今日から2月だが、1月の過ぎ去るのが早かったこと。
2月は逃げる3月は去るというから、ますます油断がならない。
今日は、早々に午前中は吟社の総会昼食を挟んで午後から句会。
けっこう朝からバタバタするので、久々の予約投稿。
久し振りに秋津川を下流の熊本市方向に向かって歩いた。
一日平均6000歩以上を基準に設定しているが、少々足りない感じがしたので遠出を。
秋津川の堤防上を下流へ歩く・・
▲(田圃の黒い円)
モノを焼いた後の灰が残っている。
多分この地域のドンドヤの跡ではないかと思う。
▲(麦畑)
この付近は米の後麦を作る農家が多い。
ビール工場があるのも一つの理由かも。
カラスが若芽を穿らないよう黒いビニールの脅しが一面に・・
▲(秋津川に流れ込む溝)
こうした水門をもった溝が各所にあって、秋津川に流れ込む。
湧水地帯なので流れ込む溝の水の方が綺麗で小魚が沢山泳いでいる。
去年のブログでは菜の花などが咲き誇っていたので様子を見ると・・
▲(菜の花)
一面の菜の花だった場所も、チラホラと咲いている程度。
まだ成長の途中で花が咲くまでにはもう暫くかかりそう。
▲(ホトケノザ)
ホトケノザもまだ満開にはほど遠いようだった。
今年は全般に堤防や田圃の畔などの草花の開花が遅い。
▲(保存指定木)
堤防脇の集落の一角に、保存指定された木が2本あった。
樹種は楠の木のようだ。
指定は熊本市なので、この付近までくるともう熊本市である。
直ぐ近くには指定はされていないが1本の大きな目立つ木があった。
▲(椋の木?)
敢えて保存指定なくても、誰も切りそうにない立派な木。
▲(鳥の巣)
樹上には木の枝で作った大きな鳥の巣と思われるモノが鎮座している。
多分カラスの巣といったところだろう。
一本木の直ぐ脇には祠が・・
▲(石の小さな祠)
大人は頭を下げないと頭をぶっつけそうな小さな石の鳥居が・・
神殿の方も石で作られていて、風雨には強そう。
場所からして水神様といったところか・・
過去には水害常襲地帯だったのかも・・
土地の名前が「沼山津」とか「秋津」とか、この辺りは水に関する地名が多い。
さらに下流方向へ・・
▲(四時軒)
「しじけん」と読むが変換すると「指示権」と出たりして我が家の相方の権力を想起させる。
正しくは「四時軒」で、残念ながら「よじけん」で変換させられる。
幕末の思想家「横井小楠」の沼山津の私塾の跡である。
坂本龍馬も二度ほど訪れているらしい。
横井小楠は松平春嶽に招かれ、熊本よりむしろ福井の方で知られた存在。
先の地震で全壊し、数年前に再建された。
後方の大きな屋根だけ見える建物は、展示館になっている。
今から30年以上も前に、後方の展示館も無かった時代に一度相方と訪れたことがある。
年配の女性がひとりおられて、縁側でお茶をご馳走になった。
てな事を思い出しながら歩数計を見ると7000歩を超えていた。
完全装備だったので、汗をかいてしまって帰り道はつとめてユックリ歩く。
と言うより、家に着いて歩数計を見ると15000歩を超えていてスタミナ切れ。
年寄りの冷や水ならぬ冷たいビールで燃料を補充。
そのまま相方も加わって、飲み会風夕食になだれ込んだ。
「この口が生きる手立ての一丁目」・・・しろ猫
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