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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係18

2018年11月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係
【哲成視点】


 合唱大会が無事に終了した。
 うちのクラスは、見事に金賞を獲得。そして、村上享吾は伴奏者賞をもらった。

 村上享吾の伴奏は「別格」だったと、音楽の先生も大絶賛していた。まるで何人もの人が弾いているかのように、場面場面で音色を変えていて、伴奏として合唱を支えているだけでなく、自らも合唱の一部のように歌っているところもあった……とかなんとか。

 何人もの人が弾いているかのよう、というのは、オレも思った。村上享吾は練習と本番では弾き方が違っていた。と、いうのが……

(母ちゃん?!)

と、ギョッとして思わず階下のピアノの方を見てしまった瞬間があったのだ。ソロに入る前の、短い間奏の部分だ。いつもの包み込むような優しい音ではなく、空の上からキラキラした光が下りてくるみたいな音で……

(母ちゃんの音だ)

 震えるような感動。その直後の自分のソロは、どう歌ったのかはあまり覚えていない。ただただ、母の温もりに包まれたことだけは覚えている。



***


 合唱大会の終わりは、本格的な受験シーズン突入を意味する。
 金賞の喜びに浸る間もなく、翌日からの三者面談の説明をされ、一気に現実に引き戻されてしまった。伴奏者賞を迷惑そうにしていた村上享吾は、みんなの話題が三者面談に移ってホッとしているようだった。

「キョーゴ。今日もピアノ弾きにきてくれよー」

と、帰り際に村上享吾を誘ってみたところ、奴はアッサリと首を振って「ピアノはもういい」なんて言いやがった。

「なんでだよー。一曲だけでも」
「一曲弾いたらもっと弾きたくなるだろ。だから、もう、一切弾かない」
「えー………」

 つまんねーなー

 ぶーっと頬をふくらますと、村上享吾はちょっと笑って、頭をポンポンとしてくれてから、行ってしまった。

(………笑った)

 思わず、撫でられたところを確かめるように頭を押さえる。
 いつのころからか、村上享吾は笑うようになった。……いや、今までも笑ったことがないわけではないのだけれども、今までの笑いはどこか嘘っぽかった。それが、最近、オレに向ける笑顔は自然で優しくて……

(これが、本当の『村上享吾』なんだろうな)

 なぜかは知らないけれど、こいつはいつも殻をかぶっている。合唱大会を通してずいぶんその殻は破れてきたと思ったけど、みんなの前ではまだまだだ。

(オレの前では、わりと素直……だよな)

 やはりピアノを弾くために毎日うちに来てたのが良かったんだろう。昨日も不安を吐露してくれた。心を許してくれてる感じがして嬉しかった。

(そういうオレも、奴のビアノの前では、素に戻ってたよな……)

 暁生の女連れ込み事件で落ち込んだ時も、村上享吾はオレのことを抱きしめてくれて、それから、何も言わず、ピアノを聴かせてくれた。

「……………。やっぱ、良い奴だな」

 うんうんうなずく。そうだ。村上享吾は、かなり、すごく、良い奴だ。


 そんなことを考えていたら、暁生のクラスのホームルームがようやく終わり、暁生が一番に出てきてくれた。

「テツ。待たせたな」
「いや。今きたとこ」

 オレの親友・松浦暁生は、背が高くてガタイも良い。ハッと目を引く容姿をしている。

「久しぶりだな。一緒に帰るの」
「だな」

 うちのクラスは合唱大会数日前から朝練と放課後練をしていたため、しばらく別々に登下校していたのだ。それも今日で終わったから、また一緒に登下校できる。

「テツのクラス、凄かったな。うまかった」
「おーそうか?」
「テツのソロも良かったぞ? アルトを男が歌うっていうのも斬新だったし」
「あはは。斬新かあ」

 久しぶりの暁生との時間。でも、少し、何となく、距離があるのは、オレの中でわだかまりがあるからだ。

(あの時のあれは、偶然だよな? はじめからうちをラブホテル代わりにしようとしたわけじゃないよな?)

 聞きたいけど、聞けない………

 それに理由はどうあれ、やっぱり生理的に嫌で、あの時以来、オレはベッドで寝れていない。お手伝いさんの田所さんに、シーツも布団カバーも洗ってもらったけれど、どうしても、抵抗があって、結局今もリビングのソファで寝ている。

(暁生……オレに嘘ついてないよな?)

 モヤモヤが広がっていく……。と、

「ああ、そうだ。テツ」

 暁生が、いかにも今、気がついたように言った。

「野球の勉強会でまた家貸してほしいんだけど」
「あ……うん」
「明日とか、空いてるか?」
「……………」

 明日……空いてるけど……

「なあ、暁生」

 ゆっくり、横を歩く暁生を見上げる。

「その勉強会って、何人くるんだ?」
「え?」

 暁生はキョトン、としてから、んー、と上を向いた。

「10人に声かけるけど、実際くるのは、たぶん6人くらい、かな」
「そっか……」
「え、もしかしてオジサンからダメって言われたりしたか? 一応キレイに使わせてもらってるつもりだけど、大人数だからやっぱり……」
「あ、いやいやいやいや。そうじゃないんだ」

 言い募ろうとする暁生の言葉を慌ててとめる。

「そういうわけじゃなくて……あの……」
「なんだよ?」

 訝し気に聞いてきた暁生。もう、思い切って言ってみる。

「その中に、女っている?」
「女? ああ……いる時もあるかな。N高の野球部のマネージャーがメンバーの知り合いでさ。こないだも来てた」
「へえ……」

 N高のマネージャー。あの女は高校生ってことか……

「なんで?」
「いや……別に」

 うーん……やっぱり聞けない。聞けないし、「実はこないだお前がその女とやってるところの声聞いた」なんて絶対言えない……
 
 でも、とにかく、うちでやるのはやめてくれ、と思うのは、心が狭いか? いや、そんなことないよな? 誰だって、嫌だよな……

「あの……」

 意を決して頭をあげた。

「家貸すのはいいんだけど、リビングだけにしてもらってもいいか?」
「え?」

 再びのキョトン顔の暁生に、慎重に言葉を継いでみる。

「こないだ、オレの部屋も使った、よな? それはやっぱりちょっと……」
「…………」
「…………」
「…………」

 嫌な沈黙の後……暁生はふうっと大きなため息をついた。そして、数秒の間をあけてから、

「テツ」
「!」

 思わず、後ずさってしまうほどの、冷たい笑顔。

「オレの頼みに文句付けたの、初めてだな」
「……………」

 そう言われてみれば、そう、かも………

「なんで? 享吾の影響?」
「え……………」

 村上享吾は別に関係ない。……といいかけたけれど、「ああ、もういい。分かった」と遮られた。

「じゃあ、リビングだけ、貸してくれ。明日、3時から2時間。いいな?」
「…………うん」

 なんとか肯くと、暁生はさっさと歩いていってしまった。

(…………暁生?)

 こんな暁生初めてみた。

 こわい。こわくて、立っているのがやっとだ。



------

お読みくださりありがとうございました!
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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係17

2018年11月09日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 合唱大会本番。

「頼んだぞ」

と、隣に並んでいる村上哲成が、オレの左手をギュッと握りしめてきた。見下ろすと、クルクルした瞳と真っ直ぐに視線があった。

「本気、だせよ?」
「…………」

 本気……

「………おお」

 ギュッと握り返す。その温もりが勇気をくれる。
 もう、色々考えるのはやめよう。オレはオレの出来る事をする。今のオレのすべてをかけて。


***


 本番前日……

 合唱大会で伴奏をするということは、母には内緒にしていた。そのうち話さなくては……と思いつつ、本番前日になってしまったので、曲目・指揮者・伴奏者の書かれた学校からのプリントを渡すのと同時に話してみた。の、だけれども、

「なんで伴奏なんてするの……」

 予想以上に呆然としてしまった母。母はオレが目立つようなことをするのを、とても、とても嫌がるのだ。

「………。他にできる人がいなかったからしょうがないんだよ」
「練習はどうしてるの? 学校のピアノを貸してもらってるの?」
「………。友達の家のピアノ借りてる」
「えええっ」

 母の顔色がザッと青くなった。

「なんてお友達?」
「村上って同じ苗字の……」
「ああ、村上……村上君、いたわね……」

 あああ……と頭をかかえた母。

「ピアノの練習……そんな……おうちの方にご迷惑でしょう。ああ、私もご挨拶にいかないと……」
「いや、村上の家、いつも誰もいないから、オレもうちの人には一度も会ったことなくて」

 お手伝いさんには会ったことあるけれど、ということは言わないことにした。色々と面倒そうだ。

「そうなの? じゃあ、いいのかしら……でもピアノお借りしてることには変わりないんだし……」
「…………」

 いつもの「ブツブツ」が始まった。母は考え事をするとき、いつも爪をかみながらブツブツと独り言を言う。

「合唱大会の時にご挨拶すればいいかしら……そうね。そうしましょう。でも村上君のお母さん……どんな方なのかしら……」
「…………。村上の親は見に来ないよ」
「そうなの? じゃあ、電話がいいかしら……」
「……………」

 ブツブツ言う母の前から、そっといなくなろうとしたのだけれども……

「享吾、伴奏するんだ?」
「………兄さん」

 いつの間に帰ってきていた兄が、プリントを見ながら「へえ~」と言っているので、行くにいけなくなって立ち止まった。

「合唱大会かあ……懐かしいな」
「…………」
「見にいきたいけど、明日かあ。オレも学校だから無理だな。残念」
「…………」

 兄はプリントをテーブルに置くと、スッとこちらをみた。穏やかな、瞳。

「頑張れよ。ミスしないようにな」
「……………うん」

 兄も、中学生の時に伴奏をしたことがある。それで伴奏者賞を取って賞状をもらってきていた。

 成績優秀でスポーツ万能で音楽も出来る兄。学級委員もバレー部の部長もやっていた。兄はいつも快活で、友達に囲まれていて、先生からの信頼も厚くて。オレの自慢の兄であり、両親の自慢の息子でもあった。

 でも、ある朝………

『お兄ちゃん、起きてる?』

 兄が時間になっても部屋から出てこないので、母から頼まれて呼びにいったところ、兄はぼんやりとベッドに腰掛けていた。

『お兄ちゃん?』
『享吾………』

 兄はゆっくりとオレの方を向くと、困ったように、言った。

『享吾……お兄ちゃん、足が動かないんだよ』
『え?』
『何でかな……』

 苦笑した兄の、青白い顔を思い出すと、今でも胸が押されたように痛くなってくる……

 兄に何があったのかは、オレは教えてもらえなかったので詳しくは知らない。部活の人間関係のトラブルから派生して、クラスでも「いじめ」と呼ばれるような目に合っていた、という噂は聞いた。
 そして、学校を巻き込んだ話し合いが行われる中、母も周りの保護者から疎遠にされ、孤立してしまった、らしい。

『引っ越しをしよう』

 そう言いだしたのは父だ。

『このままここにいても良いことは何もない。新しい場所で新しく生活を始めよう』

 そして、オレ達家族は、東京から今の横浜のマンションに引っ越してきた。狭いから、ピアノは持っていけないと言われて手放した。

『出る杭は打たれる。だから、目立たないように』

 みんなと同じようにしましょう、と母が言った。兄も『そうだね』と肯いた。


 兄は中学の卒業資格は何とかもらえ、私立の高校に進学し、今は「普通に」通っている。でも、母は兄のことが心配でしょうがないらしい。兄が無事に家に帰ってくるまではいつもソワソワしていて、帰ってくると、必ず、聞く。

「今日は学校、どうだった?」
「………大丈夫だよ」

 兄もいつも、ふわっと微笑んでそう答える。胸が苦しくなるくらい、透明に、微笑む。

「享吾もお母さんに心配かけるなよ?」
「………うん」

 兄に頭をポンポン、とされ、おれも静かに、肯く。
 だから、オレは、ひっそりと、目立たないように、生きていく。一番にはならない。賞なんて取らない。

 でも……


『本気、出せ!』

 ふいに、村上の言葉を思い出して、ギクッとなる。

 本気を出したバスケ、本当に楽しかった。球技大会のバレーボールも。合唱大会の伴奏だって……

『ピアノ、聴きたい』

 村上を抱き寄せた時の温もりを思い出して、ぐっと自分の手を掴む。

(……村上)

 オレは…………




【哲成視点】

 合唱大会前日。
 夕食後、ピアノでソロの部分の音の確認をしていたら、インターフォンが鳴った。

 もしかして……と思ったら、案の定、ピアノ伴奏者の村上享吾が立っていたので、はしゃいだ声をあげてしまった。

「おー!来ると思った!」

 今日、オレは合唱大会実行委員の集まりがあったため、村上享吾と一緒に帰れなかったのだ。いつもは帰りにうちに寄って、ピアノの練習をしていたので、今日は出来なくて困ってるだろうなあ……と思っていたら案の定だ。

「ちょうど良かったー。今、ソロの練習してたんだよー」
「………そうか。頑張ってるな」
「そりゃ、頑張るよ!」

 入れ入れ、と、手招きをしてやる。

「自分のベストを尽くさないのはズルだからな!」
「…………そうか」
「おお」
「そうだな」
「おお」
「……………」
「……………」

 しばらくの沈黙のあと、なぜか村上享吾は小さく笑った。

「何笑ってんだよ?」
「いや……」

 軽く首を振り、靴を脱いであがってきた奴は、オレの頭にポン、と手をのせた。

「お前、初めて話した時も、そんなこと言ってたな、と思って」
「そんなこと?」
「できるのにやらないのはズルだ、とかなんとか」
「ああ……」

 そういえばそんなこと言ったな……

「うちの家訓は、何でも一生懸命、なんだよ」
「何でも一生懸命?」
「そう。母ちゃんがよく言ってた」
「………そうか」

 まだ少し笑みを浮かべながら、村上享吾はリビングに入っていき、ピアノの椅子に座った。そして、そこから見える母の写真をチラリとみると、

「お前、お母さんと似てるな」
「おお。似てるってよく言われる。まー、息子って母親に似るっていうもんな」
「そうだな……」

 ポーン、と一音鳴らしてから、村上享吾はつぶやいた。

「オレも、母親に似てる」
「そうなんだ?」
「うん……」

 ポーン、ポーン、と無作為に音だけ鳴らしている。弾きだす気配がないので、「よいしょ」と真横に座ってやる。小さな椅子なので、二人で座るとキツイ。けれど、温もりが伝わってきて、触れているところだけじゃなくて、心の中もあたたかくなってくる。

「とうとう明日だな」
「おお」
「キョーゴのうちは誰か聴きにくるのか?」
「………たぶん」

 ポーン、ポーン………

 深い音が心地よい。

「誰? お母さん?」
「………たぶん」
「そっか」

 ふいっと、母の写真に目をやる。

「うちもさ……、たぶん、母ちゃん、聴きにくると思うんだよな」
「………そうか」
「うん」
「そうだな」
「うん」

 ポーン、ポーン………

 右から伝わってくるぬくもりが、温かい………

「なあ……村上」
「うん」
「オレ、明日………」
「……………」
「……………」

 奴の言葉は続かず、ふうっと大きなため息が聞こえてきた。

 なんだ? どうしたんだ? もしかして、緊張してるとか? 明日本番だもんな。

「キョーゴ、緊張してんのか?」
「いや、ああ……」

 奴は首を横に振りかけてから、またため息をついた。

「自分でも、分からなくて」
「分からない?」
「うん………」

 手を広げた村上享吾。長い指……

「本当はオレ、どうしたいんだろう……」

 長い指がグッと握られる。でも、その手は僅かに震えていて………

「考えがまとまらない……」
「んんん?」

 なんか、よく分かんないけど………

「どう弾くかって話か?」
「……………」
「音楽的なことはよく分かんないけど………今までの練習通りで、大丈夫だぞ?」
「……………」
「つーか、キョーゴはいつでも完璧だった。どこの誰よりも上手だった」

 震えてる手を両手で包みこんでやる。

「だから、大丈夫。お前ならできる」
「………………村上」

 ビックリしたように見開いた目に、うん、とうなずいてやる。

「本気、だせ」

 いうと、村上享吾は、息を大きく吸い込んだ。そして、コンッとオレの頭に頭をのせると、「分かった」と、小さく言った。



------

お読みくださりありがとうございました!
スキンシップが増えて、良い感じになってきた。なってきた!

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係16

2018年11月06日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 様子がおかしかった村上哲成は、翌朝の合唱大会の朝練にも来ず、遅刻ギリギリで教室に入ってきた。そして、大きなマスクをしていて、

「風邪引いた」

と、授業中も度々鼻水をかんでいた。それに誤魔化されて、誰も村上の本当の異変には気がついていない。でも、オレは知っている。奴は、昨日の夕方から様子がオカシイ。


「今日もピアノの練習に寄ってもいいか?」
「………おお」

 放課後、コクンと小さく肯いた村上と一緒に歩きだした。
 毎日クラスでしている合唱の放課後練習は、今日はやめることにしたので、久しぶりに他クラスの生徒と同じ時間の下校になる。

「寝冷えたのか? 昨日の夜は別に風邪引いてなかったよな?」
「ああ……うん。やっぱ、下の部屋の方が冷えるんだよな。今朝寒くて目が覚めた」
「? 自分の部屋で寝なかったってことか?」

 村上の部屋は二階だ。下のどこかの部屋で寝てしまった、ということだろうか。

「…………うん。ソファで寝たから……」
「ふーん」

 じゃあ、自業自得だな。

 そう言うと、村上は視線を下にやって「そうだな」と、うなずいた。

(やっぱり変だ………)

 なんかモヤモヤする。やっぱり、いつもの村上じゃない。

「なあ、村上………」

 そう、何かをいいかけた時だった。


「テツ」
「!」

 後ろから聞こえてきた声に、ビクッと震えた村上。

(なんだ?)

 声の主は、村上の親友・松浦暁生だ。それなのに、振り返った村上の瞳が、強張っている……。

「どうした? 風邪か? そのマスク」
「……あー、うん! ちょっと鼻水出ちゃって」

(………?)
 でも、答えた声はいつものように明るいので、首をかしげてしまう。瞳が強張っていると思ったのは気のせいか?

「大丈夫か? 熱は?」
「熱はない。鼻水だけ」
「……………」

 でも、やっぱり、横並びで歩いている二人の距離が、心持ちいつもより離れている気がする……。

 なんて思いながら、後ろを歩いていたのだけれども、

「昨日はサンキューな。それで、来週、また家借りたいんだけど」
「え」

 松浦の言葉に、村上が歩みを止めてしまった。必然的にオレもその後ろで止まってしまう。

 村上はうつむいたまま、少し首を振った。

「………ごめん、来週はちょっと」
「なんで?」
「あの……合唱大会の練習が大詰めで……」

 言いながら、オレの方をチラリとみた村上。

 なんだ? その、助けを求めるような目……

「大詰めって、何?」
「あの……ピアノとか……」

 松浦に詰め寄られている村上が、再びオレをチラリとみた。

(……う)

 そんな目で見られて、助け舟を出さないわけにいかず、

「あー、ごめん」

 思わず、声をかけてしまった。

「オレがピアノの練習させてもらってんだよ。うちピアノないから」
「それ……」
「あーあと、ソロの連中集めて直前特訓もやる予定だし」
「…………」
「…………」
「…………」

 ジッとこちらを見てくる松浦。瞳の奥の方に、夏休みに対峙した時のような冷たい光が灯っている。嫌な感じだ……。

(あー……何か言われるかな……)

と、内心身構えた。けれども。

「分かった」

 松浦は、ふっと、オレから目をそらし、村上に視線を移してニッコリと笑った。

「じゃあ、大会終わったらよろしくな」
「……おお」
「じゃ。オレ、急ぐから」

 軽く手を挙げると、松浦は颯爽と走っていってしまった。相変わらず爽やか……だけれども、オレは松浦の裏の表情も知ってしまったので、その爽やかさすら、空々しく感じる。
 村上は松浦のそんな顔を知らないのだろう、と思っていたけれど、このギクシャクした感じは、何かそのことに関係があるのだろうか?

「村上?」
「………あ」

 ハッとしたようにこちらをみた村上。昨晩と同じ、不安な瞳をしている。

「だから………何かあったのか?」
「………いや」

 村上は再び首を振ってから、小さくつぶやくようにいった。

「伴奏の練習終わったら、何か弾いてくれ」
「……………」

 昨日と同じ頼みだ。昨日もこいつは、部屋の隅で膝を抱えて固まったまま、オレのピアノを聴いていた。このまま消えてしまいそうなくらい、ひっそりと………

「………分かった」

 ポンポンと頭を撫でると、村上はふにゃりと泣きそうに笑った。




【哲成視点】


 村上享吾のピアノを聴きながら、昨日のことを思い出す。

 オレは、暁生に、野球の仲間と勉強会をするから、と言われて家を貸した。
 でも、それは嘘だった。
 暁生はオレの部屋に女を連れ込んでいた。

「…………」

 ポテッとソファーに寝転ぶ。横に見える村上享吾の後ろ姿。腕から、肩から、背中から、音が聞こえてくるようだ。村上享吾は指だけでピアノを弾かない。体全部を使って弾く。その音はとても深い。

(……音が染み込んでくるみたいだ)

 ソファーに体が重く重く沈んでいく。

 昨晩はどうしても部屋のベッドで寝る気になれなくて、リビングのソファーで眠った。
 あのベッドで、暁生は………

(あーーーーーー………)

 すげえショックだ……

 何がこんなにショックなんだろう……

 軽やかなピアノの音に頭の中が掃除されて行く感じがする。昨晩はひたすら癒しをくれた音色が、今日は思考の手助けをしてくれる。

(何がショックって……)

 暁生がやってたってこともショックだけど、それよりも何よりも、たぶん………暁生に嘘をつかれた、ということが一番ショックなんだろうな。

(あーーーーーーー……)

 思いついて、さらにソファーに沈み込む。

(こんなこと初めてだ。ずっとずっと親友で、嘘つかれたことなんかなかったのに……、って、あれ?)

 思考がクリアになっていって……ふと、思いついた。

(嘘とは限らない……か?)

 あらためて考えてみると、嘘じゃないかもしれない、とも思う。
 あの女は初めから来る予定になっていて、他のメンバーが来る前に、そういう雰囲気になってしまった、とか……

(でも……彼女いないって言ってたのに)

 そう考えると、やっぱり嘘……

(ん?)

 再び、思いつく。
 彼女じゃないかもしれない。

(そうだ………そうだ!)

 暁生がオレに嘘つくわけがない。成り行きで、彼女じゃない女とそういうことになった。それだけの話じゃないか?

 まあ、それでも、オレのベッド使うなよ!というツッコミは残るけれど、それはそれで、きっと、親友だから、オレが許してくれるって甘えがあるんだろうなって気もしてきた。

 そうか。そうか………

「そうに違いない!」
「……は?」

 思わず叫んでしまったら、村上享吾が手を止め、訝し気に振り返った。

「何だよ?」
「あ……ごめん、ごめん。なんでもない!」

 エイッと起き上がる。

 ああ、勝手に落ち込んでバカみたいだなオレ!

「練習終わった? なんか、こう、パーッと、楽しい曲が聴きたいんだけど!」
「楽しい曲?」
「うんうん。あ!これ!」

 母がよく弾いていた本を差し出す。

「これの……どれかなあ? 母ちゃんが時々、限界に挑戦!とか言って、すっげえ早弾きしてたんだよ。それが面白くて」
「へえ……どの曲かな」

 村上享吾が楽譜を開いて、おもむろに弾き始めた。ああ、この曲だったかもしれない。

(………上手だな)

 鍵盤の上を器用に動いていく手。見ていて飽きない。

(村上享吾……)

 変な奴だなあ、と思う。時々、優しい。時々、冷たい。

(でも………いい奴だ)

 何だかんだ言って、オレを助けてくれる。さっきもそうだ。暁生の要請に戸惑ったオレを助けてくれた。

『大丈夫か?』

 そう言って、ポンポンと頭を撫でてくれるところは、暁生に似てる。似てるけど……

(ちょっと………違う)

 暁生は、親友を続けるために、色々してやらないとって思う。でも、村上享吾は、ただそこにいるだけっていうことを許してくれるっていうか………

(丸く………丸く包んでくれる)

 こいつのそばは、とても居心地がいい。



------

お読みくださりありがとうございました!

テツ君は「スーパーポジティブ」君。だけど、作中は1989年。ポジティブって言葉は89年では一般的じゃないよね?と思い、使えず……。
「イケメン」も言いたいけど言えずもどかしい!
89年。平成元年ですね~~。

続きは金曜日に。お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです。
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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係15

2018年11月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】

 昼休みの合唱練習が終わった直後、

「松浦君って彼女できたの?」

と、眉を寄せた西本ななえからコソコソっと言われて、「へ?」と素できょとんとしてしまった。松浦君、というのは、オレの幼なじみで親友の松浦暁生のことだ。暁生に彼女ができたなんて聞いたことがない。

「できてないけど……なんで?」
「昨日、横浜で見かけたんだよねえ……」

 西本曰く、昨晩、横浜のボーリング場の近くで、暁生が高校生くらいの派手な女性と腕を組んで歩いていた、らしい。帽子を目深にかぶっていたのですぐには分からなかったけれど、あれは絶対に松浦暁生だった、と言い切っている。

「暁生、昨日は野球の練習の日だし、見間違えだと思うけどなあ?」
「えー……」

 西本は、納得いかない、というように、ぶーっとしてから、再び詰め寄ってきた。

「ねえ、テツ君。最近、あんまり松浦君と一緒にいないけど、まさか喧嘩でもしてるの?」
「? してないけど?」

 喧嘩なんかした覚えはない。
 ただ、暁生は塾もやめてしまったし、連日のように硬式野球の練習があるので、全然遊べなくなってしまった。その上、今、うちのクラスは合唱大会に向けてものすごく力が入っていて、昼休みも練習しているし、朝練と放課後練もしているため、違うクラスの暁生とは登下校も一緒にできなくて、ここ数日、まともに話していないのは確かだ。

「二人、最近、何か距離あるよね?」
「そうか?」
「そうだよ?」

 なぜか西本はムッとしている。

「小学校時代から二人を見守ってきた私としては、最近の二人はいつもの二人じゃなくて嫌」
「嫌と言われても……」

 意味が分からない理由で怒っている西本。なんなんだ。

「とにかく、松浦君が変な女に引っかかってないか、ちゃんと確認して?」
「…………お、おお」

 真剣に詰め寄られて肯くしかなかったけれど……


(確認って言われてもなあ……)

 暁生がオレに隠し事してるとは思いたくないし……。うーん、と唸っていたら、5時間目と6時間目の間の5分休みに、偶然、暁生が現れた。オレを見つけると、パチンと両手を合わせて、

「絵の具の筆、貸してくれるか? オレの筆、毛先バサバサでもう限界」
「おー。いいぞ」

 暁生のクラスは5,6時間目が美術らしい。
 ロッカーから絵の具セットを出して筆を確認していると、暁生はオレの耳元でコソコソコソっと囁くようにいった。

「下絵、サンキューな。すげー助かった」
「いや。あれで大丈夫だったか?」
「おお。すげー良い感じ。色塗りやすいし」

 嬉しそうに言う暁生の声に嬉しくなってくる。先週出された『家の近所の風景画の下絵を描いてくる』という宿題は、オレが代わりにやってやったのだ。暁生は野球で忙しいから、このくらいの協力はしてやりたい。

「それでさ……テツ、悪いんだけど、明日また、家貸してもらえないか?」
「いいぞ。みんな熱心だなあ?」

 暁生は野球の仲間を集めて勉強会をしている。その会場に時々うちを貸しているのだ。

「明日は、合唱の放課後練習のあと、そのまま塾いくから、勝手に入って使ってくれ」
「おお。サンキューな」

 うちは合鍵を、母が入院した頃からずっと、暁生の家に預かってもらっている。万が一、オレが鍵を無くして入れなくなった時の保険だ。

「テツの家、テレビ大きいから、みんな見えやすいって喜んでるんだよ」
「見えやすい?」
「小さい画面だと、踏み込んだ足の角度とかまではちゃんと見えないからな。大きいのは有り難い」
「そっかそっか」

 ほら、やっぱり、暁生の頭の中は野球でいっぱいだ。変な女に引っかかっているとは考えにくい。けど……

(………う。西本……)

 西本がジッとこちらを睨んでいるので、しょうがないから聞いてみる。

「なあ……暁生」
「ん?」
「お前、彼女できた?」
「は?」

 キョトンとした暁生。

「何いってんだ?」
「なんかなー昨日、横浜でお前のこと見たって奴がいるんだよー。女連れてたって……」
「はは。なんだそれ」

 暁生は軽く笑うと、ポンポンとオレの頭をいつものように叩いてきた。

「オレ、昨日も野球の練習だったし。そんな暇ねえよ」
「………だよな」

 ホッとする。ほら、やっぱり暁生は暁生だ。

「暁生、隠し事なしだからな」

 そう言うと、暁生はまたキョトン、としてから、

「当たり前だろ。親友なんだから」

と、ニッと笑った。そして、「サンキューなー」と貸した筆をプラプラさせながら出て行った。

 その後ろ姿は、昔から変わらない。頼りがいのある、真っ直ぐな背中。

(親友……だもんな)

 オレ達は親友。ずっとずっと親友だ。



***


 翌日……

 合唱練習で遅くなるから塾にそのまま寄るつもりだったのに、うっかり塾の宿題を忘れたため、ダッシュで家に戻った。

 玄関を開けると靴が2足……

(あ、そうだった。暁生の野球仲間が来てるんだった)

 一足は暁生のだ。あいかわらずデカイ靴。もう一足はわりと小さいローファー。オレと同じくらいのサイズかな……。まだ一人しか来てないのか。

 リビングでビデオを見てるはずだから、邪魔しないように、そっとあがって、2階の自分の部屋に向かう。宿題は机の上に出しっぱなしのはず………

「………………………?」

 違和感を感じて、足をとめた。

(オレ………部屋のドア閉めたっけ?)

 廊下の先の、自分の部屋のドアが閉まっている。オレは基本的に、部屋のドアを閉めない。閉めるのは、真冬のストーブを付けた時だけだ。

(今日うちを出ていったのは、父ちゃんよりオレの方が後だし……)

 お手伝いの田所さんも来る日じゃないし、たとえ来たとしても、わざわざドアを閉めるなんてことあるかな………

 そっと近づいていって……

「………っ」

 ドアの前で、立ちすくんでしまった。


 中から聞こえてきたのは、女の甘えたような喘ぎ声。

 そして……暁生の声、だった。




【亨吾視点】


 村上哲成の様子がおかしい。
 塾の宿題を忘れたから取りに帰ったはずなのに、「取ってくるの忘れた」って、意味が分からない。何のために家に戻ったんだ。

 その上、先生の話にも上の空で、怒られても上の空で、最終的には「具合悪いのか?」とみんなに心配され、オレが送っていくはめになり………


「大丈夫か?」
「………………………………………………。うん」
「……………」

 ずいぶんと長い沈黙の後に、ようやくうなずいた村上。全然、大丈夫じゃない。

「なんかあったのか?」
「……………………………………………。いや」

 だから、なんだ、その変な間は。

 そんな調子でトボトボ歩いたものの、とりあえず、無事に家の前まで着いたので、オレはお役ごめんだ。

「じゃあな……………、って、何だよ?」

 行きかけたのに、カバンをつかまれ、進めなくなった。振り返ると、うつむいている村上の後頭部が目に入った。

「何………」
「キョーゴ」
「だから、なんだよ」
「うん……」

 らしくなく、ボソボソと言う村上。

「ちょっと、うち上がって」
「は?」
「ピアノ、聴きたい」
「………………」

 時計を見る。もうすぐ10時だ。

「こんな時間に弾いたら苦情くるだろ」
「小さい音でいいから。な?」
「………………」

 何だろう。泣きそう……というか、不安そう、というか……

「……………。ちょっとだけな」
「………………………うん」

 コクリとうなずいた村上は、小さな子供みたいで………

「……………」

 その頭に手を置いて、グリグリグリと撫でてやる。と、顔をあげた村上。無理矢理な笑顔……

「……………」

 その瞳が痛々しすぎて………

「村上」

 思わず抱き寄せて、トントントン、と背中を叩いてやると、村上は大きく息を吐いてから、「ありがと」と小さく言った。
 


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その抱擁は友情ですか?LOVEですか!?

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