。
溝部が私の息子のお父さん。
そんな不思議なことが起きるなんて、高校生の時は思いもしなかった。
でも、それが現実になる。
私の幸せは、溝部と共にある。
-------------------------------
お読みくださりありがとうございました!
前回ここまで書くつもりだったのでした。失礼しましたっ。
溝部君と同じ3月12日生まれの有名人:ダイアモンド☆ユカイ・勝俣州和・ユースケ・サンタマリア……。そんな感じです。
次回最終回は5月9日火曜日朝7時21分頃の予定となっております。どうぞよろしくお願いいたします!
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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「現実的な話をします」目次 → こちら
【有希視点】
2017年3月11日(土)
溝部の誕生日の前日夜。
新宿東口にあるダイニングバーに行くことになった。クチコミサイトでも評判のそのお店、なんと溝部のお母さんの妹さんのお店だそうで、
「陽太君預かるから、誕生日デートしてきなさいよ~」
と、すき焼きパーティーの後で、お母さんにニコニコで提案されたのだ。結婚の挨拶も兼ねているので、断るわけにもいかず………
「もし、変なこと言われても、気にしないでくれ……」
「?」
店に入る寸前、ぼそっと言った溝部……。溝部はここにくることに乗り気じゃないようだった。
でも、いつもよりも、髪の毛もキチッとしているし、スーツも『デート仕様』な感じで……
(こうしてると、都会で働くオシャレな男って感じなんだよなあ……)
溝部は仕事だったので駅で待ち合わせをしたのだけれども、声をかけるのを躊躇したくらい、改札口に佇んでいる溝部の姿は、いつもと雰囲気が違っていた。
そういえば、山崎君の結婚式の帰りに寄ってくれた時も少しこんな感じだった。あの時初めてプロポーズされて、手を掴まれてドキッとして……
(いや!でも、中身は溝部だからっ)
思いに引き込まれそうになったところを、速攻で自分にツッコミを入れる。しっかりしろ、私。冷静に、冷静に……
「変なことって……あ、もしかして、歴代の彼女連れてきてたりする?」
「…………まあな」
言いにくそうにうなずいた溝部。
ふーん…………
私は何番目の女なんだろう……
(……別にいいんだけど)
この歳まで独身だったんだ。いくらでも恋愛経験なんてあるだろう。
私は、といえば、人並み程度の恋愛経験の末に25歳の終わりに結婚。15年半で結婚生活に終止符を打ち、今に至る。
(もう、恋なんてしないと思ってた)
…………。
…………あれ?
(恋?)
別にしてませんけど?
うん。私は別に溝部に恋なんかしていない。現実的に必要な人だと思っているだけで、とても『恋』なんて呼べる感情は持ち合わせていない。
でも………たぶん、『恋』をされている。それは少しくすぐったくて……とても心地がいい。
***
そんなに広くない店内は、カップルと女性客で賑わっていた。落ち着いたインテリアに、窓全面の夜景。ドラマにでも出てきそうな店。
「祐、いらっしゃい」
カウンターの中の綺麗な女性に声をかけられ、軽く手を挙げた溝部は、妙にさまになっていて、こそばゆい。スタッフの女の子にも、常連客らしい声かけをしていて……。なんと言うか……大人だな、と思う。これをやられたら、若い女の子なんて簡単に「かっこいい」って思うんじゃないだろうか。そうやって女の子を引っかけてきた、という光景が目に浮かぶ……。
溝部のお母さんの妹さん……サエさんは、顔はお母さんに似ているけれど、雰囲気は真逆。溝部のお母さんが太陽ならば、サエさんは月、とでもいうのだろうか。とても落ち着いた人だ。
カウンター席に通されたので、溝部の恐れる「変なこと」を言われることも覚悟していたのに、そんなことはまったくなく、サエさんからは、にこやかに「おめでとう」と言われただけだった。
溝部は何を恐れているのだろう? という謎は残るものの、ネットで評判の牛スジの煮込みは、クチコミ通り絶品だし、ワインも美味しいし、溝部はいつもより何割か増しでいい男だし、気がついたときには、すっかりこの『デート』を楽しんでいた。
再会してから、私と溝部の会話の内容は、ほとんどが陽太のことだった。でも、今日はお互いの今までの恋愛遍歴を話したり……まるで、付き合いはじめのカップルみたいだ。
『恋人らしく過ごしていたら恋人らしくなる……』
菜美子ちゃんの言葉が頭をよぎる。
(恋人…………)
溝部を見返すと、ふっと笑われ、ドキッとする。
「酔ったのか?」
「…………」
優しい口調に、また胸が高鳴る。
(何か………おかしい)
私、おかしい。騙されてる。この店の雰囲気に。おいしいお酒に。いつもと違う溝部に。
(これじゃ、今まで溝部に釣り上げられてきた女性と同じだ)
いけない。いけない。自分を取り戻そう。こいつは溝部。こいつは溝部。こいつは溝部……。
なのに妙にかっこいい……
(溝部……)
こうやって、たくさんの女の子口説いてきたんだろうな。あの人みたいに……
冷静に見返したら、ふっと昔の記憶がよみがえってきた。私は25歳の時に、大人な雰囲気満載の元夫にあっさりと陥落した。結婚してから、あんなに女好きなことも、あんなにマザコンなことも知った。
溝部と元夫が重なって、指先が冷えてくる。
そうだ。山崎君の結婚式帰り、初めてプロポーズしてくれた溝部にも同じことを思ったんだ。今さらそのことを思い出す。
(今さらだ)
もう結婚すると決めた。仕事を続けていくためには溝部の力が必要だ。何より陽太が強く望んでいることだ。今さら後には戻れない。戻れないけど……
(………こわい)
今さら、思う。また、裏切られるんじゃないか、と。また傷つくんじゃないか……と。
(ああ……だからか)
今さら、気がつく。溝部に恋なんかしていない、と、こうまで頑なに思うのは、自己防衛本能が働いているからだ。本気で好きになって、傷つくのが怖いからだ。
「鈴木?」
「…………」
優しい瞳。溝部は元夫とは違う……違うと分かっているのに……
「どうし……」
その手がふっと、こちらに伸ばされそうになった……その時。
「祐!」
「!」
びっくりして叫びそうになってしまった。女性の鋭い声と共に、溝部がいきなり傾いだのだ。後ろから思いきりどつかれたらしい。
「痛ってえなあああっ」
いつもの溝部に戻った溝部が怒りながら振り返ったその先には、派手めな女性が立っていて……
「わ、珍しい。素に戻った」
けけけ、と笑ったその女性。紹介されなくてもすぐに分かった。溝部によく似てる。溝部のお姉さん、だ。
***
「姉ちゃん、日本にいたんだな……」
「昨日帰ってきて、そのまま会社泊まりだった」
私達より6歳年上のお姉さんは、アパレルメーカーの国際部で働いているため、海外に行くことが多いらしい。離婚してからは実家に戻っている、とは聞いていたけれど、一度も会ったことはなかった。
「お母さんから、祐がサエちゃんの店に行ったって聞いてねえ」
「母ちゃん、余計なことを……」
「はじめましてー。祐太郎の姉のマコでーす。真実の真に子供の子で真子ね。真子ちゃんって呼んでね?」
ニッコリとした真子さん。やっぱり溝部に似てる。明るくて、押しの強そうなところも。
と、そこへ、グラスを片手にサエさんもやってきた。
「あー、ようやく一段落ー。ご一緒させてー」
「げ」
溝部があからさまに顔をしかめる。いつもは人を振り回す側の人間である溝部だけれども、身内の女性陣にはとことん弱いらしい。そんな迷惑顔の溝部にも構わず、
「祐が結婚するなんてねえ……」
「ねえ」
「びっくりよねえ」
真子さんとサエさん、二人で肯きあっている。
溝部は店に入る前に『もし、変なこと言われても、気にしないでくれ』と言っていたけれど、訳知り顔のサエさんの様子からして、サエさんはやはり溝部の女性遍歴をすべて知っているようだ。
「しかも、呪いをかけた張本人となんてねえ……」
しみじみとつぶやいたサエさん。呪いってもしかして……
「何? 呪いって?」
眉を寄せた真子さんに、サエさんが手短に説明する。
高校時代、ずっと片思いをしていた女の子。でも、思いを告げることなく卒業してしまったため、その後もその女の子は心の中に居続けて……、恋人ができても、知らず知らずのうちに、その女の子と比較してしまうため、恋人と上手くいかなくなって、破局を繰り返していた。まるで呪いにかけられたように……
その女の子、とは私のことで……。前に溝部から聞いた時は信じられなかったけれど、こうして叔母さんに話しているということは、本当に本当の話なんだ……
「うわ、キモ……」
思わず、といった感じにつぶやいた真子さんの感想に、溝部が「なんでだよ!」と食いついている。
「だって、それで25年も心の奥で思い続けてたってことでしょ~? うわ、重~っこわ~っ。ごめんねー有希ちゃん、こんなストーカーな弟で。こわいねえ」
「何言ってるの。一途って言ってあげてよ」
サエさんは、少し笑って手を振ると、穏やかに言った。
「祐は本当に彼女のことが好きだったの。思いが叶って本当に嬉しい」
サエさん、ほうっと息をつくと、「それにしても」と真子さんに向き直った。
「女性の前なのに、こんなに素を出してる祐も珍しいわよね?」
「言えてる!いつもは妙にカッコつけてるのにね」
「ちょ……、余計なこと言うなよっ」
慌てた溝部に構わず、二人はうんうん肯き合っている。
「ねー?ここに来ると祐、いつもすごいカッコつけてるから」
「女の子落とそうって気満々過ぎて引くよね」
「わーわーっ、二人ともホントにやめろって」
溝部はブンブン手を振ると、おもむろに立ち上がった。
「帰る。これ以上ここにいたら何言われるか分かんねえっ」
「まあまあ」
サエさんはクスクス笑いながら、再びこちらを向き直った。
「有希さん、祐のことお願いね」
「あ……はい」
「この子、本当にあなたのこと好きだから。これから先もずっと好きだから。それだけは保証できる」
「え……」
お母さんとよく似た瞳が微笑んでいる。
「25年も想い続けてたんだもの。そんじょそこらの片想いとは年季の入り方が違うから」
「…………」
「でも、そんなあなたに、素を出せてることに、安心した」
「そうだねえ」
真子さんも、にっとして言う。
「結婚生活、上手く行きそうだね」
私はそれで失敗したからさー、と、あははと笑った真子さん。
「おめでとう」
「お幸せにね」
二人に言われ……溝部は照れたように「うるせーよ」と答えていた。
***
外に出ると、まだまだ寒い夜風に冷やっとなる。すぐそばを通りすぎたカップルが、必要以上に密着しているのも、寒さのせいにできるぐらいには寒い。
「………」
先ほどのサエさんの言葉が頭から離れない。
『この子、本当にあなたのこと好きだから。これから先もずっと好きだから』
私もそのことは知っている。その真っ直ぐの愛を知っている。
でも、私は……私は……
裏切られた過去が頭を支配する。その枷が外れたら、私もそう言えるのかもしれない。でも、踏み込めない。だったらいっそのこと、強引に……
「……え」
ふいっと手を繋がれ、ドキッとする。まるで私の心を読んだみたいな、温かい手……
「………溝部?」
「…………」
そのまま無言でツカツカと歩かれる。駅とは反対方向……
(……あ、ここって、このままいくと……)
ラブホ街だ……
「溝部……」
「…………」
強引に、と思ったのに、実際にそちらに行くとなると足が竦む。
どうしよう……
以前、溝部は『いいっていうまでは手を出さない』と約束してくれた。たぶん、強引に約束を破ることはしないだろう。でも、結婚するというのに、いつまでそんな子供じみたことを言っていていいのか……
「………有希」
「な、なに?!」
いきなり名前で呼ばれて声がヒックリ返ってしまった。たぶん私、顔、こわばってる……。
溝部はそんな私をジッと見ていたかと思うと……
「陽太迎えに行こうぜ」
すごく、すごく優しい表情で言った。
「え……」
ポカンとしてしまった私に、溝部はニッとして、
「せっかく明日誕生日なわけだしさ。オレ、陽太とも一緒に過ごしたい」
溝部………
「………いいの?」
「何が?」
聞き返され、カアッと自分が赤くなったのが分かった。
「あ……いや、その……」
「え?! お前ホテル行きたかった?!」
驚いた顔をした溝部。でもその目はからかうような光が灯っている。
「ば……ばかっ」
手を振り払って腕を叩くと、溝部はケタケタと笑って……それから、また手を繋いできた。
「無理しないでいいから」
きゅっきゅっきゅっと繋いだ手に力がこめられる。
「とりあえず今日は、こうして初デートできて、手繋げて。それで充分」
「………」
「ここまでくるのに25年かかったんだからさ。これからもゆっくりでいいんだよ」
「………」
「しかも、結婚したら一生、一緒にいられるんだもんな? まだまだ時間はたっぷりある」
「…………」
一生、一緒に……
「あ、でも……さ」
溝部はこちらを伺うようにのぞきこんでくると、
「キス……してくれたら嬉しい」
「え」
聞き返すと、溝部は慌てたように「ほらさっ」と言葉を継いだ。
「誕生日だし?」
「…………」
「ここは一つ、誕生日記念ということで」
「……何それ」
笑ってしまう。子供か。
「じゃあ……」
人通りのない路地。ふざけたように目をつむってウーッと口を突きだしている溝部の頬を囲う。
「お誕生日おめでとう」
そっと唇を重ねると………切ないほどの愛情が伝わってきた。
この愛を信じたい、と心から思う。
***
-------------------------------
お読みくださりありがとうございました!
か、書き終われなかった……。なんなんだ!このまったり感!!今、全部消してしまいたい衝動に思いきりかられているのですが、せっかく3時に起きて書いたのでこれで更新させていただきます……お目汚しすみません^^;
あと少し有希視点は書きたいことがあるので、明後日にあげさせていただきます。
そのあとに、溝部最終回。実は溝部最終回はほぼ書き終わってまして……そういうことしてるから今日の分が書き終わらないんじゃん……。でも我慢できなかったんだもん……。
ということで、こんなマッタリした話、読んでくださった方、本当に本当にありがとうございます!!次回どうぞよろしくお願いいたします!
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【有希視点】
2017年3月5日(日)
斉藤君の息子が無事に私達の母校、白浜高校に合格したそうで、そのお祝いに、10月に激励会をしたメンバー(大人12人+子供5人)で再び集まることになった。
前回は昼間にバーベキューをしたけれども、今回は夕方から溝部宅にてすき焼きパーティー……
「溝部のうちってホント広いよね……」
「まあ古いけどなー」
結婚する、と決めてから約2週間……
このすき焼きパーティーの後で、初めて溝部のご両親と正式に挨拶させてもらうことになっている。
10月のバーベキューの時はご両親は不在で会えなかったのだけれども、その後、陽太の野球の練習をさせてもらいにお宅にお邪魔した時に、お母さんとは2度だけお会いした。どれも一言二言交わした程度で、会話をきちんとするのは………
(高校の時以来かも……)
うっすらした記憶の中に、高校2年の時のクリスマスパーティーでお母さんと何か話したこと、小松ちゃんと一緒にお父さんに車で駅まで送ってもらったこと、が浮かんでくるけれども、どれも曖昧だ。
「溝部のお父さんって大工さんだったよね?」
「そうそう。昔は住み込みの弟子とかわんさかいたから、うちも無駄に広いんだよ」
溝部が大人数での立ち回りに優れているのは、そういう環境で育ったからなのかもしれない。
「だからオレ、家族だけでご飯食べるって経験あんまなくてさ。お前らと3人だけで飯食うの、すごい新鮮」
「あ……そうなんだ」
やたらニコニコしていた昨日の溝部を思い出す。
昨日の夕飯は溝部のマンションで作って食べたのだ。新居で使える台所用品や家電を判別するため、というのも大きな理由だった。
台所用品はたいして種類もなく、あまり料理していないんだろうな、という感じだった。日常的に彼女が来てご飯を作っていた……という形跡もない。
(ホントに寂しい一人暮らしだったんだなあ……)
可哀想に、と同情している自分と、女の影がなくてホッしている自分と、二人の自分がいることに戸惑う。たぶん、前者は『友達』としての感情。そして後者は……
(……好き?)
認めたくないけれど、そう判断せざるをえない。ドキッとさせられることもあるし、先日、衝動的に頬にキスしてしまったし………
(ほっぺにチューって、中学生かって感じで逆に恥ずかしいんだけど……)
イマドキ、小学生でもしてるかもしれない……。そんな、子供の域から出ない程度の好意……。
でも、溝部も溝部で、「いいと言うまでは手を出さない」という約束通り、本当に何もしてこない。昨日も陽太だけ泊まって、今朝早く、野球の練習場に連れてきてくれた。
そうして今日初めて、溝部を野球チームの保護者の方々に紹介したのだけれども、
「お前、溝部!?」
下級生チームの監督をしている中林さんに叫ばれた。溝部もぎょっとして「なか先輩!」と叫びかえして、頭を90度に下げていて……
中林さん、私達と同じ高校の二つ上の野球部の先輩だそうだ。同じ高校とは知らなかった。ここから自転車で通える高校なので、地元に残っている人だったら他にもいそうな気はする。
「えー!鈴木さん白高出身なの?!」
「すごーい!頭いいー」
「いやいやいやいや……」
ママ達に口々に言われ、居心地が悪い……。地元出身者や中学生以上の子を持つママは、学区トップ校であるうちの高校を必要以上にスゴい学校だと思っているので、あまり言いたくないのだ……。地元だとこういうことがあるから面倒くさい。けれども。
「溝部、お前ノックできるよな?」
「いやでも、10年ぶりなんで、ちゃんと飛ぶかは」
「やってるうちに思い出すだろ。今、Bチームの監督、腰痛めててできないから、お前やって」
溝部は戸惑いながらも、「うすっ」と返事していて……。運動部の先輩の言うことは絶対だ。いつもと違う溝部がちょっと可愛くて笑ってしまった。
「誰、あの人ー?」
「オレの新しいお父さん!」
嬉しそうに言っている陽太。私の選択は正しかったのだ、と思えてホッとする。
あの時……泣きそうな陽太を抱きしめた溝部を見て、
(陽太の『お父さん』になってほしい)
そう、強く思った。陽太のために、溝部が必要だ、と。
私自身の溝部に対する好意は、ほんのりとし過ぎていて、夫婦になるのにこれでいいのだろうか、と思わざるをえない。でも、『家族』になりたいと思う。『うちのお父さん』になってほしいと思う。
***
「いいんじゃないの?」
小松ちゃんが、くくくと笑いながら言う。小松ちゃんは酔うと笑い上戸になる。
「愛情なんかあとからついてくるよ。んなこと言ったら、うちなんか、結婚相談所だからね。会って数回で結婚決めて、結婚してから愛を育んだ口だからね」
「あー……」
「元々、煙草吸わない、お酒好き、旅行好き、正社員で勤めてる、って条件で選んだからねー」
「そういえばそうだったね……。でもすっごい仲良しだよね……」
「ははは~~まーねー」
すき焼きセットの片付けをしてくれている、小松ちゃんの6歳年上の旦那さんが目に入る。小松ちゃんと旦那さんは結婚5年目の今でもとても仲が良い。
すき焼きパーティーは大いに盛り上がり(溝部は『合コン幹事のプロ』を自称するだけあって、場を盛り上げるのが上手だ)、今は、4つあった鍋のうち、1つを残して他は片付け中。しかもこれからケーキも出てくるらしい。前回同様、男性陣が全部してくれるというので、私は高校時代からの親友の小松ちゃんと、山崎君の奥さんの菜美子ちゃんと3人で、隅っこの方で細々と飲み続けていた。
「菜美子ちゃんは、山崎君タイプだったの?」
「え……」
小松ちゃんが聞くと、新婚・菜美子ちゃんは小さく笑いながら、「シーっ」というように口元に人差し指を置いた。
「全然。私、本当は溝部さんみたいな人がタイプだったんですよ」
「え?!」
「えええ?!」
小松ちゃんと二人、仰け反ってしまう。山崎君と菜美子ちゃんが知り合ったのは、溝部も一緒の合コンの場だったと聞いてはいたけど……
「うそー!」
小松ちゃんが叫んだ。
「あんなののどこが?! ……って、あ、ごめん、有希の婚約者だった」
「いいよ……」
同意見ですので……
「溝部さん素敵じゃないですか。明るくて、楽しくて」
「えー……」
「えー……」
ニコニコと言う菜美子ちゃんに、私も小松ちゃんも「えー」が隠せない……
「私、今までお付き合いした人みんな溝部さんみたいな感じの人だったので、山崎さんは……」
「全然違うよね……」
「はい」
苦笑した菜美子ちゃん。綺麗な子だなあとあらためて思う。山崎君、よくこんな上玉をゲットしたもんだ……
「じゃ、山崎君のどこがよくて結婚決意したの?」
「うーん……、包容力……ですかねえ? 全部を許してくれる、包んでくれる、みたいな……」
「あー……」
なるほどー、と納得してしまう。山崎君、優しいもんなあ……
「それ、結婚生活に必要だよねー」
「それ言ったら溝部だって、有希の全部を受け入れてくれてるじゃん。包容力、あるじゃん」
「まあ、そうなんだけど……」
確かに、陽太ごと受け入れてくれてるけど……
「でもさー、二人のところはラブラブじゃん? 私と溝部にそんな日がくるとは到底思えないんだよねえ……」
「とかいって、二人きりの時はイチャイチャしてんじゃないの? なんか溝部そんな感じする」
「いや……全然」
「え、そうなん?」
「うん。っていうか、二人きりって状況にもならないしね」
「あーそっかあ……」
「うん。そう」
ふっと、陽太の方に目がいく。
陽太は、一人でゲームをしていた前回とは違って、大広間の続きになっている6畳の部屋で、他の子供たちと一緒に、簡易ボーリングをして盛り上がっている。何もかも、あの時とは違う。……溝部のおかげで。
「じゃあ、さっきの桜井君のお言葉に甘えてみたらいいんじゃないのー?」
「桜井さんのお言葉?」
はて?と首をかしげた菜美子ちゃんに小松ちゃんがヘラヘラと説明する。
「二人きりで出かけたいとかあったら、陽太君のこと預かるから遠慮なく言ってね。って。ねえ?」
「あー………」
別に二人きりで出かけたいなんて思ってないんですけど……
「二人きりでデートでもしたら、ちょっとはそういう雰囲気になるんじゃないのー? ねえ?菜美子ちゃん」
「そうですね……」
菜美子ちゃんは「うーん」と言って口元に手を当てると、
「人の脳って不思議なもので、楽しくなくても笑ってると、そのうち楽しいって思えるようになってくるんです」
「へえ……」
菜美子ちゃん、そういえば心療内科の先生なんだよな……
「なので、恋人らしく過ごしていたら恋人らしくなる……ということはあると思います」
「だよねだよねだよね!ほらー……」
「でも」
盛り上がりかけた小松ちゃんの言葉にかぶせて、菜美子ちゃんが言葉を重ねた。観察するような目がじっとこちらを見ている……
「それがお二人の望む形なのかは、また別の話です。カップルにはそれぞれの幸せの形がありますから」
「…………」
「…………」
それぞれの、幸せの形………
私と溝部の幸せの形………?
「ケーキ到着しましたー!」
「!」
思いに沈みこみそうになったところを、溝部の声に引き戻された。
「到着? って!!」
思わず、げっと言ってしまいそうになり、慌てて飲み込んだ。ケーキの大きな箱を持って現れたのは………溝部のご両親、だった。
***
最悪……最悪だ……。
夫になる人に片付けをやらせて、女同士で飲んでる嫁……
印象最悪じゃないかーーーー!!!
と、叫びたいのを何とか我慢する。
ご両親が帰宅するのは、まだまだだって聞いてたのに! そういうことはちゃんと言ってよー!
立ち上がったまま、思いっきり固まっていたのだけれども…………
溝部のお母さんは、そんなこと気が付いた様子もなく、ケーキを溝部に押し付けると、
「有希ちゃーん!」
「え」
こちらに駆け寄ってきて、ガシッと私の手を両手で掴むと、ブンブン振り回してきた。わわわわわ……と思っていたら、
「ありがとうね~。祐と結婚してくれるんだってね~!」
「え、あ、はい……」
戸惑うこちらにはお構いなしに、ギューギューっと手を握ってきた溝部のお母さん。クリッとした目が印象的。
「良かったわ~ほら、高校生の時に、おばさん、うちにお嫁さんにきて!って言ったけど、有希ちゃん、いやいや~とか言って笑ってごまかしたでしょ~?」
「え」
ぜ、全然覚えてない……
「祐が有希ちゃんのこと好きだって知ってたから、おばさん、応援してたんだけどね~。あの時も祐に余計なこと言うなって怒られてね~。だから今回も、ずっとずっとずっと我慢してたのよ!」
「そ、そう……だったんですね……」
一言二言の挨拶しかしてくれなかったから、よく思われてないのかと思ってた……。
「ああ良かった良かった~。これからよろしくね~」
「よろしくお願いしま……」
「あ! 陽太君! おばあちゃんですよ~!」
パッと手を離され、今度はこちらに来かけていた陽太に飛びついたお母さん……
(似てる……)
溝部に似てる。明るくて……ウザイ感じが。そして何の躊躇もなく陽太のことを受け入れてくれている感じが。
後から聞いたら、昔から、血の繋がりのないお弟子さん達を我が子のように可愛がっていたので、子連れ再婚にも抵抗なかった、という。それが本心なのかは分からない。でも、お母さんからは、陽太を歓迎してくれている気持ちしか伝わってこない。
陽太も少し困ったように、でも少し笑いながら話している。
「陽太君、背高くていいわね~。すぐ追いつかれそう! あーデートするのが楽しみだわ~」
「ちょっと母ちゃん」
ケーキをお皿に配り途中の溝部が慌てて母親を止めにきた。
「陽太に絡むなっ。デートってなんだよっ」
「陽太君、おばあちゃんが美味しい物食べに連れて行ってあげるからね~?」
「だからっ」
「私、孫とデートするの夢だったのよ~。ねえ、いつ籍入れるの? 有希ちゃんの気が変わらないうちにさっさと結婚しないと、逃げられちゃうわよ?」
「余計なお世話だっ」
「ほら、さっさとケーキ配りなさいよ。……あ、斉藤君!」
今度は斉藤君に駆け寄ったお母さん。
「久しぶりね~。ま~大人になって! 息子さんおめでとう!良かったね~。これ、少ないけどお祝いね!」
「え、すみません。ありがとうございます。ほら、ワタル、お礼」
「ありがとうございます!」
「いえいえ~~、あ!渋谷君!やだあいかわらずイケメン!」
次々とアチコチに声をかけまくるお母さん……
「嵐のようだ……」
小松ちゃんがボソッと呟いた。
ほんと……嵐のようだ……
溝部も相当ウルサイと思っていたけれど、お母さんには負ける。
お父さんは……と思ったら、黙々とケーキの箱を折りたたんで片づけていて……。「職人さん」の雰囲気を醸し出している。
溝部は、このお母さんとお父さんの血を受け継いでいるんだなあ……
「ケーキ争奪じゃんけん大会ーー!」
そこに突然、溝部の母親の嵐を吹き飛ばすような叫び声が響き渡った。
「勝った人から好きなの選んでー! とりあえず、最初は全員オレとジャンケン! 勝ち組、あいこ組、負け組の三つに分けるぞ! せーの、最初はグー! ジャンケーン……」
わあ、とか、きゃあ、とか悲鳴と歓声が上がる。この歳でたかがジャンケンでこれだけ盛り上がれるのが楽しい。陽太が楽しそうなのが嬉しい。
「わーー!やっぱ一番それいくよなー?!」
「えー狙ってたのにー!」
大人もみんな高校生に戻ったみたいにはしゃいでいる。でも、あの頃と違うのは、みんなそれぞれに沢山の経験をして、そして大切な人が一緒にいること………
全員にケーキが行き渡ったところで、溝部がお皿を手に私と陽太のそばに寄ってきた。
「鈴木のチーズケーキ、うまそう……」
ジーッとケーキを見られ、笑ってしまう。
「ちょっといる?」
「いいのか?!」
ぱあっと目を輝かせた溝部。陽太のこともツンツンとつつくと、
「陽太のチョコも欲しい」
「溝部のプリンもうまそうだなー」
「じゃ、みんなで分けよっか?」
「やった!」
三人で三等分。三種類のケーキを分けて食べる。
「これ、おいしい!」
「おいしいね」
「おお。あ、こっちもおいしい!」
三人で同じものを食べて、笑い合う。間違いなく、今、私はとても幸せだと思う。
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お読みくださりありがとうございました!
まだ「鈴木」「溝部」と呼び合う2人。陽太もまだ「溝部」。
溝部と有希の初デート!の話は書ききれなかったので次回に……。
ということで、あと2回で終わりの予定でございます。
続きまして今日のオマケ☆
オマケは今日が最終回。
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☆今日のオマケ・慶視点
溝部の実家でのすき焼きパーティーの後、少し酔っぱらった状態で電車に乗り……途中から運よく座れたのは良かったけれど、そのせいで二人でうたた寝してしまって。気が付いたときには、乗換の駅を通り過ぎていたので、結局、そのまま乗り続け、その先のいつもとは違う駅で降りることにした。その駅からも徒歩20分強で帰れるはずなのだ。
「あんまり来たことない町って、ちょっと緊張するね……」
「だな。遠回りかもしれないけど環七まで出るか?」
「ううん。探検探検。住宅街抜けてこ?」
しばらく歩いて住宅街に入ったところで、すっと自然な感じに手を取られた。そのまま手を繋いで歩く。日曜日の夜10時半。住宅街の人通りはたいして多くない。
(まあ、いっか……)
そう思えるのは、まだ酔いがさめていないせいと、高校生に戻ったかのようにみんなでバカ騒ぎしていたテンションが体の中で持続しているせいかもしれない。
「色々なおうちがあるねえ……」
「わ、ここ金持ちっぽい。おーBMー」
なんだか本当に高校生に戻ったみたいだ。こんな風にたわいもない話をしながら歩く夜道……あの頃、こんな日がずっと続けばいいと思ってた。今、おれは、その永遠の中にいる……。
「あ! 慶! 公園公園! ちょっと寄りたい!」
「え?」
突然、浩介が走りだした。わりと遊具のたくさんある大きめの公園だ。
なんなんだ、と思いながらついていくと、浩介はさっそくブランコに座って、ニコニコとこちらを見返してきた。
何なんだ?
「何やって……」
言いかけたところ……
「渋谷も乗るー?」
「!」
その言葉にドキッと心臓が跳ね上がった。し、渋谷って……っ
「………なんだそりゃ」
「渋谷?」
うわ、やめろ。感覚が片思い時代に引き戻される。なんだこれ。いや、でも、好きだと自覚した頃からは「慶」って呼ばれてた……けど、その前は「渋谷」って呼ばれてたわけで……
「しーぶや?」
「……………」
「し……、んにゃっ」
ふざけている鼻をむにゅっと掴んでやると、浩介はふがふが言いながらおれの手を掴んできた。
「やめてー」
「お前がふざけたこと言うからだ。なんの冗談だ」
「えー、ちょっと懐かしくていいかなあーって思ってー。まだ渋谷って呼んでた頃にブランコで遊んだの覚えてない?」
「…………」
そんなことあったっけ……。あいかわらず恐ろしい記憶力だな浩介……。
「どうせ覚えてないんでしょ? 渋谷」
「…………」
渋谷と呼ばれていたころは、まだただの友達で。でもずっとずっと一緒にいたくて。
「浩介……」
「ん」
そっと口づける……。その願い、おれは叶えてやったぞ?
「思い出した?」
「思い出した」
今度は額に口づける。
「おれがどれだけお前のこと好きだったか、思い出した」
「慶……」
「それで」
嬉しそうに微笑んで、こちらに手を伸ばしてきた浩介に、わざと冷たーく言ってやる。
「お前がおれのこと友達としか思ってなくて、美幸さんに片思いして、その相談をおれにしてきて、それで散々苦しんだことも思い出した」
「わわわわわっ」
浩介がアワアワと立ち上がり、おれの頬を両手でぐりぐりと包み込んだ。
「それは忘れてー忘れてー」
「忘れらんねーなー」
「もー慶、しつこいよー」
「悪かったなっ」
むーっと鼻に皺を寄せてやる。
「それだけお前のことが好きってことだよっ」
「……………」
浩介は一瞬詰まり……
「それ言われたら、忘れてって言えない……」
コンッとオデコをくっつけてきた。
「おー忘れねえぞ。お前も覚えとけよ。もし、またあんなことがあったら……」
「あるわけないでしょ」
「………。まあそうだな」
くすりと笑って、また手を繋ぐ。
「帰ろ?」
「おお」
ぎゅっと繋ぐ。離れないように。
「慶、大好き」
頭のてっぺんにキスされる。それも高校の頃と変わらない。
でもあの頃と違うのは、一緒の家に帰れること。共に夜を過ごして、共に朝を迎えられること。
浩介と共に生きている。ずっと願っていた未来がここにある。
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お読みくださりありがとうございました!
浩介の「渋谷」呼び。懐かしい^^
次回16が有希視点最終回。17が溝部視点最終回、の予定なので、おまけは今日が最終回ということで。
オチも何もないおまけにお付き合いくださりありがとうございました!!
本編残り2回(たぶん←)、どうぞよろしくお願いいたします!
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次回は5月5日金曜日、どうぞよろしくお願いいたします!
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