白雲去来

蜷川正大の日々是口実

酔中に真在り。

2009-01-24 23:46:22 | インポート

一月二十四日(土)曇り。

 寒い一日だった。暑い、寒いと思うとき、ふと思うのは獄中に座る親しい同志達のことである。先日、古書店で買った「日本史歳時記三六六日」によれば、明治四十四年の、いわゆる大逆事件で、幸徳秋水ら十一名の死刑が執行されたのが今日の事とある。右も左も、本物は常に権力からの弾圧と戦わなければならない。確か、「大逆事件」に関しては、瀬戸内寂聴の伝記文学集の中に、いいものがある。

 午前中から、真面目に机に向かった。まず、二十七日に大行社の新年総会があり、その日に、大行社の若い人たちとの鼎談を予定しているので、そのレジュメ作りと、参加して頂く人達に連絡をした。翌朝、作家の大下英治さんから取材を依頼されているので、その準備。そして二十八日は恒例の「ヨンドン会」があり、その連絡のファックスを入れた。

 さらに、手紙を三通書いて、郵便局に本の発送を行い、事務所に寄り、郵便物の確認など行えば、もう六時過ぎ。夜は私の縄張り、つまみを作ってわが友「黒霧島」に相手をして貰う。

 そういえば、先日、ある会合の席で、顔を合わせた、先輩から、「毎日飲んでんのか」と、非難がましく言われた。すかさず「はい。それが日課ですから」と答えてやった。大きなお世話だって言うの。お前の金で飲んでんじゃネェんだよ。

 私には、趣味と言うものが全くない。いわゆる競輪、競馬、パチンコ、マージャン、ゴルフなどもやらない。キザなようだが、今は、本を読んでいるか、酒を飲むか・・・。そうかもう一つ戦争映画の蒐集があったか。まあこれ以外に楽しみがない。酒が好きなのに、何かの理由で酒を断っている人には、敬意を表するが、酒を飲まない人から、非難される筋合いはない。早い話、私が酒を飲もうと飲まずとも、第三者には全く関係がない。幾ら酒を飲んでも、醒めれば厳しい現実が待っているのだから、せめて一日の終りには、酒を友として行くべし。「酔中に真在り」だ。

 漢詩も、俳句も、短歌も酒の歌が好きだ。李白や陶淵明のようには行かないが、健康とは、いかに酒を美味く飲めるかが、原点にある。さあー、いざわが友よ、まず一献!

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機関誌を頑張って作っています。

2009-01-24 22:52:51 | インポート

一月二十三日(金)晴れ。

 十一時半に隠岐康氏と待ち合わせのために横浜駅へ。まず共通の友人の会社を訪ねて打ち合わせ。その後、三人で、中華街の「安記」にて昼食。

 モツ皿、レバ皿、シュウマイ、青菜い炒めをつまみにビール。しかし、昼間なので一本でやめておいた。仕上げは、もちろんお粥。食後は、東京で仕事があるという隠岐氏と別れて、友人氏とスタバで午後のお茶。

 二時から事務所で機関誌の製本。印刷が終わったが、これからが大変。頁を揃える「丁合機」を購入したので、随分と作業は楽になったが、中綴じ、中折り、余白切り、封筒詰め、などの作業が残っている。

 夕方まで頑張ったが、残念ながら、半分ほどしか出来なかった。自宅に戻り、夕食。食後は、机に向かう気になれずに、過去にビデオに撮っておいたドキュメンタリーなどをDVDにダビングする作業をコツコツ続けている。それが楽しくて仕方がない。いずれリストを作って機関誌の購読者に貸し出しをしようと思っている。


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eat@z

2009-01-24 22:25:06 | インポート

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「今日勝つ」酒を頂きました。

2009-01-21 22:26:22 | インポート

一月二十一日(水)晴れ。

 朝八時少し前に、うーん、うーんと言う思いで、ようやく起きた。隣のベッドはもぬけの殻。重い頭でフラフラしながら風呂に行けば、内田団長がすでに体を洗っていた。私はぬる目の湯にのんびりと浸かって酒を抜いた。

 その後、朝食会場へ。朝食はバイキングスタイルで、中々良かった。会場で、敬天新聞社の白倉康夫社主から敬天新聞社の銘酒で「今日勝つ」(きょうかつ)という芋焼酎を頂いた。中を開けてみると、その名の由来が入っていた。

 「『今日勝つ』とは男が時代を生き抜く為に必要な基本的な精神論です。人間は動物であり、男が雄である限り弱肉強食が世の常です。弱肉強食の世の中で、今日勝つ力がなかったら、生の終りです。今日勝つ力があってこそ、明日につながるのです。勝つは活に通じ、縮みっぱなしの日本に、男の癖に泣き虫、弱虫が多くなった日本男児に対する「喝」を入れたいのです。敬天新聞銘酒「今日勝つ」のラベルの文字は、戦後の任侠道(おとこみち)を今日勝つ勇気で戦い抜き名を馳せた安藤昇先生が、渾身の力を籠めて書いて下さいました。皆さんに、思いの一部でも伝われば、今日勝つ元気が伝われば、これ幸いと考えております。」とある。

 来月の十四日は、野村先生の生誕祭。この日に、ありがたく飲ませて頂くことにしよう。朝食を終えて、主催者の方々にご挨拶をしてホテルを後にした。十時九分石和温泉発の「あずさ」に乗って帰路へ。八王子で横浜線に乗り換えたが、携帯電話を座席に忘れてしまった。慌てて駅でその旨を伝え、このまま「あずさ」の終点の新宿へ行こうかなとも思ったが、もし行って、電話がなかったら面倒なので、一旦帰宅した。

 二時少し前に、駅から電話があって、「ありました」とのこと。三時過ぎに、新宿まで携帯電話を取りにいった。いやはや時間の無駄だし、疲れた。自宅に戻り、早目に風呂に入って、食事を済ませて就寝。休刊日でした。


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日本青年社の新年会に出席。

2009-01-21 19:54:30 | インポート

一月二十日(火)曇り。

 午前中は、自宅で仕事。昼食は、通り町と言う所にある「上海軒」という中華屋へ。この店は、志村馨君に紹介された店。下町にあるが、オヤジさんは中華街の「大珍楼」で修行した人で、味は本格派。私は、この店の「蒸し鶏」と「きくらげの卵炒め」が好きだ。餃子も美味い。食後、大日本天誠団の内田春雄団長を迎えに行き、石和温泉にて開催される日本青年社の新年会に出席するために横浜駅へ。

 横浜発、四時五分の横浜線に乗って八王子へ。ここで特急「かいじ」に乗り換えて石和温泉駅まで約二時間余。途中の駅に「山梨市」と、そのままの名前の駅があるのには、へエー。

 駅に着いたのは五時五分。会場となるホテルは歩いて五分ほどの距離である。受付を済ませて部屋に入り着替えを済ませばすぐに宴会の時間。親しい同志の方々に挨拶し席に着く。国民儀礼などの後に宴会。

 したたか飲んだ後に、大行社の三本菅会長に二次会に誘われ、斯界の重鎮の方のお世話で山梨市の「いちい」という割烹へ行き、料理を堪能した。

 十二時近くに、ホテルに戻り泊まらずに帰る三本菅会長ら大行社の方々にご挨拶をして、部屋に戻り、すぐに寝た。

コメント (2)
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