【浩介視点】
「赤本って真っ赤じゃねえんだな。ちょっとオレンジ入ってる感じしねえ?」
「そうだねえ……でも何色かって聞かれたら、赤って答えるかな……」
「あー確かに……」
なんて話を、本屋の赤本コーナーの前で呑気にしているおれと慶……。
部活も引退するし、そろそろ本格的な受験勉強を……と思っているのだけれども、イマイチ現実味がわいてこない。塾にいったらまた違うのだろうか。
「慶は塾は考えてないの?」
「あー……本当は行った方がいいんだろうけど……」
慶はうーんとうなってから、
「おれ、高校受験の時も、塾は英語だけで、あとは○○ゼミだけだったから、親もおれを塾に通わすって発想なさそうなんだよなあ」
「そうなんだ………」
○○ゼミって、有名な通信教育教材だ。それと英語の塾だけで、学区トップの高校に合格するなんてすごい。
おれは小さい頃から家庭教師をつけられていて、中学までは母にも散々勉強方法に口出しされていたので、慶のように自主性に任された勉強をしたことがない。
「それにさ……塾はちょっと無理な感じなんだよ」
「そうなの?」
「うん………」
慶が言いにくそうに説明してくれたことによると、今、京都に住んでいる慶のおばあちゃんが病気で、その入院代や手術代の仕送りが大変、と、ご両親がコソコソと話しているのを聞いてしまったので、塾に行きたい、とはとても言えないそうなのだ。
「○○ゼミは、中学卒業と同時にやめちゃったから、それだけでもまたやらせてもらおうかなあ……」
「……………」
「お前は?」
「うん……篠原に夏期講習誘われてて……」
もし、慶も塾を考えてるなら是非一緒に、と思っての質問だったんだけど、無理ってことだ……
「へえ?行くのか?」
「うん……。家庭教師の先生も、良い経験になるから行ってみたら?って言ってて、親もそれならって言ってるから……」
「そっかあ。おれも模試だけは受けにいくつもりなんだけど………」
模試もなにげに金かかるんだよなあ……という慶のセリフに、胸が苦しくなってきた。
(おれ、お金の心配ってしたことない……)
親の元から逃げ出したいと思っているくせに、なんの疑問もなく親の庇護を受けている自分が恥ずかしい………
「まーでも、その前に期末テストだな」
「……………」
「っていうか、その前にラーメンだな」
「え」
考え込んでしまったおれに気がついたのか、慶がおれの脇腹をつかんで、にっと笑った。
「真弓先輩が教えてくれたラーメン屋、今日こそは行きてえんだけど!」
「あ……そうだね。前から行こうっていいながら行ってないもんね」
「行こう行こう!」
腕を掴まれ、揺るぎない強さで引っ張られる。
(慶………)
慶はおれを明るい道に導いてくれた。暗闇に沈みこみそうになっても、慶の光はこうしておれを包み込んでくれる。でも、高校を卒業したら頻繁には会えなくなる。
その時おれはどうなってしまうんだろう。
***
真弓先輩、というのは、おれ達の一年上の先輩で、昨年慶が文化祭実行委員長をしたときの、副会長さんだった人だ。背が高くて、サバサバしていて、慶曰く「男前」な人、らしい。
白浜高校ではほぼ100パーセントの生徒が、大学や短大への進学、もしくは進学準備(ようは浪人)の道に進むけれど、自分の夢を叶えるために迷いなく就職の道を選んだそうだ。
「アパレル関係って言ってた」
「アパレルって洋服売る人ってこと?」
「でも、簿記の資格も取ってたし、英検も受けてたし、なんかよく分かんねえんだよなあ」
「ふーん……」
「で、結局、念願叶って第一志望の会社に就職できたって」
「……………」
すごいな……
親に決められたレールの上しか歩けないおれにとって、こうして自らで道を歩く人に対する尊敬の念は強い。
慶もその一人だ。
慶は医者になる、と決めて以来、お姉さんの娘・桜ちゃんの入院していた病院でのボランティアに顔を出しては、憧れの島袋先生と話をしたりしているらしい。
「慶は第一志望は、やっぱり島袋先生の母校?」
聞くと、慶は小さな口に一生懸命大きなチャーシューを入れながらうなずいた。
「まー………高望み過ぎるけど一応」
国内トップレベルの医学部だ。かなり厳しい。けれども、慶ならどうにかなるんじゃないか、と思えてしまう。
「お前は?」
「父の母校に行かされる」
「行かされる?」
「……………あ、いや」
しまった。つい本音が………っ
「あ、いや、その………」
なんとか誤魔化そうとした、そのとき……
「あっれー? 渋谷?」
「うわっ、真弓先輩!?」
声の方を振り返ると、派手な洋服に派手な化粧の女の人が立っていた。背が高いから余計に目立つ。
「誰かと思った! 別人じゃないっすか!」
「そう? あ、おじさん、いつものー!」
真弓先輩はカウンターの中に向かって元気に言うと、ちょうど空いていた隣のテーブルに座った。
「ホントに来たんだ?」
「はい。ご紹介ありがとうございます!」
「お。チャーシューにした?うまいっしょ?」
「うまいっす。お話し通り、柔らかくて………」
あまり見たことのない、対・先輩仕様の慶。崩した敬語だけれども、失礼ではない絶妙なバランス。さすがだな、と思う。
「真弓先輩、お仕事どうですか?」
「楽しいよ」
真っ赤なマニュキュアの指がヒラヒラと舞っている。
「毎日新鮮」
自分の信じた道を行く人の眩しい輝き。慶と一緒だ。
それに比べておれは、大学すら選べない。ひたすら親の望む道を進む。子供の頃、お仕置きのために閉じ込められた物置の中と何ら変わらない暗い世界………
(外には出ていけない……)
おれはこのままずっとこの暗い暗い世界にい続ける。
……と、一人沈んでいきそうになったのだけれども………
「学校って狭い世界だったんだなーって思うよ」
(狭い……世界)
真弓先輩の言葉に、ふ、と記憶がよみがえってきた。
『いい?桜井君』
キビキビとした女性の言葉。
『学校やおうちなんて、世の中のほんの一部でしかないの。これが全てだと思わないで。世界は本当に本当に広いの』
『あなたはこれから色々な人に出会える』
『だから安心して』
佐藤緑先生。小学校2年生の3学期の間だけ担任だった。あの頃、唯一、おれに寄り添ってくれた先生………
(ああ、少し似てるかも………)
佐藤緑先生と真弓先輩。背が高くて、意思の強そうな瞳が似ている。
あのときおれは、大人になったらこんな人になりたい、と思ったのだ。こんな風に、子供に寄り添える大人に……
--------------
お読みくださりありがとうございました!
佐藤緑先生は、今まで名前しか出せていなかったのですが、ようやく出せました……
次回は慶視点。お時間ありましたら、金曜日もどうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
こんな真面目な話にご理解いただける方がいらっしゃること、本当に本当に有り難く思っております。
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***
保健室から追い出されたおれ達は、バスケ部の部室に向かった。
今日は、更衣室は花島高校の生徒が優先で使うことになっているため、白浜高校の生徒は自分達の部室で着替えるよう言われているそうだ。
「桜井先輩、鍵、お願いしていいですか?」
「うん。ありがとう」
ちょうど着替え終わった下級生が浩介に声をかけて出て行ったので、浩介とおれの二人だけが部室内に残された。
「桜井先輩、だって」
「一応、先輩、だもん」
ちょっと笑った浩介。一年前と比べて、ずいぶんと頼りがいのある「先輩」になったよなあ……
バスケ部の部室は、野球部と共用になっている。うちの高校は生徒数も多いし、部活の数も多いため、どこの部活も単独の部室はもらえないのだ。高校二年生の一年間だけ浩介と一緒に所属していた写真部も、華道部と共用の部室だった。
(同じ部活……楽しかったよなあ……)
夏の合宿なんて、ずいぶんと前のことのようだ。
その前は、浩介が女子バスケ部の一年先輩の美幸さんに片思いしてて……あれは辛かった……
(今日のバスケ部の打ち上げ、卒業生も来んのかな………)
だとしたら、嫌だな………
そんなことを思いながら、窓辺に置かれた椅子に座った。
中に入るのは初めてなので、物珍しい。キョロキョロしていたら、壁に吊り下げられたノートに目が留まった。
(バスケ部日誌……)
おれも中学はバスケ部だったので、懐かしさがこみあげてくる。
勝手に取って、着替えをしている浩介に背を向けて座り直し、コッソリとめくってみた。
(……お。やっぱりあった)
ノートの最後の方に、引退する3年生のメッセージが書かれている。おれも中学の時に書かされたので、あると思ったんだ。
『上を目指せ』
とだけ、力強い字で書いているのは、上岡武史。こいつ、中学の時も同じこと書いてた。手抜きだ手抜き。
『バスケ部楽しかったです!ありがとう!来年はさらに可愛い女子が入部してくれるといいね!』
篠原……。お前の頭の中はそればっかりだな……。元々篠原は可愛い女子が多いという理由でバスケ部に入部したらしい。ここまでブレないと、いっそ清々しい。
『今までありがとう。これからもみんなのこと応援しています』
あっさりと書いてあるのは斉藤。でも『みんな』の下に『↑トモちゃんの、だろ!』と誰かがツッコミいれている。わりと途切れずに彼女がいる斉藤。そういえば、今の彼女は2年生の女バスの子だったな……
浩介は……と、たどっていったら、見覚えのありすぎる綺麗な字が見つかった。ノートの一番下。
『最後まで続けて良かったです。バスケ部での日々は、これからの人生の糧となるに違いない』
「あ!それ!」
「んー……」
おれが読んでいることに気がついた浩介が慌てたようにこちらにこようとしたけれど、ベルトが引っ掛かってワタワタしているので、その隙に続きを読む。
『一緒に闘ってくれたチームメイトに心からお礼を言います。本当にありがとう』
真面目だなあ。浩介らしい……と苦笑したところで、
「………あ」
ありがとう、の下に書かれた小さな文字に気がついた。
小さくても分かりやすい浩介の字。とてもとても丁寧に書かれた字……
『そして、いつも支えてくれた最愛の人に最大の感謝を』
……………。
最愛の人………
「これって……」
おれのこと……?
言おうとしたところを後ろからふわりと抱きしめられた。
「…………慶」
「……………」
包みこまれる………
おれはバスケ部員ではないので、浩介が部活の連中と仲良くしていることを、正直面白くなく思うこともあったし、ものすごい疎外感も感じていた。
でも、こうして、バスケ部のノートの片隅におれのことを書いてくれた……
(それって………)
バスケ部にいても、おれの存在は隣にあったってことだよな……?
「慶……ありがとね。おれのバスケ部人生、慶とずっと一緒だった」
おれの心を読み取ったような浩介の優しい声……震えてしまう。
「………人生って大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ。本当だよ」
浩介はおれの手からノートを取り上げると、元あった壁掛けに戻した。
「でも、それも今日でおしまい」
「……………浩介」
座っているおれの前に膝をついて、こんっとおれの腿に額をのせてきた浩介。足をぎゅっと抱きしめてくる。
「………制服汚れるぞ?」
「うん………」
うなずきながらも、離す気配がないので、膝にのった頭をゆっくりゆっくり撫でてやる。
「………どうした?」
「うん………。ごめんね、甘えて」
「………………」
ああ、そうか………と思いつく。
今日いつも以上にじゃれてきてたのは、引退でさみしいからなのか………
「またバスケやろうな?」
「………うん。でももう、慶としかやらないよ。部活は今日でおしまい」
「そんなこと……」
「バスケはもう、慶とできればそれでいい」
「……………」
実際はこれから引退式だし、OBで遊びにいくことだってあるだろう。
でも、おれとしかしないって今思ってくれていることは、単純に嬉しい、と思ってしまう。
「じゃ、また1ON1の賭けするか」
「………ハンデたくさんつけてね」
「何言ってんだよ、現役バスケ部員が」
「もう引退するもん。現役じゃないもん」
クスクスクス………と二人で笑いあう。
されるがままに、頭を撫でられている浩介。気持ちよさそうに目をつむって………
(こんな日がくるなんて……)
こんな日がくるなんて、思いもしなかった。友達としてではなく、恋人として、浩介がおれに身を委ねてくれている。おれの手の中で安心したように目をつむっている……
こんな時間がずっと続けばいい。ずっと。ずっと………
と、思っていたら。
「わああああ!」
「!?」
いきなり聞こえた悲鳴に振り返ると、ドアのところで野球部のユニフォーム姿の小柄な下級生が、口に手を当てて立っているのが目に入った。
「わー!!すみません!」
「え」
野球少年、真っ赤だ。
「お邪魔しました!! わー!みんなダメダメ!今入っちゃダメー!!」
「え、ちょ……」
呼び止めようとしたおれ達の言葉も聞こえないように、野球少年は叫びながら出て行ってしまい……
「…………」
「…………」
無言で顔を見合わせる……
「野球部……溝部いるよね……」
「………めんどくせえ」
どうも今日は厄日な気がしてならない……
***
「月曜日から、毎朝自転車で迎えに行くね」
帰り道に、浩介がそんなことを言い出した。
バスケ部の打ち上げは、一度帰宅して洋服に着替えてから再集合、ということなので、浩介はいつものようにおれを自転車で家まで送ってくれている。
「でも、そんなことしたらお前、早く家でないといけないし、大変じゃないか?」
登校時にうちに寄るとなると、道が変わってしまうので、余計に時間がかかるのだ。でも、浩介は「大丈夫」と首を振った。
「朝練の時間に比べたら遅いし」
「でも」
「だってさ……やっぱり3年生になってから、慶に会える時間減っちゃって寂しいんだもん」
クラスが違う分、当たり前だけど会える時間は激減した。
「せっかく部活も終わって朝練もなくなるわけだし。一分でも一秒でも多く慶に会いたい」
「…………」
「迷惑だったらやめるけど……」
「………あほか」
ちょうど家の前に着いて、振り返られたので、自転車から下りて、グーで胸のあたりをおしてやる。
「迷惑なわけないだろ」
「ホントに?」
「………………。嬉しい」
「ホントに?!」
ぱあっと顔を明るくした浩介。かわいい。おれの浩介は本当にかわいい。
「良かった。じゃ、8時ね」
「おお」
「雨だったら同じバス乗るようにするね」
「ん」
うなずいたところ、
「……………慶」
浩介が自転車からおりて、おれの頬に手を伸ばしてきた。浩介の冷たい手……
「慶のほっぺってどうしても触りたくなる」
「………」
じっと見つめてくる浩介の瞳……
「白くてつやつやしててホント綺麗」
「………………」
「綺麗………」
「………………」
真っ直ぐ見つめ返したら、浩介の瞳に、切ないような光が混じりはじめた。
「慶」
「うん」
「慶………」
「……………」
そして…………………と、思ったら、
「浩介さん!」
「!」
突然の大きな声に驚いて、咄嗟に離れる。と、妹の南がパタパタと音を立てながら玄関から出てきた。
「バスケ部、これから打ち上げあるんでしょ? 時間大丈夫?」
「え………」
何をいきなり………と思ったら、さーっと近寄ってきて、今度は小さな声でこそこそっと言った。
「お母さん窓から見てるよっ。続きするならお部屋でどうぞっ」
「…………げ」
「でも、ドアは開けておいてね。コッソリ見るから!」
「……………」
……………。
誰が見せるか!!
と、叫ぶ前に、浩介が「あ」とつぶやいた。
「そうだ。打ち上げ、忘れてた……」
「……………行ってこい」
手を振ると「うん」と浩介は軽くうなずいて、自転車にまたがった。
「あー、続き見たかったのに」
「今度ね」
「是非!」
「アホかっ」
南とのアホなやり取りにつっこんでから、浩介を送り出す。
遠く、遠くなっていく背中………
(浩介………)
その背中を見送りながら、ふっと不安にとらわれる。
(結局聞けなかったな……)
こわくて聞けなかった。
(今日の打ち上げ、バスケ部卒業生も参加するのか?)
美幸さんは、来るのか……?
………………。
………………。
やっぱり今日は厄日だな……
--------------
お読みくださりありがとうございました!
初々しい高校生の二人。
次回は暗~~い浩介視点。
どうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!おかげさまで今回も何とか書き終わることができました。ありがとうございました。今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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1992年・高校3年生夏
【慶視点】
おれ達の通う白浜高校と、隣接花島高校との恒例の交流試合。今年は白浜高校で開催された。
今年は、野球部、バレーボール部、ハンドボール部、テニス部、サッカー部、バスケ部の試合が一日かけて行われる。
浩介達バスケ部3年生はこれが引退試合となるので、普段はあまり試合に出られないスタメン外の3年生も、この日ばかりはチャンスをもらえる。
今まではベンチ入りしてもベンチを温めて終わりなことが多かった浩介も、中盤から出場し、しかも、試合終了10秒前。
「打て!その場で打て!」
おれの声が聞こえたかのように、逆転のスリーポイントシュートを決めた!
「入ったーー!!」
「逆転ー!!」
どっと沸いた体育館の中……
(なんつー顔してんだあいつ)
浩介の、まさに「鳩が豆鉄砲くらったような顔」にちょっと笑ってしまう。が、試合中だぞ!
「桜井!ボーっとすんな!戻れ!」
「あっ!」
チームメイトの上岡武史の声に、ハッとしたように浩介が戻りかけた。が、
(やった!)
無事に終了のホイッスルが鳴った!
「ったーーーー!!」
わあああっと今日一番の歓声の中で、浩介が興奮したように叫んでいるのが見える。
(ああ……良かった)
ほっと息をつく。
浩介がこの2年数ヶ月、ずっとずっと頑張ってきたことが実を結んだ。自分のことのように……いや、自分のこと以上に嬉しい。まったくの素人だった浩介がここまで成長できたのは、あいつが毎日毎日練習をサボらずに励んできたことと……
(おれの教え方が上手だったおかげに違いない!)
なんてことを思いながら、満たされた気持ちでチームメートに囲まれた浩介を眺めていたのだけれども……
「ハンドボール部の試合準備があるので、該当生徒以外は体育館から退出してください」
交流試合実行委員からの放送に水を差された。勝利の余韻に浸る暇もくれないのか!と文句を言いたいところだけれども、時間が押しているらしく、実行委員は殺気立っている。繰り返し流れるアナウンスにも苛立ちが含まれはじめた。怒られる前にさっさと出よう……。
グラウンドでは今、サッカー部が試合をしているらしい。テニス部は終わったらしく、ラケットを持った生徒がバスケの観客の中にも紛れている。
普段見慣れない花島高校の制服やジャージと見慣れた白浜の生徒と入り混じった人波に乗って体育館からの階段を下り終わったところで、上から声が聞こえてきた。
「慶! 慶!慶!慶!」
おれを「慶」と呼ぶのは、この学校で一人しかいない。振り返ると、当然、浩介の姿が目に入った。人波をかき分けながらこちらにこようとしている。背がわりと高いのでやっぱり目立つ……というか、ユニフォーム姿だから余計に目立ってるぞ、おい。
「おー、なんだお前、もう…………、って!」
止める間もなかった。
「ま、まて……っ」
「けーいーー!!」
おれの停止をものともせず、ぎゅーぎゅーぎゅーぎゅー抱きついてきた浩介。
(うわ……っ)
汗の匂いにそそられ……って、そそられてる場合じゃない!!
「お前! 何して……っ」
「慶、慶!慶! ありがとう!」
は? ありがとう?
叫ばれた声にキョトンとなる。
「何が……」
「さっき、打て!って言ってくれたでしょ!」
「え……」
さっきって……スリーポイントシュートの話か。
浩介は目をキラキラさせたまま、おれの両頬を囲った。
「言ったよね? 言ったでしょ?」
「言った………けど」
あれだけの歓声の中、おれの声が聞こえるわけ……
「聞こえたよ! 聞こえた! だから打ったんだよ!」
「………っ」
こんっとオデコがオデコに落ちてくる。
「ありがとう。慶。ありがと。慶がいてくれたからおれ、ここまでできた」
「……うん」
「慶のおかげだよ。何もかも慶のおかげ」
「……………」
それは違う。それはお前が一生懸命だったからで。お前が頑張ったからで。おれはお前のそんなところが羨ましくて……大好きで。
「……良かったな」
「うん」
微笑みあって、そして……
………って! 違う違う違う!!
ここ、学校! 周りから大注目浴びてるぞ、おれ達!
「わかったから、とりあえず離せっ」
力ずくで腕から抜け出たけれども、浩介は「えーっ」と言いながら再び抱きついてくる。
「えー、いいじゃんいいじゃん」
「よくねーって!」
なんか周りの女子にクスクス笑われてるしっ。
「いい加減離れろっ」
「なんでー?」
「………お前、蹴られたい?」
「……わかったよ」
浩介は渋々体を離したものの、今度は肩に肘をのせてきた。
「だからお前ーっ」
いいながら腕をどかそうとしたのだけれども………
「け、慶!」
「わっ」
突然叫ばれ、ビクッとなってしまった。な、なんなんだ。
「な、なんだよ?」
「背! 背が伸びてるっ」
「背?」
おれがいぶかしげにいうと、浩介は勢いよく肯いた。
「肘の位置が上がったもんっ」
「何言ってんだよ……」
伸びているにしたって、今日急に分かるなんておかしい。そんなに突然伸びるなんてあるわけがない。
そういうと、浩介はブンブン首を振って、
「肘を乗せたのは久しぶりなんだもんっ。いつもは抱きしめるか、腰に手を回すかだからっ」
「…………」
そういうことを大きな声で言うな……
「……お前が縮んだんじゃないか?」
「この歳で縮んだら困るよっ。慶が伸びたんだよっ。測ってみよっ。ほら、保健室!」
腕を掴まれ、そのままズルズルと保健室に連れて行かれた。試合直後で興奮状態な浩介は、いつもより強引だ。
保健室には、保健の先生はいなくて、テニス部の女子が二人、椅子に座っておしゃべりをしていた。
「はい、上履きぬいでね」
言われるまま身長計にのってみる。高2の秋の測定が161で、高3になってすぐの測定でも161だったので、もう伸び止まったんだ……と、相当落ち込んでたんだけど………
「ひゃくろくじゅう……さんてんきゅう……164cmだっ」
「ろくじゅうよん?!」
浩介の言葉にギョッとする。64って!この3か月で3センチも伸びたのか?!
「うわ!マジか!!」
「本当だよっ3センチも伸びてる。……ちょっと複雑」
「複雑?」
なんだそりゃ。
「なんで複雑なんだよ?」
「だって………」
眉を寄せてこちらを見下ろしてきた浩介………
あ、まずい。やな予感……。
という予感通り、後ずさりするよりも早く、ガシッと抱きしめられた。
「だって慶を抱きしめにくくなるじゃん!」
「わっやめろっ」
おれがわたわたしているのにも構わず、浩介はおれの背中にまわした腕にギュウギュウ力をいれながら、満足げにうなずいた。
「やっぱり大丈夫だった」
「わかったんなら離せっ」
ここ学校! 人目が………っ
「やだっ離さな~い」
「お前………っ」
本気で蹴り倒すぞ……っ、と、言いかけたその時、ドアが開き、保健の小川先生が戻ってきた。
そして、おれ達二人をみて、一言。
「不純同性交遊するなら出ていってくれる?」
不純………って!
「ご、誤解ですっ」
「誤解です。残念ながらまだなんです」
「あほか!」
ケロッと本当のことを言う浩介に蹴りをいれてやる。
「まあ、どっちでもいいんだけど」
小川先生はニッコリと笑った。
「あの子達、目まんまるくしちゃってるでしょ。ちょっとは人の目気にして?」
「あ……」
テニス部の女子2人が呆気にとられたようにこっちを見ている………
今日は厄日だ………
--------------
お読みくださりありがとうございました!
って、どうでもいい話をダラダラとっ。載せるのやめようかとも思ったんですけど……ま、まあ、彼らの高校生活こんな感じ、ということで、すみません……。
次回もダラダラしてます。もしお時間ありましたら、どうぞ宜しくお願いいたします。
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1992年・高校3年生春
【浩介視点】
「バレンタインに間に合うように、そろそろと思いまして」
そう言って、慶の妹・南ちゃんが、行為をスムーズに行うため?のジェルをくれたのは、高校2年生のバレンタイン前のこと。
「できたら報告してね」
と、言われたけれど、残念ながら、結局できなかった。(南ちゃんにそう報告したら、ブーブー文句を言われた。でも、本当にできなかったんだからしょうがないって!)
「するのは受験が終わってから」
慶とそう約束したので、そのジェルはベッドの下の物入れの中にしまいこんだ。
おれのハハオヤは時々、おれの机の引き出しや本棚の物入れの中をチェックすることがあるので、どこにしまうかは少し悩んだ。この物入れの中には海外旅行の時に買った色々なものが入っているので、ぱっと見には分からないはず……
(まあ、もし見つかっても………)
あの人は何に使うものなのか分からないだろうから、大丈夫かな、という気もする。
しかし………
ジェルをしまいこんだからといって、したい欲求までしまいこめるわけではなく………
「浩介………」
「………………………………」
キスをしたあとに時折見せてくれる、慶の蕩けるような瞳。すがるように掴んでくる腕の痛み………
(わざと………?)
煽ってるの?と聞きたくなってしまう。
しまいきれない欲情が頭をもたげてくる。
(慶………そんな顔してたら襲いたくなっちゃうよ………)
そう言いたいけど、言ったらきっと二度とその顔してくれなくなりそうだから言わない。
言わないで、目に焼きつける。そして、夜にその瞳を思い出して、一人、ことに及ぶ。
それで、つくづく思う。
あー……なんで受験が終わってから、なんて言っちゃったんだろう……
でも、実際問題、旅行にでも行かない限り、二人きりで夜を過ごすことはできないから、どのみち無理だもんなあ………
「あーああ………」
まだまだ先の話だ……
ため息しかでてこない………
とりあえず………
不純だけど、慶とそういうことする日を夢見て、受験勉強頑張ろう、と思う………
【慶視点】
キスをするときの浩介の顔を見ると安心する。
それも軽くチュッの時じゃなくて、貪るようなキスの時の、浩介が良い。
「浩介…………」
そんなキスの後、気持ちがいっぱいになって、腕をぎゅっと掴みながら見上げると、浩介はいつも、ジッとこちらを見てくれる。「欲しい」って目で見てくれる。それが何より嬉しい。
(本当に、おれでいいのか?)
聞きたくても聞けない質問に、「いいよ」ってその目が答えてくれている気がする。
本当に、おれでいいのか?
この心配は、ずっとずっと心にこびりついている。
初めて恋をした相手が男である浩介だったおれと違って、浩介は、バスケ部の堀川美幸という一つ上の女性に片思いしていた時期がある。
と、いうことは、浩介の恋愛対象は、本当は女性なのではないか?と思うのだ。
好きだと言ってくれる言葉に嘘はないと思う(思いたい)。でも、それでも「男のおれでいいのか?」と、問いただしたくなるのは、一年以上、おれは男だから無理だ、と、諦めながら思い続けていたせいかもしれない。
だから、お互いを貪り尽くすみたいなキスをする時の、浩介の攻撃的な瞳を見ると安心する。
いつもの優しい優しい浩介とは違う、雄の顔をした浩介。ちゃんと、欲望の相手として見てくれている、と思えて嬉しくなる。
だから、もっと求めてほしくなる。もっともっと求めたくなる。
(受験が終わったら、旅行に行って……かあ……)
約束を思い出して、ため息をついてしまう。
早く受験終わんねえかな………
まだ3年生になったばかりなのに、そんなことを思う。
***
うちの高校は3年生になると、文系と理系と国公立系でクラスを分けられる。
おれは理系で、浩介は文系なので、当然別々のクラス。高2の時、クラスでつるんでいた奴らも、全員バラバラのクラスになってしまった。
でも、1年の時に同じクラスで仲良くしていて、2年の時には文化祭実行委員を一緒にやった安倍康彦、通称ヤスとは同じクラスになれた。
「理クラ、女子少ないよな……」
「え」
初日早々、ヤスが文句をいっているのを聞いて、気がついた。
(………と、いうことは、文系クラスに女子がたくさんいるってことか………)
………………。
心配になってきた。
文系クラスの浩介……。女子に囲まれたりしてねえだろうな……。
休み時間に速攻で浩介のクラスを見に行ってみたら、
「あ、慶!」
「……おお」
一番後ろの席に座った浩介が、にっこにこで手を振ってきたので、思わず顔がにやけてしまう。
(あー、やっぱりおれの浩介かわいい)
雄の浩介も良いけど、こういう可愛い浩介もたまんねえ。抱きしめて頭グリグリしてやりたくなる。
何か理由つけてグリグリしようかな、と、教室の中に入っていったところ……
「あ!渋谷~~!」
はしゃいだ甲高い声に呼び止められた。
「………………篠原」
そういえば、篠原は浩介と同じクラスだったな、と掲示板に張り出されていたクラス名簿を思い出す。
篠原は、浩介と同じバスケ部所属。部活内で一緒に行動することが多いらしく、二人セットで「しのさくら」と呼ばれている。はじめのうちは、それにかなりムカついていたのだけれども、篠原が無類の女好きで、男の友情よりも女を優先する奴だから、浩介と過度に仲良くなることはない、と気がついてからは、気にしないことにしている……
篠原はいつものように慣れ慣れしくおれの背中をバシバシたたいてくると、
「も~渋谷ってば、理クラ、女子が少ないからって、文クラに遊びに来たな~~?」
「は?」
なんだそりゃ。
「甘いな~。オレなんか、本当は理数の方が得意だけど、女子少ないの嫌だから、文クラ選択したんだよ~」
「…………」
「ま~どうしてもというなら、紹介してあげてもいいよ~」
さすが篠原。あいかわらず女を中心に回ってる……。
呆れ過ぎて何も言えずにいたところへ、
「もー、篠原っ」
浩介が、おれと篠原の間に割って入ってきた。
「慶は女の子に興味ないんだから、そんなことしなくていいのっ」
「…………」
浩介、そんな本当のこと言ってどうする……
篠原は、「うえ~~」と眉を寄せると、
「何言ってんの? 高校生活あと一年しか残ってないんだよ! 青春しなよっ青春っ」
「篠原、さっきからそればっかり」
すでに話をされていたらしい。浩介は真面目な顔をして、
「だから、おれ達、受験生だよ? 青春とかそんなこと言ってる暇ないでしょ?」
「そんなことないから!」
ぐっと握りこぶしを振り上げた篠原。
「この暗い受験生生活を乗り切るためにも、かわいい彼女が必要なんだよ!」
「アホか」
思わず出てしまった言葉に、キッと篠原がこちらを振り返った。
「じゃ、渋谷は何を楽しみにこの一年乗り切るつもりなわけ?!」
「楽しみ?」
楽しみって……
うーん、と浩介を見上げると、
「決まってるじゃん!」
浩介がニッコニコで手を打った。
「旅行だよ!旅行! 受験が終わったら二人で旅行にいくんだよ。ねー?」
「…………」
………。
………。
あ、いや、行くけど……行くけどさ!! それはーーーー!!
色々、色々頭に思い浮かんできて、顔が赤くなってしまう。篠原になんて思われるか………っ
という心配をよそに、篠原は、
「えー? 男2人で旅行って何が楽しい……、あ、吉田さん!委員会何やるー?」
学年でも可愛いと評判の吉田の姿を見つけると、尻尾を振った犬よろしく吉田の元に走っていってしまった。
「…………」
「…………」
浩介と顔を見合わせ……ぷっと吹き出してしまう。
「旅行、楽しみだね」
「……おお」
おれ達の言う旅行は旅行だけの意味じゃなくて……そういう意味で。
浩介もそれを望んでくれているってことに、ドキドキしてしまう。
でも、でも。その前に。
「受験、頑張ろうな?」
手を伸ばして、思いっきり頭をグリグリしてやったら、
「うんっ」
浩介が、えへへ、と笑った。やっぱりおれの浩介は抜群にかわいい。
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お読みくださりありがとうございました!
本編はじめる前に「この頃の2人、こんな感じです」のお話でございました。初々しい❤
ちなみに「するのは受験が終わってから」と約束したのはこちら↓
読切「初体験にはまだ早い*R18」(慶視点)
長編「将来」の「4-2」、「4-3*R18」(浩介視点)
次から本編。季節は夏。浩介引退試合。のお話です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。火曜日更新予定です。
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