三月三十一日(月)晴れ。
六時起床。昨日とはうって変わって良い天気である。がぁーっと顔を洗って身支度を整えて、六時半からの「サイレント・ウォーク」に参加する。別荘地を歩くので「静かに」という意味なのだろうか。参加者は十五人ほど。大室山に向かって歩くのだが、途中で、戦前の武装共産党時代の闘士で、戦後は実業家となった田中清玄氏とよく似た表札のある家を見かけた。そういえば氏の自伝の中に晩年は伊豆高原の別荘で暮らした。とあるので、田中氏のご身内が住んでいるのかもしれない。
休憩地点で見た海と春霞の中に浮かんでいるような伊豆の大島が感動的だった。ふと随分前に盟友の熊本は本渡諏訪神社の大野康孝氏を訪ねた折に見た頼山陽の詩碑、有名な「天草洋に泊す」が、景色にオーバーラップした。
雲か山か呉か越か<o:p></o:p>
水天髣髴青一髪<o:p></o:p>
万里船を泊す天草洋<o:p></o:p>
煙は篷窓に横たわって日ようやく没す<o:p></o:p>
暼見す大魚の波間に跳るを<o:p></o:p>
太白船に当たって明月に似たり
今日で断食は最後である。午前中に問診。おかげさまで太った分減量できた。これからは陽気も良くなるのでウオーキングを日課とするか。朝食はようやく旅館の朝食のようになった。最後の晩餐ならぬ朝餐か。
<o:p>※左下のご飯の少なさに注目。完食してもほとんどカロリーはないそうです。
断食を共にした皆さんにご挨拶をして帰路に就く。友人氏を伊豆高原まで送って、私はひたすら国道135号線を走る。西湘バイパスに入ると海がきれいだ。若くして亡くなった渡邊康司氏が眠るお寺が見えた。そうか来月は彼の命日だ。心の中で手を合わせる。
自宅に着いたのは午後一時半。子供たちが出迎えてくれた。荷物を片付けてから事務所へ。大した郵便物もなく、メールやファックスの確認をしてから、さっそく晩酌の「かつお」を求めて彷徨う。というのは大げさで、伊勢佐木町の松屋後に出来たスーパーに手頃な物があったので即購入。本当は夜に町内の仲良しさんたちとの飲み会があるのだが、断食明けに中華料理はキツイので愚妻に行ってもらった。
長ネギに茗荷に玉ねぎをスライスして、かつおに乗せる。他のつまみはなし。ふふふと微笑んでから、ゆっくりと味わった。至福の時である。
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