白雲去来

蜷川正大の日々是口実

黄昏の「ソースチャーハン」

2015-04-23 12:32:38 | 日記
四月十七日(金)晴れ。

どうでも良い話で恐縮だが、「ソースチャーハン」というものを知っているだろうか。私は、小学校の高学年になるまで母の作る我が家のチャーハンが普通だと思っていた。それが、ある時、親せきの人に連れて行かれた下町の中華料理屋で出されたチャーハンを見て、唖然としてしまった。出てきたのが世間では普通の物と知ったからである。確か、上にグリンピースが載っていたのを覚えている。

母のチャーハンは、玉ねぎを刻み赤ウインナーも細かく切って一緒に炒める。なぜか赤ウインナーではなくては駄目で、魚ニソや他のウインナーでは「おふくろの味」にはならない。その後、ご飯を入れたら味付けはウースターソース。卵などは入れない。ウースターをかなり多めに入れて、まあびちゃびちゃの少し手前くらいか。これが我が家のチャーハンで、大好きだった。随分前だが、これを思い出して家族に作ってあげたら、大不評だった。贅沢しているとこんなナチュラルな料理も気に入らなくなる。正に「ぜいたくは敵だ」。私は、誰もいない時にこれをこっそり作って食べるが、美味しくて、ふふふと笑みがこぼれる。

私の小学生の頃の給食は最悪で、休んだりすると近くの級友が給食のパンを届けてくれたが、時間が経つと石のように固くなった。正直言って犬も食わないようなシロモノとなった。風邪をひいて三日も休むとその石ころパンが溜まる。捨てるわけにも行かないので、母は、牛乳の中に卵を溶いて砂糖を入れた物に切ったパンを漬けてフライパンで焼いてくれた。これが結構上等なおやつとなったが、病気をして学校を休んだ時にしか作ってくれなかった。これも思い出して我が家でやってみたが、ソースチャーハンの時とは違って子供たちに喜ばれた。

今日も、赤ウインナーを買ってあったので、久しぶりにソースチャーハンを作ろうと思ったら、昼時に友人が「高島屋」の五目弁当を持って来訪。思いがけず豪華な昼となった。

夜は、車を飛ばして横浜駅の「そごう」へ。筍を買って筍ご飯でも作ろうと思ったが、結構な値段だったので断念。鮮魚のコーナーに行けば、あったあった上等のカツオが。千二百円もしたが、あらよっと勢いで買った。生姜とニンニクをたっぷり、そしてネギとミョウガを刻んで酔狂亭で月下独酌。

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「憂国事件の男達たち」

2015-04-23 10:18:08 | 日記
四月十六日(木)晴れ。

今朝の朝食はハムエッグ。卵二個をサニーサイドアップで焼いて、ポークハムを三枚。キャベツの千切り添え。汁物は永谷園の「松茸のお吸い物」。毛唐の味に日本を添えた。と言うほどの物ではないが、ソース飯と呼んでいる、ソースを使った簡単な料理である。

朝食後は事務所へ。すぺての窓を全開にして空気を入れ替えてから資料整理。大下英治さんから「憂国事件の男達」という単行本をご恵送頂いた。随分前にインタビューを受けたものだが、野村先生のことについて随分と頁を割いて書いて頂いている。

第一章は「凶暴なる序章」として、河野一郎邸焼き討ち事件・「野村秋介が語った焼き討ち事件」「野村秋介獄中で友、本宮精一を得る」「野村秋介、蜷川正大の運命的な出会い」「『理論派』行動右翼」「凶暴なる序章」「野村秋介のカリスマ性」。野村秋介の経団連会館衝撃事件・「武士としての扱い」「右翼の美学」。

第二章には、「住友不動産会長安藤太郎邸立て籠もり事件」。第四章には、「自決と結実」として「風の会」事件や野村先生の自決事件などが書かれている。

もちろん野村先生や私たちのことばかりではなく、大下氏が取り上げた「事件」には、これまであまり知られなかった様々な右翼民族派の「事件」が書かれている。定価は千六百円で出版社は「青志社」である。是非ともご一読をお願い致します。

夜は、嬉しいことに主権回復を目指す会の西村修平さんがわざわざ私のために一席設けてくれると言うので秋葉原へ。秋葉原で飲むのは初めてのことである。飲まなくともこういった場所には縁がない。場所は「四季と酒の蔵・稲田屋」。すぐに分かった。お店から外を見ると「AKB」のカフェがあった。西村氏、桑野繁樹氏、そして久しぶりに野村旗守氏とお会いした。少し遅れてK女子も来訪。西村氏の定宿らしいが、山陰の山海の珍味が美味である。西村氏は、かなりの食通である。遠慮なくご馳走になり七時過ぎに大熊雄次氏に迎えに来て頂き解散。

その後、「今帰仁」という沖縄料理のお店に大熊氏と転戦。十時前に帰宅。

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