【哲成視点】
合唱大会が無事に終了した。
うちのクラスは、見事に金賞を獲得。そして、村上享吾は伴奏者賞をもらった。
村上享吾の伴奏は「別格」だったと、音楽の先生も大絶賛していた。まるで何人もの人が弾いているかのように、場面場面で音色を変えていて、伴奏として合唱を支えているだけでなく、自らも合唱の一部のように歌っているところもあった……とかなんとか。
何人もの人が弾いているかのよう、というのは、オレも思った。村上享吾は練習と本番では弾き方が違っていた。と、いうのが……
(母ちゃん?!)
と、ギョッとして思わず階下のピアノの方を見てしまった瞬間があったのだ。ソロに入る前の、短い間奏の部分だ。いつもの包み込むような優しい音ではなく、空の上からキラキラした光が下りてくるみたいな音で……
(母ちゃんの音だ)
震えるような感動。その直後の自分のソロは、どう歌ったのかはあまり覚えていない。ただただ、母の温もりに包まれたことだけは覚えている。
***
合唱大会の終わりは、本格的な受験シーズン突入を意味する。
金賞の喜びに浸る間もなく、翌日からの三者面談の説明をされ、一気に現実に引き戻されてしまった。伴奏者賞を迷惑そうにしていた村上享吾は、みんなの話題が三者面談に移ってホッとしているようだった。
「キョーゴ。今日もピアノ弾きにきてくれよー」
と、帰り際に村上享吾を誘ってみたところ、奴はアッサリと首を振って「ピアノはもういい」なんて言いやがった。
「なんでだよー。一曲だけでも」
「一曲弾いたらもっと弾きたくなるだろ。だから、もう、一切弾かない」
「えー………」
つまんねーなー
ぶーっと頬をふくらますと、村上享吾はちょっと笑って、頭をポンポンとしてくれてから、行ってしまった。
(………笑った)
思わず、撫でられたところを確かめるように頭を押さえる。
いつのころからか、村上享吾は笑うようになった。……いや、今までも笑ったことがないわけではないのだけれども、今までの笑いはどこか嘘っぽかった。それが、最近、オレに向ける笑顔は自然で優しくて……
(これが、本当の『村上享吾』なんだろうな)
なぜかは知らないけれど、こいつはいつも殻をかぶっている。合唱大会を通してずいぶんその殻は破れてきたと思ったけど、みんなの前ではまだまだだ。
(オレの前では、わりと素直……だよな)
やはりピアノを弾くために毎日うちに来てたのが良かったんだろう。昨日も不安を吐露してくれた。心を許してくれてる感じがして嬉しかった。
(そういうオレも、奴のビアノの前では、素に戻ってたよな……)
暁生の女連れ込み事件で落ち込んだ時も、村上享吾はオレのことを抱きしめてくれて、それから、何も言わず、ピアノを聴かせてくれた。
「……………。やっぱ、良い奴だな」
うんうんうなずく。そうだ。村上享吾は、かなり、すごく、良い奴だ。
そんなことを考えていたら、暁生のクラスのホームルームがようやく終わり、暁生が一番に出てきてくれた。
「テツ。待たせたな」
「いや。今きたとこ」
オレの親友・松浦暁生は、背が高くてガタイも良い。ハッと目を引く容姿をしている。
「久しぶりだな。一緒に帰るの」
「だな」
うちのクラスは合唱大会数日前から朝練と放課後練をしていたため、しばらく別々に登下校していたのだ。それも今日で終わったから、また一緒に登下校できる。
「テツのクラス、凄かったな。うまかった」
「おーそうか?」
「テツのソロも良かったぞ? アルトを男が歌うっていうのも斬新だったし」
「あはは。斬新かあ」
久しぶりの暁生との時間。でも、少し、何となく、距離があるのは、オレの中でわだかまりがあるからだ。
(あの時のあれは、偶然だよな? はじめからうちをラブホテル代わりにしようとしたわけじゃないよな?)
聞きたいけど、聞けない………
それに理由はどうあれ、やっぱり生理的に嫌で、あの時以来、オレはベッドで寝れていない。お手伝いさんの田所さんに、シーツも布団カバーも洗ってもらったけれど、どうしても、抵抗があって、結局今もリビングのソファで寝ている。
(暁生……オレに嘘ついてないよな?)
モヤモヤが広がっていく……。と、
「ああ、そうだ。テツ」
暁生が、いかにも今、気がついたように言った。
「野球の勉強会でまた家貸してほしいんだけど」
「あ……うん」
「明日とか、空いてるか?」
「……………」
明日……空いてるけど……
「なあ、暁生」
ゆっくり、横を歩く暁生を見上げる。
「その勉強会って、何人くるんだ?」
「え?」
暁生はキョトン、としてから、んー、と上を向いた。
「10人に声かけるけど、実際くるのは、たぶん6人くらい、かな」
「そっか……」
「え、もしかしてオジサンからダメって言われたりしたか? 一応キレイに使わせてもらってるつもりだけど、大人数だからやっぱり……」
「あ、いやいやいやいや。そうじゃないんだ」
言い募ろうとする暁生の言葉を慌ててとめる。
「そういうわけじゃなくて……あの……」
「なんだよ?」
訝し気に聞いてきた暁生。もう、思い切って言ってみる。
「その中に、女っている?」
「女? ああ……いる時もあるかな。N高の野球部のマネージャーがメンバーの知り合いでさ。こないだも来てた」
「へえ……」
N高のマネージャー。あの女は高校生ってことか……
「なんで?」
「いや……別に」
うーん……やっぱり聞けない。聞けないし、「実はこないだお前がその女とやってるところの声聞いた」なんて絶対言えない……
でも、とにかく、うちでやるのはやめてくれ、と思うのは、心が狭いか? いや、そんなことないよな? 誰だって、嫌だよな……
「あの……」
意を決して頭をあげた。
「家貸すのはいいんだけど、リビングだけにしてもらってもいいか?」
「え?」
再びのキョトン顔の暁生に、慎重に言葉を継いでみる。
「こないだ、オレの部屋も使った、よな? それはやっぱりちょっと……」
「…………」
「…………」
「…………」
嫌な沈黙の後……暁生はふうっと大きなため息をついた。そして、数秒の間をあけてから、
「テツ」
「!」
思わず、後ずさってしまうほどの、冷たい笑顔。
「オレの頼みに文句付けたの、初めてだな」
「……………」
そう言われてみれば、そう、かも………
「なんで? 享吾の影響?」
「え……………」
村上享吾は別に関係ない。……といいかけたけれど、「ああ、もういい。分かった」と遮られた。
「じゃあ、リビングだけ、貸してくれ。明日、3時から2時間。いいな?」
「…………うん」
なんとか肯くと、暁生はさっさと歩いていってしまった。
(…………暁生?)
こんな暁生初めてみた。
こわい。こわくて、立っているのがやっとだ。
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合唱大会が無事に終了した。
うちのクラスは、見事に金賞を獲得。そして、村上享吾は伴奏者賞をもらった。
村上享吾の伴奏は「別格」だったと、音楽の先生も大絶賛していた。まるで何人もの人が弾いているかのように、場面場面で音色を変えていて、伴奏として合唱を支えているだけでなく、自らも合唱の一部のように歌っているところもあった……とかなんとか。
何人もの人が弾いているかのよう、というのは、オレも思った。村上享吾は練習と本番では弾き方が違っていた。と、いうのが……
(母ちゃん?!)
と、ギョッとして思わず階下のピアノの方を見てしまった瞬間があったのだ。ソロに入る前の、短い間奏の部分だ。いつもの包み込むような優しい音ではなく、空の上からキラキラした光が下りてくるみたいな音で……
(母ちゃんの音だ)
震えるような感動。その直後の自分のソロは、どう歌ったのかはあまり覚えていない。ただただ、母の温もりに包まれたことだけは覚えている。
***
合唱大会の終わりは、本格的な受験シーズン突入を意味する。
金賞の喜びに浸る間もなく、翌日からの三者面談の説明をされ、一気に現実に引き戻されてしまった。伴奏者賞を迷惑そうにしていた村上享吾は、みんなの話題が三者面談に移ってホッとしているようだった。
「キョーゴ。今日もピアノ弾きにきてくれよー」
と、帰り際に村上享吾を誘ってみたところ、奴はアッサリと首を振って「ピアノはもういい」なんて言いやがった。
「なんでだよー。一曲だけでも」
「一曲弾いたらもっと弾きたくなるだろ。だから、もう、一切弾かない」
「えー………」
つまんねーなー
ぶーっと頬をふくらますと、村上享吾はちょっと笑って、頭をポンポンとしてくれてから、行ってしまった。
(………笑った)
思わず、撫でられたところを確かめるように頭を押さえる。
いつのころからか、村上享吾は笑うようになった。……いや、今までも笑ったことがないわけではないのだけれども、今までの笑いはどこか嘘っぽかった。それが、最近、オレに向ける笑顔は自然で優しくて……
(これが、本当の『村上享吾』なんだろうな)
なぜかは知らないけれど、こいつはいつも殻をかぶっている。合唱大会を通してずいぶんその殻は破れてきたと思ったけど、みんなの前ではまだまだだ。
(オレの前では、わりと素直……だよな)
やはりピアノを弾くために毎日うちに来てたのが良かったんだろう。昨日も不安を吐露してくれた。心を許してくれてる感じがして嬉しかった。
(そういうオレも、奴のビアノの前では、素に戻ってたよな……)
暁生の女連れ込み事件で落ち込んだ時も、村上享吾はオレのことを抱きしめてくれて、それから、何も言わず、ピアノを聴かせてくれた。
「……………。やっぱ、良い奴だな」
うんうんうなずく。そうだ。村上享吾は、かなり、すごく、良い奴だ。
そんなことを考えていたら、暁生のクラスのホームルームがようやく終わり、暁生が一番に出てきてくれた。
「テツ。待たせたな」
「いや。今きたとこ」
オレの親友・松浦暁生は、背が高くてガタイも良い。ハッと目を引く容姿をしている。
「久しぶりだな。一緒に帰るの」
「だな」
うちのクラスは合唱大会数日前から朝練と放課後練をしていたため、しばらく別々に登下校していたのだ。それも今日で終わったから、また一緒に登下校できる。
「テツのクラス、凄かったな。うまかった」
「おーそうか?」
「テツのソロも良かったぞ? アルトを男が歌うっていうのも斬新だったし」
「あはは。斬新かあ」
久しぶりの暁生との時間。でも、少し、何となく、距離があるのは、オレの中でわだかまりがあるからだ。
(あの時のあれは、偶然だよな? はじめからうちをラブホテル代わりにしようとしたわけじゃないよな?)
聞きたいけど、聞けない………
それに理由はどうあれ、やっぱり生理的に嫌で、あの時以来、オレはベッドで寝れていない。お手伝いさんの田所さんに、シーツも布団カバーも洗ってもらったけれど、どうしても、抵抗があって、結局今もリビングのソファで寝ている。
(暁生……オレに嘘ついてないよな?)
モヤモヤが広がっていく……。と、
「ああ、そうだ。テツ」
暁生が、いかにも今、気がついたように言った。
「野球の勉強会でまた家貸してほしいんだけど」
「あ……うん」
「明日とか、空いてるか?」
「……………」
明日……空いてるけど……
「なあ、暁生」
ゆっくり、横を歩く暁生を見上げる。
「その勉強会って、何人くるんだ?」
「え?」
暁生はキョトン、としてから、んー、と上を向いた。
「10人に声かけるけど、実際くるのは、たぶん6人くらい、かな」
「そっか……」
「え、もしかしてオジサンからダメって言われたりしたか? 一応キレイに使わせてもらってるつもりだけど、大人数だからやっぱり……」
「あ、いやいやいやいや。そうじゃないんだ」
言い募ろうとする暁生の言葉を慌ててとめる。
「そういうわけじゃなくて……あの……」
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「その中に、女っている?」
「女? ああ……いる時もあるかな。N高の野球部のマネージャーがメンバーの知り合いでさ。こないだも来てた」
「へえ……」
N高のマネージャー。あの女は高校生ってことか……
「なんで?」
「いや……別に」
うーん……やっぱり聞けない。聞けないし、「実はこないだお前がその女とやってるところの声聞いた」なんて絶対言えない……
でも、とにかく、うちでやるのはやめてくれ、と思うのは、心が狭いか? いや、そんなことないよな? 誰だって、嫌だよな……
「あの……」
意を決して頭をあげた。
「家貸すのはいいんだけど、リビングだけにしてもらってもいいか?」
「え?」
再びのキョトン顔の暁生に、慎重に言葉を継いでみる。
「こないだ、オレの部屋も使った、よな? それはやっぱりちょっと……」
「…………」
「…………」
「…………」
嫌な沈黙の後……暁生はふうっと大きなため息をついた。そして、数秒の間をあけてから、
「テツ」
「!」
思わず、後ずさってしまうほどの、冷たい笑顔。
「オレの頼みに文句付けたの、初めてだな」
「……………」
そう言われてみれば、そう、かも………
「なんで? 享吾の影響?」
「え……………」
村上享吾は別に関係ない。……といいかけたけれど、「ああ、もういい。分かった」と遮られた。
「じゃあ、リビングだけ、貸してくれ。明日、3時から2時間。いいな?」
「…………うん」
なんとか肯くと、暁生はさっさと歩いていってしまった。
(…………暁生?)
こんな暁生初めてみた。
こわい。こわくて、立っているのがやっとだ。
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