四月十九日(日)晴れ。
横浜で私が好きな店は何軒かある。単に店の料理が美味しいだけで、そこの経営者の「人間味」を味わずにいる店も当然ある。それでもほとんどが料理に加えて「人間味」がプラスされた馴染みの店ばかりである。そんな店の一軒が今月に閉店することになった。西横浜の鉄板焼きのお店「颯(はやて)」である。このお店は鉄板焼きと言っても、上等な肉を焼く気取った店などではなく、リーズナブルな庶民派のお店である。
当然ワインから焼酎まであり、時折常連の女性が、「マスター今あまりお金がないから、ナポリタンを六百円分作って」などというオーダーにも嫌な顔をせずに応じる。最近はカウンターを女性客が占領しているので、行くことが楽しみだったのに・・・。
閉店すると言っても、経営難や家主とのトラブルなどではなく、男児志を立てて郷関を出ず、の方だ。いや妻子を忘れ家を捨て、義のため、というのは大げさだが、妻子を忘れ家を捨て、は本当である。今月一杯ということもあって、我が家の家族と仲良しのカメ&アコちゃんたちと一緒に行った。子供たちはハンバーグにグリルチキンのセット。私たちはハマグリや玉子焼き、生ハムサラダなどで惜別の酒。
マレーシアでマスターの友人が日本料理のお店に勤めており、その支店で日本人の調理師を探しているということもあって、いろいろ悩んだ挙句に郷関を出ずることになった。体一つ、持って行くものは包丁と両親の位牌のみというから、酔いも相まって思わず落涙しそうになった。
他にお客さんがいなければ、「流れ、流れて落ち行く先は、北はシベリア、南はジャワよ。いずこの土地を墓所と定め、いずこの土地の土と終わらん。昨日は東、今日また西へ、流浪の旅はいつまで続く。果てなき海の沖の中なる、島にても良し、永住の地欲し」と「流浪の旅」でも歌おうかとも思ったが、若い客ばかりなのでぐっとこらえた。五月の二日に「やまと」を貸し切って有志で送別会を行う。「颯」のオヤジとは最後の酒となるのか。
子供たちを先に帰したあとは、カメちゃんたちと「一休」へ転戦。めずらしく「カツオ」があって堪能した。
横浜で私が好きな店は何軒かある。単に店の料理が美味しいだけで、そこの経営者の「人間味」を味わずにいる店も当然ある。それでもほとんどが料理に加えて「人間味」がプラスされた馴染みの店ばかりである。そんな店の一軒が今月に閉店することになった。西横浜の鉄板焼きのお店「颯(はやて)」である。このお店は鉄板焼きと言っても、上等な肉を焼く気取った店などではなく、リーズナブルな庶民派のお店である。
当然ワインから焼酎まであり、時折常連の女性が、「マスター今あまりお金がないから、ナポリタンを六百円分作って」などというオーダーにも嫌な顔をせずに応じる。最近はカウンターを女性客が占領しているので、行くことが楽しみだったのに・・・。
閉店すると言っても、経営難や家主とのトラブルなどではなく、男児志を立てて郷関を出ず、の方だ。いや妻子を忘れ家を捨て、義のため、というのは大げさだが、妻子を忘れ家を捨て、は本当である。今月一杯ということもあって、我が家の家族と仲良しのカメ&アコちゃんたちと一緒に行った。子供たちはハンバーグにグリルチキンのセット。私たちはハマグリや玉子焼き、生ハムサラダなどで惜別の酒。
マレーシアでマスターの友人が日本料理のお店に勤めており、その支店で日本人の調理師を探しているということもあって、いろいろ悩んだ挙句に郷関を出ずることになった。体一つ、持って行くものは包丁と両親の位牌のみというから、酔いも相まって思わず落涙しそうになった。
他にお客さんがいなければ、「流れ、流れて落ち行く先は、北はシベリア、南はジャワよ。いずこの土地を墓所と定め、いずこの土地の土と終わらん。昨日は東、今日また西へ、流浪の旅はいつまで続く。果てなき海の沖の中なる、島にても良し、永住の地欲し」と「流浪の旅」でも歌おうかとも思ったが、若い客ばかりなのでぐっとこらえた。五月の二日に「やまと」を貸し切って有志で送別会を行う。「颯」のオヤジとは最後の酒となるのか。
子供たちを先に帰したあとは、カメちゃんたちと「一休」へ転戦。めずらしく「カツオ」があって堪能した。