創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-5

2017年10月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて


【浩介視点】


 中学校3年生の夏。
 息苦しいブラウン管の中にいたおれを救ってくれたのは、『渋谷慶』という名前の眩しい眩しい光だった。

 『渋谷慶』に再び会いたい一心で、初めて親に意見した。

「今通っている私立中学の付属高校には上がらず、地元の公立高校に進学したい」

 母は大反対した。これでもかというくらい、罵詈雑言を浴びせられた。でも、折れなかった。それは、ただひたすらに『渋谷慶』に会うため。それだけがおれの心の支えだった。

 その後、父が「学区のトップ校に行くこと」を条件に許可してくれたので、死ぬ気で神奈川県立高校向けの受験勉強をした。内申点を上げるために、登校日数を増やす努力もした。
 当時、神奈川県では『神奈川方式』と呼ばれる受験方式が取られていたので、皆が中学2年時に受けているア・テストを受けていないおれは、その点数が0点となってしまうため、相当に不利だった。でも、内申点がそこそこ良かったことと、当日テストで全教科満点を取ったことで、なんとか学区トップの県立白浜高校に入学できた。

 おかげで、あの悪夢のような学校生活から解放された。そして……そして、『渋谷慶』に出会った。

 そして、『渋谷慶』と友達になって、親友になって……

「慶のことが、好き」

 高2の冬。生まれて初めて、愛の告白をして。

「おれなんてもう一年以上前からお前のこと好きなんだぞっ」

 生まれて初めて、「好き」って言ってもらえて………


 それからもう、何年たっただろう?


「先生になれ」
 高校3年生の時、慶がそう断言してくれたから、先生になる決心がついた。

「行ってこい」
 2年9か月前、慶が背中を押してくれたから、今まで全力で頑張ってこられた。


 おれの人生の節目には、いつでも慶の姿がある。


 ケニアでの役目を終えた、と思えた瞬間、頭の中に浮かんできたのは、やはり慶の姿だった。

(慶を迎えに行こう)

 真っ先にそう思った自分の揺るぎなさに少し笑ってしまった。
 
(慶……待ってて)

 今なら、今のおれなら、慶と一緒に生きていける。




***




 ストン、と落ちてくるように、その瞬間はやってきたのだ。

 それは、年末のホームパーティの席でのことだった。


「新学期からみんなと一緒に働く新しい先生を紹介します!」

 学校の理事をしているシーナが言うと、職員たちが、わあっと声を上げた。人手不足のこの学校に、新たな職員が加わってくれることは有り難い。でも……

「誰?誰?」

 みんなキョロキョロしている。それもそのはず。ここにいるのは、職員の家族や近所の人達なので、全員顔見知りなのだ。唯一の珍しい顔は、たまたま今日遊びにきている、シーナの親戚の山田ライトだけれども、ライトは大学生なので新しい先生にはなりえない。

 ざわめきの中、シーナの横に立ち、にこやかな笑顔を見せたのは……

「アマラ……」

 シーナの娘のアマラだった。




「浩介先生、知ってた?」

 ライトに腕をつつかれ、ブンブン首を振る。大学を卒業したばかりのアマラ。教育学部に通っていることは知っていたけれど、卒業後も大学に残りたい、と話していたのに……


 驚きすぎて何も言葉が出てこないところへ、アマラが飲み物を片手にこちらにやってきた。

「ビックリした?」

 いたずらそうに微笑んだアマラ。反応できないおれに代わって、ライトがはしゃいだように言ってくれる。

「ビックリしたビックリしたー!なんで教えてくれないのー!」
「だってビックリさせたかったんだもの」
「アマラ……」

 笑っているアマラに、なんとか声を絞り出して聞いてみる。

「なんで、急に?」
「急じゃないわ」

 アマラは肩をすくめると、グラスを一気に空けた。

「浩介のこと見てるうちに、私も何かしないとって思うようになって」
「え?」

 何の話だ?
 首を傾げたおれに気が付かないように、アマラは淡々と続けた。 

「それで、浩介みたいになれたらって思って、先生になることにしたの」
「え?」

 おれみたいになれたら……?

「何をいって……」

 何をいってる……?


 アマラの言葉の真意を確認しようとしたところで、

「浩介先生!」
「わわわっ」

 いきなり、背中に衝撃がきた。振り返ると、今年小学校を卒業したルイスが、シーナと一緒に立っている。かなりの暴れん坊だったルイスも、この一年ほどですっかり大人っぽくなった。

「ルイス?」
「先生ありがとー」

 ルイスがニコニコと言ってくる。なんだ?なんだ??という疑問にシーナが答えてくれた。

「ルイス、中学行けることになったのよ」
「え! ホントに!」

 思わず飛び上がってしまう。ルイスの両親はずっと進学を反対していたのに。

「浩介先生の粘り勝ち。ほとんど毎日ルイスの家に行ってくれたでしょう?」
「ええ、まあ……」

 学校帰り、可能な限りご両親に会いに行って、説得は続けていたのだ。

「浩介先生がきてから3年目。浩介先生のおかげで、この村の進学率が上がったわ」
「それは、おれのおかげなんかじゃないですよ」

 何を言ってるんだ。

「校舎ができて、教育環境が整ったから……」
「大人向けにも授業をしましょうって言い出したのは浩介先生でしょ? おかげで、意識改革が広がっていったのよね」
「それは……」

 それはおれ一人の力ではない。
 
「それは、おれの提案にみんなが協力してくれたからです」

と、正直に答えたところで、

「あー、ホントに、日本人の『謙遜』ってイライラするわよね」

 ズバッと横からアマラに切りこまれた。

「うちの大学にいる日本人の先生もそう。なんなの?それ? 自分の手柄ですって自慢にしていい話なのに、いえ、僕なんか僕なんかってさ」
「それが日本人の『美徳』だから~~」

 うひゃひゃひゃひゃ、と横でライトが笑いながら言って、「その笑い方やめて」とアマラに注意されている。

 謙遜……、いや、謙遜なんかじゃなくて、本当に、おれなんかがそんな影響を与えるなんて……


「でね、浩介」
 ボーっとしかけたところで、シーナに肩を叩かれた。

「ルイスが浩介先生に言いたいことがあるって言って」
「え……」

 シーナに押し出されたルイス。恥ずかしそうに笑うと、ギュッとおれの両手を掴んで……

「あのね、ボク」

 その黒曜石みたいな目がまっすぐにこちらを向いて、そして…

「ボク、浩介先生みたいな先生になるよ!」
「……っ」

 キラキラした瞳。

 何……それ。何を言って……

「おおっ。アマラと一緒だねえ」

 ライトの明るい声。

「アマラもさっき、浩介先生みたいになりたいっていってたもんね?」
「じゃあ、ライバル?」
「ライバルじゃないでしょ。仲間でしょ?」

 アマラとルイスが笑いあっている横で、ライトが「浩介先生は本当にいい先生だからね!」と言って、おれがスワヒリ語を覚えた経緯を二人に話しはじめて……


「ねえ、浩介」
 なんだか気が遠くなっていっているところを、再びシーナに肩を叩かれた。

「こちらに来たばかりの時、あなた『何かを成したい』って言ってたけど……」
「はい……」

 はじめの面談の時にそんなことを言った……

「充分に『成した』と思うわよ?」
「え?」

 それは……
 ふっと笑ったシーナ。

「こういってはなんだけど……、あなたはやっぱり、ここの人間ではないのよね。心はいつも違うところにある」
「……それはっ」

 それは否定できない。でも、この地にいる限りはここのことを一番に……っ

「大丈夫、分かってるわ」

 言いかけたところを、穏やかに制された。

「そうやって、ここの村の人間じゃない浩介が頑張ってくれていることに、みんなが影響をうけたの」
「…………」

「小さな頃から、村から出たいっていつも言ってたアマラまで、あなたに刺激されて村を愛するようになって……」
「え……」

 振り向いた先のアマラは、ライトに向かって自分がどんな先生になりたいのかって話をしている。
 シーナが母親の顔になって微笑んだ。

「浩介のおかげよ。ありがとう」
「そんなこと……」

 そんなこと……そんなことは……

「あなたは『成した』のよ」

 シーナの手がゆっくりと腕をさすってくれる。温かい手……

「あなたのおかげで、たくさんの子供たちが学べた。中学に進学する子も増えた」

 ルイスの黒曜石のような瞳。嬉しそうな笑顔。

「あなたは、この地を耕して、種をまくことまでしてくれた。それで充分よ」
「………」

「育てていくことは、私達がするべきことだと思うの」
「シーナ……」

 それは……それは。

「あなたがしてきたことは、確実にこの地に根付いている」

 シーナは優しく笑うと、力強く、断言してくれた。

「だから、もう、あなたは旅立っても大丈夫」



***



 ふわふわと……ふわふわとした感覚がずっと続いていた。自分が認められた、という確かな実感。

 慶にはじめて告白された後に少し似ているかもしれない。嬉しくて……夢みたいで……


 でも、年が明けると、すぐに頭が現実対応に切り替わった。

 残りの期間で、おれが持っているすべてのことをアマラや他の先生方に伝えよう。
 そして、おれは次の地へ旅立つ。慶を連れて。


 それにはクリアしなくてはならない課題が2つある。

 1つは、慶をどう説得するか。

 昨年の夏に慶に会ったというライトの話によると、慶はおれのことを「待って」くれているという。心の底では信じていたものの、こうして言葉で聞けたことが、迎えに行く自信に繋がったということはいうまでもない。ライトに感謝だ。

 でも………、それはきっと、日本に帰ってくるのを「待って」くれているのであって、一緒に海外に行ってくれるという意味ではないと思う。

 だから、慶に着いてきてもらえるように、説得しなくてはならない。

 そして、もう1つは、母に対して、どうカモフラージュするかだ……


「どうしようかなあ………」

 うーん……と悩んでいるおれに、アマラがプリントの束を差し出してきた。

「大人の慶には大人の理由が必要でしょ?」

 そういったアマラは、なぜか苦笑いをしていた。





--------------------------

お読みくださりありがとうございました!
策士・桜井、これから説得&カモフラージュ大作戦を決行します。
そして、迎えに行く日は当然、3年前に別れたその日でしょう。だってアニバーサリー男だもん♪

次回、火曜日は3年目その6です。
そんなことになっているとは知らない慶君は、ひたすら健気に待ち続けております……(電話くらいしてやれよ、と思うけど、電話でする話でもないからね……)

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
こんな真面目な話、見守ってくださる方がいらっしゃるなんて、もうホントに夢のようです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「翼を広げて」目次 → こちら

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-4

2017年10月10日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

2006年正月



【南視点】


 浩介さんがいなくなって3回目のお正月……

「なんかさ……悟りを開いた感じ?」

 すっかり大人しくなってしまった兄に、半分喧嘩ふっかけるつもりで言ったけれど、

「なんだそりゃ」

 兄はふっと笑って私の嫌味を聞き流した。……別人のようでコワイ。

「お母さーん、お兄ちゃんがコワイー」
「何言ってるの」

 私の訴えに、母はちょっと呆れたように肩をすくめると、

「もう31なんだから、悟りの一つや二つ、開かないと」
「えー」

 二つも開くものではないと思うんですけどー……

「慶が納得して浩介君を待つって言ってるんだからいいじゃないの」
「えー」
「しょうがないのよ」

 母も悟りを開いたようにうなずいている。

「渋谷家は代々一途な家系なの。椿だって初めてちゃんとお付き合いした近藤さんと結婚したし、南、あんただって……」
「はいはいはい」

 子供の前で恋愛話はやめてください。

 リビングで遊んでいる息子と娘にこれ以上変なことを聞かれる前に、話を元に戻す。

「でもさ、お兄ちゃん。浩介さんがずーっと帰ってこなかったらどうすんの?」
「どうって……」

 別にどうもしない。と、悟り顔の兄。

 …………。

 それじゃ物語が進まないでしょ! そのままおじいちゃんになっちゃったらどうすんの!

 という、ツッコミを心の中にしまいこんで「ねえねえ」と提案してみる。

「押しかけ女房しちゃえば?」
「は?」

 眉間にシワを寄せた兄。

「何言って……」
「お医者さんなんていくらでも働き口あるでしょ? お兄ちゃん、働きはじめてもうすぐ丸6年だよね? もう新人って歳でもないよね? どこでも雇ってもらえるよね?」
「…………」

 肯定も否定もしない。ということは、肯定とみた。一気にたたみかける!

「ね! だからさ!」

 無表情の兄の目の前でパチンと手を叩く。

「突然行っちゃってさ! んで、『きちゃった❤』って言えばいいだけの話……」
「何を………」
「ちょっと南」

 兄が何か言う前に、母が盛大に眉を寄せた。

「変なことけしかけるのやめてよ。これで慶が本当に浩介君のとこ行っちゃったらどうするの」
「え」

 母らしからぬセリフに驚いてしまう。
 うちの両親は、基本的に子供のすることに口出しをしない主義なのだ。おかげで姉も兄も私も自由にやらせてもらえていた。
 兄が同性である浩介さんと付き合うことになったときも、父は「容認」母は「黙認」という感じだったし、私自身、2回り年上で中学生の息子のいた沢村さんと結婚するときも、さすがにはじめは良い顔をしなかったものの、比較的すぐに許してもらえた。

「意外!お母さん、反対なの?」

 思わず大袈裟に叫んでしまった。

「お兄ちゃんが大学の時なんて、お兄ちゃんが浩介さんのアパートに入り浸って帰ってこなくなっても、ご飯作らなくていいから楽でいいわ~~なんて言ってたのに!」
「それは浩介君のアパートが、うちから一時間半くらいのところだったからでしょ。しかも慶の大学のすぐ近くだったし」

 肩をすくめた母。え? 問題そこ?

「え、近ければいいってこと?」
「当然でしょ! 国内ならともかく、海外なんて問題外!」

 ああ、考えただけで恐ろしい……と、眉を寄せた母は真剣そのものだ。なんだそれ……

「えー……別にいいじゃん……」
「嫌よ。心配だもの。慶、『きちゃった❤』なんて絶対やめてよ?」
「…………大丈夫だよ」

 兄はまた、ふっとあの悟りの境地の笑みを浮かべると、

「おれは待ってるだけだから。自分から行ったりしない」
「えー」

 その悟り顔、なんかムカつく。

「なんでよー」
「だからおれは浩介の邪魔になりたくないんだよ」
「邪魔なんてそんな……」

 浩介さんがそんなこと思うわけないのに……、と言おうとしてから、気がついた。

 まさか………

 まさか、この弱気…………

「まさか、お兄ちゃん、邪魔にされるかもってビビってるの?」
「…………」

 ピクリと兄の眉が動いた。
 うわ、ビンゴだ。
 お兄ちゃん、浩介さんに拒否されることがこわいんだ。

「うわ、今さら……」
「うるせーよ。別にビビってねーよっ。おれはただ浩介の意思を尊重してるだけだっ」

 ようやくちょっと昔の顔になって言ったお兄ちゃん。ここぞとばかりに煽ってみる。

「そんなこと言ってかっこつけてるけど、結局のところ、行って拒否されるのがこわいってことでしょ?」
「何を……っ!」

 カアッと赤くなった兄。やった!剥がれた! と思ったけれど、

「はい!おしまい!」

 母に「はいはい」と止められてしまった。

「正月早々、喧嘩しないの。南、もうすぐ椿たちも来るから、お節並べるの手伝って」
「…………はーい」
「慶はお父さん呼んできて」
「……わかった」

 すいっと出ていった兄の後ろ姿……哀愁が漂っているように見えるのは私だけじゃないだろう。

「南」
 母が兄が出ていった途端、ボソッと言ってきた。

「慶、せっかく落ち着いてきたんだから、蒸し返さないであげて」
「…………うん」

 母の気持ちもわかるけど……本当にそれでいいの?

 このまま、待ち続けて……本当にそれでいいの?

 浩介さんのところに直談判にいきたいところだけど、まだ幼稚園生の娘を置いていけるわけもなく……

(浩介さん……)

 さっさと迎えにきてあげてよ。
 また、二人一緒のところが見たいよ。



--------------------------

お読みくださりありがとうございました!
なんの進展もなくm(_ _)m
次回、金曜日は3年目その4でございます。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!病床でどれだけ励ましていただいたことか……
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「翼を広げて」目次 → こちら

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-3

2017年10月06日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて


2005年冬


【浩介視点】


 山田ライトが、突然ケニアにやってきた。

「教えてくれれば迎えにいったのに……」
「サプライズの方が感動が大きいでしょー?!」

 うひゃひゃひゃひゃ、とあいかわらずの笑い声が懐かしい。でも、アマラは「その笑い方やめて」と眉をひそめている。

 おれが日本にいた頃に所属していた日本語ボランティア教室での教え子だった山田ライト。

 今、下宿させてもらっている家主のシーナと、ライトの父親がいとこの関係にあるので、ライトとシーナの娘のアマラは「はとこ」ということになる。

 2歳違いの彼らは、幼い頃、一緒に遊んだことがあるらしい。

「その笑い方、昔から変わらないよね」

 アマラは本当に嫌そうに言うと、シーナの手伝いに行ってしまった。今日は職員や近所の人たちを招いてのホームパーティーがあるのだ。

 ライトはわざとらしく肩をすくめると、こちらを振り返った。

「浩介先生、最近どう?」
「うん。まあ……ようやくちょっと落ちついたところだよ」

 こちらでは、新学期が1月からはじまる。進学を希望する子が昨年よりも増えたため、この数か月はその対応にも追われていた。

「でも、新学期準備でまた忙しくなるよ」
「へー。大変だねえ」

 去年も一昨年も忙しかった。一度立ち止まろうと思ったのに、結局こうして日々に流されてしまっている……

「ライトは、大学はどう?」

 聞くと、ライトはヒラヒラと手を振って、嬉しそうに言った。

「たーのしーよー」
「そう。良かった……」

 日本に住んでいた時は、学校に行きたくない、と言って高校進学をしなかったライト。でも、3年半前に父親のいるアメリカに移住してから、高校に進学し、今年の秋からは大学生になったそうだ。

 ライトは、アメリカでの充実した大学生活をひとしきり話してから、ふと思いついたように、日本語に切り換えて、言った。

『そういえば、夏に日本に帰ったとき、慶君に会ったよ』
『………っ』

 慶、の言葉に心臓がグッと掴まれたようになる。

 慶。慶……。もう一年以上会っていない……


『元気だった……?』

 自分の乾いた久し振りの日本語が耳に響く。と、ライトは、うーん……と首を傾げた。

『あいかわらず美人だったけど……、なんか大人しくなってた』
『大人しく?』
『うん。なんていうか……』

 えーと……と悩んでから、ライトはぽんと手を打った。

『老けた』
『ふ、老けた!?』

 慶が老けた!? 想像つかない……っ

『うん。前は学生っぽかったじゃん? それが、なんか社会人ぽくなってた。そうは言っても、30過ぎてるようには見えなかったけど』
『あ…………そうなんだ』

 老けたって、そういう意味か……。あかねからの情報と同じだ。『大人っぽく』なったということだ。

『二人全然連絡取ってないんだって? あんなに仲良かったのに冷たいねえ』
『………………』

 ぐっと詰まってしまう。
 ライトはおれと慶はただの友達だと思っている。そのライトですら、今のおれは『冷たい』と思う対応をしているということだ。

 確かに電話くらいはできるんだけど……でも、電話で声を聞いたら、絶対に会いたくて我慢できなくなる。今はまだ、そんな甘えたことを言ってはいけないと思うのだ。
 それに何より、そうして会いにいったことが、母に知られて、また母が慶に嫌がらせをしたらと思うと、こわくて、こわくて……

 そんなおれの葛藤には気がつかないようで、ライトがニコニコと続ける。

『慶君にね、冬に浩介先生に会いに行くけど伝言ある?って聞いたんだけどね』
『…………うん』

 ドキッとする。伝言……伝言。慶はなんて………

 こちらのドキドキを裏切って、ライトはあっさりといった。

『ない。だって』
『……………』

 ない。

 う………と胸が苦しくなる。
 慶にとって、おれはもう、伝言することもないような、そんな興味のない存在……?

 何かを吹っ切ったかのように、大人になったという慶……

 その吹っ切ったものというのは、やっぱり、おれのこと……?

 頭の中を黒い思いが渦巻いて、立っているのがやっとのところに、ライトの明るい声が流れてくる。

『だからさ、頑張れとか言えばいいじゃんって言ったんだよ』
『…………』
『そしたら慶君、なんて言ったと思う?』

 ライトは、わざとらしく咳をすると、腕を組み、顎をツンとあげた。

 はっとする。それ、慶が何かを宣言するときの仕草……

 ライトは顎を上げたまま、キッパリと言った。

『あいつが頑張ってることはおれが一番良くわかってる。だからこれ以上頑張れなんて言うわけねーだろ』
『!』

 慶……っ

『おれはただ、待ってるだけだ』
『……………』

 慶……

『って、言ってたよ』
『………………』

 慶………慶。崩れ落ちそうだ……

 慶はいつだって真っ直ぐで……、真っ直ぐおれのことを見てくれていて……

 おれは……おれは、あなたのために、何をすればいい?

 どうしたら、迎えにいこうって思えるようになれるんだ……?




--------------------------

お読みくださりありがとうございました!
って、書こうと思ったうちの3分の1までしか書けていないのですが、
風邪を引いたらしく鼻水ズルズル頭ボーっなため諦めました。
皆様もどうぞお気をつけください……
次回、火曜日に続きをアップできたらいいなあ……と。

こんな真面目な話にクリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
有り難いー有り難いーと画面に向かって拝んでおります。今後とも何卒よろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「翼を広げて」目次 → こちら

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-2

2017年10月03日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

2005年夏



【浩介視点】

 あかねと「別れた」ことになってから、7ヶ月が経った。けれども、こちらでは引き続き「遠距離恋愛中」ということにしている。なぜなら……

「浩介先生は結婚しないの? うちの娘なんてどう?」

 なんて話をされるからだ……

「先生には日本に恋人がいるからダメだよ」
「あかね先生、今年はこないの?」

 みんながそんなことを言ってくれるので、何とか『強引に娘に引き合わされる』とかそういう目には合っていない。

(慶は………どうなのかな)

 もう31だし、上司の娘をすすめられたり………

(したとしても、きっと慶は……)

 断ってくれてるに違いない。

(でも……)

 それでいいのかな。慶には慶の幸せが……なんて「きれいごと」を思ったりもする。

 こんなとき、慶に会いたくて、いてもたってもいられなくなる。

 この2年と数ヵ月、無我夢中だった。朝から午後までは子供達に勉強を教えて、その後は校舎の修繕、寄付金集め、家庭訪問……、夜は大人向けの授業。帰宅後は翌日の準備……

「恋人を迎えにいく自信はついた?」

 アマラに聞かれ、詰まってしまった。
 ずっと、この地で成し遂げたい、と思ってきたけれど………具体的には何をどうしたら「成し遂げた」ことになるんだろう……

(…………。今更、だな………)

 今更、だけれども……
 この2年数ヵ月、日々に流されてきてしまったけれど、ここで一度立ち止まって、考えてみようと思う……
 



【早坂さん視点】

 一年ほど前……
 ある患者さんの死をきっかけに、『元気いっぱいキラキラキャラ』から、『優しい包容力のある大人キャラ』に変身した渋谷先生……

 無理してるんじゃないかな、と、はじめのうちは心配でしょうがなかったけれど、それは杞憂に終わった。気がついたら『大人』な渋谷先生がスタンダードになっていて、いつでも冷静で頼りになるので、みんなの渋谷先生を見る目もすっかり変わってきている。

 だから、それはいいんだけど……

(あ、まただ……)

 思わず眉を寄せてしまう。
 春からこちらに異動になった、石原先生という35歳のおじさんが、渋谷先生を変な道に引きずりこもうとしているのだ……

「な?だから行こうって!可愛い女の子たくさんいるからー」
「でもおれ、明日、乳児検診の……」
「酒飲まなきゃいいじゃん。な?行こうよー」

 渋谷先生困ってる……

 こんな時、峰先生がいてくれたらきっと助けてくれるのに、峰先生は下のお子さんが生まれてから、速攻で家に帰るようになったので、石原先生がこんな風に強引に渋谷先生に声をかけていることを知らないのだ……

(今度言いつけてやろうかな……)

 接待で女の子のいる店に行くことはしょうがないと思うけど(でも、渋谷先生、以前はそれもかたくなに断ってたのになあ)、プライベートでは行って欲しくないと思ってしまう。

 でもそれはこちらの勝手な希望なのかな……。
 渋谷先生だって彼女と別れて(たぶん別れてる。聞いてないから知らないけど、たぶん)、さみしいかもしれないし。だからキャバクラにも……

(あーでも、やだ。やっぱりやだなー)

 断りきれなかった渋谷先生が石原先生に連れられていく後ろ姿を見送りながら、不安にかられてしまう。

(キャバクラはともかく……風俗とか連れて行かれてないよね……?)

 石原先生はキャバクラの後に風俗いくのがお決まりでーなんて話を、昨日製薬会社の人がしてた……

 風俗にいく渋谷先生の図……

「うわー!やだやだやだ!絶対やだーーー!!」
「わ! なに早坂さん叫んでるの!?」
「………あ」

 気が付いたら叫んでいて、みんなに大注目されてしまった……。

「なんでも……ないです……」

 もう、絶対! 明日、峰先生に言い付けて、注意してもらおう!!!




【ルナ視点】


 与えられた個室の中で、お菓子を食べながらゴロゴロしていたら、電話が鳴った。

「ルナさん、ご新規さん入ります」
「はーい」
「石原先生の紹介だから」
「あーはいはいはい。オッケーでーす」

 石原先生はこの店の常連さんで、週に2回は必ずくるんだけど、特定な子ではなく、色々な子を指名する。本人の中ではローテーションがあるそうだ。
 あたしには「外科医」って言ってるけど、他の子には「弁護士」だの「大学教授」だの言ってるらしい。色黒でガタイがよくて、いかにも遊び人風の、30半ばくらいのお金持ちだ。

「今度、後輩連れてくるからサービスしてやって」
と、先週言っていたから、今日くるのはその人のことだろう。

 なんでも、彼女と別れて一年以上ご無沙汰してるとかなんとか……。「すっごいイケメン」っていってたけど、本当にイケメンだったら、一年もご無沙汰になるわけないから、たいしたことないんだろう。期待はしない。

「あ、しまった」
 お菓子の食べカスがシーツの上に散乱している。慌ててコロコロで取って、包み紙もゴミ箱に放り込む。

 と、軽いノックの音が聞こえてきた。いきなり開けないでノックをするところに好感を覚える。石原先生が「そいつ風俗初体験だから」と言っていたけど、本当に初めてなのかもしれない。

「どーぞー」
 答えながらも、ベッドの下にまで落ちていた食べカスをコロコロで取って、コロコロを部屋の端っこに押しやって、

「初めましてー。ルナでー……」

 言いながら、開いたドアの方を振り返って……

「!!!」

 絶句。

 絶句、っていうんだ、こういうの。

 あまりもの衝撃で、言葉を失ってしまった。

(な………なんなの!!)

 すっっっっっっっっっっごい美形なんですけど!!

「あ……」
「あー……ええと……」

 その美形さんは困ったように頬をかくと、

「とりあえず、入っていいかな? おれがちゃんと中に入るか、そこで石原先生が見張ってるから」
「え」

 石原先生と隣の部屋のネネちゃんの笑い声が聞こえてくる。石原先生、わざと隣の部屋取ったとみた。

「ど、どうぞ」
「ありがとう」

 スルリと入ってきた超美形。背は低め……。でもこういう中性的な顔の人って、背が低いほうが似合う気がする。

 ぼーっと見とれているあたしをよそに、美形さんはキョロキョロとあたりを見回して……、それからスイッとあたしに視線を向けた。

(うわっ)

 ドキッと心臓が跳ね上がる。この人、本物の美形だ。こんな完璧な顔、テレビに出てる人以外で見たことない。すごい。

(って!)

 あたしこれからこの人とすんの? できんの? めっちゃラッキーじゃない?

 ………なんて、思ってる場合じゃない。

「え、ええと……」
 いかんいかん。初めてなんだから、ちゃんと料金の説明しないと。

「せ、説明するねー。うちは基本サービスがー……」
「説明しなくていいよ」
「え」

 手で制されて、言葉を飲みこむ。

「ええと……」

 それは、お金たっぷり持ってるから、どんなオプションつけても大丈夫とか……

(そういう意味じゃなさそう……)

 美形さんはまたキョロキョロと部屋を見渡すと、

「椅子は……ないのか」
「は?」

 椅子?

「ええと……」

 それは、椅子に座ってのフェラを希望とかそういう……

(意味じゃないだろうな……)

 確実に違う……

 美形さん、うーん、と頬をかいて……かなり躊躇してから、ベッドの隅にチョコンと腰かけた。

 そんな端っこに座られても……

「あの、もっとこっちに……」
「あ、いや」

 また手で制された。

「石原先生がどうしてもって言うから来ただけだから気にしないで」
「気にしないでって……」

 え、何もしないつもりってこと?
 それ、あたしに失礼じゃない? これ何もしなかったら、確実にネネちゃんに馬鹿にされる!

 こうなったら……

「じゃ、せっかくだから、お風呂とかどう? 気持ち良くしてあげる♥」

 スルリと着ていたバスローブを脱いで、下着姿になってやる。胸の大きさはネネちゃんに負けてない。少し屈んでブラからあふれだしてる胸を強調………………、してるんだから、見ろよ!コラ!

「あのっ!」
「え? ああ……」

 カバンの中をゴソゴソと探っていた美形さん、こちらにふいっと視線を向けてきた。

(う…………)

 見ろよ、と思ったものの、美形に真面目な顔でジッと見られるのは、相当………つ、つらい…………

「あの………」
「ああ……ごめんね」

 ふっと笑った美形さん。か、かわいい……

「上、着てくれる? さすがに目のやり場に困る」
「あ……うん」

 脱いだバスローブをとりあえず着る。って、通常と違いすぎて困る……何をどうすれば……

「あのー…しないの?」

 直球で聞くと、美形さんはまた、ふっと笑った。だからその笑顔、かわいすぎだって!

「なんで笑ってんの?」
「いや……」

 また頬をかいた美形さん。

「石原先生にね、『ルナちゃんと狭い部屋で二人きりにされて勃たない男なんていない』っていわれたんだけど……」
「え……」

 石原先生、そんなこと言ってくれたんだ……

 っていうか、この会話の流れ……美形さんは……

「おれ、男じゃないんだなあって思って」
「………………」

 思わず、美形さんの股間のあたりに注目してしまう……。うーん、確かに……。

 って、そんなことで諦めてる場合じゃない!

「じゃあじゃあ、色々試してみようよ!」
「え」
「初めてだと緊張して勃たない人いるよ! あたし、そういうの得……、え?」

 またまた、手で制された。

「申し訳ないんだけど」

 美形さん、さっきまでとはうって変わって真面目な顔になると、きっぱりはっきり………言いきった。

「おれ、あいつ以外とはそういうことしたくないから」


***


 美形さん、30分で帰ってしまった…… 

「なーんだかなー……、と」
 お菓子に手を出しかけて、先ほどの美形さんの声がよみがえってきて、我慢する。

「バランスの取れた食事、だってさ」
 ベッドに寝っころがって、もらったプリントを眺めてみる。

 炭水化物、ご飯、パン、タンパク質、お肉、お魚……

 キレイな色の円グラフ。絵と一緒に書いてあるから分かりやすい。仕事で使うって言ってたけど、何の仕事してるんだろう……調理師とか?

「器用そうな手、してたもんなー」

 プリントを差し出した時の美形さんの手を思い出して、ふーん、と思う。

 あの手は、『あいつ』のためにあるんだなあ……


 美形さんには、高校の時から付き合っている彼女がいるそうだ。
 石原先生からは「彼女と別れて一年以上ご無沙汰」って聞いてたのに、本人曰く「別れた覚えはない」そうだ。
 でも、最後に会ったのは一年前で、それから連絡取ってないっていうんだから、それは普通に考えて別れたということになるんだけど………

(でも、美形さんの心は『あいつ』のものなんだなあ……)

 彼女のことを話す時の、ちょっと照れたような嬉しそうな顔……。誰も入り込めないよ……


「彼女どんな人? 胸大きい?」
「いや………………」

 聞いてみたら、苦笑いされた。思い出し笑いっぽい。なんだかな……

「じゃ、痩せてる?」
「あー、うん。痩せてる」

 ふーん……

「痩せてる子が好きなの?」
「いや、そうわけじゃないんだけど……」
「もっと胸大きかったらいいのに、とか思わなかった?」
「思わないよ」

 美形さん、ぷっと吹き出した。何その幸せそうな顔……。やっぱり痩せてる子が好きってことじゃん。

「………あたしもさ、今、ダイエット中なんだ」
「そう……なんだ?」

 美形さんの視線がゴミ箱に移った。ああ、それなのに、お菓子食べてる、とか思ってるな?

「お菓子ダイエットだよ。知ってる?」
「?」

 首をかしげた美形さん。やっぱりかわいい。

「ちゃんとカロリー計算して、1800キロカロリー超さないように食べてるんだよ」
「毎食、カロリー調べてるってこと? それは大変……」
「別に大変じゃないよ。書いてあるもん」

 ほら、と次に食べる予定だったクッキーの箱を見せてあげる。

「これ足すだけだよ。あたし足し算はわりと得意なんだあ」
「…………え」

 美形さん、ぎょっとしたような顔をした。

「まさか、お菓子ダイエットって、お菓子しか食べないとかそういう……」
「うん。そうだよ?」
「………………」

 美形さん「絶句」という感じなので、説明を加えてあげる。

「友達がそれですぐに3キロも痩せたんだって。お菓子食べて痩せるなんてラッキーだよね~~」
「いや」

 またまたまた、手で制された。美形さん、真剣な顔してる。

「それは、筋肉量とかが減ってるだけで、脂肪が減ってるわけじゃないよ」
「???」

 筋肉量?

「それ続けたら、栄養失調で倒れるよ?」
「栄養失調?」

 なんで? ちゃんと1800キロカロリー食べてるのに?

 言うと、美形さんは「いやいやいや」と首を振って、

「人間には必要な栄養素っていうのがあって……」

 そういいながら、カバンから出してくれたのが、『五大栄養素』って題名のプリントだった。

「バランス良く食べることが大切なんだよ」
「ふーん……」
「例えば、ご飯を………」

 美形さんが、真面目な調子で話し出したので、あたしも思わず聞き入ってしまい……



***


 美形さんがきてから、ちょうど2週間後。石原先生がやってきた。

「おお?! 今日のルナちゃん、肌艶いいねえ」
「でしょー?」

 自分でも分かってる。美形さんに言われた通り、この2週間お菓子を止めて、バランスの取れた食事、を心掛けるようにしたら、体重は微妙に増えちゃったけど、肌の調子が良くなって、なぜかパサついていた髪もしっとりしてきたんだ。

「あの美形さんのおかげだよ。色々教えてもらったの」
「あー、なんか、栄養学の話をしたとか言ってたな。なんなんだろうな、あいつ」

 石原先生、笑いながらシュルリとネクタイを外した。男の人のネクタイ外す仕草って好き。ゾクゾクする。

「お礼いっておいてね? 痩せてはいないけど、キレイになった、でしょ?」
「おお。なったなった」

 ボタンを外すお手伝いをしてあげる。分厚い胸板。石原先生、性格は軽いからあんまりだけど、このガッチリした体型はかなり好み。

「あいつもルナちゃんに礼をいってくれって言ってたよ」
「お礼?」

 きょとん、としてしまう。何もしてないのに?

「うん。なんかなあ、自信がついた、らしい」
「へ?」

 自信???

「やっぱり自分には『あいつ』しかいないって、確信が持てたって」
「………」
「だから、自信を持って、待つことにするってさ」
「………」

 ………。

 あっそーですか……
 そんなのはじめから持ってたくせに……

「………バカみたい」
「だよなあ。一年も音信不通って、それ別れてるってーのにさー…」
「だよね……」

 なのに、待つって……


 2週間前の帰り際、「頑張って」と言ってくれた美形さん。

「ホントにしないでいいの?」

って聞いたら、ふわっと微笑んで、

「おれ、あいつ以外、ダメだから」

 そう、幸せそうに言った。……失礼しちゃう。

 でも、ちょっとだけ、羨ましくなった。


 そう言ったら、石原先生は「オレは全然羨ましくない!」と言い切った。

「世の中、こんなにたくさん可愛い子がいるのに、たった一人に絞るなんて、人生損してるよな~~」

 石原先生の手が優しく優しく包んでくる。

「その中でもルナちゃんはダントツ一番可愛いよ」
「……ありがと」

 それ、ネネちゃんにも言ってるって知ってるけど知らないふりしてあげる。今だけは、恋人気分でいいよ。

「あーこんな可愛い子にこんなことしてもらえるなんて、ホント幸せー」
「でしょ?」

 石原先生の嬉しそうな声が嬉しい。
 あたしはたくさんの男の人を幸せにしてあげてる。それでお金ももらえて、たくさん欲しいものも買えてる。だからあたしも幸せ。

「じゃ、今日もサービスしちゃおうかなあ」
「ルナちゃん最高。大好き」

 こうしてたくさんの人の「大好き」をもらえる。だから幸せ。

 でも、「唯一の大好き」をもらえる美形さんの彼女が、ちょっとだけ、羨ましい。

(早く帰ってきてあげれば?)

 見たこともない、想像上の痩せっぽっちの彼女に念を送ってみる。

(唯一の大好き、受け取ってあげなよ)

 それで、美形さんも幸せになればいい。




--------------------------

お読みくださりありがとうございました!

二年ほど前に書いた「あいじょうのかたち」18-1で、慶が「風俗にいったことがある」と話していたのは↑のことなのでした。詳細書けて満足満足^^

ルナちゃんは買い物依存症気味の、普通の女の子です。一言で「風俗」といっても色々種類がありまして……というのは、本筋から離れすぎるので置いておいて、と^^;

前回の委員長に続き、ルナちゃんにも「帰ってこい!」オーラを送られている浩介さん。慶くんを迎えにくるまで、あと8ヶ月……

次回、金曜日は3年目その3です。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
今後とも何卒よろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!

「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「翼を広げて」目次 → こちら

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする